ロススターベルと茶番劇
会場は王宮近くの円状の広場であった。会場の外では多くの屋台が並び、スパイスの効いた空気が鼻を覆う。
その円形の広場に演壇が設けられているのが分かる。広いと思いつつも、人が埋め尽くされていて、そのように感じない。見ると、さらに人が会場に流れ込んでくるのがわかる。
なにより注目するのはそんな人混みの中でもわかる兵士の数だ。
どこを見てもその麦色の正装に赤い軍帽が目に入る。今日は王が出席するイベントだから当然であるが、こんなにいるなら面倒ごとが起こってもなんとかなるだろう。
俺たちは会場の中には入らず、会場の外を囲うような歩道にいる。目の前の屋台が気になるが、今日はそのために来たのではないと、気を取りなおす。
会場の外だと、屋台があり目の前を通行人が通るが、ギリギリ壇上を見ることができた。式はどうやら始まっているようだった。
その壇上には、見たことがある顔があった。マイクの前で話す子供よりもそちらの方へ意識が向く。
「アイツは……! なんでいるんだ」
「一体なぜ? 水面下で動いているはずでは……」
そこにはメフガ・ジャンビシキシの姿があった。何食わぬ顔で大衆の前で、堂々と、壇上の椅子に座っていた。
ミッキの言うことが本当ならば、プランタからの反感を買っているはず。それなのに堂々と。
メフガ・ジャンビシキシも気になるが、一旦忘れよう。
それより、壇上のマイクを使って何かを話している子供の方を見る。来たばかりでなんの話をしているかわからないが、様子を見るに地元の子供代表の挨拶みたいなものか?
しかし、それにしては良くハキハキと喋る。ある程度威厳もあって到底子供とは感じられないが。
本当にただの子供なのか分からなくなってきた時、ミッキは人差し指をその子供に向ける。
「あの子が王です」
一瞬何を言っているのか分からなかった。パッと見た時にまだ子供だとわかる。王だとは信じられない。
「ん? あれが王? でも子供だよな?」
ミッキは「はい」と言って首を縦に振る。
その子供と思われた人物は、まさかのこの国の「王」であった。小学生6年生程度だろう。
「はい。まだ学校に通って同学年の子と仲良く遊ぶような年です。驚いてしまうのも仕方ありませんね。王家で色々あったらしいです」
そして何か言い終わると、一度呼吸をし、少し間をあけて、壇上の王は設置されたマイクに再度言葉を発した。
『王の名の下宣言する!! 選別開始を今、始めるッ!!』
子供と見間違えるその王の中世的な声が会場に高らかに響く。その瞬間、その場にいた大衆は歓声で応えた。手を上げ、数えきれないほどの人が声を出す姿は圧巻であった。
その様子を、ミッキは神妙な顔で、見守るように佇んでいた。
通称、『ハルセッションの変動』といわれるイベントは、王の生誕を祝うと同時に新たな政策により国民の暮らしを良くするという、政治と宗教が合体している一連の行事のことである。
この国で祭りとはこのハルセッションの変動のことを言うらしい。
この国にはどうやら「政教分離」という言葉はないらしい。先ほど、ミッキから教えてもらった歴史を知れば納得がいく。
そもそも「ハルセッション」という言葉は、「神が起こした幻影による王の君臨」を意味し、この国では、王という存在は神の力を直々に引き継いだこの世界における神という考えが一般的である。
その真偽はともかく、「王が神と同格の存在であるならば、当然、王が政治の中心にいるべきだ」ということで、地球で言えば王権神授説を見事に体現している。わずかな違いは、この国の王は神とイコールであるというニュアンスが強いことだろう。
閑話休題。
ハルセッションの変動では、神である王がこの国を豊かにするために、約一ヶ月をかけていくつかのイベントが行われる。
・選別開始
・エクレクトアトモの夜
・エクレクトアトモの響
・消沈祭
そして、その四つのフェーズの間に国は大きな変革をし、より豊かな国を目指す、ということをしている。
もちろん毎年、大きな変革は起こすことはできないが、国の会議で承認された法案や事業等をここで一度に実施や施行することでなんとか変革っぽく見せているらしい。
「今年は特に大荒れの予感がしますね……」
「いつも荒れているのか?」
「当然ですよ。この一ヶ月にいろんなことが施行されますからね。特に会計系のものは大変ですから。よく不満を言いながら仕事に取り掛かる方々を見ています」
少し苦笑を浮かべてながら言うが、確かに税金関係は政府に不満が出るイメージがある。かつて向こうの世界でも色々話題になっていたような……。
「それに、今年は彼がいる」
所詮、一市民であるミッキがなぜそこまでアイツを調べ上げ、敵視しているのかは分からない。
その調べたことが本当ならば、なぜ動かないのだろうか?
疑問を残したまま、王の言葉を聞く。
『鐘を鳴らし、そして開始する。ハルセッションの変動をッ!!』
王の声を聞こうと静かだった観衆が、また歓声をあげる。だが、先ほどとは違ってしばらくすると自然と静かになる。
王は振り向いて王宮の方へ手をあげた。
「そういえば選別開始って何なんだ? 何か選別でもするのか?」
静かになった会場を見ながらミッキに問いかける。
「名前ばかりですよ。元々は神に選ばれた時の再現ですが、今ではこの祭りの開始を祝うだけですよ。あれを見てください」
「なんだアレ……あれがさっき王が言ってた『鐘』か?」
王宮の方を向けば、王宮を囲う壁に繋がるように立派な塔が立っていた。そしてその頂上に歪な形の鐘がある。近くには正装のような服を着て、腰に剣を携えた兵士がいる。
そして鐘の側に立っていた兵士は持っていたナニカをその鐘に付けると素早く退散した。
やがて、そのナニカが爆弾であったと気づく。
空気を震わせるような爆発音と共に、頭を揺さぶる高音と低音が交互にやってきて、思わず耳を塞ぐ。
会場にいる人たちは皆、むしろ耳を澄ましているようにも思える。
「よくみんなは耳を塞がないなッ……!」
次第に音は霧散し、耳の穴から指を離す。
「あれはロススターベル。本来は専用の道具で鳴らすはずだったのですが、その道具を使っても上手く鳴らず、結局爆弾を使って鳴らしているんです」
「不愉快な音だな。にしてもみんな耳を塞がなかったな……もしかしてそれがこの儀式の作法だったりするのか」
「いやいや違いますよ……神になりたいのです。ここにいる者たちは」
「神に、なりたい?」
(あの不愉快な音を聞くだけで神になるのか?)
変な話だなと感じる。疑問に思ったのが顔に出ていたのか、ミッキはそのことについて語ってくれた。
「あの『ロススターベル』の音は、初代様が神になった時の感覚を再現したものと言われております。この音に触れることで、神と同じ能力を初代様のように受け継ぐことができると民衆のなかで話題になっているのですよ」
「神、ね……。そんなのにどうしてなりたいのか」
「もちろん『この音を聞けば神になれる』なんてことを本当に信じている人はいないはずです。他の人よりも強くなりたいとか、偉くなりたいとかそういうことを願って、つい聴いてしまうのです」
人ってそういうものだろうか。こんな音聞いても神になれるわけがないのに、と少し笑ってしまう。
「あの王には何か特殊能力でもあるのか?」
「それはよくわかっていませんが、王いわく『神に等しい力を持っている』らしいです。まぁ、皆、王を恐れて詳しく知ろうとはしませんけどね」
「だいたい、なんであんな若いのに王座についたんだ?」
「……あの王の親にあたる先王は王妃を亡くしてから失踪してしまったのですよ。しかし、そんなに王族のことが気になるのですか?」
腕を組みながら苦笑を浮かべるミッキに、少し恥ずかしさを感じながらも、頬をかいて答える。
「友人に王を名乗る人がいるんだ。それで少し気になって」
「その人は変な方なんですね?」
「あ、まぁ、実際、その子の祖先がどこかの王族だったかで、その自覚も誇りも凄いもんですよ」
なんて適当なことを言ってみる。でも間違ってはいない。
でも、この国の王が気になるのはやはりそのギャップだろう。子供であるという点、アイツと比べてかなり見劣りする点。ともかく、この国の王族は何かしらの問題を抱えているのだろう。
「あと、もう一度来ますよ」
「え」
──直後、先ほどの不愉快な音が辺りに響き、また耳を塞いでしまうのであった。
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その鐘、ロススターベルは「選別開始」と「エクレクトアトモの響」で鳴らされるらしい。
そしてロススターベルは二回なるらしい。間隔は13分。体感ではほんの一瞬であったが、13分経ったという。この国に来てから時間感覚がよく分からなくなってくる。
どうりでミッキも最初、約束の時間に遅れるわけだ。
既に王の言葉は終わり、壇上の一際豪華な椅子に座っている。
そして次はどうやら例の人だ。ゆっくりとマイクまで近づいて、あのネバネバした君の悪い声が聞こえる。
『──どぅもみなさん。ボクはメフガ・ジャンビシキシと申します。今日からこの素晴らしき王と共に、この国をより良くすることを誓いましょう……』
会場の反応は様々だった。大半は「誰?」というような雰囲気であった。会場周辺の近くを通る立ち見の人もそのような表情を浮かべていた。
少し騒然となる中で、そんな緩んだ空気を切り裂くような怒号が響く。
「テメェ!! よく人前に出ることができんなぁあ!!」
壇上に飛び乗って、メフガに掴みかかろうとした所で、近くにいた兵士に取り押さえられた。
「あの方は……!」
「知っているのか?」
「有名なプランタの一人ですよ。しかし、あの方は被害を受けていないはずですが」
よく目を凝らすと、黒髪の髭を生やした中年の男性が床に押さえつけられている。
「仲間のプランタによくも手を出しやがったなッッ!! 話と違うだろぅがァッ!!」
王はその様子を見て、取り押さえている兵士に何やら指示を出した。
「ぜってぇユルさねぇ!! 覚えていろよ! 覚えてろォォォ!!」
そのまま兵士に見えないところまで連れて行かれた。何度か叫ぶ声は聞こえたが、やがて聞こえなくなった。
『…………では、邪魔者もいなくなったのでぇ、続きをしましょうかねぇ』
「本当だったんだな。ミッキが言ったこと」
「──彼の目を見ましたか? あれは人を見る目ではない」
「え、ここから見えるのか?」
表情はわかった。少し微笑んでいるが、それ以上は見えない。ミッキには見えたのだろう。目が良いんだな。
まあ、確かにメフガ・ジャンビシキシの目がそのようになっててもおかしくないだろうが。
会場は先ほどの騒動を忘れたように壇上のメフガ・ジャンビシキシに向いていた。そいつの口調はやっぱり聞き慣れない。この国の未来だとか、幸せな国だとかそんなことを言っている気がする。
実際、全く聞いていない。なんというか、中身がなくて、その話しているメフガ・ジャンビシキシも気持ちのこもってなくて、聞く気にならないんだよな。
呑気な気持ちでソイツの言葉を聞いていた。
「なぁ、ミッキ。この辺に──」
──その瞬間、広場に閃光と爆音が炸裂する。
「……ッ!」
「何が、起こったのですか!?」
完全に油断していたその時だった。
会場となっていた広場では、煙が覆われ、何が起こっているのか理解できなかった。
しかし、煙の中から、数々の悲鳴と叫び声が聞こえる。ミッキは目の前を通って走り去ろうとしていた人に声をかけた。
「何が起こったのですか!?」
「い、いま、演説していた、あ、あの白い顔の男が爆撃されたんだ!! 壇の上にいたやつも巻き込まれたらしいッ!!」
「──っ!」
「えっ、ミッキ! どこに行くんだ!!」
ミッキは広場の方へ向かって走り出す。遅れて俺もミッキを追いかけるように広場の方へ向かった。
ポケットには、朝、取り出し忘れた氷と血の銃弾が残っていた。
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