王と覇者
地を這う生活をしていた昔の話。
今でも覚えている。冬のその日は雪も降り、街へ行く私たちは寒さに凍えながらも前へ進んでいたその日のこと。
目の前は降る雪で覆われ前も見えない。張り詰めた静寂の中、やっと辿り着いた宿で二人の男女が私たちを見て嘲笑った。
そんなにも醜い姿をしていたのだろうか。
『オンボロ服の黒光り女とか気持ち悪すぎるだろっ!!』
『ここ人が寝る場所なんですけどぉ〜』
その言葉に呆然と立っている私は、自身がその男に蹴られたという事実を理解するのに時間がかかった。
痛い。痛い。
肩にじんわりと広がる鈍い痛みに泣きそうだった。恐怖と痛みで宿の床に倒れたまま動けなくなった私を見て、兄は近くにあった円柱状の壺で男を殴り返した。
宿の管理人が兄を止めんとし、男はやり返そうとする。騒然となか、私は涙を流しながらその光景を見つめていた。
『私は気弱で軟弱者だ』と。
ある日──もう覚えてはいないが──を境に私たちの生活は一変した。まともな服、美味しい食事、そして温かい家族。
さらに私には不思議な力があるらしい。
頭の中で想像すれば、目の前にそれが現れる。色んなものを出すことができた。食べ物、道具、存在しない物まで作れた。兄の誕生日プレゼントだって出せた。
喜ぶ兄の姿を見て、全てが変わったような気がして、でも頭の片隅にはいつでもあの雪の日があった。どんなに温かい気持ちでいても一瞬で温度を奪い去っていく。
そんな現実の中で過ごしていると、やがて頭の中に別の自分が現れた。
今までの弱い私を否定し、これからの未来を肯定し続ける
私は、変わらなければならなかった。
そして、その理想を追い求めると神と天使に誓った。
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「──では、この術式問題はエルディアさんにお答えしてもらおうかな〜」
「魔力と使用される術式の量に対して、道具が追いついていないからだ」
「正解で〜す。じゃあついでに解決方法も教えてもらおうかな?」
「使用されるコードの本数を二から三に増やして冗長性を持たせることでそのトラブルは無くなる。もしくは術式を変え、短くすることでも解決する」
「ワォ、完璧ですね〜」
拍手と共に、「やっぱりすごいな……」という声が聞こえる。
エルディアはたまにしか来ないが、勉強の成績はいつも学年で上位であった。理由は明確で勉強を毎日しているからであった。
その勉強の才も確かにあった。しかし、どんなに面倒だと感じる日でも、必ず勉強をしていた。
例えばエルディアは昨日、庄屋との通話ができず、心苦しい地獄のような思いをした。でも、勉強はした。すべてはその理想のためであった。
(理想という言葉も今では天使の声援のようだな……!)
問題に答えた後のエルディアのキメ顔に惚れる男子生徒は少なくない。まさか頭の中でそのような厨二病チックなことを考えているなんて思ってもいないだろう。
女子生徒もエルディアに憧れを持つ場合も多い。
しかし、中にはその姿を気に食わないと思う人もいる。教室の隅の女子3人組はそういう人間だった。彼女達はエルディアを見て呟く。
「……チッ、なんだよアイツ。でも、まぁいいや……!」
ボソッと呟かれたその言葉が聞こえた他のクラスメイトは誰もいなかった。ニンマリ笑みを浮かべ嫉妬の念をエルディアに向けた。
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昼休み、学校の中庭の人があまり来ないところで通信をしてみようとするが、つながらない。
「向こうも昼時で起きているはず」と思い、ネックレスの通信機能が壊れたのかと疑ってしまう。最近買ったばかりだからそれはないはず。
「はぁ……盟友はどうしてしまったのだ。まさか、向こうで何かトラブルに巻き込まれたのではないか?」
思わず口に出してしまうが、実は庄屋はその時外出中だった。通信用の石は無くすと不味いので外出時には持って行かないが、そんなことを知ることはエルディアにはできない。
それでもいつもよりものすごく穏やかな心境であったのは、昨晩事を済ませたからである。
ため息つくエルディアのその後ろから、複数の足音が聞こえてくる。
「おお、いいところにいたぁ〜、優等生カネスさまぁ〜?」
振り返ってみると、鉄のパイプをもった複数の女子生徒がいる。その様子を見ると、今にも襲いかかってきそうな雰囲気を感じる。随分と恨みを持っているようだ。
その集団の中心にいた女子生徒を、エルディアは知っていた。
「貴様は……あぁ、クラスにいる娘だな? 他はあまりわからないが」
「は? 何その言い方ふざけんなし。おまえ何様のつもりなの?」
「……エルディア様だが、どうした?」
「よくこの状況でもおまえはそんなんでいれるね? それとも公安隊のプライドですかぁ?」
その隣のツインテールの女子生徒が煽るように言うが、エルディアは顔一つ変えることはなかった。
むしろ少し鼻で笑うようにその煽りに答える。
「公安隊のプライドは貴様ら如きに見せて良いものではないぞ? そんなことしたら──貴様らを呑み込んで食べてしまうからな」
エルディアはその言葉通り、人を呑み込む威圧感を向ける。
数では有利なはずなのに、その一言と共に向けられた視線で体が硬直するのを感じた。肉に飢えた猛獣に睨まれるような感覚。リーダー格の女子生徒はそのことに気づきなんとか声を出す。
「お、おい! いいのかお前、本当に痛い目見るよ!」
「声が震えているぞ? それこそ本当に我を倒す気があるのか?」
リーダーともあろう人が一番怯んでいるようだった。しかし、それは仕方のない事なのかもしれない。
何度も死線を越え、恐怖に打ち勝ったエルディアの気配は、普通のヒトの持つ気配ではないのだ。
「こ、この……舐めるな!!」
ツインテールの子が我慢ができなくなり、とうとう鉄のパイプを持って駆け出す。
「待ってアミッ!」
そのツインテールの「アミ」と呼ばれた女子生徒は、リーダー格の子の制止を振り切り、エルディアの近くまで来ると振りかぶった。
「頭をよく狙えよ。そうでなければ我を倒せんぞ?」
「……っ、このぉ!!」
「──待ってアミ、やめて!!」
そのリーダーの子もそこまでは考えていなかったのだろう。軽く痛めつける程度で、終わらせようとしたのだろうが、まさに人を殺す勢いの今のアミは聞く耳を持たない。
振りかぶったまま鉄のパイプを、勢いよく振り下ろした。その場にいる多くは目を閉じた。
響いたのは、骨の砕ける音でなければ肉をエグる音でもない。
酷く高く響く金属の音。アミの持つ鉄のパイプがそんな音を立てて壊れたのだった。
「え、ななっ……!」
「……折れている!? 普通壊れるはずのない鉄のパイプが!」
アミは、自身の握っている鉄パイプと折れてしまったそれを交互に見て、信じられないと目を疑った。
「気を抜くな」
エルディアはその動けないままのアミに近づくと、握っている鉄パイプを素早く振り払い首をつかんだ。
「ぐ、ゅ、っか……!!」
「我を見ろ。そして貴様では殺せぬということを肝に銘じろ」
殺されるのではないかという恐怖、アミは苦しそうな表情のまま目を細めている。
アミをその集団の方へ軽く投げ返した。エルディアは、そのアミの仲間が慌てて受け止めようとする姿を見ながら、制服についた土埃を払った。
鉄パイプで振り抜いても傷一つない程頑丈で、片手で人を投げ飛ばせる怪力。戦意は失われつつあった。
「──アタシが行くよ」
フードを被った女子生徒が前に出てくる。そのフードを外し、エルディアと目を合わせる。
耳にピアスを付けた小顔の可愛らしい少女だなと感じる一方で、その少し睨む表情から何か恨みのようなものも感じた。
しかし、その表情に対して、エルディアは少し笑みを浮かべ、大胆不敵に立っていた。
「随分と機嫌が悪いな?」
「そりゃあね。アンタを見ていると少し腹が立つ!」
そのフード少女言い終わった瞬間、なにか一瞬、強烈な感覚に襲われる。
(これはアレ系の能力だな)
しかし、それは一瞬の出来事。
数秒の沈黙の後、少女は諦めたように言い切った。
「……ダメだリール。やっぱり、アタシじゃ勝てないや」
「そ、そんな。通用しないの!? フィミリアの能力って誰にでも効くようなものじゃないの!?」
「ゴメンね。コレは例外がいるんだよね」
エルディアはそこで思い出した。
リーダー格の、クラスメイトの子の名はリール。そして、この女子生徒はフィミリア・ナイトメア。
フィミリア・ナイトメアは確か隣のクラスの能力者。能力は人の行動、価値観を操る「催眠堕落」だったはず。
エルディアに催眠や洗脳系の力は効かなかった。
エルディアはフィミリアが能力者であることを思い出して、なぜこの不良グループに加担したのかと思いつつ、落ちていた鉄パイプを土に変えた。
特に恨まれるような覚えはない。
「貴様は能力者だったか。なぜこの者に協力した? 我が何か不愉快な事をしているのであれば謝る」
「…………なんてね。さっきの話はウソだよ。単純な話、自分の力がどこまで通用するのか気になったから。でもやっぱりこれが能力の差かぁ。知ってたけどツライね」
「ウソのようには思えないが……まぁいい。それで──」
改めて襲い掛かってきた一同の顔色を伺う。
鉄パイプという武器に動きやすい服装……恰好こそ立派だが、すでに戦う気力はないようだ。
「アミ、リール、そして他の者……もう終わりか? では次は我のターンだな」
ほんの冗談を言うつもりだったのだが、その言葉にフィミリア以外は動揺する。フィミリアは冗談だということは分かっているようで、表情はあまり変えなかった。
「も、もう昼休み終わるから、私、先に行くね……!」
「わ、私も……」
取り巻きのような者から順に去っていき、リールはアミに肩を貸して去っていく。
「ごめんねエルディア。今度一緒にご飯食べようね」
フィミリアも頭を下げて帰っていく。その礼儀正しい姿からは、あの不良少女に手を貸すようには思えない。本当に何か私怨があったと考えるほうが納得がいく。幸いにも、どうしようもなく恨んでいるわけではなさそうだ。
誰もいなくなった中庭の片隅で1人ポツンと残された。
(我もお昼ご飯を買いに行くとするか)
今日はいなり寿司の気分だと、軽快に立ち去ろうとして──立ち止まる。
背後から場が支配されるような空気が漂ってくる。それはエルディアの持つ気迫を軽く超えていた。
そして体にのしかかるような重圧。一瞬で誰なのか分かった。懐かしく思いながら、エルディアは振り返った。
「──久しぶりにその顔をみたな? 元気にしていたか、エル」
「お前の理想は弱い者イジメをする事なのかエルディア。少し失望したぞ」
エル・クロモンド・ハーツェル。そのブロンズに輝く長髪を靡かせながら、エルディアを見据えていた。
============
「どうしたのだ? どこか暗いぞ……あぁ、いつものことだったな」
「……お前は逆に新しいネックレスで着飾っている。解せんな」
「貴様も買えるだろう? それとも親からのお小遣いが無くなったのか。かわいそうに」
「お前のことだ。庄屋が死んで悲しんでいると思ったのだが……それとも気でも狂ったのか」
「貴様こそ人の心がない王なはず。我より動揺しているぞ?」
「ほざくな、それとも殺されたいのか?」
売り言葉に買い言葉。止まることなくヒートアップする。
一見無表情のままのエルであるが、そんな中エルディアは気づいていた。
そんな煽りをすれば、普段なら勢いよく殺しにかかるはず。何も感じていないように見えて、見事に動揺を隠しているだけだ、と。
内心爆笑しながらも、「庄屋が生きていること」はあくまで知らないフリを通す。
エルはエルディアをどこか訝しむように見つめていた。
「我はこれからお昼を食べに行く。一緒にどうだ?」
「……勝手に行ってろいなり寿司女。余はもう食べたからな」
その捨て台詞を吐く様子を見て、勝ったとエルディアは喜んだ。これから食べるいなり寿司はもっと美味しくなる、なんて考えながら颯爽と去っていった。
エルは一人何かを考えながらその場に立って残っていた。
============
まさか本当に生きているのか?
エルディアはやっぱり隠しているのか?
余の心の中は未だ分からないことばかり。ただ、今分かっているのはエルディアは余をバカにしていたということだけ。普通ならば殺していたが、今回は特別に許してやる。
ひとまず心を落ち着かせて考えてみる。
一昨日、公安隊に探りを入れた結果が分かった。庄屋が死んだというその日の、公安隊や市民の死傷者リストに庄屋の名は無かった。
あの戦いは、デヴァステーションの歴史に刻まれた戦い。亡くなった人の遺族や建物の補償などに使われるリストに記入漏れはないだろう。
生きているならば、今回の庄屋の件は公安隊が一枚噛んでいることは確定する。
そのことを探るためにエルディアに接触してみたが、様子を見るに「死んでいない」と言っても過言ではない。
公安隊が庄屋が生きていることを隠しているのは、なぜだ?
当然、隠さなければいけない事情があったということ。おそらく強大な力を持つ組織にバレないように。
(ふむ、そういえばあの男、庄屋に冷酷非道な言動を繰り返していたな)
おそらく庄屋が死んで1番嬉しい人間であり、「公安隊の解散の鍵を握る」と噂される程、影響力を持つ家。
間違いない。
ただ、余にできることは現時点では無い。下手に動けば一家復興の夢も途絶えてしまう。
ならばこのイライラをどこにぶつけるべきか。あの女のロボットも生きていることを知っているはず。そして、それはつまり、その女、アカラエ・ロッドスターも庄屋が生きていることを知っているということだ。
あぁ腹が立つ。ここまでの侮辱もなかなかない。
ウソをついたエルディアか、ロッドスターか。どちらも死刑執行対象に相応しい。あのロボットは確実にぶっ壊す。
考えて、考えて、決まった。
「庄屋め。もし本当に生きていたら容赦せん」
ターゲットは決まった。全て庄屋が悪い。
次の時間は、数学か。どうせ暇な時間なんだ。アイツをどうするかその時間で考えるとしよう。
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