なにかおかしい





『おはよう。疲れは取れたか』






「多少は……だが、だいぶマシになった。頭も少し軽いな」






 あの夜が明け、完全栄養食を片手に魔術石に話しかける。昨日、エルモに言われ実感した疲労もかなり取れた。


 不愉快な物体を舌の上で転がしながらゆっくりと飲み込む。この完全栄養食の味にはまだ慣れないが、少しずつ食べれば記憶は飛ばなくなった。





『よかった、んじゃ、早速だが……いいか。あぁっとその前に……』



「ん?」



『これから話すことは俺の予想もあるから、絶対正しいって訳ではない。あと話すことの一部におかしな点もある』


「おかしな点?」


『それは……、ま、後で話すさ。とりあえず今後どうするかだけ聞いてくれ』








 













 

 

 エルモの話が終わるまでに、食べきれると思っていた完全栄養食はまだ残っている。

 完全栄養食は何とか半分まで食べ進んだが、まだ半分もある。とりあえず目の前の食材ともいえないものと格闘しながら話すとしよう。




「——結論としては、王の味方をして早く問題を解決しろってことだな?」



 今後の俺のすること。

 この問題から逃れるのは無理であった。他の国に移住したり、デヴァステーションに帰れないなら、あきらめるしかない。



『取れる選択肢でそれが一番いい。一応、ホワイトノワールの味方をする、メフガの味方をする、その両方も考えてみたが……』



「立場的な問題とか得られるメリットを考えれば、王側につく方がいいな」










 「ハルセッションの変動」という政治に大きな影響を与えるイベントをやっているこの一か月は、王国に影響を与えるチャンスである。メフガとしてはこの機会をうまく利用したいだろう。

 だから二週間以内にメフガという人物は行動するはずである。



 メフガのやることの善悪は関係ない。とにかく、メフガを封殺することが自身の命を守ることにつながると考えた。



『侵入についてはあまり詳しく聞かされていないが……人質を助けるんだっけか』



「いや『安否を確認してきて』とだけ」



『馬鹿、それは遠回しに助けてこいと言っているんだ』






「え、そうなのか?」



『安否を確認できるほど近づける状況ならば、助けることもできる状況ということだろ。まぁ、ともかく、侵入するときは命を優先しろ』




 メフガを封殺するには、脅しの材料となっているプランタ達の子供を救出する必要があることには変わらない。


 少しリャン側に騙された感はあるが、割り切ってやってやるしかない。










 一日に取るべき量の四分の一が残った完全栄養食。味には慣れたので、残りはすぐに食べ終わるだろう。


 昨晩、疲れをとったからか、今まで言語化できない疑問が出てきた。せっかくなので、エルモに聞いてみることにしよう。





「なぁ、なんで俺に頼んだと思う?」




 王国の兵士に頼めばできそうなことをなぜ俺に頼んだのか。昨日まで言葉にできず、頭の隅で見えない重りとなっていたその疑問が浮かんでくる。






『んー、ミッキという人物からある程度、信用ができる人物だとわかったのもあるだろうし……』




 数秒が経ち、エルモはその疑問について納得のいく答えを出した。




『第三者である庄屋が救出に向かうことで、脅しが通用しなくなるからだと思う』


「脅し?」




『例えば、子供を誘拐した当初に「ねぇねぇクァーラン王国さん、キミのところの有力な家の子供捕まえちゃった。もちろん、助けようとしたらこの子達どうなるか……わかってるよね?」みたいな、そういう脅しとか』


「そう考えると……助けることはできないな」



『人質となっている子供がケガをした、とか殺されてしまった……となれば、国の不始末として国への不信感を募らせてしまう。だから今まで言いなりになるしかなかったし、人質を助けられなかった。でも、そこに庄屋という人間が現れた』





 王国の兵士では救出は無理なのだろう。強引に助けようとしたら向こうが何をするのかわからないからだ。最悪、その子供を殺すかもしれない。


 そこで第三者である俺が救出に向かうことで、その脅しが通用しなくなる。

 無事に救出すればそれはそれで良い。そうじゃなかったとしてもメフガはクァーラン王国が動いたと断定できず子供を殺すことはないだろう。




 だから、ミッキという人物により一定の信頼が確保された俺を第三者として採用した。






 ——少しどこかこじつけのように感じたが、気のせいだと思って話を続ける。





「それならそうと言ってくれればいいのにな……エルモの予想が正しいとして、なんで第三者の協力が不可欠であるということを、リャンは俺に伝えなかったんだ?」



『普通に考えて、もし庄屋がメフガの方に味方してしまったとき取り返しがつかないからだろ。その意図をメフガに伝えられて気づかれてしまったら困るだろ?』













 納得する、その一歩手前で、こじつけのように感じた理由に気付いた。





「ん、でも待てよ? プランタはメフガと子供たちの安全と引き換えに畑とか土地を与えたはずだ。つまり、子供たちを誘拐したのはメフガだって分かっているんだろ。その脅しって?」




 会場での騒動……の前に、黒髪の髭を生やした中年の男性が、メフガに対して飛びかかろうとしたのを覚えている。


 そしてその時の、『——仲間のプランタによくも手を出しやがったなッッ!! 話と違うだろぅがァッ!!』という言葉から考えると、プランタ達の間でメフガの悪評が立っているだろう。



 

 仮にその脅しがあって、実際何らかの危害を子供たちに加えられたところで、「国が交渉に失敗した」とはなるが、国を崩壊させるほどの責任は生まれないはずだ。




『それ』



「それ?」



『俺がさっき言った「おかしな点」だ。なーんか、国を乗っ取りたいと考える人のやることじゃないんだよ。仮に国を乗っ取ったところで、評価が最悪だったらすぐに崩壊するだろうし』




 取引にしろ、脅しにしろ、どこか強引で杜撰である。






『そもそも求めているものが国なら、誘拐なんかではなくもっと良い選択肢があったはずだ。お前ならどうする?』



「ん゛ッ! 俺なら?」





 完全栄養食を少し口に入れた瞬間にそう聞かれてしまって、答えるために強引に飲み込む。

 のどに絡みつく感じが最悪であった。このままじゃまともに声を出すこともできなかったのでなんとかしようとする。



「ガァ゛、ん゛んー、俺なら良い印象を与えるように行動する」


『えぇっと……大丈夫か?』




「ああ、気にしないでくれ……確かにな。そう考えると子供を誘拐して、それを交渉材料にするとは、言っちゃ悪いが頭おかしいな」










『そうなんだよ。だから俺が思うに——そいつの本当の目的は「国」なんかじゃないんじゃないか?』
























 通話が終わり、目の前の少しだけ残された完全栄養食を見つめる。結局、食べきることができなかった。


 何か引っかかっていたのか、あるいは、まずくて食欲が失せたのかはわからないが、食べることをしたい気分ではなかった。


 



 仮にメフガの目的が国ではない、とすると、だ。別に「ハルセッションの変動」が行われている時期に行動する必要はないと思うが……。


(それは関係ないことか?)



 確定することができない以上、気にしない方がいいのだろうが、やはりメフガの目的を知りたいと考えている自分がいる。

 


(それとも……本当に王国が目的なのだろうか)



「わからん……わからんなぁ」






 最後にエルモが言っていたことを思い出す。



『この事件に巻き込まれる以上、死ぬことは覚悟しなければならない。ただ、現状、庄屋がやればよいのは子供たちの救出だけだ。もしかしたら戦わなくていいかもしれないし』





 「もしかしたら戦わなくていいかもしれない」ということは、戦う可能性が高いということ。





 

(そうなってほしくはないが、可能性が高いならばを使う準備をしようか……)






 残った完全栄養食を強引に口にぶち込んだ。




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