厄物は一生側にいる





 荒げた呼吸を整えながら、地面に伏した二人を見下ろす。強い衝撃で気を失っているのだろう。


 

「──ハァッ……ハァ、まったく、久しぶりだから疲れるな」




 久々の戦闘を終え、少し固まった太ももとふくらはぎの筋肉をほぐす。


 俺は格闘はあまり得意ではない。正直死ぬかと思った。ただ、エルモとか周囲の人間に鍛えられた経験が役に立った。

 

 隙を見せたら徹底的に攻撃する……蹴られた瞬間、続けて攻撃を仕掛けるだろうと予想していたから助かった。




 しかし、無傷では済まなかった。



「痛ってぇ……キズ残るか……?」




 胸元を抑える。

 斜めに入った赤の直線。この黒髪方の白服が飛び込んできた時に、間一髪致命傷は避けたが、刃先が掠ってできた傷であった。



 



 




 服が傷ついてしまって、新たな服を買う必要もある。



(ここで上着を脱いでしまおう)



 この上着の意味はもうない。脱いだ上着はそこらに捨てて、半袖の姿になる。








(少し喉が渇いたな……って、そんなことを考えている暇はないか……)



 





 王宮の方へ向き直し、走り出した。










 早く王宮に向かうミッキを追いかけよう。こいつらの様子には少し違和感があった。



 あの様子だと、他にもホワイトノワールはいるだろう。それもおそらく王宮周辺。



 だから、王を運んでいたミッキを追いかけなかった……そう考えることができる。追いかけなくとも彼らの向かう先には、ホワイトノワールがいるから。






(お前こそ無事でいろよ……!!)



 整えた息を再び荒げ、走りながらミッキ達の無事を祈った。








============









 


(なんで……こんなに人がいないんだ)



 王宮に向かう最中、その違和感に気づく。その人がいない様子──会場には人がいたが──を一瞬疑問に思ったが、ホワイトノワールがいると考えると色々と腑に落ちる。


 例えば、人がいない理由。

 異様な服装の集団が、刃物を持ってここらを徘徊している……近づきたくない、そんな所は。


 他にも、ホワイトノワールが王宮周辺を制圧しているから、兵士の援護が来ないと考えることができる。



 まぁ、実際にいるいない関係なく、ホワイトノワールがいると考えるべきだろう。この異常さは無視できるほどではない。





 








 それはそれとして、厳しい道が続く。額の汗を払う。



「走りにくっ……本当に、この道を、ミッキは進んだのか……?」



 走るどころか歩くことさえ難しい道が続く。少し先を見れば舗装された道が見える。そこまで行けば……。

 こんな道、余程歩き慣れてなければ、簡単に腰を痛めるだろう。



 道は真っ直ぐなのだが、人一人見つからない。もちろんミッキの姿も見えなかった。








(もしかしたら……)



 ──もう捕まっているかもしれない、そんな不安もあるが、単に進むのが速かったと信じよう。






 舗装された走りやすい道を少し進むと、何か銅像があった。


 そして、王宮の全体が少しずつ明らかになる。

 付近は石壁で囲まれており、それに繋がるように先程自身の頭を震わせた鐘がある塔が堂々と建っていた。



 間近で見るとよくわかるが、王宮はとても綺麗な白の塗装をされており、遠くからも見た褐色の屋根が高級感を増していた。


 






 

(正門はどこだ?)



 左右に分かれた道路を見て、方向的に左に向かう道路を辿れば正門前に着くだろう。









 ──よし行こう、とそう思った瞬間、急に頭痛に襲われる。











 思わず、両手で頭を押さえてうずくまる。



「うっ、ゅ、あ、あたまが……」







『ミッキ……、誰か……助けて、助けてくれッ!』






(な、なんだ、誰の、声だ!?)



 その頭痛に苦しむ間、微かに聞こえた切羽詰まった女の子の声。不思議とその声の方向を理解する。




 頭痛はやがて収まる。しかし、その一方で、心の中は少しばかりざわつき始めた。


 今の声はなんだったのか、気のせいか、色々なことが頭の中で暴れていたからだ。特にその声が聞こえた瞬間の、頭がその声で支配されたような恐ろしい感覚がこうして自身を恐怖で震わせた。

 


(なんだこれ、いま、ミッキって名前が聞こえたような……──行かないと)




 覚悟が決まるとその身の震えも自然と消えた。

 

 声の主は分からなかったが、この事象は何かの啓示と信じてみるしかない。











 正門前に向かう左の道路とは違い、声の指し示した方向は、その反対の右方向からであった。

 石壁に沿うように王宮の正面には向かわない方向へ警戒しながら進む。やがて十字路に着く。声の音源へ向かうために左へ曲がろうとした時に、声が聞こえた。



 




「──やめろッ、この、離せッ!」



「おいおい、抵抗すんなよ。この偽りの王め」

「キャハハッ!! あとで楽しんでやろうぜぇ!」






 曲がる瞬間に聞こえたその声に反応して身を隠す。



(この声は……さっきの女の子の声? 一体誰なんだ?)



 女の子の声と、複数の男の声。顔を少し出す。

 乱れた服装の女の子の両腕を後ろから掴み、横から髪をガシッと掴んで頭を動かさないようにする白服の三人の男達の姿はとても見苦しかった。


 男達は武器を持ち、その女の子を連れてこちらへ向かってくる。



(ッチ、やっぱりここにもホワイトノワールがいたか……)




 もう一度顔を隠す。

 男達の方には知った顔はなかった。ただ、女の子の方──乱暴に掴まれて身動きが取れなくなっている方は見覚えがあった。



(王!? 目覚めたのか? じゃあミッキはどこに行ったんだ……?)


 

 そして、今、改めて確認した。

 王は女であった。まぁ正直、そこまで衝撃はない。さっき、背負った時にそうじゃないかと思ったから。





 

 ──しかし、どうするか。


 いろんなことを考えても状況は悪いままである。



 このままここにいて考えていても、やがてこの集団とぶつかるだろう。

 では、移動するか? 何のために? この様子だと他にもホワイトノワールがいる。下手に動けば遭遇する可能性がある。

 



 じゃあ、戦うか?


 ふと胸元に手を当てる。そこには先ほどの傷があった。正直、連戦はキツい。足もさっきよりも動かないだろうし、そんな中で三人を相手にするのは死にに行くようなものだった。





(…………あー、クソッ、どうしようもない……)





 武器でもあれば多少どうにかなる。先程の戦闘後、彼らの武器を拾うべきだった。


 俺は、右を左を周りを見る。

 何でも良い。ナイフでも、ガラスのかけらでも、木の棒でも何でも良いから武器が欲しかった。


 

 あぁ、クソ、こんなことになるんだったら、アレを持ってくればよかった。タグラグル・スケッチとかいう厄物を。持ってくればよかったと後悔した。



 (──過去に戻れるなら……)


 

 








 ──その時、とある金属の箱が目に入った。それはどこにでもあるような緑色のケース。



 右足近くにあったのに不思議と気づかなかった。


 視界に入った瞬間、何か惹かれるような感覚と武器が見つからないという焦燥感から、ほとんど無意識でその箱のフタを開いた。




(えっ……?)




 その箱を開いた瞬間、今朝見たばかりの輝きが視界に入る。











「──なんで、ここに」




 なぜそこにあるのか、それはタグラグル・スケッチだった。


 呆然として手に力がなくなって、持っていたフタが手から落ちる。





「おい! そこにいんのは誰だ!!」

 

「あ? 誰かいるのかよグリード?」

「さっきそこから物音が聞こえたんだぞ? ちょっと見てくるわ」






 気になることはあるが、二丁手にとる。

 


(──さて、殺るか)





 白服の一人がこちらに向かってくるのがわかる。人を殺すのは嫌だが仕方ない。




 壁に背中を預け、呼吸を整えて、妙に両手に馴染むタグラグル・スケッチのトリガーに指をかけた。


















============





「何で撃てないかなぁ、このクソ武器タグラグル



 倒せたはいいが、赤い方のリボルバー、タグラグルの引き金はビクともしなかった。

 

 もう一つのスケッチで何とかなったが、だいぶ想像とは違う雑な倒し方だった。スケッチがかなり扱いやすい武器で助かった。


 ポケットに使えないタグラグルを仕舞う。暴発は……しないだろ。










 三つの死体が血を流し転がる転がるこの空間で、王と俺の目が合う。







「──で、大丈夫か?」


「アンタ、誰だ!」




 

 腰が抜けたのか、尻もちをついてそのままの王。ボサボサのベリーショートの黒髪と褐色の肌、そして輝く綺麗な青の目が目に入る。


 はだけた胸元を両手で隠しながら、その青色の目を俺に向ける。



「俺は庄屋、大丈夫なら早く行くぞ」



「っ! そうか、アンタがショーヤか!」


「庄屋な、しょ、う、や」


「ショーヤだろ?」

「……デジャヴを感じるなぁ。というか俺のこと知ってるのか?」






「オレと同じであるミッキと言うヤツが『ショーヤ』という人間は味方だって言ってたんだ」







「え」


「…………どうしたんだ? 知り合いじゃないのか?」






 その言葉を理解するのに数秒かかる。

 ミッキが王族の関係者? まさか、冗談だろう。例えば王を説得するためにウソをついたとか。


 しかし、論より証拠。この疑い深い王は何か証拠を出すように言うだろう。



「何か、王族を証明する物でも見せてくれたのか?」


「ああ! しっかりとな」

「そ、うか」




 また、頭の中に考えることが一つできたのを感じ、頭が重くなる。



 とにかく、ミッキが味方だと伝えてくれていたおかげで、王との会話が進んでものすごく助かる。こういう性格の人は味方だと認識するまで話を聞かない人が多いからな。

 






「そういえば、そのミッキはどこに行ったんだ?」



「オレを逃すために敵を引きつけてくれたんだ」


「じゃあミッキは……──『おい発砲音はこっちだ!! 早く来い!!』──ッ、とにかく今は王宮に入るぞ、立てるか?」




 ミッキの安否が気になるところだが、敵は待ってくれない。おそらく先程の発砲音で俺の存在がバレたのだろう。元きた道から人の声と、物音や足音が聞こえる。





「なぁ、スマン、手を貸してくれないか」



「腰が抜けてるんだろ? 背負っていくから、ほら」




 「助かる」と、一言呟いて、王は背中ににつかまる。女だと分かった以上、少し思うところはあるが、今は気にしてられない。







 しかし、これからどうするか。

 正門前に敵がいる可能性は十分ある。そして何より、敵はその正門前へ向かう道から来ているという状況。



「王宮へは正門前しかないのか?」


「いや、裏口がある。敵はその存在を知らないはず。ただ、オレはそこに行こうとして偶然出会った敵に捕まったんだ」



「なら裏口まで教えてくれ」




 片手には反動の少ないスケッチがある。もし真正面から敵が来てもどうにかなる。







 俺は王を背負いながら指示された方へ進む。やがて、壁の模様と同化した扉を見つけ、その裏口から壁の中に入ることができた。




 そこには執事やメイド、武器を持った兵士が控えており安全であった。






 王を引き渡して一息つく……が、ミッキが無事かどうか、王族とミッキの関係性が気になって仕方がなかった。






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