料理が上手な人が好きだけども





「ふぅ……ここなら……」




 囲むように柵が設置された、ブランコなどの遊具が数個ある公園へやってきた。遊具で遊ぶ子供やそれを見守る大人たち、見た目から同じ年齢だと思われる少年が絵を描いている。


 俺は、遊具から少し離れたベンチに一人座って、魔術石を片手に戸惑っていた。




(これどうすれば良いんだろうか……忘れた)



 そういえば、一回か二回くらいだろう。こちらから通信を試みたのは。

 なんか「力をこめれば上手くいく」と習ったが、よくわからん。これって確か「魔力」みたいなやつが必要だったはずだ。




(それに、なんか恥ずかしいな)




 絶妙に面映い気持ちが、通信をしようとするのを拒む。前世では電話をした記憶がない。だから何を話せば良いのかわからない。



 例えば、「元気だよ」とか?

 昨晩考えたような記憶はあるが、結局なんて話そう。もどかしい。






「ん、あっ、魔術石が光った、ってことは」



 俺は軽く力を入れるように意識すると、途端に繋がる感覚がする。ラッキーと思いながら声を出した。




「おーい、エ──『ようやく繋がった! 心配したぞ! そっちに着いたのならばその日に連絡して欲しかったがな!』──すまん疲れてたんだ」




 繋がった瞬間、圧倒される声量に驚きつつ、少し嬉しく思う。




『どうだ、そっちの生活は。文化も慣れないだろう?』


「まぁ、生活環境はあまり良いとは言えないけど、なんとかやっていけてる。ただ──」



 昨日、謎の人間に襲われたことについて話そうと思ったが、エルディアを心配させることに、どこか恥ずかしさを覚え、言うことをやめる。





「あぁ、でも、あ、なんでもない。それより、そ──『なんだ? 言ってくれ』──本当になんでもな──『なんでもなくないな、言え』──いや、本当にな──『ウソはキライだ。盟友、我はウソはキライなのだ』──っす」





 しまった、余計なことを口走ってしまったと後悔する。


 エルディアの心配性を刺激するような会話をしてしまった。








(しっかり何を話すか考えればよかった。しかし、こうなるとどうしようもない。エルディアの迫真の顔が思い浮かぶ)




 話を逸らすことができず、そのまま事の経緯を渋々話す。



「なんか襲われたというか、追っかけられたんだよんだよ、急に。ガイドの人と話していたら、いつの間にか何人かに囲まれていて、追われた」




『…………我もそっちに行きたいんだが』

「ダメだ。エルディアには使命があるだろ?」


『だ、だが、その時は無事に済んだが、捕まったらタダじゃ済まなかったのだろう? 命の危険に晒されているのに……!!』


「まぁまぁ落ち着けって。そこまで大事にはなってないから」


『我は行けるぞ。安心しろ使命はもう果たした。しっかり全員抹殺しておいたからな』




 物騒なことを言う、と内心少し恐怖し、頼もしく思っていた。

 リハビリの時、エルディアから聞いたその使というのは、「犯罪者の殲滅」であった。



 デヴァステーションには、数多くの犯罪者が存在する。

 基本的には、表に出てこないで、賄賂、違法賭博、諜報活動など、市民の生命を脅かさない犯罪の場合が多いが、もちろん殺人、強姦、強盗……など、市民が巻き込まれるような犯罪も起きる。


 公安隊は以前まで、その犯罪者の行方を追っていた。しかし、デヴァステーションは広く複雑で、居場所をつかめないままでいた。





「それはすごいが、あの戦いでまだ炙り出されていない犯罪者もいるかもしれないだろ。これからそっちはとも言えるくらいの改善を目指すんだろ?」






 あの戦い……それは俺がアギ・リクと戦っていた同時刻に起こった戦いだ。




 突如、複数の高度戦闘機甲パワードスーツを着た犯罪者と、存在しないはずの魔物、加えて二頭のフエゴワイバーン激炎の龍が現れ、街は混乱に陥った。


 予備知識があった俺は、公安隊や市民への被害をできるだけ抑えようと、エルモに弱点や倒し方をあらかじめ伝えておいた。

 突然そんなことを言われたエルモは驚き困惑しつつも、話を聞いてくれた。


 しかし、被害はやはり大きかった。もちろん「イロモノ」本来の被害よりマシではあるが、多くの死者が出たのだった。





 その代わりにはならないが、その戦いで拘束した犯罪者から聞き出し拷問し、数多くの犯罪者の居場所を突き止めたのだった。





『それはそうであるが、しかし…………心配なんだ……我は』





 エルディアが来てくれたら心強いかもしれないが、所詮ただの一般人の付き添いなど馬鹿げていると言われるだろう。

 特に彼女は、公安隊の最終兵器みたいなものだ。大改革の中の万が一がある今、そこを離れることは決して許されないだろう。






「何とかなるさ、多分。そこまで大事にはならないだろ。きっと昨日のそれは、不良に絡まれたようなものだからな」





 嘘だ。おそらく大事になる。

 身体の内でビリリとする感覚。この感覚になったとき、必ず事件に巻き込まれる。今回の感覚はその中でも特に大きい。


 不安もある、というか、不安しかない。




 偽物の言葉で悪いがエルディアにはこれで納得してもらうしかない。




『……………………』





 互いの間に沈黙が続いた。


 公園で遊ぶ子供の声と大人同士の会話の声が聞こえる。


 








「あー……本当にどうしようもない時は、言うから」




 通信する前から考えられないほどしんみりとした空気。

 

 耐えきれなくなって、励ますように言った。今までとは違って、捻り出したような声。







 原因は、間違いなく弱い俺にある。


 以前までの俺ならば、エルディア達の心配に自信を持って応えていた。それは、俺が単に強かったからではない。

 「イロモノ」のことについて知っていて、これから起こる事件の解決策を持っていて、あとは奮闘するだけだったから。



 でも、今はどうか。

 これから起こることなんて分かるはずがない。当然それらの解決策なんてわからない。仮に知っていたとしても俺の力は十分だろうか。


 もし何かに巻き込まれても、逃げることは可能だ。だが、今までの成してきた俺のプライドがそれを許さないだろう。






(気丈に振る舞うので精一杯だな)



「絶対に帰ってくる。安心しろよ、な? 帰ったら一緒に遊びに行くか」


『…………なぁ──死ぬなよ盟友』



  




 死なないよ、とは言えずに笑って誤魔化した。


 

 とりあえずカラオケに行くことになったので、声を枯らさないように気をつけることにした。久しぶりにエルディアの歌声を聞けると喜んだ。



 あと、料理を振る舞ってくれるらしい。どうやらとある料理を学んでいるという。帰るのが待ち遠しい。






============







 なんだかんだ会話が盛り上がり、昼頃になった。日差しが増し、少し気持ち悪くなる。


 色々考えることがある。未来の事、過去の事、人間関係、昨日の事。そして、明日の命。



 俺は別に考えるのは得意じゃない。頭がグチャグチャの時は、誰にも邪魔されずひとりでいたい。






 目的もないまま、人が通る砂道の上を歩き、並ぶ屋台を見る。



 突っ立ったままその光景を見て、自分が物思いに沈んでいることに気づく。これも初めての感情。考えることはたくさんあって、思考回路はショート寸前なのに、本当に嫌になる。



 なぜその屋台を、そして屋台に並ぶ人の列を見ると少し陰鬱な思いになるのか。


 




「──子供の頃の夏祭り。それか。思い出した。あぁ、クソ」




 直後脳裏をよぎるの頃の記憶。


 父親と母親と来た一回目、母親と二人だけで来た二回目。切なさで胸が痛い。




 

 気持ちを切り替えないと。





(……よし、気分はあまり良くないけど、気を紛らわせるために昼飯でも買って食べよう)




 歩いて見てまわれば、いろんな香りがして美味しそうな料理が視界に入る。


 俺と同じ肌の人はいないけども。まぁこの突き刺さる視線も今は悪くない。






 多くの屋台は人だかりや列ができていた。どれも美味しそうな料理が並んでいる。




 

 しかし、その中で唯一人が周りにいない屋台があることに気づく。



 「伝統完全食・ホイミューン」と看板に手書きで書かれている。


 完全食……完全栄養食のことか。あまり美味しくなくて、高いイメージがある。実際ここだけ閑散としているのを見ると美味しくはないのだろう。値段は驚くほど安い。



 ちらっとその「ホイミューン」というものを見る。紫と青の融合物、固形というよりは液体に近い粘性の大きいモノ。絶対不味い。



 だけど、気になる。美味しいものを食べたいんだけども、このゲロのような「人間の食生活の冒涜の塊」がめちゃくちゃ気になる。





「店主、これ本当に完全栄養食なんですか?」


「ん、なんだい? 疑ってんのか?」


「まぁ、はい」




 店主は「ちょっと待ってろ」と言って、容器にその物体を入れる。



「試食だ。効果は滋養強壮、人間本来の力を引き出すんだ。栄養がとれない人のために作ってみた。効果は折り紙付きだが、食べた人間は『もう二度と食べたくない』だとよ」




 渡されたものを近くで見てみる。匂いはあまりないが、かえってそれが不気味であった。


 自身の本能が「ヤバい」と叫んでいるが、好奇心には勝てない。




 息を呑む。そして、恐る恐る口元へ近づけた。







「い、いただきます。あーn──」






















============












 ふと周りを見ると帰路についていたのかと驚く。



 口に残る不愉快な残留物はまだ感じる。直近の記憶が曖昧なのは、あまりにも不味かったからだろう。


 本当に栄養を取れているのかと思うのと同時に、デヴァステーションで一度だけ食べたことのあるそれがどれだけ優れているのか理解した。向こうは、なんとか食としての形を保っていた。






「まぁ、買ったんだが」



 味の方は最悪だが、両手に提げた完全栄養食がズッシリと入った袋を見て少し満足している俺がいた。



(普通に考えて、安くて栄養が取れるんだったらこれを買うよな)




 結局それを買ってしまった理由は、向こうでの生活が頭にあるからである。デヴァステーションでの暮らしは便利であったが、豊かではなかった。


 何かお金になることをしても、例の男(アインシュ・ゲイル)に邪魔され、横取りされた。まぁ、俺がそれを防げる程強かったら良かったのだが、デヴァステーション生まれではない俺には後ろ盾はない。



 加えて、戦って怪我した際の病院代がそこにかなり響いてくる。それで、食費は少し苦労した。一日二食が基本で、最悪食べない日もあった。


 「栄養、取れてなくね?」と思っていた俺にとって、これがあるこの国で暮らすこの一ヶ月はチャンスだ。








 店主の言葉が蘇る。


『物価が上がり続ける今、これはいざとなった時の緊急食だ。俺としてはコレが売れないならばそれはそれでいい。まだ普通に暮らせる証拠だからな』


 店主は最初から売れるとは思っていなかったという。しかし、上がり続ける物価に危機感を覚え、昔の文献を引っ張り出して、再現したという。


 いざとなった時に、この国の人間が餓死しないように。











(ともかく、これを食べて成長を……!!)



 やがて八面荘が見える。



 両手の袋が邪魔でとにかく下ろしたいと、部屋に戻ろうとするが、扉の横についた少し汚れた緑の郵便箱が目に留まる。


 何かが入っているのが分かる。おそらく封筒だろう。





(んと、強引に片手でもつか)



 右手に提げた袋を左手にまとめる。



 空いた取り出し、手にとってエキゾチックな封筒を確認してみると俺宛の手紙であった。その封筒の裏を確認すると差出人が分かる。




「ミッキか」






 部屋に入り、その辺に完全栄養食が入った袋を置く。





 ベッドに腰掛け、封筒を開ける。貼られていたシールは綺麗な王冠柄で剥がすのに躊躇した。




 畳まれた便箋を開くと、まず目に入るのはその綺麗な文字。

 そして拝啓から始まり、敬具で終わる文からは教養を感じた。




(こんな綺麗に俺は書けないわ)


 

 

 

 昨日の件の感謝と、今は安全のため家にいるという旨が書かれていた。そして、読み進めていくと、最後に次のような文が書いてあった。


 


『明日、国の中心部で伝統的な行事の催しがあります。私は身の安全のために出ないほうが賢明でしょうが、どうしても王の姿を拝んでおきたいのです。どうか護衛のため、ご同行お願いできないでしょうか。お礼はします。いつもの待合場所で待っています。敬具』








 頭を掻きながらどうしたものかと戸惑う。もちろんその「伝統的な行事」も気になるが──。






 心の影はすぐそこまで迫っていた。


 漏れたため息の音がこの室内で霧散し、ベッドに横たわって、どうするか考えることにした。







 呼吸音だけの暑い室内で、一人、ベッドに横たわり天井に向かって便箋を持った両手を伸ばす。


 側に置いてあったタグラグル・スケッチは、隙間から入った光で、妖艶に輝いていた。

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