分岐



 追ってくるのは数人の



 銃口を向けて、一発撃つ——手先から鋭く重い音が乾いた空気に轟く。


 射撃による反動は少ない。

 あたれば即死……とまではいかないだろうが、重傷を負うだろう。


 






 ——しかし、狙った影の者の一人は止まることもなく、こちらへの直進を続けた。





(コイツらが「影の者」……か。すばしっこい奴らだ)


 見切ったのか弾丸があたっていない様子を見せる。もう一度轟音を響かせてみるが……やはり寸前のところで避けているのかあたることはなかった。




「スピード! もっと出せるか!?」



「もう少し時間を——ハイヤーッ!」



 馬に鞭を打った音が後方から聞こえる。僅かに速くなったような気はするが、このままだと……。

 とにかく十分な速度に達するまで追いつかれないようにするしかない。





 ポケットから氷色に輝く六発の弾を取り出し、リロード。


 「タグラグル・スケッチ」……しかし、タグラグルの方は相変わらず引き金が引けない。本当にコイツは動くのだろうか。

 


「そんなこと考える暇はないな……何度でも——」




 「目の前のやつを狙い続けても意味はない」……なんとなくそんな予感がして別の影の者を狙うことにする。


……ココッ!)







 祈りながら引き金を引く——するとその願いが通じたのか、一人の影の者が首から血を吹き出しながら倒れる。



 「次ッ!」……一人倒れ、狙いを次のヤツへ。もう一度引き金を引く。足を撃ちぬき地面に倒れた。


 

 後は、目の前の弾を避けた目の前の敵さえ止めることができれば、この馬車の速度なら、追いつかれることはないだろう。





 ターゲットをその一人に変える。

 さて、どう撃ちぬこうか——。



「——! 水、水の入った瓶はあるか!?」




「えぇっと、ビン? 空のヤツならあるけど……——「貰う!」——中身はもう入ってないけど、いいのか?」


「それでいい!!」





 一つ思いついたことがある。

 この目の前の黒い格好の人影の者がどう避けているのかは分からない。しかし、二つ言えることがある。


 一つこのまま直接撃ち続けても避けられて追いつかれてしまうこと。

 もう一つは、何とか体勢さえ崩すことができれば、走る速度を落とすことができて……突き放すことができるということ。




 ならば、相手を撃ちぬくことではなく、邪魔をしてやるのが効果的である。







 俺は——手に持った瓶を空中へ放り投げる。





「これは避けられないだろッ!!」





 ゆっくりと流れる時の中で見えた、空中に浮く瓶に銃口を向ける。数メートルの俺と影の者との間。


 血眼の影の者の目が合うような気がした。

 相変わらず何を考えているか分からない。ただ、間違いなくその目には狂気が含まれている。 





 追いつかれるわけにはいかない。



「喰らいなッ!」



 雷鳴のような重い音が響く、と同時に——ガラスが砕ける破裂音。

 空中に無数の破片が輝きながら舞う。






 瞬間、その影の者と目が合った。

 

 その瞬間の影の者の目には、狂気ではなく困惑が映っていたような気がした。




(止まって俺らを逃がすか……そのままガラスの中に突っ込むか……どっちがいい?)











「ハイヤッ! そっちはどうですか!?」



「ああ……大丈夫だ。もう追いかけてはこないぞ。大丈夫か、子供たち?」





「う、うん……たすかったんだよね……?」


「よかったな。もう大丈夫だぞ」




 ——結局、そいつは止まることを選んだようだ。



 黒い姿をした数人が徐々に小さくなっていく。この美しい広大な畑が広がる中で、地平線には異様なが残る。

 もう顔さえ見えないのに、アイツらの狂気じみた目はいつまでもこちらを睨んでいる気がしたのだった。







============





 広大な畑、暗い色の石造りの家を通り過ぎ、俺たちは国の中心へ向かう。行先は今朝の集合場所ではなく、王宮である。


 メフガがすぐに帰ってくるという想定外の事態が発生したが、そのおかげで子供たちをすぐに安全な場所王宮まで連れていける。




 大通りを通って国の中心までやってくる。

 動く馬車の中からでも人混みの中に何人もの兵士がいることに気付く。普段はそんなにいないはずなのだが。



(もしかしてメフガを王国の中心へ近づかせないようにしているのか?)



 こちらもメフガの想定外の動きに何とか対応しているようにも思えた。









 子供たちを王宮の使用人に預ける。一旦、王宮で保護した後、彼らの親へ返されるのだろう。



 俺はいつものようにリャン側の部屋までやってくる。


 とりあえず、俺が頼まれたことはすべてやった……と思う。また追加で何か頼まれるかもしれないが、ひとまずは肩の力を抜いてもいいのかもしれない。



「ただいま帰りました、っと」






「——すみません。どうやら勘付かれたみたいです」




 開幕そのように謝るリャン側。

 おそらく、メフガを帰してしまったことについて謝っているのだろう。


 確かにそのことによって、追いかけられた。しかし、結果オーライだ。



「メフガは王宮の前までやってきました。が、突然引き返したのです」


「俺が救出していることに気付いたのか?」


「分かりません、しかし、何かに気づいたような顔をして帰宅してしまいました」



 「何かに気づいた」……?

 俺たちが侵入していることに気づくヒントはないはずだ。この侵入作戦は、一部の人しか知らないのに。

 

 


「まぁ、何とかなったし……それよりも——」











 俺はリャン側に潜入と奪還に成功したことついて話す。

 加えて、子供たちの健康状態があまり芳しくないこと、協力者であるロボカ・ミセスについて話した。




「そうですか……! とにかく、良かった……」



 ほっ、と胸をなでおろした。

 リャン側も色々心配してくれてたのだろう。



「それと……これを——」



 俺はポケットに手を突っ込む。その際、弾丸同士があたって音を立てるが、弾丸がポケットからこぼれないように取り出す。




「これは手紙……もしかしてからですかな?」



「彼、というのが誰か分からないが、ロボカ・ミセスという執事からだ」



「そうですか……彼から……」



 彼、というのが「ロボカ・ミセス」であることが分かる。様子を見るにかなり親しそうであった。

 俺から数枚の手紙を受け取って、内容に目を通した。表情を見るにあまり良い報告ではなさそうだ。






「リャン側は……本名をマイエルンというんだな」



 読んでいる途中のリャン側にそう尋ねた。


 最初は「リャン」とそのまま呼んでいたが、王と出会った時に、王の名前との差別化に困っていたのを覚えている。

 「側」は側近の側らしい。

 




「えぇ、そうですな。王の名である『リャン』の側近を意味する『リャン側』……特に庄屋様には私のことをリャンとお呼びになっているので、非常にややこしくお思いになられているかもしれませんが」


「実際初めて会った時、『リャン』と名乗っていただろ」



「あれ……そうでしたか?」



 リャン側は……マイエルンはそう言ってとぼけたように言った。俺のことを信用できないのは分かるが、ごまかすにしても王の名前を出すのはどうなのであろうか。

 





「ま、普通は王の下の名前を知って、口にすることもないだろうし、あの時はそれで良かったからな」


「今は王とも関係のある人物……少しややこしくなってしまいましたね。マイエルンとお呼びになっても良いのですよ?」





「気が向いたらな。それで……手紙には何と?」



 手紙の内容を知らない俺は気になって聞いてみる。




「メフガとホワイトノワールとの関係、あと王宮内に潜む裏切り者について、などですねぇ……」



「ミッキは? ミッキはどうだ? ホワイトノワールと関係があるならば、もしかしたらミッキの居場所も?」




 メフガがホワイトノワールと関係を持っているならば、ホワイトノワールに捕まったと考えられるミッキの居場所が明らかになるかもしれない。


 

 もしかしたらあの地下牢のどこかにいたのかもしれない。



「『地下でなんとか生きている』──とだけ。間違いなくホワイトノワールとメフガの間には何かありますね」



(ああ、やっぱり……)



 地下にミッキがいると聞いて改めて考える。

 あの地下には救わなければいけない人がいる、と。





 ミッキ、フッチャルさんの娘であるモカカ。




「ともかく、最低限はのですよ」



「最低限……か」




 最低限という言葉に俺は納得はしていない。


 救いたい人がいるならば、俺にとって最低限にすらなっていないだろう。

 過去の自分を思い出す。あの時も同じことを思って、アイツらを助けたのだ。結果、それが本来のゲーム「イロモノ」のエンディングを回避したのだと思っている。





「最後にこちらからお伝えしたいことも二点ありましてな」




 マイエルンはこちらへ向き直ると、真剣な目つきで見つめてくる。



「一つ目は裏切り者についてです。以前から薄々と気づいておりましたが、この手紙を読んで確信しました」


「それで、誰なんだ?」






「あなたが最初、王を連れてこの王宮へ訪れた時にこの部屋まで誘導したメイドがいたでしょう? その人ですよ、裏切り者は」


「あの人が!? そんな風には思えなかったが、どうして気づいたんだ?  紅茶でも飲ませたか?」



「いえ……しかし、挙動不審な印象はありましたから」




 普段から他の従者の様子について詳しく観察しているからなのか、違和感を感じ取れるらしい。さすがプロの執事だ。


(俺にはよくわからない感覚だが……)



「そのため、あなたの存在のついては語っていません。なぜあなたが選ばれて、そして動いているのか」



「俺の、意味?」



 「俺の意味」という言葉に首を傾げた。


 以前、俺がマイエルンに協力することを誓ったときに、「あなたは世界を変える力を持っている」と言われたのだが、その発言と何か関係があるのだろうか。

 話が一通り終わったら聞くとしよう。






「そして二つ目。見て分かったと思いますが王国の中心に兵士を常駐させ、最低でもこのイベントが終わるまではメフガを入らせないようにしています」





「イベント……ハルセッションの変動のことか?」




「えぇ、ご存じの通りこのイベントでは様々な法案が出たり、事業が展開されます。一年で最も国に影響を与えることができる今、彼の存在は非常に脅威なのです。既に彼が提出した事業等は議会で反対され、破棄されています」


「でも、また来年、同じイベントがあるんだろ?」





 メフガを国の中心へ近づかせないように、兵士で封鎖したとしよう。

 

 しかし、来年は? 再来年は?

 今年は何とかなるかもしれない。しかし、このイベントは毎年あるのだ。そのたびにメフガを恐れて、同じように対応するのか?


 メフガはおそらく簡単に別の策を講じるだろう。

 今回と同様に子供を誘拐してそれを脅しの材料にするかもしれない。






 マイエルンに何と答えるのだろうと聞いてみると答えは単純であった。







「——殺します」







 「殺す」……その優しそうな表情から、その言葉が出て脳が一瞬反応しなくなる。





「え?」


 思わずそんな間抜けな言葉が漏れてしまった。

 



「兵士を動員して、アグリプラント地区を取り返し、そしてそこで彼を殺す、というのはどうでしょうかな」




 そんなことを言っているマイエルン。実際その通りにするかはともかく、この様子——目の奥の覚悟——を見るに、メフガを殺すのは本気マジらしい。




 自然に不穏な言葉が出たことには驚いたが理にかなっている。

 メフガという存在がなくなれば人為的な王政の崩壊は怒らないだろう。それこそ、ホワイトノワールも同時に潰せることができれば、おそらく今後数十年は安泰だ。





「……ま、アイツの存在が不利益にしかならないのならそれでいいんじゃないか。俺はそこに加わらないが……。それよりもミッキはどうするんだ? ロボカだっておそらくすぐに拷問を受けることになる。助けにはいかないのか」



「行けない……というのが正しいですな。今、主導権は握ることができています。しかし、迂闊に動き自分の首を絞める可能性がある以上……」



「見捨てるのも仕方ない……か」




 マイエルンは俺の言葉に明確に反応することはなかったが、何も反応しないということはつまりそうなのだろう。

 言いたいこともわかる。ミッキも所詮、諜報員だ。ロボカだって、を考えれば国のために死ぬのは本望とも捉えられる。





「マイエルン、一つ言いたいことがある」



「はい、なんでしょう」



「もし、俺がだ……メフガに捕まったとして、何か交渉を持ち掛けられても乗るなよ?」



「それは、どういうことでしょうか?」






 俺がしようとしていることは、馬鹿な行為だろう。

 これをしたからといって、別に王国の為になるかと聞かれれば多分違うし、自己満足にしかならないのだろう。

 



「——助けに行く。お世話になった人を見殺しにするほど俺はいない」




「…………——」




 ——俺には矜持なんてあるとは俺自身思えない。だから、俺がなぜ助けに行こうとしているのか、俺自身分からないのである。 


 この世界の人間をゲームの登場人物だと見ることだってできるのに。そうして命を軽くして見捨てることだって……。




 でも、そうしようとすると心がそれは嫌だと疼くのだ。


 

(アイツらの時もそうだったな)




 マイエルンは俺を暫く見つめると、目を閉じてフッと笑みを浮かべた。



「庄屋様について自身の力イロモノを用いて調べた時に、あなたには『未来を変える力』がある、とそう感じました。おそらく、私はその精神性を感じ取ったのかもしれませんな」



「……なぁ、さっき言ってた『俺の存在の意味』ってなんだ? なんで俺を選んだんだ? 動ける有能ならこの国にいるだろ? 俺じゃなくても良かったんじゃないか?」



「——?」






 マイエルンは急にそんなことを問いかけてくる。


  


 『──ぜひこの国の終焉を見守ってください』



 脳裏にいつか聞いたミッキの声が蘇る。

 その時のミッキの悲壮感と、目の前のマイエルンの様子は似ていないようでどこか同じに感じたのだ。



 何と答えようか言葉に詰まる。




「この国に未来があるのかと問われれば、私は『いいえ』と答えます。王が問題だ、とか、経済が、という話ではなくてな」





 未来がない、それは単に終焉を意味するのか。あるいは王政の崩壊を意味するのか。いずれにしてもポジティブにとらえることはできない。



「それは勘か?」


 マイエルンは軽くうなずいた。






「私は『勘』というものは嫌いです。理路整然と考えるのが好きですし、そのように考えれば私は突飛なことを言っているのでしょう。私を異常だと思いますか?」



「いいや? ただ、仮にことが本当だとして、俺がどうにかできる問題なのか?」





 互いにどこか少しずれているような気がして、変な感じがして、よくわからなかった。

 「庄屋」という存在について認識が違うのではないか。

 俺は俺自身のことを所詮「ゲームのサブキャラ」としか思っていないが、相手のことを知ることができるマイエルンはどのように捉えているのだろうか。




「あなたでなければいけないという根拠はありません」



「それも勘か?」



「これは勘ではありませんよ。庄屋様の人生に少し触れてなんとなく実感したのです。あなたは過去様々なところで未来を変えているのではないか、と。——直観、ですよ」



「……『ちょっかん』? 直感?」



「そちらの直感ではなく直観ですよ。あまり使われない方の」






 マイエルンはそう言って立ち上がり、自分の机の前に立つ。



「それで……いつ救出に向かわれるのですかな? 影の者がいる以上、日が出ているうちに向かう方がよろしいと思うのですが」



「いいや、夕方だ。明日の夕方に救出しに行ってくる」



 たしかに影の者は夜に行動するのが得意で、普通に考えれば昼間に行くのがよいだろう。


 しかし、今回の場合はそれだと都合が悪い。

 




「なぜそのような時間帯に?」





 相手もかなり警戒していると考えられる中で、救出しに行くというのは今回の侵入作戦よりも簡単なことではないだろう。

 成功するには俺にも協力者が必要になる。それも強力な。



 都合が悪い……というのは、俺のことではなく、その協力者にとって都合が悪いのだ。






「俺の協力者というか盟友というか最終兵器は、午後からフリーなので」





 大体午後からその人物の協力が得られるとなると、夕方ごろになるだろう。

 マイエルンは自身の力イロモノを通して誰なのか心当たりがあるのか、納得した表情を見せた。




「もう一度、メフガの所へ向かう馬車をお願いできますか?」



「馬車はいいですが、兵士は用意できませんよ?」


「わかっている。よろしく頼む」




 その後、マイエルンと時間について決めた。





(さて、帰ったら説得しないとなぁ……)




 猛反発されることを覚悟して説得しなければならない。数時間後の自分が上手くやってくれることを信じよう……うん。


 

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