真の目的
『んぐ、盟友ッ!!!』
「食事中だったか?」
『む、よむわはったな、……ングッ、それでどうした? なにかあったか?』
「ああ、エルモに用があってな」
『兄上に? どうしたんだ? ——俺か? ——そうらしいぞ』
エルディアにそう話すと、後ろからエルモの小さな声が聞こえる。仲の悪い兄妹なら食事どころか別居しているかもしれない。
ただこの兄妹はとても仲が良いのである。夕食を食べている時間ならエルモと会話できるだろうと予想したが、その通りだった。
エルモと二人きりで会話がしたい、そう話すと不満そうにエルディアは答えた。
『それよりもこの通話は我と盟友のためだけのものだぞ~?』
「すまん。急用でな……今度、帰ったら何か奢ってあげるから」
『覚えておくぞ、ほら兄上……——よっと、投げて渡すな、ご飯の中に入ったらどうする? と、庄屋? 場所を変えた方がいいよな?』
「ああ、頼む」
『……エルディア、聞き耳立てるなよ? ——そんなのわかってるぞ?』
「お久しぶりだな……といっても一週間ぶりくらいだが」
『声が……随分やつれているな。どうだ? そっちは』
「直射日光で暑いし、不便なことも多い。あぁ、最近伝統的な完全栄養食を見つけたぞ」
『おいしいもの食べろよ。せっかくのクァーラン王国だぞ~?』
「そうだな。明日、屋台を少し見て回るわ」
(食、食か……)
俺の暗い声と対照的な明るい声のエルモであるが、疲れている時の話し方であった。きっと疲れている俺のことを心配して元気に振舞っているのだろう。
こっちも色々悩んでいることもあるが、向こうも俺が帰ってこれるように頑張っている。権力の行方、汚職に悪党……考えることは俺よりも多いかもしれない。
自分が情けないと感じるのと同時に申し訳なく思う。
『それで用っていうのはなんだ? 何かトラブルでも?』
「正直、どこから話した方が良いか悩むくらいには」
『そんなにか?』
場所を変えたであろうエルモに、エルモが帰ったあの日から今日までの出来事を順に話す。
最初、普段のエルモの声だったが、徐々に真剣そうな声になっていく。
そして話し終わったとき、ため息が漏れていた。
『…………やっば、お前。そういう面倒事は早めに言ってほしかったんだが?』
「やっぱり
『大事なんてレベルじゃない。特大も特大、問題が俺の予想をはるかに超えている。よくそんなのに巻き込まれるな? 物語の主人公みたいだ』
「やめろ、それほめてないだろ」
『いや? 見方を変えて、約一週間で王と会話できるくらいの人物になったと考えれば主人公だろ』
主人公だなんて言うが、まったくうれしくない。一か月間、ゆっくり休めると思ったのに。
不気味な奴らに追っかけられたり、王を救出したり、ミッキが消えたり、貴族の屋敷に侵入しろと言われたり……。
こんな不運な主人公の物語はきっと、不幸と絶望にあふれているんだろうな。
しかし……たしかに、よく考えてみれば約一週間で王と会話できるなんてとんでもないだろう。実際はいいように使われているようなものだが。
『困ったなぁ……。今はまだ命の危険にさらされることはないが、いつそんな状況になってもおかしくない』
「俺もなんとなくヤバい雰囲気と思ったんだが、やっぱり?」
『このパターンは珍しいが、公安隊が運営する図書館に保存されている「国崩壊パターン完全網羅集」の第144番目に載っている状況に似ているな』
「え、何その本は……」
公安隊の図書館には、どうやら「国崩壊パターン完全網羅集」とかいう本があるらしい。
治安維持や法律にかかわるいろいろな本があるとは知っていたが、そんな本が置いてあるとは。
驚きなのはそんな本の第何番まで言い当てることをしたエルモである。ちょっと引く。
『ともかく、その本によると今後起きる中で最も可能性が高いのは「民衆による反乱」だ。メフガとかいうやつはそれを狙っているのかもしれない』
「なるほど?」
今は物価高である。
俺には影響はないが、この国の平均年収から考えてみればかなり苦しいだろう。国は「なんとかする」と言っているが、口だけであれる。
俺の潜入捜査はその「なんとか」なのかもしれないが、このままメフガに弱みを握られ続けてしまえば、いくら権威があるといえど、やがて反感を買い、そのまま反乱がおこるかもしれない。
「民衆による反乱」が起こる可能性は十分にある。
『家バレしていないなら家にずっと引きこもるという策もあったが、それも無理だしなぁ』
「デヴァステーションに帰りたいが……無理だよな?」
『……そうだな。特に今はお前関連の問題も多い。アギ・リクが企んでいたことはまだ白日の下にさらされていないから、こっちに来れば理事長を殺した犯罪者として迎え入れられるぞ?』
「そういえばそうだったな。俺が帰れるような安心安全の街にしてくれよ?」
『おま、…………まぁ、いいか』
何か言いたそうなエルモだったが、何も言わなかったので大丈夫だろう。
『まぁ、まずは疲れをとれ。慎重にならなくちゃいけないセンシティブな問題だし、通話が終わってからゆっくり考える。んで、明日の朝、解決策を話す……予定はないよな?』
「今のところはない。エルモは明日、休みなのか?」
『ああ、まぁな。でも仕事が残っているしそれをやったり、隊員の相談役もしなくちゃならん。多分それで一日つぶれるし、明後日は仕事だな』
「え、お金出るの? それには」
『んー? 出ねえよクソが。あー、そういえば公安隊はいつでも募集しているからな。職に困ったらぜひ来てくれ。いつでも歓迎する。何なら今でも——』
俺はすぐに通話を終了した。どうやら公安隊はこういう仕事らしい。
「……命がけで残業もあって有休もつぶれるなんてなんてすばらしい職なんだ。尊敬する」
ともかく明日の朝、これからのことについて話してくれるらしい。俺だけだと回答は出なかったから、本当に助かる。
(しかし、いい友達を持ったな、俺は)
「やっぱり本当にすごいなエルモは……十八歳とは思えん。俺が十八の時は泣きながら働いていたな」
ゲームの中の登場人物とはいえ、大人すぎるエルモに驚く。
本人も過去に色々あって、大人になるしかなかったと言っているが簡単にできることではないだろう。
最近は「俺は大人じゃない」なんてよく分からないことを言っているが、相談役を頼まれるくらいの人間なのだ。本当に立派である。
「…………なおさら、闇堕ち姿が想像できなくなったな」
人から信頼されて、公安隊隊長として立派に生きる……それはこの世界だけのお話である。
ゲーム「イロモノ」において、本来エルモは廃人気味の青年として描かれる。途中、主人公アインシュ・ゲイルと何度か会話があるが、その後、デヴァステーションに呆れ、悪に染まってしまう。
闇堕ちの原因は諸説ある。
エルディアが死んだから、という説が有力だったが、公式がそれを否定した。ならばと様々な説が展開された。
しかし、俺はどれも納得できなかったし、違うとも思った。
俺が思うに——。
「……寝ないと。疲れているんだった」
よく大きな出来事がないと人は変わらないと言われる。実際、「変わった人」は、過去に何らかの経験をしたから変わった、と思われている場合が多い。
ただ、それは本当だろうか?
この世界ではアインシュ・ゲイルはれっきとした悪である。しかし、別に彼の過去が、ゲーム「イロモノ」の彼の過去と異なっているわけではない。
この世界のエルモだって、どうして闇堕ちしていないのかはっきりとわかっていない。
「——……俺だって」
人はもしかしたら些細なことで大きく変わるのかもしれない。
虫の音が今日も聞こえる。
いつもより早い時間ではあるが、横になった途端、疲労があふれ出た。
——俺だってもしかしたら些細なことで大きく変わったのかもしれない。
そんなことも一瞬脳裏をよぎったが、気にすることもなくゆっくりと意識がなくなっていった。
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大きな音を立て勢いよく開かれた扉に一切反応せずに、入ってきた人物顔を見て初めて存在を認識する。
顔を赤くし、息を乱しながらその人物が机の前にやってくると、ようやく読んでいた本をしおりを挟んで机の上に置き、その人物に話しかけた。
「あぁ、キミかい、どぉしたんだい?」
相手はミスタブ・ロドロドル。どうやら王の教育係をしていたというが、先日裏切ってこちらについた。
メフガがそう尋ねると机をたたきながら、大きな声で怒鳴った。
「メフガ様、聞いていた話と違うではありませんか。ワタクシはせっかくここまでしたというのに!」
「…………」
「ここまでした」——というと、先日の裏切り行為のことを言うのだろう。あれによってホワイトノワールがうまく潜入できたのだが、結果は全くよくなかった。
当初の「王を殺す」という目的も達成できず終わったのだから、この男もかわいそうだ。国を捨てた意味がなくなったのだから。
「聞いていた話とは何だい? 君が国を捨ててもいいように居場所を作ってあげるということについてかい?」
「ふざけないでください! メフガさ——」
「気安く名で呼ぶんじゃあない!」
廊下まで響くような声をミスタブ・ロドロドルに浴びせた。
目の前のただの頭がいいだけの人間に腹が立って仕方がない——怒りが心の底から湧いて出てくるのが分かる
なぜこいつに文句を言われる筋合いがあるのかわからない。いてもいなくてもよい価値のない人間が、立場もわからず厚かましく吠えているなんて……。
メフガは怒りを一度喉元まで引っ込めて彼の話を聞く。
「そもそもボクとキミは何の約束をしたというんだい?」
「えっ……」
呆気にとられるような表情をするミスタブ・ロドロドルであったが、メフガが思い出せる約束は先ほどの一件しかなく、それ以外は思い出せない。
「そ、それは……あのメイド、ラミュと、付き合えるとっ……!」
「本当かどうかは知らないけどねぇ……ボクと結んだ約束ではないよね? じゃあボクに言っても仕方ないよねぇ?」
それは二人の間で交わされた約束である。
「ふむ、キミは言いがかりをつけた、ということでいいのかい?」
「こんな扱いを受けるならッ、メフガ様が今までやってきたことを王国に報告しますよッ!」
「扱いも何も……」
ここまでくると怒りより呆れが勝つ。
女一人に人生を無駄にしても良いと思うなんて愚かだろう。金も地位もあったはずなのに。
それともあの女が男を誑かす才能でもあるんだろうか。
「言えば今後の交渉にも影響は出ますよッ!!」
「キミはもう王国からしたら敵じゃあないのかい? そんな人間の話、誰が聞くんだぁい?」
「ッ、もういい!!」
ミスタブ・ロドロドルは吐き捨てるようにその言葉を残して去っていこうとする。
「——キミ、待ちなさい」
「…………何ですか」
メフガはそんなミスタブを呼び止めた後、彼のそばに近寄り、耳元で気味悪く優しく囁いた。
「もしかしてぇ……ボクが国欲しさに動いていると思っているのかぁい?」
「何を、言っているのですか?」
「ンフフ、その様子だと、そう思っていたみたいだねぇ?」
左耳から、次に右耳。
耳の周辺を息を吹きかけ、耳の穴の奥に言葉を送る。ミスタブは直立で震える。
「ボクは……国なんてどぉでもいい。ホワイトノワールも興味ない」
動けないミスタブの視界の端からゆっくりとメフガは現れる。
「欲しいのは、ただ一つ……——圧倒的な力」
そしてミスタブの目の前に立つと、ゆっくりと振り返った。目に光はなく、顔は恋に落ちた女のように頬を赤くしていたのだ。
「キミは知っているかい? 人間の最高到達点というものを」
「……さいこう、とうたつてん?」
「どこかの国の英雄でも、宮廷魔術師でも、最強武闘家でも、天才指揮官でもない。最高到達点、それは——イロモノ」
「イ、イロモノ??」
「魔法使いに最も近いんだよぉ! どうだぃ? ワクワク、するだろう?」
「それが一体、王国と一体何の関係が……?」
ミスタブの顔をまじまじと見つめると、ニヤリと口元を歪ませた。その表情を見たミスタブは部屋を去ろうと体を動かそうとするが動かない。
足の裏が床から離れない。
腕が震える。
顔が痙攣している。
——ワタクシは恐怖しているんだ。
メフガはそのことを彼から感じ取ったのか、それともつまらなくなったのか……真顔になってしまった。
「——彼をつれていきなさい」
一言そう言うと、数名の影が現れてミスタブを取り囲む。
声を出す間もなくミスタブを気絶させると、その影とミスタブは一瞬にしてこの部屋から消えていた。
彼は間もなく地下の拷問部屋に投げ入れられる。せっかくだ、先日、王宮前で捕まえたあの男の——元王の拷問で使う予定の、新しい器具を試してみよう。
名案だ、そう笑いながら元居た場所に戻り、椅子にゆっくり座る。
恋は盲目、とメフガは言葉を漏らすと、また本を手に取って、しおりを挟んだページの少し前から読み始める。
タイトルは「イロモノの夢と現実」であった。
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