あるとするならば







「クァーラン王国は長年ペドエル家が統治していたが、食物の不足を理由に王国は苦労していたらしい。そこでペドエル家は、シーニャ族が支配している肥沃な土地を征服し、そこで農作物の生育をしたいと考えた」




 しかし、その侵攻はうまくいかなかった。土地勘と優れた戦術があるシーニャ族が一方的に戦いを進めていた。




「ただシーニャ族も一つ悩みがあった。それは、その当時の近くの王国にも狙われていたということだ。所詮民族であるシーニャ族はその窮地から脱却するために、クァーラン王国にある取引を持ち掛けたという」



「その取引とは何だ」




 最初話に興味がなさそうだったエルが気になり始めたのか質問する。




「肥沃な土地と引き換えにシーニャ族の長も政治に参加させてくれ、というものらしい」


「なるほど。クァーラン王国との戦いを止めるだけでなく、名目上はクァーラン王国の下についているから、他国から攻められなくなるのか」



 エルは珍しく話を——それもエルディアの——聞いているが、きっと王として振舞う上での参考になると思っているからだろう。




「何かの役に立つかわからないが、調べてみて分かったことだ」




『ペドエルとシーニャ……そういえば今の王の名字にあったな』



「それからペドエル家の子孫とシーニャ族の長の子孫が結婚したことを機に、『ペドエル・シーニャ』という名字を使用するようになったらしいな」









 制服へ着替え終わったエルディアは、ベンチに座って話を聞いているシャドゥカスウォンの横に座って足を組む。



「——ただシーニャ族の長の本当の狙いは、一族の安寧や存続ではなく別にあったという風に唱える学者もいる」


『別の狙い?』




「ペドエル家はなぜ王になれたのか、それは『特殊能力を持っていたから』だ。クァーラン王国が成立する前は乱世ともいえるほど荒れていたが、そのを使って人々をまとめ上げて、一つの王国を作ったんだ」


『そういえば、ミッキ……こっちのコーディネーターも同じようなことを言っていた。初代は神と同じ能力を持っていると。それって多分だが、イロモノのことだよな?』



「ああ、我もそう思う。王の力を求めてその交渉をきっかけに近づいた、という見方をする人もいるらしいな」




 普通の人が使えない、魔術でも再現できない不思議な力……欲しいと思う人が現れてもおかしくない。




「どうやらこの力を代々継承していると文献には書いてあった。だから仲良くなれば継承できるのではないかと思って近づいた、と我は考えている」








「ええっと、『イロモノ』の能力って継承したり、他人に譲渡できたのでしたっけ?」

 





 イロモノが発生する条件は様々である。しかし、一般的に、「強い意志や激しい感情」を発生させることで唯一無二のイロモノになれると言われている。また、子供に遺伝したりすることはないと研究でわかっていた。


 そして何より、イロモノの能力というのは、本人の記憶や価値観に大きく影響を受けることが分かっている。

 そのため同一のイロモノが発生したり、イロモノの力を他人に継承したり与えることは基本的には無理だと考えられているのだ。




 だからこそ、クァーラン王国の王の力の存在がはっきりしない。





「『継承できる』という特性を持ったイロモノならば可能だとドゥカは思う。でも、そんなイロモノは想像できない。概念系? 干渉系? それとも、シェンみたいに特殊なモノ?」




 もちろんだからと言って「そんなイロモノは存在しない」と断言するのは不可能である。


 イロモノとは、エルディア、エルのような概念すら変えてしまう巨大な力であり、シャドゥカスウォンのように種族関係なく発生し、シェンのような定義できない特別なものも存在する。




 世界中を探せば、もしかしたら存在するのかもしれない。




「おい庄屋、お前は実際に王が能力を使ったのを見たのか」




『見てはないが……王宮まで王を運んだあの日に、二回、王は使ったのかもしれないな』


「使ったのか……? はっきり答えろ」





 庄屋は、王が祭りの会場で命を狙われ気絶したその日に二度使ったのではないかと話す。


 一度目は王宮へ向かっている最中に、突然頭痛と共に声が聞こえたという。その声は結局王の声であり、ホワイトノワールの人間という反王政過激派組織に捕まった時におそらく放ったものと思われる。



 二度目は安全な王宮まで運び、その側近と話をした後、待合室で庄屋は待たされることになった時。


 王宮の周りにはホワイトノワールがいて、このまま帰れないのではないかと心配していた。



 ただ、その心配は杞憂に終わった。


 十数分経つと、そのホワイトノワールの排除が完了したという話を受け、実際庄屋も外に出て確認した。そこには数十人の白服の死体だけが転がっており、王宮の兵士は誰一人死んでいなかったという。





「助けを求める声か。二つ目の方は王の力と関係があるのか?」



「いや、二つ目の方も何かしらの力が働いていた、と考えて良いだろう。状況的にはホワイトノワール有利。もし勝ったにしても、兵士の死体が一つもないというのはおかしな展開だな」



『話を聞いていて思ったんだが、王はを持っているんだろ? その力を使って王宮周辺のホワイトノワールを倒した、と考えれば……』



「じゃあつまり、ですよ。本当に王様は能力を継承したのですね?」



「そうだとしたら、継承できるイロモノが存在することになるな」




 考えられないのかシェンが思わずそう質問する。


 継承できる、というのが本当ならばとんでもないことだ。


 


「シェンのような特別なイロモノもいるのだ。いると考えても問題はないだろう」



「イロモノの特性がそうなのかもしれないし、もしくは継承するための何かしらの方法があるかもしれない。調べてみてもそれは載っていなかった。深く考えても答えは出ないだろう」




 エルディアが言った通り、単に継承できるイロモノとも限らない。イロモノを継承する何かしらの方法があるかもしれないのだ。





「せっかくだ。王に直接聞いて来い」



『え?』



「確かにな。庄屋は王と話せるのだろう?」






『こっちにも立場的なものがあるんだぞ』



「ダメ元で聞いてみてくれ」



「ま、それが一番いいわね」




『え、そこにいる全員同じ意見?』




 聞いてみて、本当にそんな力があるのか分かれば、庄屋が今悩んでいることの答えになるかもしれない。そうでなくとも、会話のテーマの一つになるだろう。






「ついでに、その王に王としての才能があるか見てこい」



『えぇ……どうやって』



「余を基準に考えろ。噂通りの暴君で、国に未来がないかどうかが分かる」



『一応最後まで王の味方をすることになっているんだが』






「知るかそんなこと」





 無茶苦茶を言うエルにネックレスの向こうから苦笑したような声が聞こえる。





「……庄屋様」



『どうした、シェン』




 涙の跡が少し残っていた。しかし、そんなことが気にならなくなるような真剣な眼差しで庄屋に語りかける。



「生きて帰ってきてくださいね」



『ああ。帰ってこれるようにしっかり問題を解決しておく』



「いいえ、そうではありませんわ、庄屋様」





『え? 違うのか』






「シェンはお前にただ無事に帰ってくることを望んでいるんだ。問題が解決したとかしてないは関係ない」




 シャドゥカスウォンは庄屋の勘違いを訂正する。シェンは決して「問題を解決して来い」という意味で言っていないのだ。





「盟友、お前はもっと自分中心であるべきだぞ。そういうところも……嫌いじゃないが」




『…………そうか』

 


 庄屋は何か気づいたようにボソッとつぶやいた。








「正義感が強いのは分かる。ただ、そんな考え方で生きていけるほどこの世は甘くない。それに尽くす王は二人もいらないだろう……? 最悪見捨てて帰ってこい。わかったな?」









 その後、お昼ご飯を一緒に食べる約束をもう一度確認した。エルディアだけじゃなく、エルにシャドゥカスウォン、シェンが加わった。







============















(俺は……今まで何を勘違いしていたのだろうか)




 一人静かなこの部屋で、今までの俺自身を振り返ってそう思った。






 ——彼女ら四人の言葉で致命的な勘違いに気づいたのである。


 俺はこの世界に来てから、常に頭の中は出来事中心で考えていた。最優先は物事を正しい方向へ進めること。そこに自分はおらず、ゲーム「イロモノ」の登場人物の幸せを願って動いていたのだ。




 それが正しいと思ったし、正解だと思った。アギ・リクを倒すまではそれでうまくいったのかもしれない。




 でも、今は違う。

 ここに俺も求める正しさなど存在しない。




 ゲーム本編ではない今、何が正しいのか? 


 そもそも正しさというのは存在するのだろうか?







「生きて帰ってこい……か」






 あるとするならば、自分自身である。


 俺はこの世界の主人公ではないかもしれない。しかし、俺という人生の主人公である。 

 俺という存在は誰かの人生のためにあるのではない。自分が自分自身のために動かなければいけないのだ。



 生きるということは本来、出来事や環境の影響を受けることなく、独立すべきなのだ。







 俺は机の上の一枚の紙を丸めてごみ箱に捨てた。




 先ほどまで予定や敵対関係を描いていた紙であった。






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