侵入作戦への覚悟、今一度






(帰りたい……)

 

 

 そんなことを思ってしまったのは、この国でしか見れない景色と夕焼けを見ながらであった。




 ——心は正直である。

 

 出会い、食事、文化……この国で良いこともあったが、それでは隠せないほどの精神的疲労はやはりある。

 やっぱり慣れない環境は好きではない。この国にきてより一層そう思うようになった。大通りでの差別も体験した。価値観も違う。




(ただ……こんなに疲れているのはやっぱり……)



 孤独だ、俺を悩ませるのは。


 魔術石であいつらとも会話もできる……なのに、孤独をひしひしと感じる。原因は他にあるのかもしれない……が、この感情が強くなったのはに気付いた後である。



 あるとすれば、例えば、あいつらの顔が見たいのに見れないからとか?

 

 それとも、そんなことは関係なく転生前からの記憶が心の奥底から蝕んでいるからだろうか。






 この丘から夕陽を見ながらそんなことを考えていた。


 




 ——手首につけた白のバングルを無意識に押さえる。



 気づけばいつの間にか孤独になりかけていた。いや、元に戻りかけているといった方がよいのか?

 

 



「俺にしては、らしくないことを考えている……」


 

 仕方ないんだ。

 この世界に来てから孤独という恐怖は今日まで姿を消していたのだから。




 あの町に来てからもシンデン・ミミレという幼馴染が傍にいた。

 彼女がいたからどんなケガをしても笑って家に帰ることができたし、彼女が失踪した後も「彼女のために」と戦うことができたのだ。


(俺はシンデン・ミミレという人を本当に好きだったのだな)





 俺や周りの人間を裏切ったのだ。俺はアイツのことを嫌いになるべきだ。しかし、本心では嫌いよりも生きていたことの安心が勝つ。







 ともかく、今はアイツは俺の隣にいない。幻影すらも見えなくなった。

 でも、はいなくてもはいるじゃないか。なんで孤独を感じるのだ。



 足場の悪い道を進んで、肩をぶつけながら人ごみの中を進んで、よく見た「八面荘」へ続く複雑な道を目の前にして気づく。「…………あぁ、そうか」と。



 あいつらは俺のことを単なる男友達として見ているのだろう。あれはそういう目だ。会話だ。そうだ、きっとそうである。そうでなければを強く感じるわけがない。



 つまり俺は「シンデン・ミミレ」という人物が、最初で最後の最も結婚に近い人物であったのだろう。

 もうこれからは誰かのために戦うことなく、自分一人この両足で立って戦わなければならないのである。





「じゃあまた、に元通りだな」



 

 元に戻ってしまった。

 その事実だけが残った。今日の朝の「独立」はただの強がりで、本当は「孤独」なのだろう。









(死……か。それもありだな)

























 八面荘へ帰ってくるとそこにフッチャルさんの姿が見える。どうやら俺の帰りを待っていたらしい。

 たしかに少し遅くなってしまったがそんな心配してもらわなくても良いのに。



 



「——アンタまたどこかに行っていたのかい!?」


「ま、まあ、はい」





「あんまり外は今危険だから出歩かない方がいいのに……、今日も食べていくかい?」


「困っているじゃんよ……食べていきますか、庄屋君?」





「いいんですか? ぜひお願いします」





 フッチャルさんの所へお邪魔することにも慣れてきて、変な緊張感は無くなった。


 部屋に入って、以前から変わらない積みあがった物とそこに飾られた写真。その詳細は前回分からなかった。

 気にしないようにしたいが、気にしないようにしようとすればするほど、逆に気になってしまう。






 せっかく人と話せる機会なのだし、何を話そうかなと考えてみたが特に思いつかない。

 明後日の件についてはあまり話すのは良いものではないだろう。



 そんなことを考えて気を紛らわして過ごしてみる。




 ——ただ、どうしてもその写真に目がいってしまうのであった。



 




「そんなに気になるものかい?」




 フッチャルさんがその様子に気付いたのかそう声をかけた。その少女の姿はないのだから何か事情があるはず。その「事情」を聞くことがもしこの方たちの傷口をえぐるのであれば……と考えると少しだけ自分の無遠慮さに恥ずかしく思う。





「えぇ、少し」




「そうかい。なら気が乗らないけど話してあげる。ミガーテもいいね?」


「ああ、そうだね」




 フッチャルさんは狭い部屋の端の方へ行って支度を進める。俺は黙って過ごしていた。







============











「できたよ。パンと一緒に食べるとおいしいさね。それで——娘のことかい」










 フッチャルさんは今日の食事を持ってくる。それと同時にその話題について話し始めてくれた。



のことについて話す前に俺たちのことについて話した方がいいんじゃない?」



「そうさね」




 ミガーテは出された赤色のスープ料理——一見、辛い物かと思ったがどうやらトマトの赤色であった——と置かれた乾燥気味のかたいパンとを一緒に食べながらそう言った。






「もともとワタシ達はここに住んではいないんさ。アグリプラント地区なんて呼ばれる場所で農業をして過ごしてたんさ」



(つまりプランタってことだよな?)



 プランタ……この国でもお金を持っている人物で、以前聞いた『黄金族の大移動』の原因の一つ。


 プランタであったということは、元々富裕層であったということだ。しかし、出会ったころからフッチャルさん達はそんな気配すら感じさせない。そもそもこんな防音すらまともにできないところに住んでいるのだ。





 その理由も併せて語らられるのだろう。



「でもある時に、同じ農業仲間プランタから疑いをかけられてね」


「どんな疑いを?」


「なんでも『人の畑を荒らした』だとか『畑に死骸を投げ捨てた』とかいろいろ言われたさ。嘘だと思ったけど、どうやら本当にそんなことが起きていたんさ。まったくワタシ達は何もしていないって言うんに」




 はそれだけで終わらず、何度も何度もそのたびにフッチャルさんとミガーテさんは疑われた。


 やがてフッチャルさんたちはプランタ達から避けられるようになり、また、 悪質なイタズラの被害にあうようになった。

 それは、フッチャルさんたちを犯人だとする、一部のプランタ達からのイタズラであった。







「どうして疑われたんですか? 別に怪しい動きなどはしてないのでしょう?」




「ワタシの畑以外すべて被害にあって、そんな中、ワタシ達の畑は無事だったんさ。だから『アンタの畑はそんなことになっていないから犯人はアンタたちだ』なんて言われたね」





(それは……犯人だと思われてもおかしくないよな)



 たしかに被害にあっていないのであれば、変な疑惑も出てくるかもしれない。

 しかし、冷静に考えればそんな露骨なことをするだろうか、そして何のためにそんなことをするのだろうか、と思うだろう。






 

「アンタの所とは違って、えーっと、ほら……かんし、カメラ? なんてものはないから、身の潔白は証明できないんさ。信頼と噂でその人が黒かどうか決められるのさ」


「……嫌な社会ですね」


「でもそんな中で頑張れたのは、娘のモカカがワタシ達のことを支えてくれたからだし、ワタシ達がモカカのことを愛していたからさね」





「モカカ……この少女のことですね?」




 写真を見ながらそう聞くと、首を縦に振った。


 褐色の肌に黒髪で、ミガーテさんとフッチャルさんに挟まれるようにピースをして写っていた。元気そうでかわいい笑顔である。

 ただその隣にいる二人を見ると、今よりも若く見える。ミガーテさんは今よりもガッチリしているし、フッチャルさんはやせていた。




 かなり前に撮影されたものなのだろう。







「そんな状況で一人の男がアグリプラント地区にやってきた。その男こそ、メフガ・ジャンビシキシさ」 





 黒髪で金のメッシュがあって、白すぎる肌のアイツ。


(あの身なりだったらこの国の出身ではないと思ったが正しかったな……)




「メフガとかいうクズは最初、裏金でアグリプラント地区の議会を乗っ取った。口ではプランタの得をするようなことを言っておきながら、裏では様々な情報を集めて計画を企てていたんだけどね……ま、アンタには関係ない話さ」




(計画? もしかしてそれって——誘拐計画か?)



 メフガの計画といえば一つ思い当たるものがある。それこそ「プランタの子供を誘拐する」計画である。


 アグリプラント地区はプランタとの関連性がある土地だ。そこで様々な情報や調査をもとに、計画を進めることができるだろう。





「話が少し逸れたね……ともかく、最初やってきたときはいい顔して周りのプランタ達をだましていたんさ」




 聞けば聞くほど、議会に参加できるほどメフガは多くのプランタから支持されいたことが分かる。

 なぜなら彼のカリスマ性だけでなく、その強力な資金力やマーケティング力で、多くのプランタのサポートをしたからであった。




 議会ではプランタ達の連携を図るだけでなく、国の中心や外国への農作物の価格を決めていた。


 多くのプランタは恩とばかりに彼の要望であったその議会参加の承諾を得られるように動いて、メフガは議会参加を認められることになった。









「ワタシもその時見事に騙されていてさ……あの時、彼の要求を拒否していれば……、迂闊だったね」




「……あれは仕方ないだろう。俺たちへの嫌がらせを説得してなくしてくれるって言ったんだから」




 先ほどまで晩御飯を食べていてしゃべらなかったミガーテさんが、話の途中で暗い顔をしたフッチャルさんの肩を持った。




「俺達はまんまと騙されたんですよ。そのころプランタ達からの嫌がらせもひどくなっていて、そこにアイツがやってきたもんだから……」





 その一方でフッチャルさん達は変わらず嫌がらせを受けていた。そのころには反論するだけの気力はなく、やられるがままであった。



 そんなときにメフガはフッチャルさん達に交渉を持ち掛けた。



「『娘さんを屋敷で働かせてくれるなら——』……そんな甘い誘惑に騙されなければ良かったと、今でも後悔しているのさ」



 それは彼の容姿の気味の悪さを忘れてしまうほどの取引であった。

 フッチャルさん達の娘をメイドとして屋敷で働いてくれるなら、議会の方で嫌がらせを無くすようにうまく言ってくれるという取引。


 応じないはずがなかった。娘のためにも、自分自身の未来のためにも。







「……メフガが建てたお屋敷は石造りの家が多いあの地域では憧れの的だったし、そんなところで働けて、なおかつ嫌がらせもなくなるならば……拒否する理由がなかったんだよ」




 ミガーテは食事をやめていた。いつの間にか料理には手を付けていなかった。



 彼は——泣いていた。写真の方を向いて静かに泣いていたのであった。







「ミガーテさん……その後、何が起こったのですか?」





「俺達は、その後追い出された。メフガは結局……誤解を解くことはなく、むしろ俺達がやったと議会で報告したんだ……!」



 嗚咽を抑えて、声を震わせて——絞り出した。







「アイツはすべてを奪った。家も畑もお金も……そして、大切な娘もッ!」



「……ワタシ達はそれで追い出されたんだ。決してメフガは許せないし……そんな奴と手を組んだ王も同じだね」











(――――――)




 フッチャルさんとミガーテさんの表情、声、記憶……感じ取れるものは、




 これが共感ということなのか。



 自覚すると同時に来る責任感。

 この二人からこの話を引き出したのだからという罪悪感にも似た感情が湧いて出てくる。





 今まで感じたことのない感情であった。











============





 二日後の朝。

 国の中心から外れた人通りの少ない場所。そこに執事服を着た人物と御者の二人がいる。


 その執事はリャン側ではなかったがすぐに王宮の人物であることが分かる。



「リャン側様より伝言です。『暗くなるまでに済ませなさい』とのことです」



「そういえばなんですけど、なんで朝なんですか? 身を隠したいのならば夜では?」


「それはメフガの従者である『影の者』が夜に活動するからです。暗い場所は彼らの独壇場。暗くなる前にお願いします」







 昨日は今までの分の休息をするように寝続けて過ごした。今日は、メフガの家へ侵入をして人質となっているこどもたちを救出する大事な日である。


 つい先日まではなんとも思わなかったが、この国の未来を左右する大切な役目だと自覚すると、なんとも言えない緊張感を身体で感じた。


 

 馬車に乗り込み深呼吸をする。



「準備はいいですか、庄屋様?」


「ああ、いいぞ」




 タグラグル・スケッチも持った──タグラグルの方は撃てないが──し、動きやすく目立たない服装を着た。最悪戦闘になってもいいように覚悟はしている。



「メフガは私達にお任せください。今日、政策の対談と称して招待しております。日中は帰ってくることはないかと」


「まぁ、さっさと子供たちを助けてくればいいんだろ? 頑張ってくるわ」



 



 ここから一昨日フッチャルさんが語っていたアグリプラント地区へ向かう。




 最初にリャン側に出会った時に、「メフガの住所を知らないんじゃないか」なんて言ってしまったが、彼が議会で力を持っている以上、住所を知らないなんて考えられない。


 かなり潜在的に王側の組織力を疑っていたのかもしれないと反省する。





(さて……切り替えて行くか)





 過去の決断や未来への不安など、今は気にしない。


 今は自分が正しいと思ったことを死なないよう全力で取り組むべきだ。





(………………ああ、ったく、気合を入れろ、俺)




 でも、隣には誰もいない。これから孤独のまま戦うのだ。








 気にしない方がいいのに、気にしてしまうのだ。

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