頭爆発寸前なんだわ。





「なぁなぁ、それ以外にも、向こうにはいろんなウンメぇメシがあるんだろ!?」



 側近である「リャン」と王である「リャン様」という呼び名を使い分けることができるようになってきた頃、身を乗り出しながら、青い目を輝かせながらそう聞いてくるリャン様。


 話はいつの間にか向こうでの食事になっていた。



「まぁな、俺はあんまり興味はないが……」




 なんて答えようか考えて、そう適当に答えた。


 実際食事について俺はあまり興味がない。以前、エルモと行ったクソ企画食い倒れだって、俺がエルディアを助けたことに対するお礼のようなもので、急に呼び出されていろいろな店に連れまわされただけだし。





「オレも行きてぇなぁ! この国、辛い物ばっかだし、味も似たようなものだからなぁ……毎日、同じようなもの食わされて飽きるんだよ」




 リャン様は不満そうにそう語る。

 それは否定しない。どんな食べ物でもどこかスパイスさを感じる。久しぶりに向こうのご飯が食べたいなとも思う。

 




 一方で――。


(――まぁ、向こうに帰っても完全栄養食でいいか……)



 なんて思う自分もいる。

 お金のない俺にとって、この完全栄養食はいろいろと都合がよいのだ。向こうのご飯は比較的値段も高いし、栄養が偏るし。

 

 

 


 




「周辺国だし、大人になって外交するときに食事でもするんじゃないか?」


「そうだなぁ、楽しみになってきたぜ……デヴァステーションのほかにも、エルフの国とか魔術の国とか見に行きてぇなぁ」



「でも、そのためにはたくさん勉強しないとな?」



 そう言うと露骨に嫌な顔に表情を変えて叫ぶ。



「ゲーッ! 教育係っぽいこと言うなよ!」



「いや、俺は今、教育係だし」



 

 まだまだ子供なのだろう。勉強が嫌いなのはしょうがない。


 ただ、王として生きる以上はそうも言ってられない。普通の人間でさえ、勉強は必須だ。それが王ともなれば当然、普通の人以上の勉強はしなければならない。




(もちろん、そんな努力をしても意味がなくなるかもしれないが、な)


 国が亡んだりでもすれば話は別だ。

 そのことは本来、俺に関係のないこと……だったはずなのだが、いつの間にか見事に巻き込まれてしまった。不思議で普通にゴミな運命である。


 


「そういえばさ、オレ、デヴァステーションについてはある程度知ったけど、ショーヤのことについて聞いてなかったな。」


「え、俺か?」




「なんでもいいぜ! じゃあ恋バナしようぜ! 誰かいるだろ、好きな人とか、カノジョとかさ」


「あー、ま、まあ、ウン、い……うん、いぃ、いた? っていうか——「めっちゃ動揺してんじゃん」——……この話やめようか……」



(そうかそうか、そういう話が好きな年ごろか……)





 俺の地雷である話題をピンポイントで踏み抜かれてしまった。そういえばリャン様は小学生高学年程度の年だったことを思い出す。





(あまり思い出したくないな、元カノについては)


 今でも少し怒りや悲しみを感じてしまったり、後悔してしまう。どうすればよかったのだろう、と。


 ——そういった感情にまだ振り回されていると考えると我ながら馬鹿らしく思うが、漫画のようにそう簡単に切り替えられるものでもない。






 そんなことを考えていると、俺の様子がおかしいことに気付いたのかリャン様が声をかけてくる。



「まぁ、その話題にはあんまり聞かないでおいてやるよ。そうか、そうだなぁ……何か魔術を見せてくれよ! この国にはほんの少ししか魔術使える人がいねぇんだよ」


「魔術……苦手だな。向こうの授業では特別扱いで魔術クラスにいたが、できないといっても過言ではない」



「えぇ!? 教育係に任命されたくせに何もできないんだな」


「ひどいことを言うなぁ。否定はできないが……」


「まったく、期待外れだぜ……あーひまだぁ……」





 落胆するリャン様を見て、少し話題を変えようと思う。






「ところで、リャン様は普段何をしているんだ?」




 俺ばかり答えるのもアレだ。せっかくだしリャン様の日常も聞いてみる。



 リャン様は「普段?」と、首をかしげて考えている。そして数秒無言が続くと、その後急に立ち上がり、近くにあった本棚から一冊の本を取り出す。


 その本は見るからに古く歴史を感じる。少しボロボロで、汚れも目に入った。



「『儀式の書』っていう王宮に保管されているこの本を見て過ごしているな」


「儀式っていうのは『ハルセッションの変動』か?」


「これがいろいろ書いてあって面倒くせぇんだよな……選別開始はどうにかなったが、と消沈祭の振る舞い方についてもう一回目を通しておかなくちゃ」




(覚えていないのか……何回かやってるはずだし、覚えていてもおかしくないはずなんだが)



 そのままリャン様はパラパラと本をめくり、黙って読み始める。




 今の段階での王への印象は「あまり勉強ができない普通の女の子」だ。


 王としての才能があるかと問われれば、ないといってもいい。知り合いの「余は王だ」と言ってる精神異常者の方が何百倍も才能がある。

 こうしてまだ知り合って少ししか経っていない俺を受け入れるのだ。いろいろと心配になるのだが……。



「本を読んでいるときに申し訳ないが、その祭りはまだやるのか? ほら、あんなことがあったばっかりだろ?」


「んー? オレはよくわかんねぇけどよ、法律とか予算とかこの祭りを通して決めるらしいから絶対やらなくちゃいけねぇんだとよ」




 そうとは言ってもこんな事件があった以上続けるか考えるべきだろう。こう言うのは失礼かもしれないが所詮祭りだ。続けて王が死んだ、なんてことになったらこれ以上馬鹿らしいことなんてない。



 それにリャン様の年だったらまだまだ死への恐怖には慣れないだろう。王を殺そうしたと考えられる爆発に巻き込まれたのだから、トラウマになってもおかしくない。



「怖くないのか?」



 そう思って、リャン様にそう聞く。本を見ながらリャン様は答えた。



「ま、正直に言えば死ぬんじゃねぇかって怖いけどさ、やるしかないしな」






「それもそうだし、ほら、アイツ……メフガとか不気味だろ?」







 メフガが何を考えているか俺にはわからないが、決して良いことを考えていないのは確かだ。

 そんな色白不気味系貴族と接することはなかなか快いものではないはず。





「メフガって、ジャンビシキシ家の? まぁな。ただ、プライベートではかかわりないからよ」


「仕事仲間だから会食のようなものがあると思ったが」


「リャン側が『あまりかかわるな』っていうんだよ。それで会食系のお誘いは全部断っているぜ。ま、オレもあいつのことは気味悪くていやだしな」

 


「そうか」




 表では仲良いアピールをしているが……実際そんなことはなかった。まぁ、そもそも、メフガの野郎と手を組むことになったのも、プランタの子を誘拐して強引に交渉を持ち込んだからだしな……。


 


 

『そんなわけないでしょう……国民の生活を守るために、彼の要求を呑んだだけです』

 


 そういえばリャンとそんなことを話していたのを思い出す。


 嫌々メフガの要求を呑み続けるこんな状況を打破するためにも、俺も頑張らなければならない。








 俺たちはしばらくの間無言が続いた。


 その間、リャン様は儀式について書かれた本を読んで過ごし、俺はただボーっと部屋の隅を見て過ごした。





============






 出口に向かうために廊下を歩いていると、リャンの姿があった。


 壁に寄り掛かるようにして待っている。リャンの目線を見てみるとどうやら目的は俺だった。





「お疲れ様です。少し時間いいですかな?」




「どうしたんだ? 給料ならもらうが……」


「まさか」



(まさかって……冗談で言ったつもりはあまりないんだが)



「少しだけ忠告をするためにに待っていたのですよ」


「ん?」




 リャンは俺の手にいくつかの光る物体の粒を渡す。金色に光るそれはその体積のわりに重く、本物の金であることがわかる。


 不意に金の粒を渡されたことに戸惑っていると、リャンは少し微笑みながら話す。



「これは別に給料ではありませんが、大切にとっておいてください。いざという時に助けになりますから」


「……?」


「それとメフガと出会っても、嫌悪の感情を見せないようにお願いします。一応、仲良くやっているフリは続けてください」


「ああ、わかった……」




「それだけです。暇だったらぜひまた明日来てください」




 そう言いながら立ち去っていくリャンの後ろ姿を見る。なにを考えているのかわからなかったが、忠告通りメフガへの態度には気を付けないといけないな。




(しかし、この金をどうしようか)


 とっておけと言われても目的がわからないとどうしようもない。



 暫く見つめてポケットにしまった。



============




 ポケットに重さを感じながら帰り道を進む。


 ゆったりと帰る俺とは違って兵士は忙しそうで、何か申し訳なく感じた。



(とはいっても俺にできることはないんだけどな)



 ホワイトノワール関係で忙しいのだろう。

 それが終わったら次は俺が頑張る番だ……なんて考えてしまっているが、いつの間にこの国に感情移入をしていたのだろう。そもそもこんなこと協力する道理なんてないはずなのに。





(………………)


 

 人がいない細い下り道で立ち止まる。静かな場所だから、虫の鳴き声が近くの草むらから聞こえる。




 おかしな感覚だ。何か無意識に都合よく動くように操られているような感覚といえばよいのか。いや、操られているといえば語弊がある。この王国をまるで故郷のように思い、故郷のために行動しようとする人のそれのようであった。



 思えばここにいる理由は何だ?

 デヴァステーションで生活できないから、一旦、この国で過ごすことになったのが始まりだ。

 それで、ミッキにここの生活を教わっている中で、いろいろなトラブルに巻き込まれて、昨日、王を助けて……それで……。




 だめだ、

 俺が信じた直感は偽物だったのか?

 そもそも俺が信じてきた直感とは何なのか?

 





 (もしかして、現在進行形でイロモノの影響を受けているのか……?)


 

 仮にそうだとするならば、その張本人と戦わなければならない。


 

「イロモノ……イロモノかぁ……、もしそうだとしたら嫌だなぁ、面倒で」




 もし原因がただの魔術師ならばまだマシだ。魔術が苦手な俺であっても魔術師であってほしいと願っている。



 イロモノは俺の想像を超える。

 そして仮に俺をこの国に縛り付けようとするのであれば、どうにかしなければならない。殺してでも。




(まぁさすがに、国に縛り付けるような能力なんて……あるわけないか)









「——やぁ……キミぃ、こうして会うのは久しぶりだねぇ」





「暇なんですね……立場のわりに」


「まぁね、ボクの優秀な執事が何でもしてくれるのサ……」




 空気が重く変わったと思ったら、目の前にその気味の悪いほど白い肌を持つ黒髪と一本の金のメッシュが現れる。メフガであった。

 



 ヌルっと現れたソイツは当然のように馴れ馴れしく話しかけてきた。


 夕方、こんな時間にこんな場所でぶらぶらしているのを見ると、暇なんだなと思う。あんなことがあったのに暢気だなとも。一応こいつも巻き込まれたはずだし。



 ともかく、リャンから言われた通り嫌悪の感情を示さないようにしよう。




(……なんて思ったが——)


「——というか、金返してくれないですか?」



 さすがにこれくらいはいやそうな表情をしても許されるはずだ。


 以前、茶代を俺に擦り付けたことを忘れてはいないだろう。




「フッフッフッ、いちいちそんな細かいことを気にしないで忘れた方がいい。どうせキミ、お金なら十分持っているのだろう?」



「それはこっちのセリフですよ。貴族のくせに。あの時金がなかったのですか?」



「お金は持たない主義でね。あの時、自分の領地じゃあないって忘れてしまってねぇ」


「へぇ……」


(コイツ、けっこういな)





 ——つまりこいつは自分の領土でタダ飯を食っているということ。


 今まで出会ってきた人間でもこんなにクズっぽい人間はいなかった。「イロモノ」の登場人物でもこんなのはいない。

 目の奥が腐っているように見える。だからこそコイツの言った「似た者同士」というのが気になって仕方なかった。

 

 それと同時にある単語が浮かんでくる。その言葉について前は聞けなかったが、今聞いてみることにした。



「そういえば、教えてください」


「ん~? なんだい?」


「以前会ったとき言っていた、『初めての人』というのは何ですか?」





「なぁんだと思う?」





「先に言っておきますが、ソッチの気はないですよ」


「それは冗談が過ぎるよぉ、ボクはどっちもイケるけど、キミはタイプじゃあない」




 まさかと思った可能性を探ってみたが、それはなさそうだ。では、その「初めての人」とは何なのか? 






「ショーヤ、キミは強者の生贄になることについてどうおもう?」





「生贄……宗教や文化によっては素晴らしいことだとする見方もありますが、強者の生贄になるのは好きじゃないですね」





 「強者の生贄になることについて」なんて突拍子もない質問に対して率直な感想を伝えた。



 「ボクはうれしいことだと思うけどねぇ」なんて言ってるが、理解できない。







「感想はいいから、その初めての人って何なんですか?」




「——その生贄だよ、キミは」




「…………はぁ?」




 思わずそんな声が出る。


 メフガの言っている言葉が全く分からない。



(生贄? 俺が?) 






「何を言っているかわからない、という顔をしてるねぇ?」


「俺が誰かの初めての生贄になるってことだけ。それ以外は頭おかしいんじゃないかなって思っています」


「いまはそう思っててイイよぉ~、計画が狂うとまずいから、ネ?」





 そう言ってメフガは左右に分かれる道の中央まで行くと俺の方をもう一度振り返る。







「まだ、何か言いたいことがあるのか?」


「んーん、もうないよ。きっと次に話すのは、キミが生贄になる時だしね? あとキミにはその雑に話す方が似合う、ということだけ」


「なんだ……そんなことか」





 こいつもこいつで分からない。

 こいつは何者だ? いったい何を食えばそこまで恐ろしく感じさせるのだ? こいつは敵なのか?

 


 頭の中で思考が同じところをグルグルと回っている。




 この国も、こいつも、俺は誰を信じればよい?

 今までの指標は存在しない。完全に「イロモノ」のアフターストーリー。そこに登場する人物の敵味方は、全員俺が決めなければならない……。



 




「——あぁ、それと……誰だっけなぁ、あ、そうそう、ミッキとかいう男だ」


「……ミッキがどうした?」




 しかし、そこで会話は終わらなかった。

 メフガは目を一瞬閉じたかと思うと、突然その男の名前を出してくる。




 ミッキ・ジャナナ。

 この国で俺を迎え入れてくれた人である。結局、昨日の一件から姿を消してしまっていた男。



「聞いた話によると……彼は生きているらしいねぇ?」




「待て、その前にお前はなぜミッキを知っている」


「ただ、敵に捕らわれてしまって、たぁ~いへんだとか」




「おい無視するな! そしてその情報はどこから——」


 



 真っ赤に染まったの夕日の中で、その姿が映し出される。



 後ろで手を組みこちらを向いて気持ち悪く笑みを浮かべるメフガの顔に、夕日に照らされて影ができる。


 



(…………っ!)



 より一層不気味になったメフガに一瞬本気で恐ろしいと感じてしまった。





 ——恐ろしい。ただその一言で十分だった。













 





 その夜。



 俺は、木製ベッドの上で体育座りをして、虫の音が外から響くこの部屋で、ただ一人、物思いに沈んでいた。ある意味、放心状態といってもよい。



 メフガが何を考えているのか、なぜ俺に接触したのか結局わからなかったが、俺にとってはそれ以前の話である。


 誰が敵なのか、だれが味方なのかわからない。

 何をすればよいのか、誰が正解を知っているのか、まったくわからなかった。




 このまま、この国のために行動をするのが正しいのか。


 あるいは、傍観者として過ごすのが正しいのか。





  







 ——これからする俺の判断に正解がないというのは、本当に苦しいのだった。































「……よし」



 そこで、だ。

 正解がない、ならば、この状況を客観的に見てくれる人間に相談しよう。


 そうすれば、正しいことまではわからなくとも、自分にとって良い結果は導けるだろう。








 頭の中に数人の顔が浮かぶ。その中で最も都合の良い人物は……。


「エルモ・カネスならばきっと良い」



 輝く黒髪のイケメンだけが頭に残る。

 聡明で、連絡が取れる唯一の人といってもいい。申し訳ないがエルディアは暴走しそうだし相談は無理だな。



 エルディアの首飾りを通して相談しようか。きっと今なら夕食時だし、繋がるはずだ。



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