エルにバレてしまう!
エルモとの会話が終わった。馬鹿な俺でもわかるように状況を説明してくれた。
もちろんすべてが分かるわけではなかったが、方向が定まっただけでも十分であった。
正直、本当に王を信じてよいのか不安はある。しかし、どっちつかずの状態が続くよりも何倍も良い。
今後は王の味方として動くことにしよう。
エルモと会話が終わって少し経つと、また向こうから通信を試みているのが分かった。応えると、ネックレスの持ち主であるエルディアが通話に出た。
「——せっかくだ、一緒にお昼ご飯を食べないか!」
「一緒に……って、通話しながら昼飯を食べるってことか? 別にいいぞ」
「じゃあ今日のお昼にまた通話かけるな! 体育だから急がないと。またなっ!」
「おう」
通話が切れる。
(通話しながらご飯を食べる……初めてだな)
斬新だし、最近さみしく一人ご飯を食べる俺にとってはうれしい提案であった。今日のお昼はせっかくだし、完全栄養食ではなくて食べたことのない伝統的な料理でも食べることにしよう。
それから、予定や敵対関係を紙に書いて頭を整理したり、郵便箱の中を確認したりするうちに二十分以上は経過していた。
(さてと、後は何をしようかな……)
先ほどのお昼の件以外、今日はすることはない。別に王宮に呼び出されてもいないし、部屋に引きこもるのもありかもしれない。
なんか外出するたびに何か起こる感じがするし……。
「……そうだ。能力、久々に使っておこう」
今後どうなっていくのかわからない。
メフガ、ホワイトノワール、俺とミッキを襲った謎の人物……警戒しなければならない存在は多い。
ただ、戦闘が発生するかもしれないというのならば、例の力のリハビリもしておかなければならないのは事実。さっそく使ってみることにしよう。
俺は近くにあったごみを手に取る。
「……十秒後」
頭の中でイメージする。十秒先にそのごみを転送するイメージを。
瞬き一つすると、そのごみは消えてなくなる。
そして十秒と少し経つと、ごみは手の上に現れた。
(少しずれているな……久しぶりだからなのか、いつもより疲れている気さえする)
イロモノ……どこかで見た辞書には、魔術を超えた能力、またはその能力を使う人のことを指すと書かれてあった。
まさか自分もその「イロモノ」であったなんて、この世界に転生してきたときには思ってもみなかった。
魔術や超能力なんて当たり前ではない
ただ、この力があったおかげで今こうして生きている。
「しかし、アレだな。やっぱりあいつらと比べて地味だな。やっぱり、時空間系のイロモノは扱いにくいし、地味で分かりにくい」
例えばエルディア。
能力に「クリーシュ」や「テラールーム」なんて名前をエルディアは付けている、概念系のイロモノの一つ。
「クリーシュ」は想像で物を作り、「テラールーム」は一定の範囲内の概念を変更できる。正直、最強格のイロモノだ。
実際、ゲーム『イロモノ』の登場人物の中で最も強いといっても過言ではなかった。ただ、そのせいで、アギ・リクに狙われ、殺されることになるのだが。
それに対して俺の能力は、「物体を時間を超えて飛ばすことができる」という時空間系のイロモノ。
以前のアギ・リク戦で過去に飛ばすことができるようになり、自分自身その力の異質さと脅威を自覚し始めた……が、まだそれらしい立派な名前すら付けていないのが現状である。
「それに地味だし、うん、やっぱり地味だ」
地味、というか正確には、扱いにくいしわかりやすく強力ではないのだ。
イロモノには、大きく分けて四つの種類がある。
・人に対して影響を与える「干渉系」
・摂理に影響を与える「概念系」
・人々の記憶や歴史に影響を与える「時空間系」
・自身に影響を与える「自己変化系」
その中でも時空間系は特に扱いにくいとされる。時空間系を使用している俺もそう思う。
「制御しにくい、使用時の反動が大きい、現状に対して素早く解決策を提示できない……三拍子、大三元、三大巨頭。それこそ今のような行き詰った状況には使用できないしな……」
例えば、俺の今のような誰が味方かわからない状況では、「干渉系」「概念系」は非常に使えるだろう。
干渉系の一つ「人の思考が読める」能力なら、メフガの思考を読めばいい。
エルディアのような概念系ならこの王国の範囲内で「テラールーム」を使用して、都合がいいように変えてしまえばいい。
自己変化系だって、攻撃から自身を守ったりすることに長けているのだから、多少心持ちはマシであっただろう。
では、時空間系はどうか。
もう一度、ごみを持って、十秒先に飛ばしてみる。
「練習するくらいしか今はできないんだよなぁ」
たしかに、時空間系は他三つと比べて、「決定的、絶対的なものを一変させること」には適している。俺の力もうまく使えば、貧乏な状態から一瞬で億万長者になることもできるかもしれない。
ただ、ほかの三つもうまく使えば似たようなことができる。一般的に時空間系のイロモノでよかった、なんて思うことは少ないだろう。
ちょうど十秒経ってごみが現れた。先ほどとは違って意図したように能力が働いた。
時空間系の一つである俺の能力も、使える場面は少ないことは事実だ。それは認めよう。
しかし、その少ない場面で心の底から時空間系でよかったと何度も思ってきた。なぜなら、ゲーム「イロモノ」において、確定イベントを変えることができるからである。
——そういう意味では、俺には時空間系のイロモノは当たりである。
ただ、まぁ、今はゲームの本編が終了した後であるから、これから使えるイロモノとは到底思えないのだが……。
ふと机の上の魔術石を見る。
「……ん?」
机の上の魔術石は点滅を繰り返していた。
通話用の魔術石は普段、その辺の石ころと変わらない様子なのだが、相手方が通話を試みた場合は、魔術石のその模様が点滅するのだ。
そして今、机の上の魔術石は点滅を繰り返している。それはつまり、向こうから通話を試みている、ということが分かる。
「…………なんか、やばそう?」
——しかし、俺が気にしていたのは、その光り方である。
光り方は使用者によって異なる。それは所有する魔力の質や量が一人ひとり異なるからである。
いつもエルディアからの通話では優しく光っていた。蛍の光のような点滅であるため、見てて綺麗だな、なんて思っていた。
(――光り方が強烈すぎる……)
「蛍の光」? ……違う。
今回のは、まるで雷が落ちてきたときのような強い点滅を繰り返していた。
エルディアは「体育だから急がないといけない」と言っていた。タイミング的にも、相手がエルディアではない可能性が高い。
「……出たくねぇ」
嫌な予感がする。不思議と頭の中に一人の人物が浮かんでくる。
通話に出た瞬間、おそらくまずは無言から入るだろう。そして、女性にしては低い声で通話は開始する……。
俺はその通話に応えた。
============
体育、それは授業の中で唯一体を動かすことを目的とした授業である。
デヴァステーションの学校も座学だけでなく体育も行っている。それは単に運動不足になりがちな生徒の健康を維持するだけでなく、強力な魔術を使用するために大きく影響していると考えられているからだ。
数年前の研究で健康な人ほど所有する魔力は多いとわかったのだ。
ともかく今日は持久走をするというので、授業開始前までにグラウンドを三周走らなければならない。
制汗剤のにおい、あるいは日常的に使用している香水の匂いが充満した女子更衣室には、女子生徒が体操服に着替えるなどして準備していた。
多くの女子生徒は今来たばかりだが、その中で一人、すでに体操服に着替えた人がいた。
「——……これで良いな。あとは……」
エルディア・カネスは胸元が少しきつくなった体操服を何とか締め付けないように動かした。
そして、首にかかったネックレスを個人ロッカーに丁寧にたたまれた制服の上に置いた。
「よし」
小さくそう言ってロッカーを閉めた。
女子更衣室を出て男子生徒の視線を感じる廊下を歩き、昇降口で運動靴に履き替える。
グラウンドに一番乗り。足首を回し、走る準備をすると後ろから声をかけられる。
「エルディアちゃん! 一緒に走ろーっ」
「……ッ! 脅かすのはやめてくれよ。なんだ、
元気な女子生徒が後ろからエルディアに飛び乗って話しかけた。
話しかけてきたのは同じクラスの
エルディアと仲の良い人物の一人であった。
エルディアも運動は得意である。そのため、普段の体育では最初どちらが早くグラウンドを三周できるか競っていた。
「よし、じゃあお先っ!」
そう言って駆け出した水和の後ろをすぐ捉える。
「卑怯な奴だ! だが、負けんぞッ……!」
結局二人は他の生徒がグラウンドに来る前に三周し終わっていた。どちらが勝ったのかはわからないが、お互いに称えあっている姿が目撃されたという。
人が誰もいなくなった女子更衣室。
そこに制服を着た一人の女子生徒がいた。
ブロンズとマスタードに輝く派手な長髪を揺らし、ブロンズの目を輝かせながら女子更衣室のロッカーを見回す。
「アイツのはどこだ? ——ここだな」
エル・クロモンド・ハーツェルは気になったことを一つずつ潰していくため、行動をしていた。さりげなくイロモノの力を使って、その人物のロッカーを当てる。
開くと丁寧におかれたそのネックレスに腹が立ちながらも、手に取って確認した。
——気になったこと、それはこのエルディアのネックレス。
クラスは一緒である。
本来はエルも体育に参加するはずだが、ネックレスを確認するためズル休みで参加はしなかった。
(随分と気に入っているんだな。このネックレスを)
そのエメラルドのネックレスを手に取ってみる。
エルディアとは犬猿の仲のようなもの。
以前席替えでたまたま隣の席になったことがあるのだが、クラス中の空気が数段重くなった——いつ戦闘が起こるかひやひやしていたから——のを機に、クラスの隅と隅に対角位置に席が置かれ固定されている。
それくらい仲が悪い。しかし、それと同時に、親友のように互いのことを知っているのであった。主に庄屋のせいで。
(宝石や金に対してアイツがそこまで興味を持つだろうか)
意外にもエルディアは物欲がない。物という存在に興味は持っていても、金を払ってまで購入することはあまりしない。どちらかといえば物に執着せず、人に執着するタイプ。
そう思っていたエルはそのネックレスを一目見た時から違和感を持っていた。庄屋が死に気が狂った、とすら思ったが、どうやらそういう訳ではなさそうだ。
ネックレスをいろんな角度から見ていると、とあることに気付く。
「……なんだ、この魔術装飾は。複雑だが精密で……この街の人間ができるとは思えん」
それは単なるエルディアの飾りではなかったということ。
魔術装飾がされたものはこの街にもあるが、魔術の本場である国々にはかなり劣る。
特にこのネックレスの魔術装飾「
ただ、このネックレスに限っては、その魔術の本場に勝るものであると断言できるのだ。
「エルフなら可能か……。しかし、なるほど……」
(アイツの様子、このネックレス……それらを考えると、この通信相手は——)
エルは不思議と少しだけ鼓動が早くなるのが分かった。なぜか怒りもわいてくる。
通信相手はその人物ではないかもしれない。アイツの兄に繋がっているかもしれない。
ただどうしても気になってしまって、少しだけ怒りの感情もそこに乗っかって、魔力の制御が難しいが、通信をしてみることに決めた。
数度の光の点滅の後、その通信は無事繋がった。
「……………」
『……………』
相手との会話は沈黙から始まった。
その段階で兄であるエルモではないことが確定した。仲が良いと噂される兄のエルモとエルディアの関係性を考えると、最初の一言目は必ず挨拶をするだろう。
「おい、声を出せ」
向こうはなぜか沈黙を続けたままであった。ほとんど相手の確信しているが、こうもされると怒りが抑えられそうにない。
「警告だ。もし声を出さなかったら、余の力を使ってお前を……。知っているだろう、余の力くらい」
具体的な能力と行動は伏せる。もし仮に自身の能力を知っているものであるならば、必ず声を出す。
もっとも、正確な能力を知っている人物は召使いと彼だけである。
『オ、オカケニナッタ電話番号ハ、タダイマ使用——「本当に抹消してやろうかッ!」——ヒィッ、すいませんでしたッッ!!』
いつもの男の声が聞こえた——その時の感情は語られることはないだろうが、「抹消」などと怖いことを言いながらもエルの口角は上がっていた。
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