メフガの脅威





 

 二杯目の紅茶に一口つけ、大きくため息をついた。

 勢いにやられた感じはどうも心残りではあるが、安全よりも自身の直感を信じ、この面倒ごとに命をかけてみる方が良いと感じているのも事実。


 こういった状況では保身に走るより直感を信じるべきだ。今まで生きてきてそう学んだ。


 


 とりあえずリャンに現状を教えてもらおう。何をすれば良いのか理解しておかないと、正しい行動ができない。



「リャン……まずは最終的な目標を教えてくれないか?」




「一つは王の政治を維持し続けること。二つ目に武闘派の反対勢力『ホワイトノワール』の排除……この二つですな。後者はこちらの兵士で対処できますので、庄屋様には前者を協力していただきたい」



「…………俺には結構危険な仕事をさせようとしているのか?」

 


「失礼は承知の上で、庄屋様には調査を頼みたいのです」



(その調査? とやらで王の権威は守られるのか?)



 「こちらを見てください」そう言って、リャンは数枚の写真を渡してくる。


 手にとって確認してみると、見慣れない街と幼い子供が写っているのがわかる。



「この子供は?」


「メフガ・ジャンビシキシに捕らわれたとされているプランタの娘と息子ですな」


「あいつか。評判通りだな」



「王による政治が危うくなっているのも、実はあのメフガという人物が原因となっているのですよ。庄屋様には、メフガの家へ侵入し、この子供たちの安否を確認してきてほしいのです」



 侵入捜査、まさかの依頼だった。協力をすると言っても、まさかこんな大役を任されるなんて……協力すると言ったことをもう後悔した。

 プランタ……確か、香辛料の栽培と売買でお金を得ている富裕層のことだった。その子供の安否確認か。確かに生きているかそうでないかでこちら側の取れる策や方針も変わってきそうだ。






 このまま話を続けようとしたところで、一つの疑問を思い出す。俺はリャンにそのことを聞いてみることにした。



「……そういえば聞き忘れていたことがある。ミッキ・ジャナナという男は一体何者なんだ?」






 ──さしずめ「メフガという危険人物となぜ手を組んでいるのか」と質問されるのを予想していたのか、唐突に俺が変な質問をしたために虚をつかれたのか、驚くような表情を見せる。


 しかしそれも一瞬のことで、すぐにその動揺を隠した。


 そこは流石といった所だろう。ただ、こっちはそれを見逃すほど甘くない。



「はて……ミッキ・ジャナナという人物よく分かりませんが」






「とぼけるなよ? 王家との関わりを持つ人物だって分かってんだからな?」






 表情は隠せたと思ったのかもしれないが、その声色は隠せていない。確信した俺はリャンに問い詰める。思えばリャンの様子はまるで俺のことを知っているかのようで気味が悪かったのだ。


 そのことを指摘すると、「あの方は……」と呆れるように呟いたのが聞こえた。




「ミッキもメフガという人物についてやけに詳しかった。その様子だと本当にミッキは王家と関わりがあるんだな? 俺がする調査の内容も、メフガと国の関係もそのことを聞いた後だ」




「……分かりました」




 リャンは諦めたような顔をして語り出す。


 ミッキは諜報員の一人で、表向きはコーディネーターとして働き、裏では国内の潜伏する反対勢力を見つけ出したり、他国の情報を集めたりしているらしい。





「まさか、リャンは俺に関することも調査していたのか?」


「それは指示してませんよ」


「本当か? 一度嘘をつかれたからな。正直、その言葉を信じることはできないが……」




 そのこと嘘かどうかを追求しても時間の無駄だ。気持ちを切り替えて話を戻す。

 


「とにかくだ。話してくれ、メフガと王国との関係を。一体なんで手を組んでいるのか。メフガの目的はなんだ?」





「彼の目的を推測ですが先に伝えておいた方が良いですな。彼の目的はおそらく『王国を乗っ取る』ことだと私は思っております」






『メフガ・ジャンビシキシは今の王権を乗っ取ろうとしているのではないかと私は考えています』



 今朝ミッキとした会話が蘇る。ミッキが国の諜報員だというのならば、あのメフガを諦観していながらも憎んでいるあの姿に多少納得がいく。



「もちろん、王としては、そんな人物とは手を組みたくない。ただ、この写真のプランタの子供達が人質になっていて、手を組まざるを得なかったのか?」




 リャンは首を縦に振る。


「彼はこの子供たちの命と引き換えに様々なことを要求してきました。最初は単純で簡単なことでしたが、最近は『王と同等の立場が欲しい』との要求もありましてな」


「武力では解決できないのか?」


「王宮内にいる裏切り者がいる以上、そのような動きは簡単にはできないですな。裏切り者がそのことをメフガに伝え、彼は間違いなく人質を殺すでしょうから」





「武力行使をした場合、人質は殺される……そうなると、そのことに王に不信感を募らせたプランタを中心に革命を起こされてしまう危険性がある。かといって、このまま言いなりはまずい……もしかして、詰んでる?」



 リャンは俺の発言のせいか眉を顰めてしまったが、そう口に出すのも許してほしい。「そんなどうしようもない状況を分かって、協力させるなんて!」、罵ることもできたのだ。




 そして、そんな状況を理解したからか、頭の中に残っていたいくつかの疑問が解決した気がした。

 「止まることのない物価上昇」、「『黄金族の大移動』の被害を対処できない理由」。まるで国の首根っこを押さえるメフガは諸悪の根源と言っても過言ではないだろう。

 


 もちろんこれらがリャンらの嘘で、メフガが実は正義を行使している可能性はある。

 ただ、個人的な感情としては悪として見ることしかできなかった。

 


「俺が調査をしてなんとかなるものなのか? それに言っちゃ悪いは俺はあんまり得意じゃないぞ、こういうの」


「状況が状況ですし、今はとにかく彼に関する弱点や弱みを集めたいのです。可能であれば、安否確認だけでなく、暗殺も」


「暗殺か……それはもっとキツイかも」




 リャンの俺を過大評価しているような話ぶりは、人の話を聞かない印象を与える。


 


「というか……メフガの居場所は分かっているのか? 場所がわからなければ侵入することもできないぞ」



 思ったことを口にしてみる。

 まさかここまで話を進めておいて、場所は分かりませんということはない……はずだ。

 

 ただ、そうだとしたらどのように住所を特定したのか気になってしまう。

 メフガは住んでいる場所を教えたのだろうか?

 



「ああ、それは大丈夫です、しっかりわかっていますよ」




 まぁ、そうだろうな、良かったと思うと同時に、ますます謎が深まる。

 メフガの性格はよく分からないが、ここまで丁寧にこの国を絡め取ろうとしているのだから簡単に教えることはしないはずだ。




「へぇ……てっきり分かっていないもんだと。どうやって知ったんだ? まさかメフガから?」



「いえいえ。今回の不始末があったからといって、私達の組織をあまり舐めないでいただきたいものですな」




「それは……すまん。じゃあ一体どうやって?」










「こちらにいるように、あちらにも裏切り者はいるのですよ。、このチャンスは無駄にはできませんな? 庄屋様」




 口に端が吊り上がり、向けられた視線と期待になんとか目を合わせて返す。




 どうやらこのリャンという側近は、このまま終わるつもりは本当にないらしい。


 裏切り合いに武器を交えた簡単には屈しないこちらの対応を見て、メフガとの戦いは予想以上に泥沼なのかもしれないという嫌な予感がよぎった。


 

 





============














「どうだ、兄上!」




「……うーん、美味しいけど、美味しいけど、なぁ……?」




 エルモは考えていた。



 なぜ、なぜだ。なぜ毎食寿司をエルディアは作っている……?


 そして毎食感想を求めるのはなぜだ。誰かに作ろうとしているのか?

 


(いや、それにしたって寿司かぁ。寿司って他人に振る舞うものかぁ?)



 分からない、妹の感性が。

 誰かに振る舞うとなれば、普通、家庭料理を連想するはず。


 まさか「エルディアに握ってもらった寿司が食べたい」とでも言われたのだろうか? 誰だよそいつ、該当する人が兄ちゃん分からないよ、教えてエルディア。




 腕を捲って、意気込むエルディアはまた酢飯を少しとって、寿司を一貫作って目の前の皿に置いた。


 ちなみに腹八分であった。





「エルディア、お前……庄屋とは上手くいってるのか?」



 わんこそばのように目の前に置かれる寿司を阻止するため、エルディアに話をふる。




「急にどうした? 我は下手はしないぞ? 我の料理で庄屋の心を撃ち抜いてやろう……」


「いや、そうじゃなくてな……アイツが料理ができる人がタイプってんなら、これ自体ヘタをうってるだろ」



「何を言ってるんだ兄上? 寿司も料理の一つじゃないか」





 「あぁ……」とここで、認識の違いを理解した。エルディアの認識教育が行き届いていないことを反省する。





(お前が何を言ってるんだ。寿司を上手に握る、そしてそれが料理上手……違う、違うんだよなぁそうじゃないと思うぞ妹よ)




 大きな認識のズレがあるエルディアにどう伝えるべきか悩む。





(あー、やっぱり、伝えなくていいか。庄屋に押し付ければいいんだしな)










「ところでお金は大丈夫なのか? 俺は愛する妹の手料理が食べれて幸せだが、連日これだとかなりお金を使ってるだろう」



 デヴァステーションは魚はあまり獲れない。そのため店に並ぶ魚の大抵は街の外の他の国から輸入している。

 魚の中でも生魚系は鮮度を維持するコストで高級品として扱われるほど値段が高い。



 以前の犯罪者殺戮の一件で、エルディアの貯金はかなり貯まったことは記憶しているが、流石に使い過ぎでは無いだろうか……。






「お金?」





 エルディアの反応はエルモの予想とは異なった。

 首を傾げ、それこそ「何を言っているんだ」と言わんばかりの表情をする。

 



「最近生魚ばっかだろ? 大丈夫なのか?」





「ああ、この魚は、──こうやって作ったぞ?」





 エルディアは両手の掌を見せてくる。手に無数の粒子が集まり、生魚を形成する。


 形成の過程でその魚の内臓、血、水気を取り戻す身がハッキリと目に映って、僅かな食欲も消え失せる。







(え、今までこれ食ってたの、俺)



 を認知している者としては素直に受け入れられるものではない。






「………………」






「あぁ、流石に庄屋に食べさせるときは買うぞ?」

 

「…………その優しさを……兄である俺に少しでも分けて欲しかったよ」




 エルモは腹をさすりながら虚な目で自身の膨れた腹を見つめた。




「大丈夫だ、絶対身体に害は無いと思うからな」



 

(「絶対」と「思う」は成立しないんだよなぁ……)



 エルディアの基本的な能力、「クリーシュ」は想像で物を作ることができる。それは、材質や形を問わない。ダイヤだろうが、金だろうが、このように生魚だろうが作ることができる。




 想像で創造()……それが意味するところ、矛盾や異常を孕んだ物体を生成してしまう可能性があるということ。



「本当に大丈夫なんだよな?」




「あぁ。ただ、少し身体の疲れがとれる性質を詰め込んだだけだ」



「…………だから最近食事後に体が軽くなるのか」



 食後に自身の疲労が回復する理由がわかった。




 「クリーシュ」という能力の価値は一見、どんな材質・物体でも形成が可能というところにあると感じるだろうが、それはこの能力のを分かっていない。


 エルディアの能力を理解する上で大切なのは、「想像がそのまま反映される」ということである。それが意味するのは本当に恐ろしいものだ。




「やめてくれよ、余計な邪念が含まれていたらどうすんだ?」




「我を信じろ! 家族愛に満ちているからな!」


「うーん、この……」




 創造した物に性質や概念を付与・変更できる──、エルディアが公安隊において最終兵器として扱われる理由である。

 例えば、「この魚を食べると疲れがとれる」と想像しながら生み出した魚は、実際にそれを食べると疲れがとれるのだ。実際、ありえないほど顕著にそれを感じた。


 

 逆に言えば、「この魚を食べると死ぬ」と想像しながら生み出した魚は、つまりそういうことだ。


 他にも質量や大きさの変更も可能だ。その気になれば、一立方センチメートルで数トンの物体を作ることができる。



 


 想像でこの世の理に反する物体を作るのだ。

 その能力の性質を利用し、物体を消したりすることも可能だ。



 しかも、これでも成長途中であり、能力自体完成されていないということに震える、恐ろしさで。






「明日も公安隊の仕事があるんだろう? 疲れをとれるのなら損はないな!」


「まぁ、うん、そうだが……」



(精神的に兄ちゃんは疲れたよ……)





「あと明日の午前中に公安隊の図書室を使わせてくれないか?」




「図書室? まぁいいが……」




 唐突にそのように聞かれ、少し疑問に思うところがある。


 学校の課題でもするのだろうか? それとも何か調べることでもあったりするのだろうか?






 いや、別にそんなことはどうでもいいか。




 

「鍵は俺の部屋の机の上にあるキーホルダーにあるはず」



「承知!」




(承知って……)



 その言葉を残し、リビングを飛び出し、階段を駆け上がっていく姿を見る。


 やはりエルディアの元気は精神に良い。少し厨二病のようなところもあるが、デメリットではない。




 ──もしかしたら俺ってシスコンなのかもな、なんてエルモは思いながら、明日の仕事を思い出した。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る