仮初め暴君の少女



 一夜が明けて王宮に再度向かう。


 昨日の騒ぎは当然話題になっていた。王宮への道のりで色んなところで持ち切りだ。

 飲料水を購入しようと店に入った時、店内で店主とその客が、昨日の出来事について話していたのを覚えている。




 しかし、その一方で、昨日の騒動を思い出すような痕跡はすでになくなっていた。例えば「血」や「瓦礫」なんかは清掃、撤去されている。仕事が早いんだなと感心する。

 思い出すような痕跡があるとイメージ的に悪いのだろう。









 前回と違って、今日は隠された裏口ではなく正門に向かう。周辺には何十人もの兵士が警備目的のためか立っていたが、話はすでに通っているのか警戒されることはなかった。



 昨日見たホワイトノワールの死体も無くなっていた。会場の痕跡だけでなく、ここも仕事をしている。

 王宮側の不手際──裏切り者のせいだが──で、兵力をあまり信用していなかったが、さすが一国の兵士である。





 またリャンの一室に向かう。



「お待ちしておりました」




 

「お待ちされました……っと、それで今日は何のようで? まさか昨日の夜中に『明日もう一度来てください』なんて使者送られてくるなんて思わなかったですよ」


「いやはや、庄屋様が帰られた後、色々とやってほしいことが出てきましたのでな」







 本来今日、俺に予定はなかった。そんな俺が王宮に来たのは、昨日の夜に王宮の者を名乗る男が、訪ねてきたからであった。



 あの時はフッチャルさんにご馳走になったあとだ。部屋から出て俺の部屋に戻るときに声をかけられ、声を出して驚いた。

 追加でお願いしたいことがあるという旨を伝えられて、以前ミッキといた時に襲ってきたヤツではないと安堵しつつも、少し腹が立った。







「侵入だけじゃないのか……まぁ、内容によるけど……」




 やってほしいこと……なんだろうか。

 昨日の段階でやってほしいことがまとめられていたら、普通は昨日まとめて話すはずだが、急にしてほしいことができたのだろうか?



(せっかく今日くらいは休めると思ったのに)



 心の中でそう落ち込む。直近で休んだのはいつだろうか。そう思ってしまうほど最近の記憶は濃すぎる。

 思えば、連日トラブルや事件に巻き込まれて休んでいなかった。数週間たったとはいえ、リハビリ明けの俺にはちょっとキツイのだ。


 






「いや簡単なことですよ。少しあなたには王の面倒を見てほしいのです」


「王の……面倒? なんで?」




 何を任されるのかいろいろ考えていた俺に告げられたのは、「王の世話」というどう反応していいのかわからないことだった。





「王から聞きましたよ。庄屋様、実の王の性別を知っているんだとか?」



「ん、まぁそうだな……事故ってやつだが……だからといって、俺が面倒を見る理由にはならない気がするんだが?」








 王の性別については疑問はあるが正直どうでも良い。この国の現状を知れば知るほど、今までの言動に納得するところはある。




「王の性別について知っているのは王宮内でも一部の人間しか知りません。普段はその方達が面倒を見ているのですが、今回は事情が事情でしてな。端的に言えば人手不足なのですよ」

 


 事件の後始末に、王宮周辺の警備、ホワイトノワールの警戒と始末……やることは多いだろう。人手不足になるのも頷ける。




「とは言っても、流石にそれは面倒臭いな……」




 しかし、いくら人手不足とはいっても、この国にきて数日しか経っていない人間にそんな重大なことを任せるだろうか。


 それに昨日の段階で面倒事に首を突っ込んだと感じていた俺にとって、新たな仕事が増えるのはストレスにしかならない。


「これ以上の手伝いは有料だぞ。流石にそこまでやる道理はないんだが」



「ここで恩を売っておいたら後々いいことがあるかも知れませんよ」



「そんなに人足りないのか……?」



(ちょっと必死すぎか?)





 わざわざ夜に使者を送るくらいなのだから余程のことなのだろう。


 しかし、どうしてそこまで俺のことを高く評価してくれているのだろうか。少し気になってしまう。昨日会ったばかりなのに。聞いてみることにした。



「そのことは後で回答するが、その前に、なんでそんなに俺のことを信用してるんだ?」


「ほら、昨日少しあなたのことについて調べたじゃないですか」


「仮に能力が高かったとしても信用できるかどうかは別だろ?」




 能力が高ければよい話ではないはずだ。女性の王に接近させるならば、なおさらだ。



「正直に言うと、あなたが敵ならばどうしようもないくらいの状況なので、信じるしかないんですな」





「笑顔で言うことでもないだろ」



 シワを寄せて笑っているところ申し訳ないが、そんな状況なら笑ってられないだろ。




「まぁ、そのようなことを心配してくださっているのであれば大丈夫ですな」






 リャンは何を考えているのか全く分からない。困惑しながらも少し考えてみる。


 実際ここで王とのつながりを持つことができると考えると、悪い話ではないのだ。




(恩を売っておくのも悪くない……か?)



 今後、もし俺が街を追い出された時に逃げる先を確保できたり……まぁ色々と。




「別にそこまで重く捉える必要はありませんぞ? 本当に少し面倒を見るだけでいいんです」



(メリットはあるが……文字通り面倒だ)



 王への言葉使いとか気にしなければならない……が、それ以上にリャンが何を考えているか分からないのだ。





 俺を利用するだけ利用して切り捨てるかも知れない。メフガとは敵対しているように匂わせているだけで、実際そんなことはないのかも知れない──。

 


(ダメだ、今更考えてもどうしようもないことばかり思い浮かぶ)



 信じた直感について疑い始めてしまう。






「……分かった。何をすれば良いのか分からないが、まぁ……王の面倒くらいは」





「そう言ってくれると信じていましたよ。そうと決まれば──」




 俺の言葉を聞いて、満面の笑みでリャンは立ち上がり、「こちらへ」と俺を部屋の外へ誘導する。


 


 


 そこには以前ここまで連れてきてくれた女性のメイドが立っていた。こちらを見ると一礼をする。俺も軽く頭を下げた。


 リャンはそのメイドに「よろしく、ラミュ」と言って、部屋に戻って行った。

 


 ラミュと呼ばれたメイドは、「ついてきてください」と一言言って先を進む。







 ついていき、階段を降りたり、角を曲がったりして、庭園の横の廊下を通っていくと豪華な扉の前に着く。




「入りますよ、?」





 メイドのその言葉と共に開かれた扉の先にはただ一人、の姿がそこにあった。








============






 メイドは去っていき、二人この空間に取り残される。


 王は立派な衣装を纏って、背筋を伸ばし、指一本も乱れがない。しかし、頭に手をやり、やれやれと言うような変な格好に、どのような反応をすれば良いのだろうか?


 優雅な衣装とは対照的なダサいポーズ。正直、不恰好である。





 それにしても王の部屋……と言うには少し変である。確かに机や椅子、たくさんの本がある本棚に、部屋の中心に絨毯が敷かれているはずなのに。部屋の形がどこかおかしいのだろう。



 それとも、王の後ろにもう一つ扉があるからそっちが王の部屋なのだろうか?

 二つの空間があるのは、間違って入ってきてしまった従者に、王ではなく女子としての生活を見られないようにするためだ、と考えればおかしくない。


 

 順番的に、女性の王が先ではなく王宮が先だから、おそらくこの王のために二つ連なる部屋を強引に生活できるスペースに変えたと思われる。



(本来は個人の部屋用でない空間を、王の部屋にしたから少し変なのだろう)





「…………ハァ、楽にしていいぜ? ショーヤ」


「お、おう、楽にして、ですか」


「バカ、やめろって、敬語なんて使うんじゃない」


「……へい」





「アッハハハッ! 『へい』、だってさ! アンタ、おもれぇなぁ!」



(なんだ!? この王!?)


 

 フランクな態度と豪快に笑うその姿は、俺の中にあった『王』のイメージを一瞬で覆す。

 元気な中性的な声は、昨日の弱っていた姿からは想像できない。

 


 想像とは違った雰囲気に驚きつつも、冷静に振る舞おうとする。





「大丈夫だったのか──「ああ、待ってくれよ、ハハッ! ダメだぁ、おもしれぇ〜」──ダメだ、腹押さえて笑ってやがる」



 話すことができなければ、なにもすることもできない。ひとまず落ち着くまで待ってみることにした。





















「落ち着いたか?」


「んん゛っ、スマンスマン! んで、アンタが『面倒』見てくれるんだろ?」



「具体的なことは聞かされていないがな。俺は何をすればいいんだ?」





「んなもん、オレが知るかよ。何か聞かされてねぇのか?」


「全く」



 「えぇ……」と言った表情をする王だが、俺と同じ心境だということを伝えたい。俺も面倒を見てとだけ言われたことを王に伝える。



「あー、でも一つあるとしたら……」


「心当たりがあるのか?」




「オレの教育係が失踪したんだよ、昨日、急にな」




「その人のこと、俺知ってるかもな」






 王の教育係を務めるほど信頼されて、失踪した人といえばおそらくあの人だろう。


「その教育係は普段はどんなことをしていたんだ?」


「あぁ、例えば……そうだなぁ……なんだっけ?」




「『なんだっけ』ってなんだよ、俺が知るか」


「まぁいいだろ。ま、それっぽいこと適当にしろよなぁ〜」




 そう言って金の腕輪などを外してその辺の机の上に置く。そしてそのまま椅子に座って、後ろ足二つでブラブラし始めた。



 そんなことを言われても俺は別に人に教えられるほど立派な知識教養があるわけではない。完全なアドリブでなんとかしろとでも言うつもりか。大体この程度のことだったらわざわざ俺に頼むほどのことではないだろう。



「そういえば、名前をまだ聞いてなかったから教えてくれないか?」



「いいぜ、オレの名前は、リァン・ペドエル・シーニャ。一応この国の王をやってる」




「リャン? そういえばあの執事もそんな名前だったな」


オレリャンの側近だからな。オレはリャン側って呼んでるぜ。というかリャン呼びなのか?」


「そう呼べって言われたからな」





「へ〜、結構信頼されてんのなぁ」


「そうか?」





 リァン・ペドエル・シーニャなんて名前は聞いたことがない。「イロモノ」のゲームにそんな名前は一切出なかったはずだ。

  



「俺はなんて呼んだらいい?」


「あー、適当でいいぞ。公の場以外ならな!」




「その聞きたいことがあるんだがいいか?」


「ん〜? いいぞー」



 机の上に置いてある、おそらく勉強道具と向き合いながらペンを回している王に気になったことを聞いてみる。



はキャラなのか?」


「……あまり人には言うなよ〜? これでなんとか政治? やってんだから。あ、あと、オレが女ってこともな?」




 俺が持っていた疑問、それは昨日俺に見せた様子と今こうして話している様子から、本当は暴君ではないのではないのかということだ。


 キャラということを聞いて、俺の予想が合っていると分かった。




「その政治ってのはリャン、あー、……リャン様、が勝手にやってるのか?」


「勝手にっていうのは、オレが考えて動かしているってことか? それはナイナイ。オレ、人に自慢できるほど頭悪ぃぜ?」


(自慢することでもないけどな)





「じゃあ、誰が主導で?」


「そりゃあ、リャン側とか他の側近だぜ。ま、側近って言ってもオレに相談することなんて稀だけどな!」





 やっぱり聞いてた話と違う。



「偽の暴君ね……」




「なんか言ったかぁ?」


「いやなんでもない。それで──」




 ひとまず仲良くなること。面倒を見るためには信頼されなければならない。まずはそこから。



 教育係らしいことはできないだろうが、話し相手にはなってやろう。





============




「側様、なぜ彼をそこまで評価するのでしょうか?」



「『なぜ?』……そうですね。彼は利用できる価値があるからですよ」



「価値……そうですか」




 この二人以外いない空間で行われた会話。嘘はないだろう。


 その質問には興味がないのかリャン側は目の前の書類と向き合いながらそう返事をする。おそらくその書類は今年の「ハルセッションの変動」で施行される法案について記載されているものだ。


 




「ではどのように利用するのでしょう?」




「言う必要はありますかな?」


「必要のない人物をこの王宮内に入れる必要はありませんので」




 リャン側は一瞬面倒くさそうな表情をすると、ため息をついて、書類から目を離し、こちらに目を向けた。




「彼は、デヴァステーションの人間。メフガ様に新しい知識をもたらす可能性があると私は考えていますので」


「知識、ですか」




 少々納得できないところはある。

 今更デヴァステーションとかいうイロモノのたまり場なんかに価値はあるのか。


 イロモノが認められる場所として話題にもなったが、今は斜陽もいいところだ。政治は腐り、崩壊するのもそう遠くない話だろう。



 そんな街から来た彼をリャン側は評価するのか。



「それで……あなたはそのようなことを質問するためにここに来たのですかな?」




「い、いえ、ホワイトノワールについてはどうなったのでしょうか?」



「その件についてはあなたが気にするようなことではないはずですが……昨日のうちに王宮周辺の拠点は潰しましたよ」




 そう言って席を立ち、紅茶を入れ始める。意識や集中を切り替えるいつものルーティン。


 それゆえにリャン側が私達の前でその行動をしたら、「ここから去れ」ということを意味する。

 リャン側の心のナニカに触れる前にここを去ろう。



 部屋を出て、扉の前で呼吸を整える。


 



 まったく、この国は終わっている。

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