荒業の行く先、「公安隊」
カーテンを開けて、やってきたシャドゥカスウォンの向かいに座る。
「それで……どうしたのですの?」
お茶を差し出しながら、おそらく走ってやってきたであろうシャドゥカスウォンに問いかけた。おそらくというのは、汗一つかかず、平然としているからである。ただ、彼女の
差し出されたお茶は、シャドゥカスウォンの口元まで運ばれると一瞬にして飲み切ってしまう。
「相変わらず、飲むの早いですわね」と驚く。ふと見ると、机の上にあったはずのお菓子も半分ほどなくなっているではないか。
美味しいからなのだろうが、素直に喜ぶことはできない。元々、差し出す相手はこの方ではないのだから。
「考えがある」
真剣な顔でそう言って、もう一度、お菓子に手を伸ばすのを見つめながら、そういえば健啖家だったな、と思い出す。
「考え……? そもそも何について話していますの?」
「——庄屋について、だ」
突然、その名前が出て、驚いて身を震わせた。
先ほどまで考えていた人の名前を出されれば、頭の中を覗かれたと思って当然驚くだろう。
「ドゥカは……思うんだ。まだ生きているのではないか」
「やめてくださいまし。その話は終わったではありませんの?」
「なぜ庄屋の死体がまだでない?」
「…………」
「シェンも心の中で思っているはずだ。一か月近くでほとんどの戦死者やその遺体が発見された。それは単に公安隊や敵組織といった戦闘を行ったものだけでなく、巻き込まれた市民も名前とともに公表されていた」
数日前、公安隊から公表された死傷者リスト。多くの人が知り合いがなくなっていないか見に行った。妾部シェンもその一人だった。しかし、幸か不幸か「庄屋」の名前はなかった。
結局それが今も悶々とする大きな理由になっているのだが。
「なのに庄屋の死体はいまだ発見されていない」
「戦死者の中には、体の原型をとどめていなかった方もいらっしゃるはず」
「それは爆心地付近の話だろう。そもそも庄屋はあの時、どこにいた?」
「それは……私はいなかったので分かりませんが」
「イロモノの力をドゥカは戦闘がおこった市街地で発動した。広範囲の人間は確認したが、庄屋はいなかった。庄屋はその時、戦闘が行われていないどこかにいた」
そう言って質問と断定を交互に繰り返すシャドゥカスウォンに困惑する。
たしかにシャドゥカスウォンの話を聞けば、庄屋がまだ生きているのではないかと希望が持てた。生きていればそれ以上うれしいことはないと。
それと同時に希望を持つことが怖かった。今日まで彼が死んだと泣いてきた。ここでまた希望を持って、もし本当に死んでいたら……。
「……言いたいことはわかります。あなたが思っていることも。ですが、一つ、その考えとはいったい何なのですの?」
「考え、それはドゥカの力とシェンの力を掛け合わせて——公安隊に侵入する」
「……はいっ?」
「?」
思わず変な声が出てしまう妾部シェンに、「何かおかしなことがあったか?」という顔をして見つめるシャドゥカスウォン。
しかし、突拍子もないことを言ったのだ。妾部シェンの反応も無理もないだろう。
「な、なぜ、そんなことを? いろいろと聞きたいことがありますが……そこからです」
「ドゥカはこれまでそのリストに名前が載っていないのだから、『発見されていない』と考えていた。名前がないなら、死体がないなら、生きているかもしれない」
「まぁ、そうですわね」
「物事は基準がずれていたら、開始地点もズレるものだ。仮にそのリストがおかしい物だったら?」
「ええっと、つまり?」
「発見された。ただ——そのことを隠しているだけだったら?」
勝手になみなみとお茶をコップに注ぎ、もう一度、一気に飲み干した。そして机の上のお菓子を数枚まとめて口に入れた。
「ちょっと待ってくださいませ。リストは公安隊が公表しているものですから、公安隊がターゲットになっている理由までは分かりましたわ」
妾部シェンはその行動を気にしないで話を続ける。
「そう、そのために公安隊に侵入する」
「しかし、仮に隠していたとすればなぜ? そんなことをして何になりますの?」
「わからない」
無責任にその五文字を吐き捨てるシャドゥカスウォン。平常運転なのか、ついに頭がどうかしてしまったのかわからない。時々、平気でぶっ飛んだことを言うからである。
しかし、今回のはいつものそれとは思えない雰囲気であるから、きっと真剣なんだろう。
「はぁ……そんなことをしても、彼が生きているとは限りませんのに」
隠しているかどうかはどうでもいい。それよりもここまで庄屋の安否に執着するシャドゥカスウォンに驚いていた。
公安隊に潜入するという、普通に犯罪行為をしてまで知りたいのか。
「生きていなかったとしても、区切りをつけられる。今はとにかく知りたい。庄屋のこと。なんでもいい」
「…………爺やに叱られてしまいますわね」
そうだ。
彼が生きているかどうかよりも、今は彼がどうなっているかが知りたい。
死んでいたとすれば、きっと前みたいに涙を流すだろう。でも、いつかは元気を取り戻すかもしれない。
「わか、りましたわ……」
いろいろと迷惑をかけるのではないかと少し迷ってしまい、言葉ははっきりしていなかったが、納得はした。
「ではいろいろ考えましょう。侵入しても、何を確認すれば庄屋の存在が明らかになるのかわからない、なんて間抜けなことがあってはいけませんから」
「うん」
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「よく考えれば、なぜカネス様は落ち込んでいないのですか?」
「たしかに」
計画が大体まとまり、ようやく一息というところで、とある疑問が湧いて出てきた。
エルディア・カネス、人が一瞬で蒸発するような熱視線を庄屋に送る人物である。学校では教師からの評価もよく、言動も少しおかしなところがあるが、友達もある程度いる人気者である。
普段は公安隊の仕事をしているので、あまり学校には来ないが、良すぎるルックスで同性異性問わず惚れる人も少なくないという。
しかし、このエルディア・カネスはとある話題になると一瞬で手の付けられない問題児へと変化する。
「庄屋が死んでいること、ロッドスター様から知らされていないはずがありませんわ」
「大暴走、だな」
そう、その話題こそ「庄屋」である。
話題に出すと、一瞬で顔を赤らめ、まるで乙女のように顔を赤くし、普段の強気な発言も姿を消すのだ。
それだけならよいのだが……なぜか彼女のイロモノの力が暴走するのである。
「世界を壊したっておかしくないわね」
「さらに公安隊のあのリストへの不信感が増した。それこそ公安隊であるエルディアが素直にその結果を受け入れるとは思えない」
それはともかく、二人がこれからする「侵入作戦」は単純なもの。シャドゥカスウォンが入り口から侵入後、存在する紙資料を読み漁るというもの。
普通だったらバレてしまうだろう。公安隊の隊員の往来も激しい入り口に手をかければ、当然その瞬間にゲームオーバーだ。
「リミットスキルと私の能力を合わせるのは体に悪いですわよ?」
「身体は人間より何十倍も丈夫だ」
「そういう話ではないのですけど……」
しかし、二人はイロモノであった。
シャドゥカスウォンのイロモノの力は、「高速移動」と仮の名前が付けられている。名前の通り、高速で移動することができるというものだ。
厳密には単に高速移動を可能とするのではなく、強引にベクトルの向きと大きさを指定するものである。それを自身に使用することで高速移動を可能にしているのだ。
一方で、妾部シェンのイロモノは、「力を与え、イロモノの能力を引き出す」というものである。
イロモノの能力の中ではその性質は特殊であり、当の本人である妾部シェンもなぜそのような性質のイロモノを得たのか理解していない。
「一般的にはあなたの能力は負担が少ないと言われていますけど、あまり無理はできませんわよ?」
「わかってる。一瞬でキメてくる」
そう言って立ち上がるシャドゥカスウォンを見て、寸前まで口をつけていたコップを離し、慌てて制止する。
「待ってくださいまし! 今からですの?」
「……? そうだが、何か問題が?」
まさか、と思って聞かなかった実行日時。
そのまさかであった。
「時間的にも今日ではないと思っていたのですが……」
「今日は公安隊の会議がある。今、隙がある。ほら、行くぞ」
どこからそんな情報を聞いたのか、そう戸惑っている間に、扉を開け部屋の外に出る後ろ姿を見せつけた。
妾部シェンは急いで外に出る支度をする。
これからやることに対して父親に心の中で少し謝りながらも、自分のために行動することを決意した。
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先ほど、公安隊のそれぞれの分隊で会議があった。
これは前から行われていた分隊長と隊長さんが集まる会議ではない。それぞれが担当する分隊で行う会議。
ただ、そんなまじめなものではない。
どの分隊も話の内容はたいてい、「最近の悩み」であったり、「笑える出来事」であったりと、会議というより交流や雑談会に近いものである。
「——じゃあ、特に問題がなかったということか」
分隊員の状態を伝えると、
「ああ、大体『何とかやっていけそう』だと言っている」
会議で集めた書類を渡す。
「ありがとうカミング。しっかりと……書かれてあるな。助かる」
隊長さんは一通り確認する。渡した書類は「相談用紙」。それぞれの分隊員の精神状態を確認するため隊長さんが導入したものである。
公安隊でやっていくには身も心も強くなければいけねぇ。死体を見てキツくなって、それで辞めてしまうやつもいる。
そいつらは早い段階からそう言ってくれるが、中には瘦せ我慢をしているやつもいる。そういうやつらのための措置ということになっている。
「しっかし、こういうの無駄じゃねぇかって思っちまうな」
「ま、労働環境を形だけでも整えるためのものだ。でも、これを機に俺に相談してくれた人もいる」
ただ、別の目的もあった。
今は組織の内外でうるさい奴らがいる。
おそらくそいつらに文句を言われないために、公安隊のイメージを良くしようとやっているのだろう。相談用紙はその一つであった。
「それは元々、お前さんのところの関係が良好だからだろ? あのガキのところだったら絶対そんなことは起きねぇ」
「たしかに」
それぞれの分隊には、それぞれの仕事があって……色がある。
例えば、隊長さんのところの分隊は、普段は街中の警備をして、戦闘が発生したら最前線で戦い、敵を制圧するのが仕事。
隊長さんとそこの分隊員は仲がいい。分隊員はいつでも隊長さんと相談している印象がある。多忙なくせに面倒見がいいから相談役をすぐ引き受ける。
あとは、そのガキ……ヴァランドゥ・エンシャスのところは、スパイ活動と暗殺が仕事。分隊員とガキの関係は仲間同士、というよりあのガキの使用人かおもちゃというイメージ。完全な上下関係でやっている。
一礼をして部屋を出る。部屋を出ると分隊員二人が同時に頭を下げて迎えた。
「お疲れ様でしたッ!」
「荷物、お持ちします!」
「荷物は持たなくていい。それよりも、日々の慰労をかねて、これから飲みに行くぞ。お前らは先に行って、トレーニングしているあいつらに伝えてこい。俺の奢りってことも伝えろ」
「「はいッ!!」」
分隊の在り方は様々だ。
ガキのところのようなものもあれば、隊長さんのところのようなものもある。しかし、いずれも分隊員と分隊長は信頼しあっている。
だから結果を残せる。それは俺のところも例外でない。
俺は分隊員を家族だと思っている。誰一人死なせないし、誰一人仲間はずれにはさせない。
「——ただ、こういうのはやめてほしいが……」
俺のところの分隊員のみが出入りする宿舎の出入り口が開きっぱなしになっている。こうなると虫が入ってくるし、なによりみっともない。
よく分隊員には言っていたはずなのに。
「おい、準備はできたか」
「「はいッ!!」」
トレーニング室の扉を開けて、中に入り、しっかり閉める。
ここトレーニング室は公安隊のものだが、あまりにも俺のところの分隊員が使いすぎて、いつの間にか俺の分隊の集合場所になってしまった。
「……ああ、そういえばお前ら、宿舎の扉開けっ放しだったぞ」
「そうだったんですか……?」
「正直に名乗り出ろ。別に怒りはしない」
そういって周りを見る。
分隊員は「誰だ、誰だ」と周囲の人間を見ていた。
「あそこは俺らしか出入りしないんだから、この中にいないって訳はないだろ?」
誰も手を挙げない。
「……誰もしていないってんなら、わかった、信じよう。心当たりがある奴は後でこっそり来い。んじゃあ、とりあえず飲みに行くか」
変な空気になってしまったが、次第に盛り上がってくる。ここの分隊員は皆、飲みに行くのが好きなのだ。
============
「それで……どうでしたの」
「んっ……ング、はっきりと……庄屋の存在を示すものは、なかった」
手渡された水を飲みながらそうはなした。
妾部シェンは「もしかしたら」という気持ちもあったが、その言葉に何も言うことはできなかった。
「たくさん、探した。鍵がかかっている部屋以外、個室も、トイレも、会計室も、宿舎の中も」
「……関係ないところを探していたんじゃないですの?」
「本当に、ぜんぶだ。資料も一枚一枚見た」
「そう、ですの……」
希望は無くなった。やはり庄屋は死んだのか。
妾部シェンは暗い表情のまま家に帰ろうとする。しかし、シャドゥカスウォンがいたことを思い出す。暗い気持ちを隠し、そっちへ振り向いた。
彼女はやはり無表情だった。いつものことである。ただ、内心は悲しんでいるだろう。何か一声かけようと思ったときであった。
「——連休終わり、エルディアに殴り込みに行く」
シャドゥカスウォンはその言葉を最後に姿を消した。
妾部シェンは呆気に取られて目が点になった。
「えっ、諦めが……悪すぎますわ……」
そう言いながらも内心少し頼もしく感じていたのであった。
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