追いつめられるエルディア、それと土下座。他3人
——その声を聴いたとき、心臓が少しはねた気がした。
子供の時なくした大切なものが、大人になったときに発見して、懐かしさと喜びが混ざった感情が現れたときのようだ。
だが、それもほんの一瞬のことで、怒りがあっという間に支配する。経緯を聞いている間、なぜ黙っていたのか理由を聞いている間、常に憤りを覚えていた。
——ただ、ある程度の状況を聞いた時には、怒りは消え、むしろ苦労していたのだなと気の毒に思った。
「………」
『すまん、本当に、マジでごめんと思って——「敬語を使え、ゴミ」——……はい、本当に申し訳ございませんでしたッ!』
自分以外居ない女子更衣室で庄屋の声が反響する。
それはそれとして、しっかり怒っておかなければならない。
余に本当のことを言わなかったということ、それは遠回しに余を信じることができなかった、ということを表す。余に言えば、生きていることを言いふらされるのではないかと思ったということ。
「そこまで馬鹿ではない。
『ハイ、申し訳ございません』
——思えば、こうやって人に怒りという感情をぶつけたのは初めてかもしれない。
そのときに思ったこと、感じたこと、考えたことを行動に移していたからか、必要以上の感情が湧きあがったことはない。
ともかく、今得た情報をまとめてみる。
「……つまりだ。理事長を殺し、市民権がなくなり、暗殺されそうな立場になったから、その王国に逃げたということか」
『はい。そうでございます、王様』
「……………」
『………あの?』
「約一か月」
『はい?』
「その一か月、余が何を思って過ごしたと思う」
普段ほかに人には聞かないような質問をその人物にぶつけた。
『何を思った、ですか?』
その人物——庄屋はその質問が理解できないかのように聞き返してきた。
本当にそういう人である、庄屋という人間は。
出会ったころから他人に対してあまり興味がなく、人並みに生きることにやけに必死で、そのくせ自分の死に関しては興味がない。
汚いことができるくせに、悲しんだり笑ったりできる人物。
余とは正反対で、馬が合わなそうで……ただ、心が通っていた。
『特に何も考えていないのでは』
「………ほう?」
ただ、今はうまく心が通っていないらしい。
「なるほどな。おい、もう一度教育してやる。すぐに帰ってこい」
『いやいやいや、さっきも言ったと思うけど、それはさすがに無理だって!』
「余の家にずっといれば良いだろう? 食事、睡眠、教育、すべてを確保している」
『おいおい冗談でしょ……? お前のところの両親と気まずいんだよ』
何があったのだろうか。帰ったら聞いてみることにしよう。
「……まぁ、確かに今は帰ってこない方が賢明だ。お前が言うそれとは別にな」
『何かあったのか?』
「最近、アインシュ・ゲイルの父親が躍起になって公安隊を解散させようと動いている。お前はアインシュ家との関係から巻き込まれる可能性もあるだろうな。市民権の問題もあるが、おそらくそれも考えて、そちらに住むよう促したのだろう」
『おお、怖い怖い。でもこっちも結構やばい状態だけどな』
「なんだと?」
コイツはどこに行ってもトラブルに巻き込まれるらしい。
話を聞いてみると、クァーラン王国で革命運動がおこりかけているという。
反王政思想の組織が中心となって王を暗殺しようとした騒ぎに巻き込まれて、引くに引けない状況らしい。
庄屋の性格や
「——お前はそろそろトラブルを回避する術を磨け」
『はい、すみません』
「しかし……そうなると例の情報も間違いなさそうだ」
『例の、情報……? なんだそれ?』
庄屋が不思議そうに聞いてくる。
例の情報……クァーラン王国近くの国が宮廷クラスの魔術師と数十人の兵士を、そのクァーラン王国へ派遣する準備をしているというものだ。
『え、なにそれやばすぎ。聞いていないんだが』
「言ってないからな」
『それは確かなのか?』
「信頼できる情報屋から決して安くない金を払って得たのだ。可能性は十分あるだろう。そのうち余のイロモノも反応するだろうな」
その国とクァーラン王国は今まで仲良くしていたのだ。ここにきて急に敵となる行動をするのは、ほとんど裏切り行為のようなもので、まさかそんなことをするのかと思っていた。
「仮にもそちらも王国。どうだ? 直接見てみて、簡単に侵略できる所なのか?」
その話をすると、庄屋は唸りながら何か考えた。
『兵士の数はなかなかだが、こっちの王国はかなり統率が取れていない感じがするなぁ』
「なるほど、統率の取れていないその隙に攻め落とす。悪くない作戦だが……」
『それに魔術師も多分いないと思う。やばいな、考えなければならないことが増えた』
ため息をついてそう話す庄屋。どうやら余が手助けをしなければらないらしい。
「——まぁその問題についてはこっちが解決する。お前はお前の責務を果たせ」
『えっ、やってくれるのか?』
「もし軍隊の進行を確認出来たら久しぶりに暴れてやろう。ただ、お前はしっかり生きて帰ってこい。これは王からの命令だ」
『ハイ、王様。任せた』
「余はこれからエルディアを〆なければならない。帰ってくるのを楽しみにしているぞ」
『あまりエルディアのことを責めないでやってくれ』
「それはどうだか。あぁ、それとは別に、ロッドスターは確実に潰して、あのロボットは存在を確実に消してやる。おそらくまた連絡する」
『わかった……って、また?』
「どうせシェンとあの龍族がお前の声を聞きたがるだろうからな」
通話はそこで終了する。
アイツのことだ。余と話せてうれしいだろう。
もう少しだけ長く話しておけばよかったと後悔するも、そろそろ時間である。これ以上は話せないのだ。まぁ、いつでもこのネックレスを使えば話せるのだ。
——ただ、今はそれよりも……。
女子更衣室の扉が開かれる。
「ああ……! 身体を動かすのはやはり楽し——「オイ、エルディア……??」——な、なにをしていたのだ……エル……?」
そのブラックダイヤモンドの髪の持ち主は、余の顔と手に持っているネックレスを交互に見て顔を青ざめた。
「どうした? 顔色が悪いぞ? 運動後は体が冷えるからな……」
まずはコイツを、もう二度と調子に乗れないくらいに叩きのめさなければならない。
「いなり寿司に四肢もぎ取って詰められるか、それとも土下座をして許しを請うか——好キナ方ヲ選ベ」
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「ようやく体育が終わりましたわね」
隣クラス……エルディアがいるクラスの人間がグラウンドから帰ってきているのを確認できた。なぜか女子生徒は顔を青ざめているが、特に気にすることではないだろう。
それよりも今日はエルディアが来る日。隣には詰め寄り隊長シャドゥカスウォンがいる。
「うん。次の時間はサボる。確実に聞き出す」
「それは……あまり……褒められたことではありませんけどね」
——しかし、いくら待ってもエルディアの姿は現れなかった。
関係はあるのか、エルの姿も見えない。
あと三分で授業が始まる……ということで、直接クラスの生徒に聞くことにした。
後ろの扉から入ってそこにいた女子生徒に声をかける。
(名前は確か、神水和さん、でしたね)
「あの、すみません……——え」
妾部シェンはその顔を見て驚く。
血の気が引いて、我を忘れたような表情のまま固まっていた。まるで致死量の悪夢を見させられたような恐怖の表情。
「神さん!? どうなさったのですか?」
「あそこは……女子更衣室は、地獄だった、地獄だったぁッ!!」
「どういうことですか……? 女子更衣室で何が?」
「行こうシェン。きっとそこにいる」
「え、ええ」
このクラスの女子生徒が心配だが、ひとまずそちらへ向かおう。
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「ええっと、これは一体……?」
「見て分からないか? 調教中だ」
女子更衣室を開けると、土下座をして頭を一切上げず少し泣いているような声を出しているエルディアと、仁王立ちのまま汚物を見るかのような目でその姿を見ているエルがいた。
「何があったのか分かりませんがやめなさい。エルディア様が泣いていますわ」
「止めん。こいつが二度と調子に乗らないようにしなければならないからな。安心しろ、暴力は使わない。暴力は、な」
そう言いつつも、この空間を支配するような殺気を一人に対して向け続けるのはやりすぎである。
エルディアは精神的な攻撃に対してあまり耐性がない。
妾部シェンは状況を理解するため、ひとまず聞いてみることにした。
「まずは何があったのか、そこからですわ」
「それは余に聞くのではなく、コイツに直接聞くとよい」
「エルディア、何があったんだ」
シャドゥカスウォンは土下座をし続けているエルディアに近づいて聞く。涙を流しながら、庄屋が生きていることについて隠していたことを話した。
シェンは本当は素直に喜びたいが、この異様な雰囲気の中ではそのように感情をあらわにすることができなかった。
「生きていたのか。エルディアはそのまま土下座し続けるといい」
シャドゥカスウォンは、庄屋が生きていたことを聞くと冷たい目でそう言い放つ。
「ドゥカ様まで……何か訳があったのでしょう?」
「本当に……すまなかったッ!」
「シェン、コイツは最初、庄屋が死んだと話を聞いた余たちの表情を見て楽しんでいたらしい」
シェンは「庄屋が生きていた」という事実だけで十分だった。エルディアのしていたことは悪趣味であるが、話を聞けば、彼女の兄である公安隊の隊長から、「他言無用で」と言われたという。
「本当に、生きているのですね?」
「生きている、それは、本当だ!」
「——敬語を使え」
「はい」と叫ぶエルディアを見ながら、エルはシェンにそのネックレスを渡す。
「これは最近エルディア様が付けているものですわね」
「魔術装飾が施されています! それで今まで庄屋とコミュニケーションをとっていましたッ!!」
「——いま、繋がるのですか!?」
「先ほど繋がったからな。向こうが拒否しない限り大丈夫だろう」
『……すまんかった、シェンとドゥカ。もう少し、良いやり方があったかもな』
「いえいえっ! 庄屋様が生きていてよかった……本当に……」
シェンはわずかに涙を浮かべながら、喜びを伝えた。シャドゥカスウォンは相変わらず無表情であったが、どこか安堵したように女子更衣室に置かれたベンチに座った。
『エルもそこまでにしてやってくれないか? ほら、エルディアだけじゃなく俺も悪いと思ってるし』
「盟友ぅ……!」
「……ふん。そこまで言うならばいいだろう。代わりを期待しているぞ」
エルディアは立ち上がり体操服の汚れを払う。そしてそのままロッカーに入った制服に着替え始めた。
「ところで庄屋様は今、どこに住んでいらっしゃるのですの?」
『クァーラン王国。本来は一か月間ゆっくり過ごして、そっちで市民権が発生したら帰る予定だったんだが……』
「何かあったんですの?」
「王国と王国を打倒しようとする組織の間に挟まれている、らしい」
「庄屋様って行く先々で何かに巻き込まれますわね……」
呆れたようなシェンの発言はおそらくここ四人全員の総意だろう。
「そういえば、クァーラン王国の歴史について少し調べた。何かの役に立つかわからないが、聞いてくれるか?」
『今はどんな情報でも欲しいからな。よろしくたのむ』
上下が黒の下着姿になり、制服に着替えている最中のエルディアが、話を切り出した。
以前、エルディアと庄屋が会話してから、何か庄屋の為になることはないかとクァーラン王国について調べていたのだ。
公安隊の図書室を使っていたのはそのためであった。
そしてクァーラン王国の歴史について語り始めた。
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