クァーラン王国へようこそ
暑い外とは対照的な空調の効いた部屋で、触り心地の良いソファに座り、部屋を見回す。
部屋の隅には高級そうなツボが置かれ、壁にはよく分からない絵が描かれた絵画が立派な額縁に入れられていた。
「やっぱりまだ痛いな……」
胸元の傷は先ほど王宮の医務室で処置してもらった。意識しないで過ごしていてもアルコール特有の刺激臭が鼻をつく。
落ち着いた雰囲気に感じる疲労。眠くなってしまいそうになる。昨晩ぐっすり眠れたはずなのにすでに疲れていた。
そんな状態に、今回の事件と、ミッキの安否とその存在の疑問が頭の中に残っている。どうしても心が落ち着かない。
先ほど、ここの執事に与えれられた荷物入れに乱雑に詰め込まれたタグラグル・スケッチを見る。
厄物は通常何かしらの呪いを持つ。タグラグル・スケッチが持つ呪いがあの時、目の前に現れたことと関係があると考えられるが、結局なんなのかよく分からなかった。
腕や足に土がついたボロボロの自分には合わないこの空間に、何も考えないように座って待っていると、部屋の扉からノックの音が聞こえる。
「お待たせいたしました、庄屋様」
「ん、あぁ、王様は大丈夫でしたか?」
「えぇ、おかげさまで、本当に感謝しきれません」
どうやら王は疲れで眠っているようだ。王の無事に喜びながら、しかし、脳裏によぎるミッキの無事を気にする。
目の前のメイドは、俺のその様子に気付いたのか「大丈夫ですか」と気遣ってくれる。
「大丈夫ですよ」なんて言ってしまったが、不安ばかりであった。
「側様がお呼びでしたので、ぜひ来てくださいませんか?」
「ソクサマ? ソク、様?」
「あぁ、すみません。側様はリャンというご老人の王の側近の方です」
「私も聞きたいことがあるので、全然構いませんが……」
王の側近と会話できるのであればちょうどいい。
色々と聞きたいことがある。特に今回のことは外せないだろう。
──部屋を出て、茶色で統一感のある模様のロングカーペットの上を歩く。カーテンが閉められた廊下の窓。隙間から覗くと王宮を囲む石壁の外が見える。
よく見れば会場が見える。まだ多くの人がいるようだが、ここからでは詳しい状況がわからなかった。
ともかく、ホワイトノワールの人間が入ってこないのか心配になる。
「安心してください庄屋様。ここには十分な兵士がいます。それに壁がありますから、彼らは入ってこれませんよ」
「あ、そうですか。それなら安心です」
花が飾られた花瓶の横を通り過ぎ、メイドについて行くと、やがてメイドは両開きの扉の前で足を止め、振り返る。
「こちらです」
そのまま部屋に通される。
中には一人、白髪に俺と同じ肌の色、そしてこちらを見る緑色の目。
入室時見た硬い表情をすぐに崩し、柔らかい笑みを見せる。手を差し出され、椅子へと案内される。
「ぜひ楽に座ってください。緊張は必要ないですぞ」
「あ、はい……」
「リャンと申します。皆からは『側』や『側爺』と呼ばれております。ご自由にお呼びください」
「じゃあ、『リャンさん』と」
背もたれが柔らかい椅子に座り、ぎこちなく構える。
「──まずは感謝を」
その言葉と共に、シワのない執事服が伸びたと錯覚するほど姿勢を正し、見事な一礼をする。その姿から、「一国の王を救った」ということがヒシヒシと伝わってくる。
少しだけ高揚するような感覚はするが、一瞬にして明日への不安が勝った。
「そして、王の代わりに謝罪をしなければいけません。こちらのトラブルにより、結果としてあなたに怪我をさせてしまったこと」
「とりあえず」、と話を切り出す。
「アイツら……ホワイトノワールは、何者なんですか? そして一体どうしてこんな事を?」
言いたいことがまとまっていなかったが、リャンさんはその意味を理解したようだった。
ホワイトノワールとは一体なんの組織なのか。思想犯なのか、愉快犯なのか。それに、兵士がいなかったことも気になった。
「彼らは元々、絶対王政反対派の人間で構成された組織ですよ。いつしか武器を持ち武闘派の反対派閥になってしまったのですな。今回の出来事は『王の暗殺』を目的に引き起こしたとみて良いでしょうな」
「かなり昔から存在するのですか?」
「武器を持ち始めたのは十数年前……と考えると確かに『ホワイトノワール』自体は昔から存在したということになりますな」
リャンさんは「しかし……」と言葉を繋ぐ。
「彼らは組織が麻痺していたはずです。さらにトップが亡くなって、資金も底をつき、自然と崩壊したと記憶しております」
「それでは、誰かが陰で支えているということですか?」
「私たちに気づかれずに力を付けた、という可能性も十分にあります。しかし、現状確定しているのは王宮内にホワイトノワールの味方をする人物がいるということです」
「王側の組織は一枚岩ではないのですか? なんというか王を愛する人たちの集まりのような気がしますが……」
「そうであると昨日まで信じていました」
(昨日まで? じゃあ……そう思わなくなったきっかけが今日あったのか?)
何があったのか考えていると、紅茶の香りが鼻に入り、意識がそちらに向く。考えている俺の様子を見たリャンさんが少し微笑みながらティーカップを机の上に差し出してくれた。もう一つの片手には自身の分の紅茶があった。
いつの間に紅茶を……? ──と思いながらも、感謝をしながら口をつける。リャンさんも自身の紅茶の匂いを楽しみながら口にする。
「ではクイズをしましょう。なぜ私たちに反対派閥……──いや、裏切り者がいることに気付いたのか。クイズを通して、あなたのことを少し知りたい」
「クイズ? まぁ良いですけど、そんなことをしなくても私のことはいくらでも教えますよ」
「正確にはあなたの能力を少し──」
ボソッと何か呟いた気がするが、よく聞こえなかった。
ともかく、息抜き程度にこのクイズに乗ってやろう。
「そうだな…………兵士。兵士の様子で気づきましたか?」
「ほう。兵士ですか。一体なぜそのように思ったのですかな?」
「王の護衛をするはずの兵士があまりにも少なかったので……正確には、いつの間にか消えていたというか……」
思い出せば、俺とミッキが会場に到着した頃、会場には何人もの兵士がいたはずだった。しかし、爆発が起こった後会場には多くいたはずの兵士の姿は消え、ホワイトノワールだけが残った。
まるで兵士とホワイトノワールがすり替わったような感覚にもなっていた。
「会場にいた兵士の中にいたんじゃないですか? ホワイトノワールの人間が。そして会場が爆発で混乱した瞬間、その正体を明かした……とか」
「ふむ…………ハズレではないが当たりでもないですな。状況的には惜しいですが、実情からは外れているといった所でしょうか」
紅茶の香りが漂う一室で、二人の会話が続く。
「何か勘違いをしているかもしれませんから先に申し上げておきますが、王宮で雇っている兵士やメイド、そして執事は、生まれや経歴を調べ上げております。それゆえ、怪しい人間を雇うことはまずない、間違ってもホワイトノワールなんかを雇うことは絶対にないでしょう」
なるほど、それでは少し俺の考えていたことは違っている。俺はてっきりホワイトノワールのスパイが雇っていた紛れていたと思っていたのだが。
「でもそうだとしたら、違和感はなんだったんですか? たくさんいたはずの兵士が一瞬にして姿を消すなんて……」
「……まぁ難しい問題でしたね。あなたの能力も分かったので、答え合わせにいきましょうか」
能力を見栄を張ろうとしたわずかな悔しさが残っているが、だいぶ気持ちが楽になったことにも気付いた。
スッキリした気持ちの中で、リャンさんの話を聞く。
結論から言えば、どうやら会場で見た兵士の多くはホワイトノワールが扮したものだったということだ。そして爆発した瞬間に、兵士の服を脱ぎ、特徴的な白の戦闘服に着替えたという事だった。
兵士が裏切ったわけではなく、兵士の格好をしたホワイトノワールだったということで俺の予想はリャンさんの言う通り、確かにハズレではないが当たりでもない。
では本物の兵士はどこに行ったのか。
本来、五十人以上護衛に務めるはずの本物の兵士は、その三分の一の十数人ほどしか向かわされていなかったのだ。
そんな状況になるだろうか?
王の身を守るためリハーサルが行われるだろう。そこで多くの兵士が護衛をする上での情報を共有するだろうし、業務に関するコミュニケーションで異常に気づく人がいてもおかしくない。
「今回の護衛における兵士の出欠管理を王宮内のとある方に任せておりました。信頼のおける方であったのですが……」
「やろうと思えば、今回のようなことを引き起こせるほどの権力を与えるくらいには信頼していたのですか?」
「ええ……複数の兵士への事情聴取の結果、数日前から偽の情報を用いて、本来護衛につく兵士を向かわせないようにしていたことがわかりました。部下からも慕われていたので、誰一人として疑いもしなかったそうです」
王の警備、護衛だ。兵士は多いほどよい。しかし、信頼できる上司が「向かわなくても良い」なんて言ったら行かないだろう。
もちろん実際に向かう兵士がいなかったら誰かが異常に気づくはずだ。ただ、ホワイトノワールが兵士の格好をしていたせいでその異常に気づく人間はいなかった。
「その人物はホワイトノワールの人間だったのですか?」
兵士を調べ上げるほどの徹底ぶりを考えると、当然その人物にも同じように調べていただろう。
「それは結局分かっておりません。しかし、彼が王宮に仕え始めた時期や経歴を考えると、その可能性はゼロに等しいかと」
「本人に聞き取り調査は行わないのですか?」
「残念ながら……今日の朝から姿を消しました。そのせいで今回の事件が起こってから兵士を送ることができませんでした。誰が会場にいて誰がいないのかを知っているのは彼のみでしたので……」
誰が会場に向かい、誰が休んでいるのか分からなければ、兵士に会場に行くよう命令することはできないだろう。
「ともかく彼がこんなことをした理由は分かりません。しかし、王宮外との交流があまり広くない彼がホワイトノワールになんらかの形で接触する、もしくは、されるには王宮で働く職員、メイド、執事……ともかく、反王政思想の裏切り者が王宮に紛れていると考えるのが自然でしょう」
疑問はあるが、これは王宮側の問題。リャンさんの話にひとまず納得しておこう。
「いつ頃ここはホワイトノワールに囲まれていたのですか」
「現場の様子を聞き、王宮に常駐していた兵士と救急隊を派遣しようとした時には既に……。本当に情けない話です」
後頭部を押さえるリャンさんの顔からは、「情けない」という感情が滲み出ている気がした。
(そういえば何か忘れているような気がする……)
リャンさんの話を聞いて、どこか違和感が残っていた。気のせいかもしれないが、今までのこと振り返ってみれば何かに気づくかもしれない。
──と、その時、リャンさんは「ところで……」と話し始めた。思い出そうとするのをやめ、意識を目の前に座るリャンさんに向ける。
少し空気が張り詰めたことを肌で感じる。座っていて、自然と背が伸びる。
「ここからはあなたに関係のある話です。今回の一件で非常にまずいことになりました」
呼び出された理由はどうやら感謝を伝えることではなかったらしい。本当の理由を聞かされるとしり、より一層身体が緊張する。
「まぁ、市民を巻き込む事件が起こってしまいましたからね」
なんて適当に相槌を打ってみる。
「もちろんそれもそうなのですが、やはりなんと言っても、王の権威が問われているのです」
「権威って……そんな簡単に崩壊するものではないでしょう? 歴史もあるのですし…………」
「実情はそうではありませんよ。特にここ数年は王家相続への不信感やそれを誤魔化すように恐怖政治をさせてきましたので」
「失礼かもしれませんが、ウワサだとひどい圧政をなさっていたとお聞きしました。中には今の王を暴君だと言う人もいます。それらは王の意思ではなく、体裁を保つためだったと?」
リャンさんは首を縦に振って答えた。確かに、王をここまで連れてくる時、性格に難があるようには思えなかった。感謝をしていたり、暴君という感じはしなかった。
「しかし本来ならば、そのようなやり方の政治も数年で終わるはずでした。あの方が現れるまでは……」
「あの方……メフガ・ジャンビシキシのことですか?」
「ええ」
リャンさんの顔の表情は影をさしているようであった。なぜだろうか、メフガとの取引は両者の利益の一致で行われているのではないのか。
そこで、頭の中にミッキとの会話が思い浮かぶ。
メフガの野郎はそういえば、香辛料の栽培や販売を独占しているんだったか。
「なんか予想とは違う反応ですね。てっきり王家存続のために手を結んだと思っていたのですが」
「そんなわけないでしょう……国民の生活を守るために、彼の要求を呑んだだけです」
「そうだったのですか…………」
「先ほど、彼が救出されたとの情報がありましたが、正直に言えば、人の命が救われたと聞いて悔しんだのは人生で初めてですよ」
「話が逸れましたね」と、紅茶を飲み干してリャンさんはこちらを向き直す。
「今まで、なんとか保っていました。しかし、今回のホワイトノワールが起こした事件は、彼らの勢いを強めると同時に王の権威を疑われることになるでしょう。いつ民衆が反旗を翻すか分かりません」
王の暗殺に失敗したとはいえ、現場を見て話を聞く限り反王政派の勢力の拡大に繋がりかねないという気持ちもわかる。
圧政をしているという状況を考えてみると、一般市民からその活動に感化される人もいるだろう。
「そこであなたに協力してもらいたい」
「…………協力? 私が?」
突然、そのようなことを言われて少し頭が混乱する。
「あなたには王の存続のためのビジネスパートナーとして、活動していただきたいのです」
(そう言われても、俺一人できることなんか少ないだろう)
しかも、協力してもメリットがない。あったとしても命の危険を冒すんだ。多少のメリットでは釣り合わない。
第一、ここにきた理由を振り返ってみれば、今ここにいてこんな話をしている時点でおかしいではないか。
まるで俺が都合の良い駒のように見られているような感じがする。
「冗談はやめてくださいよ。私がそんなことをする理由なんてないでしょう。ただの……観光客です」
ぶっきらぼうにそう言ってしまうのは、何か目の前にいる人物から不穏な気配を感じたからであった。
一刻もこの場から離れたいと、面倒で嫌な予感が頭の中で響く。
「…………」
「私は死にたくないですよ。これ以上首を突っ込みたくないです」
無言に対してそれ以上の拒絶反応を示したのは、面倒事に巻き込まれると感じたからだけでなく、命の危険を感じたからであった。
自分は主人公になれるほど強くない。
みっともない話だがしょうがないだろう。俺は『ホワイトノワール』なんて勢力と正面にぶつかってどうにかできる力は持っていないし、戦闘狂じゃないから戦いたいなんて思わない。
「もう……いいですか? 紅茶美味しかったです」
部屋を出るために立ち上がる。
さて、どうやって帰ろうかな。王宮周りにはホワイトノワールがいるし、簡単には帰ることはできないだろう。
「──話はまだ終わってませんよ」
──背から身体がざわつくような視線と共に言葉が投げかけられる。
「話? 話ならば終わってますよ」
その圧に対して、睨みを利かすように振り返った。
「ホワイトノワールが周辺にまだいますよ。この話に協力するならば、周辺のホワイトノワールは何とかいたしましょう。それに……もし革命が起こってしまったら──あなたの帰る所、デヴァステーションにも被害が出るかもしれませんよ?」
「何を言って──……」
言いかけて、何か引っかかって黙る。「イロモノ」という単語が頭によぎった。
俺にはまだ理解ができなかった。この国の過去も今も未来も。王家のことも、今の王が実は女であることも、その王の両親のことも、メフガとこの国の関係も、ミッキと王家の関係も…………何も分からない。
しかし、今ターニングポイントに立っているような感覚がする。
もし……もしここで強引に帰ろうとした時どうなるのだろうか。自身の命を優先し、一方的にこの問題から自分を切り離そうとしたら、どうなってしまうのだろうか。
「…………」
「デヴァステーションは一国の存続に左右されない、馬鹿らしい」とは言えなかった。
思い出すのは過去の出来事。そしてこの世界が「イロモノ」というゲームであること。この選択肢を誤ったら……?
先の見えない恐怖に目眩がする。
今までとは違って、これからどうなるのか分からないのだ。予備知識も攻略方法も、相手の好きなもの嫌いなもの、分からないことだらけだ。
(どこまでも俺はこの世界のキャラクターなんだな……)
「………………、はぁ……分かった。その代わり条件があります」
「はい、なんでしょう。叶えられることはなんでもいたしましょう」
「教えてくれ、全て。文字通り全部。王のこと、メフガのことも全部」
「なるほど、承知いたしました。ではこれからはビジネスパートナーとしてよろしくお願いしますぞ」
そう言って立ち上がったリャンさんは右手を差し出す。
「ぜひリャンとお呼びください。あと、普段の言葉遣いで良いですぞ。そちらの方があなたにはよく似合う」
俺を王家側に囲い込もうとするような勢いに圧倒されつつ、その右手を投げやりに握り返す。
協力すると言ってしまったならばしょうがない。こういうことに巻き込まれてしまった自分の運命を呪うしかないのだから。
「できる限りのことはさせてもらうが、ダメだったら俺のせいにすんなよ? 俺を選んだリャンが悪い」
「こうみえても私の人を見る目はすごいのですよ? あなたは世界を変える能力を持っていると確信しております」
その自信と根拠はどこから来るんだと一瞬思ったが、リャンのその緑の瞳に思わず圧倒されそうになる。
直感的に目の前の人物の凄さを感じ取った気がした。
「クァーラン王国へようこそ、庄屋様。ぜひご尽力なさってください。国のために──」
(死なずに一ヶ月で帰れるかなぁ……)
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