共感性の欠如





『一昨日の午前10時ごろ、シナリオライターの伊勢ミクさんが自宅で亡くなっていたのを彼女のマネージャーが発見したことについて警察は、事件性は認められず自殺として──』




 女性のアナウンサーが表情を暗くし、手元の台本を読む。しかし、どこか本心で語っているようだった。


 そういえばこのアナウンサー、伊勢ミクのゲームが好きだったなと、思い出す。

 


 他のコメンテーターが、について勝手に考察している。

 「誹謗中傷を受けた」とか「精神病だった」とか、くだらない。あの日、あの時、どこもおかしくなかった……はずだ。




『悩みは一人で抱え込まず、友人、家族など相談できる人に相談しましょう。また電話での相談も受け付けております。電話番号は──』




 語りかけるようなその声に反応はせず。一人でひどく苦しみながらパソコンの電源を付けた。










 白のディスクを入れる。

 通常のパッケージ版と違いは最初ゲームを開いた時にはわからなかった。しかし、ゲームを開始して十数秒でその違いに気づいた。




「なんだコイツ……『庄屋』?」



 主人公の前に現れた一人の男。主人公はその「庄屋」という人物に友好的な態度をとった。


 庄屋は主人公と比べても劣らないビジュアルの良さと、主人公との関係性からただのモブキャラでないことに気づく。




(もしかして友人キャラか……?)




 知らない名前が出てきたが、会話が終わり、行動パートに変わる。




 ひとまず能力値を上げるのが定石だろう。主人公「アインシュ・ゲイル」を操作してヒロイン達との接触を図る。


 能力値を上げる方法は、確か……イベントと依頼の二つ。

 主人公も「イロモノ」だが、最初の方はそのことに気づいていないんだよな。だから、危険な依頼を受けることができない。

 簡単な依頼は受けることができたはずだ。ただ、そういった依頼はあんまり効率的ではない。経験値も低いし、依頼達成後の報酬金も低い。



 最初はヒロインの好感度も上げて、後のデートイベントを発生させる準備をしておいた方がいい。


 ここはまず、フォロイ・クリスティーと接触するか。







 


 まさか、このゲームをまたやるなんて。




 本来はただのハーレムストーリーだったはずなのに。

 激闘を制すヒーローみたいな主人公。ヒロイン達に囲まれて、友人に称えられる。男向けのよくあるストーリーだったのに。


 クソほどしょうもない鬱展開、グロい描写、ヒロインが次々死んでいくストーリー。




 目の前で行われる会話を見ながら、脳裏にフォロイ・クリスティーの死がよぎる。回避する方法は……彼女の父親の会社を倒産させないようにすれば良いんだったよな?






 「完成した」なんてよく俺に言えたもんだ。

 あの時の騙されたという失望は今でも思い出せる。しかし、そのことよりも心に詰まったような違和感が俺を支配していた。




 ヒロインが死ぬシーンを見るのは好きじゃない。

 とりあえず、後に出てくるエル・クロモンド・ハーツェルのヘイト管理もしっかりしておかないと。

 あと、エルディア・カネスもどうにかしないとな。途中で退場するけど、目をつけられると面倒なイベントが起こったはず。







 ──面倒だ、ものすごく。


 本当になんでこんな扱いにくいキャラを登場させたんだよ。他にも数人、邪魔な女キャラが思い浮かぶ……「天才研究者」「お嬢様」「龍族」「吸血鬼」。



 しかし、そのキャラと比べてもこの両名は大変だ。

 好感度が高くても低くてもバッドエンド直行。それに、滅茶苦茶強いから戦っても勝てないんだよな。他キャラなら退場イベントも多いし、最悪殺せばなんとかなるからな。


 さすが、「イロモノの嫌いなキャラランキング」万年一位二位だ。






「……やりますか」





 とりあえず、クリアを目指そう。






 冷静に考えれば、このリメイクにどんな意味があるのかわからない。アイツがどんな思いで俺にこれを渡したのかわからない。


 でも、アイツのことだ。意味のないことはしないだろう。























 ──もうこんな時間か……。



 結局、一日を無駄にしてしまった感はある。貯金がないのにパソコンゲームをしているなんて、ダメ人間にも程がある……まあ、真人間になるなんてもう無理なんだけど。






「しかし……序盤までやったが特に変わったところはないんだよな……」




 思わず独り言を呟く。

 周回要素のあるゲームだから、二周目以降何か変化があるのかもしれない。






 しかし、もう時間がないな……。

 二周目はまた明日か。



「メシ、どうしようかなぁ……」




 もう夕方というには遅い時間。お腹が空いていることが無意識でもわかる。


 この状態になってくると、何か胃袋に詰めないとやっていけなくなる。





 財布を開けば、数枚の札が入っている。どれも千円札だが。

 対照的に、バイト用の通帳には「0」の文字が書かれている。



(久しぶりに外食にするか)




 動かない体を強引に動かして、近くに投げ置かれたコートを着る。外は今日も寒いらしい。














============








 外では今日も人々の往来を見ることになる。それはいつものことで、いくら自分が社会から切り離されているからといって、何も感じなかった。


 



 それなのに、無性に衝動的に暴れたい、叫びたいと願う自分がいることに気づく。いつもとは違う感情に驚きつつ、重い足を一歩踏み出すのを繰り返した。


 疲れているのか……とも思ったが、そうではないような気がする。






(あれ……なんでこんなに腹が立つんだろう)



 とにかく今日の俺は、その街の様子が憎かったのであった。 



 それは自分自身の変化であったのかわからない。一時的なものであったのか確かめる方法は存在しないが、異常であった。









 ぶらぶらと歩いても腹は満たされない。さっそく適当な店で何か食べようと思った。今日は久しぶりに牛丼を食べてみたいと思ったので、いつもとは違って交差点を右折して先に進む。




(あぁ……こっちの道って『カップル道』か。参ったな……)



 通称、「カップル道」。

 この道は高級なレストランや綺麗なイルミネーション、ブランド物が置かれた店が並び、特にこのシーズンは、カップルの姿が嫌でも目に入ってくる。

 しかし、奥に見えるその牛丼屋にはこの道を進むのが一番早いのだ。




 嫌々、途中のブランド店の前を通る。

 なんとなく胃袋から何かやってくるような感じがした。何もないはずなのに、湧き出るような感覚。直視したくないと本能が叫ぶ。

 


 でも、一方で、憧れがあった。

 横を見れば、近くを通る二人組の顔を見れば……きっと幸福を感じられるのではないか?




 ただここは本能を信じるべきだろう。それを堪えて、できる限りそちらの方に目を向けないようにしていた。



 一歩、一歩と牛丼屋は近づく。

 たかが百数十メートルのこの道がやけに長かった。







 あと少し……という所で、不思議と後悔するのではないのかと思うようになった。


 

 ──もしここを通り過ぎてしまったら、もう憧れの生活を送る人々を見れないのではないのか?








 



「ありがとう! 似合ってるかな?」




 ──その言葉は、この飾られた価値のある世界を歩く俺にとって、どんな麻薬よりも効果のある魅惑の言葉であった。



 店内から女の喜ぶ声が聞こえて、居ても立っても居られなくなり、ついそちらを見てしまったのだ。








 女と男が指輪を選んでいるその様子は喜びに満ちていて、笑顔で満たされていて、幸せな空間が出来上がっていた。光を反射する窓がその光景を輝かせた。


 男はメガネをかけて冴えない感じで、決してイケメンではない。でも、その女の様子に笑いながら過ごしていたのだった。










 ──鳥肌が立った。


 今まで感じたことのない嫌悪感と共に、先ほどまでの自分がなぜこの夜の街に怒りを覚えていたのか、理解した。

 そして、後悔した。

 安直にその街に魅力を感じてしまったこと。街を見てしまったこと。







 立ち止まって、財布の中の現金を手にする。その姿が店内の男と重なる。




 ゆっくりと力が籠っているのが分かる。








(俺って──だったんだ)





 心臓の鼓動が速くなる。



 明日からどう生きればいいんだ。気づいてしまって、今までの俺ではいられない。初めて自分が社会のお荷物だと突きつけられた。



 今の自分への動揺、明日への恐怖、──絶望。立ち止まった俺の背中に飛び乗ってきた。





 破滅しかけだった俺が……無意識に守っていた生命線が──とうとうプッツンと綺麗に切れたのが分かった。








============





「『4』の本……あったあった、ここの棚だな」



 先ほど歴史の棚からとった本を持って「自然科学・医学」のコーナーに入る。


 そこには、数学、物理、化学、天文……その中の一つの本、タイトルは「イロモノの夢と現実」。












 「イロモノ」という言葉は、地方や時代によって意味が少し変わってくるが、「体内の魔力の異常により魔術回路を形成し、想定外の効果を引き起こす能力者」のことを指す場合が多い。

 また、「イロモノの能力」自体のことをイロモノという場合もある。


 イロモノという言葉は、元々差別用語として使われていた歴史もあるが、今ではイロモノへの理解、解明が進んでいるためを除いて、前述の能力者のことを肯定的に捉えている──。





「現実的に考えるとこの辺りだな、神の力というものは──「おう、お嬢さんも来ていたのか」──おぉ、ダン先輩! お疲れ様です、だな!」





 聞き慣れた声をかけられ振り返ると、本を数冊持ったダン・カミングが立っていた。本は『世界の景色』という名前でダン先輩らしいな、と思ってしまう。


 

 数時間前、一番最初にこの図書室に入ったから、ついさっき来たのだろう。そういえばもうお昼時だ。

 エルディアはクァーラン王国について調べるのに夢中になっていた。調べれば調べるほど、面白いことが浮かび上がってくる。





「朝から勉強か? 学生の本分をわかっているな」






「まぁな。公安隊に所属する者として恥ずかしい姿は見せられないからな」


「最近、公安隊本部の書類が荒れていたり、ドアの一部がへこんでいたり、公安隊にも恥ずかしいやつはいるらしいからな。お前のソレは良い心がけだ……それと──」




 ダンはエルディアの顔色を窺うと、一息つく。



「心配したが……





「もちろん。なんら問題はないからな」




「なるほど、つまりアイツは大丈夫だったってことか」




 少し笑ったダンはそのまま一言残して立ち去った。


 「全く、庄屋は好かれているな」と心底思う。街の外の人間であるのにここまで多くの人に好かれているのは、才能なのかもしれない。








「人と関わるのが好きではなさそうだったがな……」




 出会った当初、庄屋の持つ異常な態度に困惑した。


 初めて会った時の、歪ませた表情は今でも思い出せる。あれは嫌悪感か、または敵意か、もしくはその両方か。何か壁のようなものが庄屋との間にあるような気がした。

 

 他の人にはそのような感情を向けている様子はわからなかったが、人とは関わらず孤独を望む様子は変わらなかった。







(今ではそんな様子はないのだが……)



「おっと、今は『神の力』について調べていたんだったな……」






 クァーラン王国について調べていたら、「神の力」というものについて知った。


 端的にいえば、それはクァーラン王国の要であった。国民をまとめるために、国民を都合の良いように扱うための『権威』としての役割を持っていた。

 

 その神の力は代々受け継がれていた。そしてそのことが王は神であるという構図を作り、国として成立させていたのであった。




 『神の力を持つ王』はおそらく、イロモノと考えられるのだが、「代々受け継がれる」というのは、この本のイロモノの定義には合わない。

 もしかしたら、新たな能力なのかもしれない……単に特殊なイロモノの可能性もあるが。



(ここが謎だぞ……「継承の方法」、「イロモノの発生」……調べるか)




 新たな謎が次々に出てくる中で、楽しみになっている自分もいる。



「よし! 午後まで延長だな!」 






 「為になる情報を提供する」という当初の目的を忘れ、純粋な知識欲に浸りながらまた次の本を手に取る。


 ちなみに庄屋は一切手伝えなんて言っていない。当の本人はまるで使命のように行動しているが。


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