侵入①
アグリプラント地区の方向へ行く馬車は少なかった。
最初、数台の馬車が後や前にいたと思えば、気が付くと途中の道で曲がったのか姿を消し、自分たちだけになってしまった。
日干しレンガの並ぶ国の中心から離れていくと、暗い色の石造りの家が目立つようになった。
話を聞けば、国の中心ではレンガ造りが盛んである一方で、他国に近いこの辺りでは石造りが多いという。
昔、他国との争いが多かった時代に簡単に家を壊されないようにするため、石造りになったというが、実際には材料の調達の容易さも理由の一つであるらしい。
石造りの家が目立つと同時に、畑も見えてくる。
「…………っ」
穏やかな光景に見とれてしまう。
広大な畑が四方を囲み、点々と家が存在するその光景は、デヴァステーションでは決して見ることができない心が安らぐ場所であった。
そして畑を通り過ぎると石造りの家が増えるようになる。
人が多く住んでいるということだろう。しかし、それなのにも関わらず、人の姿は見えていない。やけに静かであった。
その静かさは田舎の山の麓のような穏やかさを孕むものではない。
——異様、といった方が正しい。
「しかし……人がいないのですね?」
御者にそう問いかけてみるが返事が返ってこない。
「すみません?」
「えっ……あ、はい! すみません、なんでしょう?」
顔を見てみれば緊張した表情で、何かに警戒するようであった。そのため自分の声が聞こえなかったのだろう。
「ここはいつもこんな感じで静かなのですか?」
「いえ、ここは昔は人々が片手に作物を手にして行きかう場所でした」
「昔……ということは今は違うのですね?」
「ご存じかは分かりませんが、メフガが来てここで行われる議会に参加するようになった時から、こんな感じですよ」
そう言ってまた黙ってしまった。
あまりに静かだったので、実は人は住んでいないのではないかと、少し馬車の窓から家の窓を覗こうとする。
——見えた。人だ。
(人が見えた……本当に住んでいるのか)
偶然目が合ってその存在を確認することができた。おそらく向こうは何か馬車の音がして反射的に窓の外を見たのだろう。
こんな静かな場所なのだ。馬車の存在はやはり目立つのだろう。
「……ここをこんな目立つように通っていいんです?」
静かな声で、ギリギリ御者に聞こえる程度の声で話しかける。
「むしろ堂々とすべきです。こそこそする方がここの住人に怪しまれます。メフガに報告されないためにも堂々としましょう」
聞けば、アグリプラント地区は静かであるが馬車が通らないわけではないという。
例えば作物を運ぶときや、観光でここに来る場合。
それにここに住む人は決して外出禁止はないらしい。しかし、目立つことや他者の視線を嫌い家の中で一日を過ごす人が多いという。
「ここに住んでいる人はメフガや『影の者』を恐れています。またその多くはプランタの従者であり、畑の管理などをしています」
「アグリプラント地区は今は従者しか住んでいないのですか?」
「いいえ、あちらを見てください」
指をさした方向を、馬車のカーテンをどけて見てみる。
「あそこがアグリプラント地区の貧困層が住む場所です。そしてあの洋館がメフガの住む場所です」
「あそこが……」
指をさした方向には、ここの石造りの家とは比べ物にならないほど小さな家が群がっており、その中心部に、見せつけるように立派な洋館が建っていた。
洋館に近づいた。
御者は馬車が通れる限界の場所で、馬車を止めた。この先は道がガタガタで進むことはできない。
「この道をまっすぐ行けば洋館の裏口へ着きます。そこから入ってください。私はこの馬車を見守ります」
「子供を連れてここまでくればいいですか?」
「できる限り早めにお願いします。ああ、あとリャン側様より伝言がございまして——」
馬車から降りて向かう直前だった俺に伝言が伝えられた。
「——中にいる協力者に『ご苦労であった』とお伝えくださいとのことです」
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裏口……といっても人が使うようなものではなかった。手入れされておらず雑草が自由に生えている。そんな少々薄気味悪い洋館の裏庭を通り、そこの出入り口を開いて入った。
(本当に人が住んでいるのか?)
洋館に入って廊下に出た時、その言葉が浮かび上がる。
生活感がないというのは、少々語弊がある。この大きく立派な洋館では清掃も大変だろう。よく見るとホコリ一つなく、とてもよく清掃しているのだなと思った。
しかし、一番気になったのは人気がないことだった。
窓のカーテンは閉められて日光を遮断しているため薄暗く、物音一つないのだ。また、ホコリがないことがかえってその不自然さを目立たせる。
人が住んでいるとは思えなかった。
(ただ、俺にとっては好都合だ)
音をたてないように気を付けない方がよいが、それ以外は好条件である。足音がこの長く薄暗い廊下に響く。所々、木の床もきしむので恐る恐る前へ進んだ。
空間の清潔さとは裏腹に老朽化が進んでいた。
それに気になるのは洋館の大きさのわりに部屋が少なく、装飾品もわずかだ。
(見栄っ張りなのかよ、アイツ)
この館は誰かに見せるために建てられていたのだ。
立地も考えれば気になるところがある。石造りの多い家の中心に建てられたことを考えるとより一層そう思った。
いや、もしかしたら見栄っ張りなんて言葉では言い表せないほど、腹黒く性悪な人物なのかもしれない——。
長い廊下を進むとやがて広間に出る。ここも照明は最低限で抑えられており、わずかに全体の空間が把握できる程度。
正面玄関はここと繋がっているのだろう。絨毯が大きな扉の方へと向かっている。
(さて、どこから調べようか——)
時間は十分ではない。広間に置かれた時計もそのように示している。
メフガの傍にいるため『影の者』はいないらしいが、メフガの執事やメイドが俺のことを告げるかもしれない。
まぁ、その従者はいないように思えるが。
——突然、足音が広間に響く。俺のものではない。
音のする方へ振り向くとそこには一人の老人がいた。服装を見ると執事だろう。
「お待ちしておりました」
「……ッ」
思わず身構えてしまうが、様子を見ると敵対意識は無いようだった。
褐色の肌で、対照的な白髪を頭の後ろで雑にまとめており、その姿はあまり良い姿とは思えない。こんな立派な屋敷に合わないんである。
「あなたは……?」
「お聞きになっていらっしゃいませんでしたか?」
そういえばと振り返る。
それは例えば、御者から伝えられたリャン側の伝言。
『——中にいる協力者に『ご苦労であった』とお伝えくださいとのことです』
そして思い出す、初めてリャン側に会ったときに伝えられた言葉。
『こちらにいるように、あちらにも裏切り者はいるのですよ。その者とは連絡が取れなくなりましたが、このチャンスは無駄にはできませんな? 庄屋様』
「じゃあ、あなたが……!」
「お待ちしておりました。ロボカ・ミセスと申します。話は移動しながら行いましょう」
ロボカ・ミセスと名乗るその人物の後をついていく。
——彼がその協力者であることは間違いなさそうだった。
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