ただいまを聞かせて



『排除完了いたしました』








 その後、話し合いが終わって、待合室でを待った。

 「その時」というのは、約束通り周辺のホワイトノワールをどうにかしてくれるというので、それが終わるまでである。



 相手は武器を持っている……それに、四面楚歌のような状況で人数もわからないこの状況。出入り口も少なく、出待ちされているかもしれない。


 


 「どうするのだろうか……」──そんなことを考えながら、待合室で座ってしばらくすると、先ほどの言葉と共に一人の若い執事が入ってきた。







 驚きだった。

 この状況から十分と経たないうちに、周辺のホワイトノワールを倒したなんて。


 外に出て、周辺の血の匂いと白服の死体を鮮明に思い出せる。兵士の「疲れたけど、やってやったぞ」という表情も見ることができた。



 

 そこで、急にミッキの安否が気になった。

 もしかしたらと、恐る恐る一つ一つ死体の顔を見て回った。しかし、ミッキの死体はなく安堵するとともに、「どこに連れて行かれたのか」という新たな疑問と心配が現れたのだった。

 




『「どうしたのか」……? それは秘密ですよ』


 こんなことが最初からできるのであれば、当然騒動があって、ホワイトノワールに囲まれていても動けていたはず。

 そう考え、何か裏があると思った俺は帰り際にリャンにさりげなく聞いてみたが、躱されてしまった。











 


 ──なんて、あまりに濃い一日と、頭の片隅に残る不安から逃げようと、リャンとのあの会話以降の記憶を掘り返してみた。




(疲れた……お腹も減った。明日からどうなってしまうんだろう……それに侵入か……)




 メフガの家があるという場所の近くまで送ってくれるらしい。

 その一帯は王国の領土でありながら、ジャンビシキシ家が統治しているらしく、馬車では目立つので途中で徒歩で向かうことになるという話も聞いた。



 俺は一般的な家を想像しているが、潜入という言葉を使う以上、それなりの大きさはあるのだろう。リャンもそのようなことを言っていた気がする。



 ただ、ホワイトノワールの対応と事後処理に追われているようで、侵入作戦はまだ先のことになりそうだ。それまで、王宮に来て手伝って欲しいことがあるらしい。




 




 気づくといつの間にか八面荘が目の前にあった。



(考えすぎてしまうのもよくないな……)





 ──玄関を開けようとしたその時、隣の部屋の扉が勢いよく開く。フッチャルさんが以前挨拶を交わした時には見せなかった、慌てたような表情で飛び出してきた。



「アンタ、生きてたんね!?」


「うぉぉ、って、そんな慌ただしく……どうしたんですか」






「どうしたって、知り合いから聞いたよ! 会場の方へ向かったって! あそこで騒動があったんだってね!?」


「あぁ、まあ……」





 ゴリゴリ巻き込まれましたというのは心配させてしまうので、言えなかった。



 話していると、フッチャルさん後ろひょっこりと顔を出した人物がいる。おそらくフッチャルさんの夫だろう。



「ほら、生きてたじゃんよ……」


「うるさいねアンタ!! ……ほら初めて顔を合わせるんだから挨拶くらいせぇね?」




 頭をかきながら、そっと前へ出てくる。

 服はよれよれで、髪もボサボサ。不潔感はなかったが、その姿は適当な人だなという印象を与える。






「ミガーテです……よろしく……」

「よろしくお願いします。庄屋です」



「ただでさえそんな格好なんだから、ちゃんとしなね?」



(何かあったのか……?)



 挨拶を交わし、やはりその姿にどこか思うところはある。

 ミガーテという男の表情の無気力さは、転生する前の自分を見ているようで、困惑する。


 


『グゥ〜……』



「ハハっ、すみません……朝から何も食べていないんんですよ……」



「なら晩御飯食べにおいで、ちょうど今から準備するところだったんから。アンタもいいね、ミガーテ?」

「うん、まぁいいけど」










 俺の部屋と同じ広さで二人で暮らしているからか、とても狭く感じる。四隅の一角にはものが乱雑に置かれて積み上がっており──捨てられているとも──それが、部屋をさらに狭く感じさせていた。





「これは……家族写真ですか?」



 その物がたくさん置かれた部屋の隅にひっそり飾られた写真には、フッチャルさんとミガーテさん、そして、俺と年齢があまり離れていない少女が写っていた。


 床に落ちていたゴミを拾っていたミガーテさんにその少女について聞く。



「……あぁ、まぁ、ね?」


「娘さんは一人暮らしですか?」




「──ごはんできたね!」



 歯切れの悪いミガーテさんから色々なことを聞いてみようとしたら、割り込むようにフッチャルさんの声が割り込んでくる。


 お腹が減っていたのでそこまで気にしなかった。出された鍋を皿に取り、食べながら、「何か事情がありそうだ」と気づく。





 野菜が入った少しスパイシーな鍋。囲んで食べることなんて今までしたことがなかったので、少しワクワクしていた。

 食べ始めてから少しの間、沈黙があったが、鍋の中身が半分ほどになった頃、フッチャルさんは「聞かせてちょうだい」と話を切り出す。



「会場で何があったんだい? 噂によると、爆発があったとかなんとか。王様は大丈夫だったんかい?」


「そうですね、爆発が起こって……王様は大丈夫だと思いますよ」


「本当かい……? 王様には死んでもらっちゃ困る。ただ……」




 フッチャルさんは話終わりに少し懐疑的な表情を浮かべる。


 こうして話している間もミガーテさんは黙々と箸を動かして食べていた。





「メフガとかいうヤロウと王は手を組んだのかい?」





「えぇ……まぁ、はい。急にメフガの名前を出すなんてどうしたんですか?」


「何があったかは言えんよ。ただ、ソイツには気をつけること。マッチポンプの達人だから……いいね?」




 随分と恨みがあるような言葉から、メフガと何か関係があったことに驚く。娘さんのことと併せてフッチャルさんたちに、壮絶な過去があったんじゃないかと思う。単なる誤解なのかもしれないが。



 ともかく、なんだかんだ会話が盛り上がった。途中でデヴァステーションについて聞かれたり、向こうでの生活について聞かれた。




 ここに来て心配は色々あったが、こうやって人と話せるのはいいものだと感じた。









============





「──ん〜、これは一体どうしてこうなったんだぃ?」


「大変申し訳ありませんでしたッッ!!」




 高価で歴史を感じる置き時計が、屋敷の広間の中央でその秒針の音を響かせている。


 静まり返った空間で、階段の上段にいる白肌の男は失望の眼差しを跪いているその白服の男達に向けた。

 その筋肉質な白服の男達のなかでも一回り身体の大きい男は声を響かせて謝罪を行った。



「う〜ん、謝って済むことじゃないんだけどねェ〜。『王様が死ぬ』というボクの今日の日記に書けなかったじゃあないか……。それに、今回のことで王様が王宮に閉じこもっちゃったからねぇ〜」



「…………ッ!」




 屈辱であった。

 主人の期待に応えることができなかったという感情がその大男を支配する。


 失望されても仕方ないだろうとも思った。

 状況的には王を殺せない方が不可能だった。王は爆発に巻き込まれ、現場と王宮周辺に確実に王を殺すためのホワイトノワールを配置したのに。


 

 人々のあまりの混乱に王の捜索が遅れたこと、王が無傷であったこと、二人の男が現れてその王を助けたこと……イレギュラーはあったが、またとないチャンスがついえてしまったのだ。





「その件につきましては私たちが全力を尽くして──」


「あーもう、いいよ」




 呆れたように彼らを見る。

 王の暗殺が難しくなってしまった以上、本来の計画は意味をなさなくなった。ホワイトノワールに使ったお金もほとんど無駄になった。



 ──別に諦めたわけではないが。



「まぁ今回のキミたちの働きは無駄だったってわけじゃないからねぇ。あの男を捕まえただけで十分だよ。それに、プランBがこっちにはある」





 そう言って、近くにいた執事に「そういうことで、ヨロシク」と声をかける。執事は一礼しその場を去る。



「しかし……これから君たちはどう扱おうかねェ?」


「…………!」







「……まぁ、いいや。適当に過ごしていて」





 一瞬、緊張が走ったのがわかり、跪いている一部のホワイトノワールは体を震わせた。

 

 しかし、メフガはそのまま本を片手に廊下の奥へ消えていった。




 そこに残された者は、深く息を吸って、ゆっくりと立ち上がった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る