王は何を思うか
(様子が少しおかしい)
と、感じた出来事は王宮へ向かっている最中の話であった。
——その前になぜ王宮へ向かっているかというと、王へイロモノの力を確認するためである。あの女性の方々()に聞いて来いと言われたのだ。
命令されたと言えど、自分も純粋にイロモノの力を持っているか気になったからそこまで面倒くさいとは思っていないが。
あと、リャン側——「リャン様の側近」に潜入はいつか聞くためでもあった。
ともかく、その道中で何人かの通行人とすれ違ったが、そこで聞いた話というものが俺をそんな風に感じさせたのであった。
『王は力を持っていないのではないか』
『俺たちのことをだまして、王様はいいように使おうとしているのではないか』
『なんか、信じられなくなった……』
すれ違った数十人そのようなことを話していたのだ。
昨日まで王を擁護するような声があったのに急な話だ。
あの事件の後であるし、メフガという食料品の値上げの根源と手を組むなんて言っているからだと思うが……一瞬で評価が変わったことに驚く。
「庄屋様、今日も来てくださったのですな」
「ああ、まぁ、いろいろと確認するために……本題に入るその前に少し聞きたいことがある」
「何ですかな。私に答えられることであればなんでもお答えいたしましょう」
王宮へ着き、すぐにリャン側のもとへ行く。
最初に、侵入する日はいつなのか聞く予定ではあったが、先ほどの違和感を先に消しておきたいと思い、会話の導入の世間話程度に聞くことにした。
「——なんてことを聞いたんだ。なんか王への評判が悪いぞ?」
「ふむ、そうなること予想はしておりましたが……聞くところ、誰かが吹聴しているようにも思えますな」
「結局は他人事になるがそこは気になってな。メフガをどうにかしたところで、国民の支持を得ることができなかったら、行き着くところは変わらないだろ?」
「その時はその時ですよ」
そう言ってニッコリと微笑んでいたが、俺からすると何を考えているかわからず、少し不気味に思えた。
他にも観光名所や食べるべき料理などの話も少しした。今度、侵入が終わって時間が空いたら行くことにしようと決めた。
「おっとそういえば、侵入計画の日が決まりました。明後日……いけますかな?」
その流れのまま俺が聞きたかったことについても触れることができた。
(明後日か……)
別に問題はない。ただ少し余裕を持ってほしいとも感じる。まぁ、メフガの脅威を少しでもどうにかしたいというのは分かるが……。
「お願いしますぞ。子供を誘拐し、国の支配を望む外道にをこれ以上放っておけませんのでな」
「問題ない。わかった明後日な。あとこの後、王と話したいことがあるが、時間あるか?」
「ええ、問題はないですよ」
「王の力」というものは本当に存在するのか。もしそうなら本当にイロモノの能力なのか知りたい気持ちはある。
継承できるイロモノならば大発見だ。なにか継承方法があるのならば、今後何かに生かせるかもしれない。
「紅茶、いりますかな?」
「いただこうかな。ありがとう」
リャン側は席を立って、紅茶の準備を始めた。その後ろ姿を見る。
きっとリャン側は俺のことを気遣っているのだろう。変に緊張すれば、この後の侵入作戦とその後の計画が崩れる、と。
ただ、俺自身不思議と緊張はしていなかった。それに、明日への不安も薄くなっていた。
もちろん若干の緊張はある。ただ、以前より思考は整っているし、どこか成功するだろうという良い予感があった。
これもきっと今日の彼女らとの会話が原因だろう。あの瞬間から明確に変わったのだ。
それと同時にいつかのことを思い出して、恥ずかしさを覚えた。
(なにが『五人の少女(笑)』だ。笑うこともできないほどみっともないのは俺の方だろうが……)
過去のひねくれた思考が今となって現れる。なぜここまで自分は彼女らを裏切る行為ができるというのだ。
「この際なので少し話を聞いてもらいたいことがあるのです」
意識が自分自身に向いていた時、その声によって改めてリャン側の方へ向く。部屋にはいつの間にか紅茶の香りが漂い始めていた。
「……話というのは?」
「私の力のことです」
「力?」
「王の力」というものが頭の片隅にあったので、思わずそう聞き返した。
「えぇ……。それは魔術ではありませんよ。何というか、不思議で特別な感じがするのです」
突然、力と言われて一瞬何のことかわからなかったが、しかし魔術でないのならばと、頭の中に「イロモノ」という言葉が思い浮かぶ。
「おそらく、
「——イロモノ、ですか?」
「そうでした。多分そうだと思います」
「どうぞ」と紅茶を差し出される。以前と変わらずおいしかった。
具体的にどのような力があるかわからなかったし、イロモノかどうか信じることはできなかった。
だから、今まで感じていた違和感を解消するべく、リャン側に質問をしてみることにした。
「少しいいか」
「えぇ、どうぞ」
「リャンは出会ったころから、俺のことを随分信用していたがなぜなんだ」
それは——俺への信頼。
ああ、そうだ。考えれば考えるほどその感情は強くなる。
そもそもこの侵入作戦はなぜ俺なのか。エルモと話したが、一定の信頼がある第三者が適任であろう。しかし、その時であってもこじつけのように感じて理解はしたが、納得はいっていなかった。
なぜなら、この作戦の背景を知ったからこそ生まれる作戦自体の重要性とそれを実行する俺への信頼の量が釣り合っていないからだ。
失敗すれば王国は高い確率で詰むのに。
聞いてみたがリャン側はすぐに答えることはしなかった。ただ、あごに手をあてる動作はしていたので、聞いていないということではなさそうだ。
十数秒くらいの沈黙の後、リャン側は口を開いた。
「——昨日と今日の朝、どなたかと会話しましたね?」
突然の発言に思わず吹き出してしまう。
「ブふっ……! なんでそれを……」
「エルモ、という男性と複数人の女性の方々……年齢はそこまで離れていないようですね」
一体どこから知ったのだろうか。通話相手の名前も当てられた。
「先ほど話した通り、私にはその『イロモノ』というものを持っています」
「それが、それなのか?」
「不思議ですね……私が入れた紅茶を相手に与えるだけで、相手のことが分かってしまうのですから」
そう言って自分で入れた紅茶を飲んで「今日もおいしいですね」と一言つぶやいた。
用は、紅茶を相手に飲ませることでその相手のことについて知ることができる、ということか。
イロモノの能力の発動条件は様々である——気分、体調、思い込み……そして、特定の行動。
「いつからですか?」
「実はつい先日です。以前話した王の教育係が失踪してからです」
イロモノの能力の発動のきっかけ……リャン側はどこか悲しそうに話し始めた。
============
リャン側は自身の本名と教育係であったミスタブ・ロドロドルについて語り始めた。
リャン側というのは王宮内での呼び名。本名はマイエルンと言う。
マイエルンは元々孤児であったが、店を営んでいた少年時代に偶然訪れた先代の王に拾われた。それから王宮内で使用人として働いた。
その少年時代からの友人で会ったのがミスタブ・ロドロドルである。
この国に救われた、という似たような境遇で互いに意気投合し、マイエルンが使用人として働いていた時も一緒にどこかへ遊びに行くほど仲が良かった。
「ミスタブ・ロドロドルという方は、そこからどのように王の教育係になったのですか……?」
リャン側のその暗い表情に自然と丁寧な言葉になってしまう。それは紅茶の匂いが漂うこの部屋と、彼の持つ雰囲気がそうさせたのだ。
「私が推薦したのです」
「リャン側……マイエルンがですか?」
「ええ、彼はこの国の発展のために様々な分野の学問を修めておりましたから。それに——彼と私は考え方もそっくりでしたから」
国の上の人間を務めるというのも簡単なことではないだろう。それは単に技能や才能の問題だけでなく、精神的な負担もある。
もし……親友ともいえる友人が一緒に働いてくれれば。それも優秀で、考え方も似ている人間であるとするならば、これ以上ないほど心強いだろう。
「………」
「何より、王を支え、王をどの国の王よりも誇れる姿にすると誓った、相棒以上の仲なのですから」
しかし、その相棒はもういない。最悪の形での別れとなった。
「そしていつもこの国の未来について話す時、必ずこの紅茶を彼に差し出していました。彼を信頼していた。それと同時に彼から信頼されていると思った——だからこそ、私は裏切られたと思った……!」
この紅茶に秘められたものは彼にしかわからない。
しかし、目の前にいる人間の迫力を見ると、今なら俺にもわかる気がする。
「それ以降です。彼の失踪に気付いた侍女に振舞ったときに、頭の中でその者の情報が湧いて出てきたのです」
「だから俺を信用していたのか」
(最初に出会ったころからやけに信用してくると思ったらそういうことだったのか)
そうならば今ままで感じていた違和感も解消する。俺のことが分かれば——自分でいうのはアレだが——ある程度信頼できる人間だとわかるだろう。
「失礼なことをしたと反省しております。この通り……」
「そういうのはいい……なるほど、だからか——って、あっ、ッ……!」
——思わず体がはねる。
(まさか……俺の記憶を?)
それ絶対にだめだ。
認めてはいけない。
俺の記憶なんて知られてはいけない。
なぜなら、俺には前世があるから。転生者なのだ。
もし仮に知られてしまったら——
「な、なぁ、他にどんな俺の記憶を?」
「……? 他、ですか? 1、2か月の出来事なら鮮明に。生まれてからのことはうっすらと」
「そ、そうか。よかった……」
一瞬焦ってしまったが、そんなことはないようだ。
聞けばすべてが分かるわけではないらしい。詳しいことはまだわかっていないが、飲ませる紅茶の量が多ければ多いほど得られる情報は増えるようだ。そして、分かる情報は「記憶」ではなく、表面上の記憶らしい。
つまり、「何を思ったか」ではなく客観的な行動が分かるらしい。
(——なるほど、分かりそうで分からん)
ともかく自分の情報はバレていないということだ。
「こういったイロモノは存在するんですかな? 特定の行動をすると発現するイロモノは」
「ある。もちろん少数派だが……紅茶はこの一杯だけで十分ですんで……」
「むぅ、承知いたしました、っと少々長話になりましたな。失礼いたしました、この老いぼれの話を聞いてくださって」
「いえいえ。自分も頑張らないとだな」
「さて、そろそろ王の元へ。ああ……ですが——王の力の話題は禁止、ですぞ」
「…………わかったよ。気を付ける」
最後の最後にくぎを刺されてしまう。
どうやら、王の力というものはあまり触れてほしくないらしい。俺は背中に視線を感じながら部屋を出た。
============
「なぁなぁなぁ! この漫画面白いだろ!」
「勉強はいいのか、リャン様?」
「うるさいなぁ……このカッコいいシーンが分からないのか?」
王の部屋に行くことを決めたはいいものの、せっかく来た目的を無くしてしまった。
そんな何をすればよいのか分からない中、部屋に入るとだらしない姿で漫画を読んでいるリャン様がいた。
ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「というかその漫画、どこで買ったんだ? それってデヴァステーションのものだろ?」
「えっ? そうなのか?」
「知らずに読んでいたのか……数年前の人気な作品だぞ、それ」
「オレが物心がつく頃にはすでにあったから何もわからなかった」
なぜデヴァステーションのものがここにあるのだろうか。
漫画といえばデヴァステーションが発祥の文化である。一つ一つの発行数は少ないが、その作品は人気があったからなのか珍しく重版された。
それと合わせて一つ思い出す。
それは、あの会場にあった壇上のマイクであった。王が使っていたマイクは、おそらくデヴァステーションのものだろう。最新のものではなさそうだが。
「そういえばあの会場で使っていたマイクもデヴァステーションのものだよな? なんでここに?」
「それは……オレにはわからんけどな」
「あるってことは誰かが買ったってことだよな」
デヴァステーションの機器類は、電力規格上、輸入してもその国で使えないもの多い。そのため珍しいと感じる。
「マイクは今年初めて使ったんだよなぁ……というか、祭りで人前に出るのは今年が初めてなんだぜ?」
「そうなのか。てっきりいつものことかと」
「いや、なんかさ……『王もそろそろ大人になることなのですから人前に出て活動をしなさい』ってリャン側に言われちまった」
しかし、あそこで見せた姿は確かに王らしかった。人々に文句を言わせないほどの凄みを感じた。
この歳で、しかも初めてであんなことができるのだから、王の才能にはあふれているのかもしれない。
「そもそも、オレ達王家は元々人前に出なかったんだよ。それがなんか、オレの代から徐々に出ようだなんて話が挙がったんだよ。マジで面倒なんだよ」
「それよりも前、ほら、リャン様のお父さんはどうだったんだ?」
「——お父さんの話は嫌だ!」
「ッ!」
突然そう叫ぶと露骨に嫌な顔をこちらに向ける。先ほどまでのんびりした空気だったのが一瞬で変わる。
驚いて思わず体が少しはねてしまう。
「すまん……なんか気に障ることを言ったか?」
「お父さん」という言葉に拒絶したのだろう。リャン様にとってお父さんはひとつ前の王にあたる。
本当に何も知らない俺に呆れたのか、リャン様はそのまま漫画を顔に乗せてため息をついた。
「良かったな。機嫌が悪かったら追い出すところだったぜ……はぁ~そうか、分らんか」
「教えてくれないか。関係性よくわかっていないんだ」
「あのな——」
話を聞いて、リャン様がお父さんをどれだけ嫌っているかが分かった。
リャン様にとってお父さんは中途半端に王の座を退き、無責任に仕事を押し付けた意気地なしであると。俺が同じ立場になり、この年齢でこんな大事を任されるとなれば笑えないだろう。
リャン様のそう語る姿表情は嘘はない。本気で自身の父を憎んでいるように見える。よく考えると、こんな感情を持っているとわかることかもしれないが、しかし、俺は納得ができなかった。
「お父さん」だけでなく「お母さん」も、俺にとって、どちらも尊敬すべき人物であったから。直感的に納得ができない。
「——悪かった。本当にそう思っている。すまなかった」
ただ、やはりこの場はしっかりと謝罪すべきだろう。俺はしっかりと頭を下げてリャン様に謝罪する。
「もういい。気にすんな、オレも久々にストレス発散できたしな」
そうは言ってくれたものの、少し気まずさが残る。空気をかえるためでもあるが、以前から気になっていたことを話題に出した。
「……なぁ、リャン様って外に出たりしないのか? 今は命を狙われているから出れないのは分かるが」
「ん、あぁ、オレはあんまり外に出ねぇなぁ。というか、普段はあまり外に出るなって言われてるし」
「そうなのか」
「ま、アンタが諸々の問題をどうにかしてくれたら外にでも出ようかな、なんてな、ハハハ……」
外に出てみたいのは本当なのだろう。しかし、後半にかけてリャン様の言葉は自信を失っていくように、声量が小さくなった。
「どうしたんだ? 急に自信がなさそうに」
「………………」
「……何か不安なことでもあるのか?」
俺がそう聞くと黙って頷いた。
何を不安に思っているのか、と聞こうとした瞬間に、王宮まで道のりであったことを思い出す。もしかして……と思っているとリャン様の方から語られた。
「——オレ、今、国民にすら嫌われているのかもしれないんだ」
「そうか……」
やはりそうであった。
たとえホワイトノワールの危険がなくなったといっても、メフガと手を組んだ事実は覆しようがない。
プランタを中心に悪評が広まっている可能性がある。いや、可能性ではなく、実際、あちこちでそのような話が挙がっているのだ。
「あーッ! クソっ! アイツが大嫌いだ!」
「まだ嫌われてはいないと思うぞ」
「本当か!?」
「でも、次何か怪しいことをしたらまずいかもな。結構限界かもしれん」
「んじゃあやっぱ駄目じゃねぇか!」
そう言って頭を掻きむしるリャン様。
ホワイトノワールをせん滅しても、もし国民に嫌われているのであれば、下手したら暗殺が起こる可能性だってあり得る。するとどうだろうか。ホワイトノワールが消えても、新たな命の危険が王宮の外にある以上変わらず外に出ることはできないだろう。
「でも、そうさせないために俺がいるんだろ?」
これ以上メフガの暴走を止める必要がある。そのためには、人質となっているプランタの子供を救わなければならない。もしそれに成功したら、プランタの支持も得ることができるかもしれない。
「……! そうだよな! そのためにアンタがいるんだったよなぁ!」
「ああ、任せてくれ」
そうは言ったものの正直自信はない。
期待を寄せる目線を避けるように後ろを振り向いて、苦笑いをこっそりする。
(侵入作戦……か)
「バシッと決めてきてくれよっ! それでオレはその手柄を横取りするからさっ!」
「お、おう、任せろ。ただ本人を目の前に横取り宣言するのはなぁ……」
それから、時間が許すまで俺はリャン様と過ごした。
結局王の力については聞かなかった。なんかそれで良いと思っている自分もいた。まぁ、きっとあいつらから何か言われるのだろうが。
時が経てばきっと語られるだろう。それまで待ってみることにしようか。
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