この国の未来は語る
ジュラルミンケースを開けて、その厄物を取り出す。
途端にズボンのポケットに弾丸が出現したのを感じる。手を入れ、掴んで取り出せば、やはりその赤と水色の輝く宝石のような弾丸が入っていた。
改めてその厄物を見る。
気持ち悪くなるほどの美しさを持っていて、取り憑かれてしまうほどの魅力があるのは分かる。ただ、俺はそのことが素直に好きになれなかった。
もしこんなものを得るために起こった争いがあるのであれば、人って馬鹿だ、なんて言葉で表せないほど呆れるものだ。
「……使わないといいなぁ」
早く一ヶ月経ってほしい。
杞憂であってほしい。
何も起きずに寿命を迎えたい。
人として過ごしてみたい。
(ないない。もう『イロモノ』は終わったんだからな。普通に考えたらもうこれ以上何も起きない、はず)
弾丸を部屋にある机に捨てるように置いた。
結局タグラグル・スケッチは持っていかなかった。それが俺は正しいと思ったし、何か起きるとは信じたくなかったから。
俺は物語の主人公ではないはずだから。
二時間後、
そんな考えは完全に消し飛ぶことになる。
俺の存在は、ただの人間のそれではないのかもしれないと悟ったのだ。
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「ハハハッ、服装はバッチリなようですね」
「あんなことがあったんだ。多少暑くても目立たない服を選ぶのは当然だ。特に俺は肌の色で分かるだろうしな……」
国の中心に向かいながらそんな会話をする。俺とミッキは髪と肌を隠すように、長袖を着て、帽子をかぶっていた。帽子は日光を遮るから良いが、長袖というのが少々キツイ。
通気性が良いのが唯一の救いだ。
「大通りはやめておきましょう。前回のようにはなってはいけませんから」
「自分が慣れていないばかりに……すみません」
「い、いえいえ! 別にそのような意図は!」
大通りは王宮、つまり国の中心へ向かう。いわば、目的地への最短ルート。
しかし、催しもあってか先日より人の数は増しているように思える。こんな中を歩き慣れていない俺が行ったらどうだろうか。間違いなく前回と同じようになる。
俺たちは別のルートを使って向かうことになった。
似たような道ばかりで困惑するが、そのことをミッキに伝えると、「王宮の方向を意識すると良い」とアドバイスをもらった。
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「そういえば、先日言いそびれたことについて、話さなければなりませんね」
道中、俺はミッキにそう話しかけられる。
そういえば、結局聞くことはできなかった。黄金族の大移動などこの国で起こっていることについて。
「この国の富裕層の多くは香辛料の栽培そして売買でお金を得ています。その人たちをプランタと呼びます。しかし、最近、そのプランタの多くがその事業から離れているのです」
「香辛料関係の仕事は今でもお金は稼げるんだろ? お金を稼げているんだったら続ければいいんじゃないのか?」
俺の質問にミッキは首を振って答えた。
「『離れている』、というより『離れさせられている』と言った方が良かったですね」
反対側から向かってくる通行人の視線を感じながら──俺らの服装を不思議に思っているのだろう──道を進む。
緩やかな雰囲気だったが、少し緊張するような声色になる。
「この国は真の意味では独立していないんです。過去の栄光も、王族の威厳も全てはある弱点のゴマカシにしか過ぎないのですよ。そしてそこに気づいた悪意がこの国の首を掴んで握り潰そうとしているのです」
ミッキは立ち止まり、一枚の写真を渡してきた。受け取ってみてみると、そこには見たことのある顔が写っていた。
吊り目、その白すぎる肌。そして、引き込まれる黒目と黒髪に一本の金のメッシュの姿。
「……ッ!」
「──結論から言いましょう。ジャンビシキシ家の人間、メフガ・ジャンビシキシが全ての黒幕です。彼はこの国のプランタを脅迫し香辛料の独占を画策しているのです」
あの時のオーラをふと思い出す。ただものではないと思ったが、なぜそんなことを?
疑問に思ったことを引っ込めて、ミッキの話を聞く。
「コイツ見たことあるぞ。俺に紅茶代を支払わせたヤツだ」
「……彼はそれが可愛く見えるくらいの極悪人です。事実、プランタへの脅しはプランタの娘や息子を誘拐し、命の代わりにその香辛料が栽培される畑や土地を要求したのですから」
「まさか、ただ香辛料を独占するという目的のためにそんなことをしているんじゃないよな?」
「そのことは後で話しますが、結局、その香辛料関係の多くの権利を放棄したプランタは、当然職を失いました。今まで住んでいたところを売り払い、安いところへと引っ越そうとしたのです」
なるほど、いくらお金を持っているといえど、職を失った以上今まで通りの生活をすることは不可能だろう。豪邸に住んでいるのであれば、その住んでいる場所を売って、生活の足しにする。
しかし、そのことが俺たち庶民に影響を与えるだろうか。
「それだけで終わればよかったのですが……」
「終わらなかったのか?」
「……アレを見てください」
ミッキが言った方向には人だかりがあった。よく見てみると、「リブズ〜〜」という──よく名前は分からなかったが──名前の建物に群がっていた。
交差点の一角であり、馬車も通ろうとしているがお構いなしである。
『返せよ!!』
『あの立ち退きは不正だろッ!!』
その怒号は少し遠くにいるここまで聞こえた。
「随分と……荒れてるな」
「黄金族の大移動に巻き込まれてしまった方々です」
「巻き込まれた?」
「プランタが引っ越しすることをどこかから聞きつけたのか、不動産関係の人間がマンションや一軒家の値段を上げたんです。プランタには影響はなかったのですが……」
確かに、富裕層が引っ越すと聞けば、少しでも高くして売ろうと思うだろう。
普通の年収の人間は地獄を見てるだろうな。あの叫びを聞くだけでどのようなことをされたのか想像できる。払えずにそのまま追い出されたんだろう。
「えぇ……法律どうなってんの? そりゃあ、あんな文句も出るな」
「この一連の騒動が黄金族の大移動なんです」
「国の王は何をしてるんだ? なんかできるだろ、適正な価格にするようにするとか」
「それができないとしたら?」
「できない状況なんてないだろ……この国で最も力を持っているんだぞ? それが本当だとしても、その家は何がしたいんだ?」
国の中心へ向かう足は止まらない。
少し起伏があって俺の呼吸が乱れてきているが、ミッキはそんな様子もなく歩き慣れたように道を進む。
「メフガ・ジャンビシキシは今の王権を乗っ取ろうとしているのではないかと私は考えています」
この国で水よりも大切な香辛料を独占しているのであれば、大きな影響を与えることができる。なんなら今、完全に弱みを握られたと言っても過言ではないだろう。
しかし、ミッキの言うことを信じるのであればなんでそんなことをするのだろうか。野望にしては人としてどうかしている。
「武力で対抗する手段も考えていたでしょう。なんとかするという声明は出していますから。しかし、結果として国は譲歩しています。逆らえないんでしょう」
「じゃあ、それまでの間、この国はその威厳と恐怖政治でなんとかやるのか? 随分と強引だな」
「ハハッ……もちろんそれはしばらくの間だけですよ」
彼の後ろをついていくように歩いているため、後ろ姿だけでその顔はわからなかったが、彼のその笑い声は乾いていて、楽観的な考えからくる笑いではないことがわかる。むしろ、諦めだとか呆れが含まれている。
ミッキは、何故詳しいのだろう。
何故そこまでこの国に憂うのだろう。
何故ジャンビシキシ家の行いを理解しているのだろう。
何故一連の騒動を理解しているのだろう。
この国のことは今はまだよく分からない。疑問は多くはあるが、それ以上にミッキは一体何者なんだと疑う気持ちが芽生えた。
「ミッキに聞きたいことがある──心当たりがあるのか? 俺らが襲われた理由について」
砂が固まってできた、王宮がはっきりと見える一本道で、ミッキは足を止めた。不穏な空気を肌で感じる一方で、どこか諦観した彼の目が突き刺さって痛い。
ナニカを悟っているようで、それを受け入れているようで、気味の悪い視線はまるで──。
「お前は一体何者なんだ? 普通の人はそこまで情報を集められるのか? まるで全てがわかったように話しているがどこまでが本当なんだ……!」
「…………それは……言えませんが、いつか全てが終わる頃、お伝えしますよ」
「それはどういう意味だ」
「庄屋さんは一ヶ月ここにいるんですよね?」
「ああ。いるが……?」
「ではちょうど良いかもしれませんね」
彼は額の汗を拭き、帽子を被り直した。
「──ぜひこの国の終焉を見守ってください」
その言葉の真意を聞かなかった。聞けなかったと言っていい。その言葉を最後に、二人の間で静寂が生まれる。
近くの大通りの騒がしい声と音が聞こえる。「祭りだ」「祭りだ」と騒ぐのを尻目にミッキの背を見る。
俺の予想以上の事態に追いつけてはいないが、先に進む彼の背中は悲壮感を纏っているようで、そのことがこの国の未来を表しているようだった。
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