自覚





「ミッキ!」



 人の流れに逆らい、ミッキを追いかける。なぜ彼が混乱の中心に向かおうとしたのかは分からない。その様子はどこか慌てており、彼にとって尋常ではないことが起きたということがわかった。



(というか、護衛されたいとか手紙には書いていたのに、急に走り出すなよ!)



 何が起こったのかはわからないが、凶器を持った人間がいるかもしれない。それを考慮するとすぐに彼の元に行かなければならない。





 人混みの中、叫び声や泣き声が聞こえる。

 ふと見ると、容赦なく踏み越えられた赤服の男の子がいる。「痛い痛い」と泣き叫んでも、誰も手を貸そうとしなかった。



 その男の子に思わず近寄って声をかける。短パンから見える太ももには、大きな紫のアザがある。



「おいッ! 大丈夫か!?」


「いだぃ、いだぁいよぉ!」



(どうするか……)



 ミッキの姿は見失ってしまった。向かった先を考えると演壇の方か。





 ともかく、今はこの子を優先しよう。




「どけッ! ここに倒れている子供がいるんだぞ! おい、背中に掴まれ、な?」




 周りの人をどかせ、子供を背中に乗せて、人の流れに乗る。 


 ミッキは後だ。ひとまず、倒れているこの男の子をこの人混みの外に出す。母親か父親か見つかるといいんだが。




「誰か? 誰かぁ! 男の子、赤の服を着た、短パンの子供を見ませんでしたか!?」


「い、いた! おかあさんだ!」



「……ッ、分かった。よし、もう大丈夫だぞ」




 会場の人の流れが少しおさまったところに、この男の子の特徴を叫ぶセミロングの髪の女性がいた。



 人と人の間に体を入れ、なんとかその方へ進んでいく。



「すみません。この子の母親ですか?」


「えっ、まぁ! ペル! よかったわ!」


「お母さん!!」



 ペルという男の子を背中から下ろして、母親に預ける。男の子は泣きながら喜んでその母親に抱きついた。



「よかった……本当に、よかった」


「おがあざんっ! 痛かったよ゛ぉ、怖かっだよぉ……」


「ペル、大丈夫だった? どこか怪我したの?」 






 そんな親子の会話を見ながら、混乱状態の会場に意識は向いていた。


 会場から逃げることができた人はいる。それでもこの広い会場にまだ残されている人は多い。なぜなら、出入り口となる場所が人で詰まり、周辺の屋台が先ほどの爆発で倒れ、出れないまま取り残されているからだ。




 



(ミッキはどこにいるだろうか。おそらく──)





「ちょっと!! ちょっと、聞いてるの!?」




 その母親の怒声で意識が引き戻される。




「は、はい、なんですか?」



 血眼になっている表情を見てそれ以上言えなかった。どうしたのかと思っているとその怒声のまま迫られる。




「アナタ、この子に怪我をさせたでしょ!?」


「えっ、えっと、何を言ってるんですか?」


「とぼけないで! 今すぐこの子に謝りなさいよッ!!」




 唐突にそのようなことを言われるが、俺はそんなことをしていない。むしろ助けたのだ。


 つかみかかる勢いで近寄るその母親に一歩半下がる。



「謝るって何を?」


「お母さん、そうだよ! お兄さんは助けてくれたんだよ!」


「ペル、大丈夫よ。だいたいアナタ、この暑い中そんな格好なんて怪しいのよ! ペルをここまで連れてきたのも、足を怪我させたことに罪悪感があったからに違いないわ!」





 今はこんなことを言われる時間なんてない。




「………………ごめんな? 痛い思いさせちゃって」




 悩んで悩んで、ここはおとなしくこの母親の勘違いの逆上を宥めることにした。もちろん納得はいってない。ただ、俺は感謝の言葉が欲しくて助けたわけじゃないんだ。






 

 しかし、その言葉が終わると同時に乾いた音が響く。ゆっくりと自身の左頬がジワジワ痛み出す。



 想定外の状況に呆気に取られた。




 ビンタされた。

 なんで、どうして……そんな考えよりも怒りが湧いてくる。



「私たちも行きましょ、ペル。ここから出ないと」



「あ、ちょっと、お母さん!」




 ペルの腕を引っ張って会場の外へと向かう人混みの中を行く姿を黙って見ていた。






(…………違う、今はミッキを探さないと)





 振り返ってもう一度、人のさっきよりもマシになった逆流に突き進んだ。




 


============




 会場のさらに奥、演壇近くに行くとその惨状がはっきりとわかる。






 爆発の中心地はその演壇であった。



「これはひどいな。メフガの野郎を狙ったのか?」



 マイクが置かれていた演壇は壊れて抉れている。マイクの部品が近くでバラバラになっていた。



 それよりも演壇の近くに目がいく。そこは地獄と言ってもよかった。爆発に巻き込まれた人が血を流している。足元にそこらに人の腕のようなものが、演壇の瓦礫に垂れ下がっていた。


 周辺の王の警備についていた兵士も負傷している。中には、右半身を失った兵士もいて見ていて辛かった。




 

 助けたいと思ったが、俺にできることはない。



「う、ぉお……あぁ……」


「こっち、こっちだ! 救急隊はまだか!?」


 

 その苦しそうな声に足を止めてしまう。



 できることはない、はずだ。

 正直、さっきのことが頭に残っていた。純粋に助けられないという感情よりも、同じ目に遭いたくないという気持ちなのかもしれない。


 

(…………今はしなければいけないことがある)


 

 一貫性のない自身の行動や思考は気づいている。でも、違う。








 もうすでに理解し、認めなければならない。「イロモノ」はまだ、終わっていない。

 真のハッピーエンドなんて訪れていないのだ。



 呼吸を整え、に戻る。戦いの日々だったあの頃に。


 


 血を流し、叫び、苦しむ、あの兵士をゲームの登場人物として見る。こうすれば余計な責任感から逃れることができる。そして人間の命に優先順位をつけることができる。

 この世界で自分自身を確立するための方法。

 





 頭の中で二人、ミッキに加えて考えなければいけない人物がいる。




「王とメフガの野郎だな。さて……アイツはいるな」




 壇上から丁寧に担架で運ばれているメフガ・ジャンビシキシの姿がある。怪我人が他にもいるというのにコイツ一人に青い服を着た数人がついていた。

 そのVIP待遇に腹が立つ。


 

(あとは王か、どこいった)



 先に王宮の方へ避難している可能性はある。


 しかし、メフガと共に壇上にいたということを考えると、爆発に巻き込まれた可能性は十分にある。実際、メフガは怪我をしている。

 




(もしかして……)



 王が爆発に巻き込まれたと心配になってミッキは走り出したのか?


 まさか、と思うがミッキのを考えると十分にある。



  





「庄屋さん!! コッチです。来てください!」





「ミッキ? そこにいたのか!」



 突如声をかけられる。聞き覚えのある声に驚きつつ振り返った、

 周辺には人は少なくなっており、その姿が見えた。ミッキであった。


 しかし、そこにはミッキ以外の人物の姿があった。地面にクタリと力をなくして倒れている。近づいてその顔を確認してみると──。




「──王? いや、王様って言ったほうがいいか。気絶しているのか?」



 先ほどまで壇上で話していた王がいた。近くで見ると顔の造形はとても良い。顔が良ければ、どこかカリスマのようなものを持っていると人は感じるだろう。


 これに語気の強い様子が合わされば、王だと国民は認めるだろう。





「えぇ……しかし、奇跡的に無事ですよ。良かったぁ……」




 ミッキは見たことのない安堵の表情をしていたが、それよりも、あの爆発に巻き込まれてもおかしくなかったのに、傷ひとつないことが異常だった。


 傷どころか、死んでもおかしくないのに。




「それより、ミッキ。勝手に突っ走らないで欲しかったんだがな」



「……! はは、すみません……」



「まったく、本当に今日は暑いな。早く帰って服を脱ぎたい」



「こんな時に限って日の光は強くなるんですよね」


「とんだ日になったな? まさか、こうなることを予想したのか?」



「そんなわけないでしょう……」





 瞼にかかる額から垂れる汗を自身の長袖に染み込ませる。日光が少ない露出した部分に刺すように照らす。



 このまま王を放置してはいけないだろう。今は王をこの場から離れさせたい。王宮にでも運べたら良いのだが。





「兵士に協力してもらってここを離れたいんだが、あの様子じゃ無理そうだな」



「えぇ、本当に残念です。それに救急隊も来れてないですね。会場近くに救急隊のテントが設営されているはずなのですぐに来てもおかしくないのですが……」




「まだ? あの野郎はすでに担架で運ばれたぞ」


「王が最優先なはずですから、先にメフガが運ばれるのはおかしな話ですがね。しかし、それなら救急隊はもう会場にいるということですね」






「お、あの目立つ服装をしているアイツらが救急隊か?」

 





 人混みの中、目立つ服装の数人が見えた。

 白い服に赤い装飾が腹部に入ったイカつい人たちが、手に刃物を持ってやってきた…………刃物?



「最近の救急隊って、武闘派?」




「な、なぜ、ここにいるんですか…………庄屋さん、王を王宮まで運べますか?」



「アイツらは救急隊じゃないのか?」


「あんな物騒な救急隊はいませんよ。大体、救急隊の服装は麦色に白い帽子です! 急ぎますよッ!」




 慌てた様子のミッキにただ事ではないと悟る。よく考えれば刃物を持ち歩く救急隊など存在しないだろう。



(そういえば、メフガ・ジャンビシキシを運んでいた人たちの服の色って青だったような……って、ダメだダメだ。今は王を運ぶことに集中しなければ)






 余計なことを考えてしまったが、気を取り直す。



 あの白服のやつらの目的はわからないが、あの様子を見ると誰かを探しているような気がする。がある。ゆっくりとしている暇はないのかもしれない。



 王の両手を自身の肩にかけ、王を背負い、立ち上がる。その途中、背中にほのかな柔らかい感触を感じて、思わず声を出す。



「ん? えっ?」


「どうしましたか? 早く行きますよ!」



(この王、まさか……!!)



 この感触は決して男には存在しないはずのアレである。動揺するが、今ミッキに話す余裕なんてないだろう。




 その時、白服の一人と目が合う。

 彼は最初、こちらに無関心そうだったが、俺の背中の人物を見た瞬間、目の色を変えて走り出した。




『あそこにいた! 行くぞ!! 絶対にこの機を逃すなッ!』



 白服の人間の様子を見ると目的はこの王だろう。この時ほど、銃を持っていないことを後悔したことはないだろう。


 すぐにでも逃げたいが、その前にミッキに問いかけた。

 




「なんかヤバそうだな。でもどこ行くんだ? 出入り口は人だらけだぞ」



「会場の王宮側の方、つまりそのステージの裏側に、関係者専用の出入り口があるはずです! おそらく兵士もそこにいると思います!」 




 俺はその言葉を聞いて走り出す。人と人の間をすり抜けるようにステージ裏を目指す。




「やけに詳しいな。もしかして、元関係者か?」


「ハァッ、ハァッ、そうでは、ないですよ」



 息を切らしながらついてくるミッキを見て、王の無事を見にきた先ほどの走りで疲れていることを感じる。

 正直、ここまでくると信じることはできない。

 メフガの調査もそうだし、その憎悪もそうだし。



 人混みの中だから、おそらく撒くことができた。









 演壇の裏、つまりステージの裏にたどり着く。会場と比べて嘘のように静かであったのが不気味だ。

 



 ステージ裏はこざっぱりとしていて、備品などが置かれていた。王宮までの道も併せて一部規制ロープやバリケードのようなもので、観客が入れないように設置されていたのが分かった。


 会場の外へと繋がる門があったが、そこに兵士の姿はなかった。



 

「な!? 誰もいないなんて、どうして……」


「どうなってるんだ。会場に来た時は沢山の兵士がいただろ?」




 思い出すのはここに来た時、会場の中だけでなく周辺に麦色の服に赤の軍帽の兵士がいたはずだ。


 いくらあの爆発で負傷した兵士がいたとしても、王宮まで王の護衛をするくらいの人員は残されているはず。



「どうする? このまま王宮まで行くか?」


「それしか、ありませんね……」





 兵士がいないことへの疑問はある。国の最高権力者である王のための護衛が不足するなんてことは常識的におかしな話だ。

 兵士の幻影を見させられていたと考える方が自然だろう。


 王宮に行けば、少なくとも安心を確保できるくらいの兵士はいるはず。




 早速門に近づいて、ミッキと共に門の鉄柵部分を握って引いて開けようとする、が重くてなかなか開かない。おそらく複数人で開けるタイプのものなのだろう。


 力を込めて引っ張り続けていると、ゆっくりと開いていき、遂に人一人通れる隙間ができた。



 「よし、行こう」と、先を進もうとした時、突如後ろから声が聞こえた。

 









「どこに行こうしてんのぉ〜?」

「うわ、こんな暑い中よくそんな服装でいられるねェ?」



 

 振り返る。先ほど見た白服の二人が手にマチェーテのような刃物を持って、不敵な笑みを浮かべて近寄ってくる。




 よく見れば彼らの腹部の赤い部分は、赤の装飾でなく返り血であったことに気づく。

 もしかして、兵士は彼らによって殺されたのか?

 



「この王が目的か」


「あぁ、そうだ。オレらはその王様に用があんの。引き渡してくれたら、お前らには興味ねェから解放するぜ?」

「嫌といったらどうする?」



「…………それが無理ってんなら、──死んでもらおうかなぁ?」




 ニヤニヤと笑いながら刃物を担いで、ジリジリ近寄ってくる。





 こんな感覚は初めてだ。

 若干心細い理由は分かっている。今日の朝、あの厄物を持ってくるべきだったという後悔と、「イロモノ」に生きる自覚が苦しめているのだ。








「ミッキ、王を連れて先に」

「は、はい。ご武運を」




 背負っていた王をミッキに預け、その白服の二人と対峙する。



(そろそろ戦う覚悟をしなければならないのかもしれないな……)




「オイオイ、カッコつけちゃってぇ……オレらに立ち向かうとか、さてはお前この国の人間じゃねェなぁ?」


「有名なのか? お前らは」



「死ぬ前にじゃあ覚えとけ、オレらは『ホワイトノワール』だッ!!」




 言い切った瞬間に、刃物を構えて迫ってくる。




 久しぶりの命の危険に身を震わせる。ただ今は笑ってやろう。


 死んでしまうかもしれないが、死ぬつもりはないから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る