こちとら経験が違う








「イくぜぇぇ!」

「──ッ!」



 白服の男たちは息を合わせ、完璧な連携で襲いかかった。左から、右から挟むように攻撃を仕掛けられる。


 一人は足元を、もう一人は腹を狙うようにその刃物が振られた。



 地面を思いっきり踏み込んで後ろへ飛び下がる。



(これどう攻撃に繋げるんだ……!!)





 距離をとったはずがすぐに詰められて、その『ホワイトノワール』二人は再度襲いかかる。


 その猛攻を何とかかわし、素早く身を翻して次の攻撃を避ける。刃物が空を切り裂く音が響き渡るが、なんとか対処し続けた。






「すばしっこい奴だなァ……」

「黙って首差し出せや……!」



「それもムリな話だ。特にクビは死んでも切らせてやらん」





 昼間の暑い日差しが降り注ぐ中、緊迫した空気が漂っていた。



 すぐに構えを取り、その敵を睨みつけた。「来るなら来い!」と心の中で叫び、体勢を整えた。





(どう攻撃しようか)



 額には汗が流れていた。それを感じながらも集中が欠けていない感覚になる。今はこの感覚を無くさないように耐え忍んでやる。



 

「くらえやッ!」

「あっぶなっ!!」



 突き刺すように向けられた刃先は脇腹の数センチ横を通り過ぎる。



 もう一度距離をとってみるが、やはりチャンスがない。


 冷静に考えてみれば、ここでとにかく時間を稼げば、ミッキは王宮まで王を連れて逃げることができるはず。つまりここでコイツらに時間を使わせればいい。




(というかコイツら、言うほど王を連れたミッキに興味がないな?)



 もしくは追いかけるより俺を殺すことに意識が支配されてしまったバカなのか。




(…………ここでこの二人にそのことを言う必要はないな)





「なぁに気ィ抜いてんだゴラァ!」


「おいおい、舐められてるねェオレら。マジで、」






「お前らホワイト、なんだっけ? なんか名前カッコいいのにお前らはしょーもないんだな」



「あ?」

「オイオイ、なんでこの状況で大口叩けるの?」




 息を整えて様子を見る。


 コイツらが何か企んでいるのか、それとも本当に王のことが頭から抜け落ちているのか判断できない以上、ここはさっさと倒してミッキの所へ行くべきだろう。




 俺は反撃の機会を作るために少し適当に挑発することにした。





「だって、そうだろ? お前ら二人、俺一人相手に手こずりすぎだろ、馬鹿ども、雑魚だろ死ねよ」




 傍から見れば笑ってしまうような稚拙な煽り。しかし、二人の中の一人、茶髪の方の白服は顔色を変える。




「──ッチ、クソ野郎、そのやっすい煽りにのってやるよォ!」


「オイオイ、先に行くなよッ」





 適当に言った言葉が予想以上に効いたのか、相手の足並みが崩れ、一人先走って迫ってくる。

 もう一人の黒髪の男も慌てて攻撃を仕掛けてくるが──




(ここしかないか!)




 自身の技術と直感を駆使して向かってくる茶髪の男の懐に入った。


 気が緩んでいたのか、それとも飛び込んでくるとは想像していなかったのか。その懐の中から見上げた男の顔は呆気に取られていたように口を開けていた。




 目と目が合う。俺はニヤリと笑ってやった。







「……ん……なッ!」






 

 ゆっくりと過ぎる時の中で、茶髪の男のその血に汚れた白服をめがけて鋭い一撃を繰り出した。



「ゴ、ガァッッ!!」




 拳が十数センチ鳩尾に食い込む。

 弾力のある感触を感じながら、俺はそのまま茶髪の男の横を通り過ぎ、後からかけだした黒髪の男の方と衝突する。




 一瞬の間に黒髪の男と目が合う。


 彼もまた、どこかで見た戦闘者の目をしていた。




「フ──ッ!」



 瞬間、首元に迫る刃。振り落とされたそのマチェーテを握る手首を押さえ、なんとかその刃は寸前のところで止まり、首に食い込むことはなかった。



「この、ッ!!」

「絶対生ぎでやるッ!」




 力勝負、意地と意地のぶつかり合い。一瞬でも力が緩めば、首から大量の血が飛び出してくる。



 

(死にたくない! ぜってぇ、死にたくないぃぃ!!)



「うおぉぁぁァァアアッッッ!!」




 本能のまま叫び、徐々に力で優っていく。




 「ようやく」、そう心の中でつぶやいた瞬間、その男の前蹴りが自身の下腹部に直撃する。





「ッチ、クショウ…………ッ!!」



 よろめきながら後退する俺を見逃さなかった。その刃物を振り上げ、飛び込んできた。





 

 スローになった視界には、その男の刃物で殺そうと襲いかかる姿だけ残っていた。










=============





 ミッキは、強い日差しの中、汗をかきながら王を背負って王宮の門を目指していた。



 思い出すのは先ほどの集団。「ホワイトノワール」とかいう反政府組織。その存在は知っていた。しかし、まさか行動は起こさないだろうと高を括っていたのだ。






 彼らの戦闘力の高さは知っている。それこそ最近の国の兵士は弱体化しているが、それでも十分な設備で練習しているはずのその兵士と同等か、それ以上。


 もしかしたら、庄屋は今頃殺されているかもしれないと脳裏をよぎった。



(庄屋さん……ご無事でお願いします)

 




 しかし、今自分にできることはこれしかないとひたすら王宮を目指して突き進んだ。




 しばらく歩くと道路が綺麗に舗装された場所に出る。


 ミッキにとって、一人背負って進むのは楽ではない。先ほどとは違って腰に負担が少ない整備された道を歩くことができる。歳をとった者が持つ悩みが解消された。







「…………んっ……、誰、だ……?」





 ──そう内心喜んでいると、突然背中からつぶやくようなそんな声が聞こえる。王が目覚めたのだ。




「起きましたか。もう少しです。絶対に安全な場所にお連れしますから」



「オレは、確か……ッ、そうだッ!」




 ミッキの首前で結ばれた手をほどき、飛び起きてミッキから距離を取る。




「ちょっ、王様! お、落ち着いてください……私は敵ではありません」




 振り返って向き合い、説得しようとする。確かに、今目覚めた王にとっては誰が味方か敵か判断することはできない。

 



「うるせぇ!! 敵かどーか判断すんのはこのオレだッッ!」







 睨むような険しい表情を向けられ、ミッキはどう声をかけるべきか戸惑う。興奮状態の王に何を言えば正解だろうか。


 下手に敵だと勘違いされるような言葉を言って、逃げるようにどこかに行ってしまったら、どうしようもない。なんとか説得して王宮に行くように伝えなければならない。



「……王様、こちらを」




 ミッキは自身のポケットから金色のとある柄の刺繍の入ったハンカチを差し出す。少し怯えながら、近づいて渡されたハンカチを奪うように取り、すぐまた離れた。

 


 受け取ったハンカチの刺繍を見て、目を丸くして驚く。




「アンタ、王家の関わりのある人間だったのか!?」


「……申し遅れました。私はミッキ・ジャナナと申します。気を失っていた王を王宮へ運ぼうとしていたところであります」



「そうか味方だったのか。帽子で顔が良く見えねぇから分からなかった…………そういえば、どーなってるんだ? 状況がよくわからないんだよ」








 王が目が覚めたことの安堵の気持ちはあるが、彼の心には、追っ手が近づいているかもしれないという不安も絶えずあった。





「ここはまだ危険です。王宮ならば安全ですからそこでお伝えします。ひとまず王宮へ行きましょう。歩けますか?」


「ああ、少しフラフラするけどな、っと」



「離れないでくださいね」




 おぼつかない足取りではあったがなんとか歩けるようだ。






 王宮まではそこまで遠くないはずなのに、熱で地面が歪んでまともに進んでいる感覚が無い。


 周囲を見渡して半分進んだという目印の銅像を見つける。このまま道を進んでいけばやがて王宮の正門に着くだろう。





「なぁ、何でこんなに人の姿が見えないんだ? いつもここは民衆でいっぱいだろ?」





 ──その光景に確かに違和感を感じ、立ち止まり周囲を見渡す。人の姿がない。人の声がない。異常な静けさに少し気味が悪くなった。



 先程の騒ぎは王宮側も理解しているだろう。なのに一切増援の姿はない。会場にいたはずの兵士は姿を消し、ホワイトノワールが平然と現れる。


 そういえば救急隊のテントも見えない。これらの異常さはこの国をミッキだからこそ気づいた



 頭に周囲の無音が重くのしかかる。まるで魔法でもかけられたようだった。







 一体何が起きている?




「分かりません。しかし、よくないことは起こっているようです。先を急ぎましょう」


「あ、ああ、先に行くのは任せた」









 ──その疑問は王宮前が見えるところまで来て、理解することができた。





「…………ッ、ここにも……」


「アイツらは……?」



「今回の騒動の原因です。どうやら王を狙っているので気をつけて」




 正門前には、特徴的な白服──ホワイトノワールが十数人、武器を構えて立っていた。


 その様子を見て、ミッキはすぐ物陰に隠れた。

 なるほど、通りで王宮に控えている兵士も救急隊も出動できない訳だ。







 ──裏口からなら。


 

「裏口から入りましょう」



「裏口だな?」




 確認するように復唱した王の言葉に、首を縦に振る。







「ヨシ、じゃあ……──「おい、そこのお前ら、何をしている?」──だ、誰だ! ……ッ!」





「…………マズいですね」








 その場を離れようとした時だった。突然、背後から声をかけられる。






「その顔……そうか、お前が王か」



 振り返ると、そこにホワイトノワールの服装をした男と女が佇んでいた。女の方は他のホワイトノワールと比べて歳をとっているように見える。三十代後半か四十代前半だろう。



 ──ならばおそらく……。




「ミッキ……! ど、どうする?」



 王が慌ててしまうのも無理はない。相手はこちらを殺そうとする殺人鬼のようなもの。

 それに狙われているのが自分だと知っている。子供が直面していい状況ではない。



「…………」




 むしろ泣かないだけ立派に育っているではないか。





「そこのお前、王を引き渡せ。そうすれば命だけは助けてやる」






「ミッキ、助けてくれッ」




「………………」



「…………ミッキ……? どうした……?」





 ミッキの表情を窺う王の顔は、心配と不安で満ちていた。





 絶体絶命の状況、ミッキの頭の中にこの状況の対処の仕方は存在しなかった。どうすればよいか明確ではない。


 ただ、本能的にとにかく王を逃してやるということだけがあった。



 王の一歩前に出てその背中を見せる。



「隙を見て逃げなさい。いいですね?」


「えっ、ミッキ、隙なんかあんのか?」



「私が作ります。それと、ショーヤという響きの男は味方ですからいざとなった時頼りなさい。お元気で」




 ホワイトノワールに聞こえないよう王にそう囁いた。







 帽子を脱いでその顔を見せる。すでに覚悟は決まっていた。



「私の顔、見たことはありますか?」




「あぁ? あー、あ? どこかで見たような……?」


「ちょっと待って、アンタ、まさか……!!」







 女の方が動揺したように声を荒げて指を指す。







「──はぁぁぁッッ!!」



 その瞬間を見て、ミッキはその二人を巻き込むようにぶつかっていった。

 立派とは言えないかもしれない。向かう途中で少しコケてしまって、カッコ悪いと思われるかもしれない。



 それでも、これなら。




「──今ですッ!! 行きなさい!!」



「ナニすんだ!? 離せッ!!」

「こ、このっ、重いのよ……!」






 行かせないようにと二人の服を引っ張り、顔を叩き、足を引っ張る。死に物狂いで二人を止める視界の端で、王が覚悟を決めたように走り去ったのを見た。






(それで良い、いきなさい)






 忘れていた感覚使命が蘇った。ミッキはただただ満足であった。

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