自分探しが始まる
言ってしまった。
助けに行くと言い出した手前、「やっぱり行けません」とは言えない。
「命を大事に」
そう命令され続けた脳がバグってる。
情けない話、実は本心で助けに行くと言ったと確信できないのだ。
「はぁ~……」
なぜなんだろう。
アイツらから、「生きて帰ってこい」と自身が仲間として認められていることを理解し、一方で、愛する人がいなくなったと孤独を痛感する。
どれだけ他人の人間関係ネットワークに自分が存在すると感じても、自身の意義については穴が開いたままであった。
そして、俺がこれからしようとしていることは本来の方針から大きく外れる行動である。このままでは意味がなく助けに行くだけだ。
助けに行く理由が、そこに助ける人がいるからだ、なんて言えるほど俺は強く立派な志は持てていない。
ミッキ達を救出しに行くということは、要はもう一度、自身の命を危険にさらすということ。
おそらく無意味にエルディアに協力をお願いしても、「『命を大事に』と言ったのに、何を言い出した」と拒否されるだろう。
――今に繋がらない。自分の行動が、思考が、どうしてもまとまらないのである。
アギ・リクと戦う前……ゲーム「イロモノ」の一人であり、その物語を進める一人でもあったとき、確かに自分の行動に一貫性があり、過去と今がつながっているような感覚があったのだ。
それが今は、何がやりたいのか全く分からず、やっても一貫性がないように感じている。
「あの頃は……」
あの頃はまだ、ゲームの中であった。
本来のエンディングではなく俺の思うハッピーエンドを目指すために動いていた。だから一貫性があったのだ。
でも、今はゲームの登場人物という感覚はない。目指すべきエンディングも存在しないからハチャメチャな思考回路で動いているのかもしれない。
(——もう、疲れた)
煩わしい。
うっとおしい。
もう自身の行動で迷いたくない。
心から開放されたいと願っている自分がいる。だってこれで何十回目だ。自分を信じ、自分を騙し、正当化して、苦しんで。
本当の自分はどこにいるんだ。
(何か引っかかる。考えろ……なんで俺は今こんな事になっているんだ)
ヒントは自分自身にあると感じる。
そこからは、時間が一分たっても一時間たっても、ただただ自分自身のことについて考えた。
(………………)
なんでそんなに思い悩んでいたんだろうか。
とある言葉が記憶を掘り起こしていくと見つかった。そこに自身のあるべき姿が隠されていることに気付くことができた。
============
覚悟は決まっていた。
しかし、実際に言われると覚悟も一瞬揺らぐ。
『——駄目だ』
予想していたその言葉が強い語気を孕みながら魔術石越しから聞こえる。
少し残念な気分だ。この気分は、子供の頃に感じたことのある。大人に自分の勇気を無下にされた時に近い。
「…………お願いだ、エルディア」
『っ! 駄目だ、なぜ余計なことをしようとするんだ!』
「エルディア……言いたいことは分かっているし、俺もそのことを理解して覚悟したうえで言ってる」
「これは自己満足ですか?」という質問には「はい」と答えよう。
漫画やアニメでよくある救出劇にはならないだろう。俺という存在はか弱く、主人公ではない。
だが、それがどうしたというのだ。
それをすることに大切な意義があるのだ。
「ゆえに行くことは確定している。エルディアが協力してくれるのであれば生きて帰ってこれるかもな」
聞く人が聞けば脅しに聞こえる発言。
実際俺はエルディアのことを信用し、信頼してこんなことを言っているのだ。脅しているという自覚はある。
特別な感情が俺に向いてなくとも、一定の関係はあるのだ。
『…………、盟友、本気なのか』
「本気だ。本気だからこそ、こうしてお前だけに話している。冗談で済ませたかったら、もっと別の状況で話す」
心の中で謝る、がそのことを見せないようにエルディアと話す。最悪嫌われてもいい。
俺はこの部屋についてエルディアと通話するまでの数時間、ずっと自分自身のことについて考えていた。
そこで、とある過去の記憶が自身の行動原理のヒントになって、そこからは決意が早かった。
その記憶とは、アギ・リクとの戦いまで遡る。
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『お前はッ……人を救うために戦っているのかッ!! それとも、自分自身が救われるために戦っているのかッ!! あるいは——自己満足のためかッ!!』
銃を向け、引き金を引く寸前にアギ・リクから放たれた言葉が、今も心に突き刺さったままでいた。
今思えばその状態が、今日まで若干の無気力さを作り出し、頭を悩ませ、自分の意志を失わせていた。
しかし、俺はアギ・リクの言葉を消すように彼を撃った。
「俺は何のために戦っていたのだろうか」
本来のバッドエンドを回避するために動いていた、それはなぜ?
じゃあアイツらを助けた理由は? エルディアを助けなくてもアギ・リクを殺すことは可能だった。
自分のためでも無い。
だったら戦わずに俺のもといた故郷に帰っている。
懺悔の末、俺には何も残らなかった。何者にもなれず、得たものもない。今になって、アギ・リクの言葉が蝕み続けていたことに気付いたのだ。
しかし、俺はこの国に来てから……いや、自分の中で少しずつ変化をしている何かに気付いていた。それは心の中で蝕み続けたその言葉を払拭できる可能性がある。
この国の人を通して得た共感が自分を変えている感覚が伝わってくる。自分自身の過去や痛みに重ねてしまうからである。その変化は決して悪いものではないと思うのだ。
アギ・リクを倒した直後の空っぽな自分には存在しない、助けに行くという判断。その判断を尊重することが、自分の生き方に繋がるのではないか。
「ところで……エルディア、聞きたいことがある。アギ・リクを倒してから俺の様子はおかしいか?」
『なにを言う……、そうだな、少しだけ覇気がなかった、ぞ?』
「だろうな……おそらく、その覇気っていうのは『俺らしさ』を持っていた。その俺らしさを取り戻すために助けに行く、と言う理由じゃダメか?」
「俺の中の変化を肯定するということ」を決めたのだ。
俺らしさは決して庄屋らしさでは無い。
ゲームの登場人物になりきるなんて馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
『それがどうしたというのだ! なぜそれが命をかける理由になる!?』
「エルディア」
エルディアとはこれからも関係はあるだろう。だからこそ言わなければならない。
「落ち着いて聞いてくれ」
俺のことについて──
「──ドMなんだよ、俺は」
『──は?』
『すまん盟友、聞き間違いかもしれないから、もう一度言ってくれないか?』
「俺はドMだ。命を危険にさらすことで初めて生を実感する!」
『は?』
「だってそうだろ!? 命の危険を感じて戦っている時ほど俺らしいんだぞ!? こんなの命を危険に晒すことで充実感を得るドMじゃあないか!」
『意味が分からん……意味が分からんぞっ!』
そう、変化というのは「自分をドMだと受け入れること」……これが俺の、俺らしさだ!!
「いやぁ、まいったな……まさか俺がマゾだったとはな」
『エ、エムか、そうか、マゾなのか。我はその……Sになれば良いのか? それでいいんだよな?』
声から明らかに動揺している様子が分かる。エルディアをいじることにはまりそうだ。
「ふっふっふ……——まぁ冗談なんだが」
『は?』
若干伝わる殺意を受け流しながら、本当の理由について話す。
「──俺は俺らしく生きてみたい。命を大切にするのが大事だとわかっている。ただ、それ以上に助けに行きたい人がいるんだよ。あの時、俺がエルディアを助けたみたいにな」
こういったことを友人に話すのはなかなか恥ずかしいが、協力してもらうにはこれくらいの意義を話すべきだろう。
それが過去の朽ちた思い出に縋らず、独り立ちできるようになるのだ、と信じている。
「エルディアもなんとなくわかってるはずだ。俺が偽物の仮面をつけて生きていることに」
『それは……』
「今、俺が助けに行きたいと思ったこと。もしかしたら、本来の俺を取り戻すかもしれないんだ……頼む! 無理はしないから、な?」
一貫性のなさが問題なのではない。矛盾を自分の中に持っていることが問題なのではない。
ゲーム「イロモノ」のシナリオに振り回されることが無くなって、自由になった今、どう生きるかが大切になってくる。そしてそれは――。
『そんなこと言われたら、拒否することが……できないではないか……』
「エルディア、だからお願いだ。協力してくれないか?」
『…………、ん……で、どうするんだ。我はなにをすればいい。もちろん無計画は論外だぞ』
なんとかエルディアの協力は得られたことに安堵する。それと同時になぜか胸が高鳴る。
「ありがとな。エルディア」
『ん、我にもっと感謝しろ……それで?』
「影の者って呼ばれる戦闘集団がいるんだが、そいつらを足止めできればいい。詳しい方法はまた明日言う」
『我にそんな力はないぞ。もしかして、さっき話したもう一人の協力者というのは、足止めする力を持つ……いわゆるイロモノか?』
中心人物ではない理由は単純である。
エルディアは影の者の動きを封じる力はない。エルディアのイロモノが更なる進化を遂げれば可能性はあるが、今から明日までにそれを期待するのは無謀だろう。
「ああ、そうだ。エルディアには明日その人物を捕まえて欲しい」
この作戦の主役は別にいる。
『そいつは我の知っている人間か?』
「同学年の生徒だぞ。まぁ、あまり交流はないと思うけど」
『生徒……生徒か。我は公安隊を理由に午後からなら自由になるが、その人物は大丈夫なのか? 流石に真面目に学校行っている人は誘いにくいのだが……』
エルディアは公安隊の仕事を理由に学校を休むことができる。
しかし、普通の生徒はそうもいかない。急に「休んで協力してほしい」と頼んで何人が了承するだろうか。
ただ、その人物が普通ではないとしたら……。
「明日って、ゲーセンのワンプレイが安くなる日だよな?」
『ああ、だがそれがどうしたのだ?』
「その生徒はそういう日の午後からサボるんだ。捕まえてきてくれ」
世の中の生徒全員が模範的の生徒とは限らない。
実際、その人物は場合によっては授業よりゲーセンを優先する、少しワルで不良な心優しい生徒である。
『随分とその生徒について詳しいんだな? しかし、そうか……いわゆる不良生徒か。分かった。名前を聞いていいか?』
「その生徒の名はな──」
============
「——それでアタシに?」
その人物は確かに午後の時間に学校を抜けた。その姿を追うと、学校から一駅離れたゲームセンターに入っていた。
エルディアはそのゲームセンターに入り、早速声をかけた。
話しかけるのに躊躇はなかった。その人物の姿は以前見たことがあったからだ。
「ああ。急で悪いのだが。頼めるか、フィミリア・ナイトメア」
事情を話すと、フィミリア・ナイトメアは嫌な顔をせず、おとなしく聞き始めた。いや、正しくは途中まで面倒くさそうな顔をしていたが、「庄屋」の名前を出すと、歓迎するように聞き始めたのである。
「アイツが生きていることは聞いていないんだけど……まぁ、よかった……」
心の底から安堵する表情を見せて、彼女は水が入ったペットボトルに口をつける。
その様子を見て、エルディアの心はムズムズと痒くなるような感覚になる。
「それで、どうなのだ。協力してくれるのか?」
気持ちを切り替えるように本題へ戻す。
「んー、いいよ。アタシの力を存分に使って」
「そ、そうか」
『フィミリア・ナイトメア』
能力は人の行動、価値観を操る「催眠堕落」。その干渉系の能力を持った少女。
声や目を通して対象を操作するイロモノである。
微笑みをエルディアに少し向け、右手を差し出す。
エルディアは複雑な気持ちでその手を握り返した。
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