侵入②
——廊下を進んでいく。
途中に気味の悪い絵画があったり、高そうな奇妙なつぼが置かれていたが、見慣れているのかロボカ・ミセスは興味がなさそうに通り過ぎた。
協力者と合流できたとはいえ、緊張感は残っていた。これからどんなトラブルが起こるか分からない。それにもしかしたら……ロボカ・ミセスは協力者ではないかもしれない。
「………………」
(ま、それはなさそうだが)
経験から目の前を歩く彼の姿を見つめる。
「この時間帯は誰もいません。他の従者は買い出しに、兵士は少し遠くの住宅街の警備に行かせてます。影の者も皆、メフガのもとにいます」
その声は——仕事人、と感じるような鋭く響く声。
見た目からは決して想像できないだろう。しかし、その声からは頼れる人の声であり、ギャップを感じさせる。
ともかく、誰もいないということ。
黙っていたが、気になったことを聞いてみることにする。
「子供たちは無事か?」
「栄養は十分にとれていませんが、しかし、それ以外は普通です」
「そうか……」
(何考えているか分からないが、人間の心は持っているのか?)
そんなことを思っている顔をしていたのかロボカ・ミセスは付け加える。
「自慢ではありませんが、この間の食事は私が与えていたんですよ。彼の目を盗んで何とか渡していたので生きるための最低限の食事だけですが……」
「じゃあアイツは一切何もあげなかったのか?」
「パン一切れだけです。おそらく彼は人を人として見ていない」
(ああ、やっぱり雑に扱うのか)
やはり、子供を平気で誘拐するような人物に常識は通用しなかった。人を見た目で判断してはいけないが、今回の場合は見た目通りであった。
「連絡が取れなかったので、子供の状態の連絡が取れませんでしたが……早めに来てくださって助かりました。生きているとはいえ健康に被害が出ていることは事実。少し来るのが遅ければ、命に関わっていたかもしれないです」
「なぁ……俺が今日ここに来ると予想していたのか?」
話を聞いていれば、ほかの従者を外に出していたり、兵士を遠くへやっていたりと、今日俺が来ることを予想していたようにしか見えない。
俺の言葉を聞いて少し含んだ笑いを浮かべた。
「——勘、ですよ」
「勘?」
「まぁ、正確には以心伝心というものですが……ここです。行きましょう」
廊下を奥へ、奥へと廊下の突き当りまで進むと地下に向かう階段があった。
ロボカ・ミセスはその目の前で止まるとそばにあったスイッチを押した。
電気がつくと、その階段がかなり下まで続いているのが分かる。ロボカ・ミセスは下へ下へと進んでいった。俺はその後をついていく。
足音が拡散する。
ただの洋館になぜ、こんな不気味な雰囲気の階段があるのだろうか。
やがて一本の石で囲まれた通路に出る。左右に分かれており、ところどころ鉄製の扉が見えた。
「マイエルンは元気にしておりますか?」
「マイ、エルン……?」
廊下を歩いている最中、突然聞いたことのない名前が出てくる。
「……? 出会ってませんでしたか? 王国で最もえらい執事のことですよ」
(そんな人……いたっけ?)
マイエルン、と言われる人物は分からない。覚えていないだけかと思ったが、「王国で最もえらい執事」のことなんて忘れるわけないだろう。
「…………って、リャン側のことか!?」
「ああ、その名前で通っているのですね……本名ですよ、『リャン側』の」
「そ、そうなのか。マイエルンは元気とは言えないな。つい先日消えた教育係のミスタブ・ロドロドルを憎みつつ悲しんでいたな」
「ミスタブ……アイツもここにいますが——」
ロボカ・ミセスが少し言葉の乱れたような気がして一瞬動揺してしまうが、それよりもその発言の内容が引っかかった。
(そいつもここにいるのか……!?)
「——ここで暮らしているわけではありません。今は捕まって牢獄で拷問を受けているのですよ」
ミスタブはなぜここにいるのだろうか。
国を裏切ってここにやってきた意味とは何だ。
ホワイトノワールとメフガとの関係は何だ。
様々な疑問が浮かび上がってくる中で、その疑問をいったん放棄する。
「……って拷問? それはなぜ?」
もし仮にメフガとホワイトノワールが一定の関係があり、ミスタブがその関係に参入したとしよう。
ミスタブは確かに本来配置するはずだった兵士を外し、ホワイトノワールを代わりに設置して会場を混乱させ、王をあと一歩まで追い詰めた。それならば多少なりとも評価されるはずだが……。
「知っていると思いますが、アイツは王国の裏切り者……しかし、メフガは計画がうまくいかなかったことを不快に思ったのでしょう。自身に対する失礼にかこつけて拷問を……」
じゃあ、メフガとホワイトノワール、そしてミスタブ・ロドロドルには互いに関係を保っていたということだ。
「うまく……って、こっちは見事にしてやられたが……」
「本来は王を殺すまでが計画でした。しかし、結果として殺すことができなかったからでしょう。メフガはその結果を大変恨んでいたのです」
ミスタブがなぜ、どのようにメフガのと関係を持ったのかわからない。
様々なことを訪ねようとすると、ロボカ・ミセスは懐から数枚の紙を取り出した。
「ほかにたくさん聞きたいことがあるでしょう。しかし、今は時間がありません……ここに全てが——」
手渡された数枚の紙を受け取って、タグラグル・スケッチの弾が入ったポケットにしまった。
その通りだ、今は時間がない。
もしかしたら予定よりも早く帰ってくる可能性もある。
「行きましょう。こちらです」
石の地面から響く冷たく重い俺達の足音。やがて、とある鉄扉の近くで鳴り止む。そこは薄暗いこの廊下の中でも、特に暗く居心地の悪い場所であった。
(暗い……)
ロボカは南京錠の鍵を開けて中に入っていく。
俺はその後に続くと——その汚さに驚く。
「汚ぇなぁ……!」
思わず叫んでしまうほどのものであった。
この世界に生まれてから今まで様々な汚い場所を見てきたが……引けを取らないな、ここは。
もともとは物置だっただろうか、入って左右を見ればよくわからない置物が置いてあるのだが、これがひどい。ひび割れた部分からゴキブリが何匹も出入りしている。
また、この建物の材料に使われず放置されたと思われる朽ちた木が変な臭いを発している。
ここにいるのが嫌になる。さっさと通り過ぎよう。
大量に置かれた物の隙間を通って進む。その間も、足元に何か虫が行きかっていた。
そしてその物の大群の中を通り抜けると——。
「——おじちゃん! エワちゃんが……っ!」
決してその空間からは出ないよう作られたのだろう。鉄の扉だけではなく、鉄格子がこの部屋の空間の一部を区切るように設置されている。
そしてその中に——五人の少年少女。いつか見た写真に写っていた子供たちであった。
その中のロボカの姿を見たひとりの少年が、ロボカに助けを求めたのだ。
「……、のど、乾いた……よぉ」
おそらく「エワ」と呼ばれる少女が意識を失いかけながら床に伏している。その周りを囲むようにほかの四人が座って、声をかけていた。
「大丈夫……おじちゃんが来たからな……!」
「これはこれは……、水は持っていますか?」
「え、いや持っていないが……確か外で待っている馬車に水と少しの食糧が……」
「ならば——君たち、この男性についていきなさい」
ロボカが鉄格子の扉を開けてそう言い放つ。
少年少女は俺の存在に気付いたのか、「誰だ、誰だ」と騒ぎ始める。
「おじちゃん……ついて行けって……そいつは誰なんだよ」
「以前君たちに話した人です。とにかく、ここが嫌ならついていきなさい」
「以前話した」……おそらく自分たちのことを助けに来てくれる人のことを話していたのだろう。ロボカがそう言うと中にいた子供たちはおとなしくなる。
「その人が……!」
「助かったぁ」
中には涙を流す子供もいる。
それも当然のことだ。まだ幼いっていうのに、こんな劣悪な環境で数週間過ごしたのだから……。
「エ、エワはどうすんだよ……」
「俺が運ぶ。とにかくついてきてくれ……ロボカは?」
ロボカは見る限りこちらの仲間。長居は無用だろう。
しかし、予想していた反応とは異なり、ロボカは首を横に振った。
「私はここに残ってすることがありますから……早く地上へいきましょう」
============
石の階段を上る。
エワを背負って後ろを振り返った。
子供たちは話しながらもちゃんとついてきているようだった。少し顔色が悪そうだが、深刻なほどでもなさそうだ。
しかし、考えてみれば長い間日の光も浴びず、おそらくこの様子だと身体を洗うこともせずいたのだ。本当に、大変だっただろう。
俺は目の前を歩くロボカに質問をする。
「なぁ……そういえば——」
フッチャルさんの所の娘がここで働いているはずなのだ。この洋館に入るのはもう二度とないだろう。
ならばと、フッチャルさんの娘も助けるために質問をしようとした——その時だった。
「シッ——!」
突然、ロボカは歩きを止めて、子供たちの会話と俺の質問を遮る。
「……どうした?」
「帰ってきたかもしれません……!」
「え?」
その言葉を俺は瞬時に飲み込むことができなかった。
(「帰ってきた」……誰が?)
そう質問するのはおふざけだろう。
この状況、この雰囲気、このロボカの焦り……答えは一つだろう。
「メフガか——!?」
「ええ、おそらくは……時間がありません、小走りで行きましょう。上についたら私は彼の気を引くために離脱します……入ってきた場所、裏口へ向かってください。あとはお願いできますね?」
メフガが帰ってきた……それが意味するところは、「影の者」が帰ってきたということだ。
その影の者がどれくらい脅威かは分からない。しかし、俺達が外に出ることは難しくなるだろうと考えられる。
「わかった、とそういえば——リャン側からの伝言で『ご苦労であった』と」
「……! そうですか。ありがとうございます」
伝言を受け取るとロボカは一足先に階段を上っていく。
予想できなかったことだが、覚悟はしている。
「お前たち、しっかりついて来い」
「わかったよ」
「うん……!」
「…………」
それぞれ異なる意思表示の方法で同意を示した。
俺はいつでも撃てるように「スケッチ」を取り出す。人一人背負っている状態だから、精度は悪くなるだろうが……抵抗する術は使えるようにしないと。
フッチャルさんの娘の件も気になるが、ここは優先順位通り動こう。
(……さてどうするか)
俺が来た方向に行くには、一度広間を通る必要がある。それが怖い。
広間は暗いとはいえ比較的明るい。しかもこの洋館の床はきしむのだ。複数人で通れば間違いなく足音が響くだろうし、見つかる可能性も十分にある。
と、なると——。
「俺のタイミングで走ってついてこれるか?」
「「…………」」
互いに顔を見合わせる。理解したらしい。
歩いても気づかれる可能性があるのならば、いっそのこと走った方がよい。
もちろん俺が突っ走ってしまったら置き去りにしてしまうだろう。後ろをついてくる人は子供であるということはよく考える必要がある。
広間の手前までやってくる。ここからは——時間との戦いだ。緊張する、がやってやらねばならない。
ここをうまく乗り越えれば——
「——来いッ!」
小声で、しかし、子供たちに聞こえるように伝える。俺たちは走り出した。
——広間に複数の足音が響く。メフガを何とかしてくれたのだろう。この広間にその姿はなかった。
しかし、もしかしたら俺らの足音に気付いたかもしれない。だからこそ油断はできない。
何度も振り返ってついてこれているか確認する。しっかりとついてきているし、追ってもいないようだ。
(頑張ってくれよ……ッ!)
彼らの姿を見て自然と応援していた。
辛い目にあっても、苦しい思いをしても、必死に生きようとする姿と表情が、いつかの自分と重なったからなのかもしれない。
広間を抜けることができた。ほんの数秒のはずなのに緊張のせいか体感では何分にも感じた。
(あとは……!)
この長い廊下を抜ければ裏口へ。
「このまま行くぞ!」
しっかり後ろに四人いる。油断はしていないが、このままいけば脱出できるだろう——。
ロボカはどうなるのだろうか。
おそらく子供たちを逃がす手助けをしたと責められるだろう。仮にロボカが協力者であるということがバレなかったとしても、ミスタブにしたことを考えると拷問は間違いないだろう。
ふと頭の中に思い浮かぶ疑問であったが、首を振ってなかったことにした。
俺がどうにかできることではないのだから……。
十数メートル先に裏口へつながる扉がある。あと少し、あと少しなんだ。
もう一度後ろを確認する。大丈夫だ、しっかり四人いる。
そのことに安心して前を向こうとする——が、強烈な違和感を抱く。
もう一度後ろを向き、走ってやってくる子供たちの背後の暗闇に目を向ける。
「…………——ッ! 耳をふさげッ!!」
俺は「スケッチ」を構えて暗闇に向かって数発放つ。
「なっ……なにかいたんですか?」
一人の男の子がそう聞く。
撃った本人である俺もよくわかっていない。ただ、撃たなければならないと思ったのだ。
そのおかげか子供たちの背後の違和感は消えていた。
「——とにかく来い! 急ぐぞッ!」
裏口へ続く扉へと子供たちを先に入れ、俺は最後扉を閉める。閉める瞬間僅かに見える廊下からは異様な暗闇が広がっていた。
============
「馬車を出せッ!!」
少し口悪く伝えるが、その焦りが伝わったのか御者はすぐに準備をする。馬車の向きはいつでも出れるように来た道の方へ向いていた。
「えぇ……! 準備はできています!」
子供たちを四人乗せ、背負っていたエワに水を与える。
——それと同時に馬車は動き出す。
「そんなに焦って……表の方で他の馬車が停まっていましたが、何かあったのですか?」
「メフガが、帰ってきた。おそらく俺の存在も気づかれた」
「そうですか……」
気づかれた……といっても、なかば俺が自分の存在を明かしたといってもいいかもしれない。
しかし、撃たなければならなかったと今でもそう思っている。この世界で生きてきて俺自身の直感が当たることは多い。
思えば、もしかしたら俺が撃った存在は「影の者」だったのかもしれない。
「裏口の方に馬車を置いておいて正解だったな?」
「えぇ、全くです……——後ろッ! 誰か追いかけてきてますッ!」
振り返ると全身黒の服装の人間が血眼になって追いかけてくる——。
(アイツらは、あの時の……!!)
「影の者ですッ! このままだと……」
「アイツらが影の者? わかった」
その姿を見たのは、ミッキと観光をしようとしたあの日。
俺らを囲み追いかけてきたのを覚えている。何とかあの日は逃げ切ったが……。
まだまだ速度が足りない。このままだと追いつかれてしまうだろう。何とか加速しきるまで時間を稼ぐ必要がある。
「子供たちは耳を塞いでいろ——絶対止める!」
タグラグル・スケッチに手を伸ばす。不自然に手に収まると銃口が自然にその影に向く。
(ここまで来たんだ。追いつかれてたまるかよ)
周りの子供たちに聞かれないように息を吐いた。
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