呪いの論





 公安隊本部の会議室。そこには四人の人が集まっていた。


 皆黙って座って各々好きなことをしていた。刀を研いだり、銃を分解したり、本を読んだりして、そんな状況普通ならば緩い空気が流れているはずが、その空気はとても重い。




 それは、別にその4人から悲しみだとかいう感情を纏っているからではない。一人一人が持つ妙な気迫が不自然に混ざり合っているからであった。一般人がこの空間にいたら、耐えられなくなってしまうだろう。


 




「今日は何で呼ばれたんだろうね〜」


 椅子の上で体を揺らし、茶髪の天然パーマに刺さるアホ毛を揺らしながら、ヴァランドゥ・エンシャスはみんなに問うと、丸刈りの男が鋭い目をヴァランドゥ・エンシャスに向ける。



「……さぁな、ただ、楽しい話じゃなさそうだ」


「ダンの言うとおり十中八九そうっスね。それも私達公安隊に関わることっスね」



 刀を研ぎながらそのダン・カミングの言葉に同意し、枯木カラギ・チャンミ・ウォンはその読んでいた本にしおりを差し込む。


「ママラスちゃんはどう思う?」



 ヴァランドゥ・エンシャスは、赤髪で長髪のその女の方に顔を向けた。


「どうでもいいさ。エルモのやつが来ればわかるさ」


「ちぇーつまんなぁい」



 そうは言いつつも、どこか知っているような雰囲気であった。


 ママラスは持っている銃を照明の光を使い輝かせ、他三人に自慢げに見せる。その輝きに迷惑そうに目を細める枯木・チャンミ・ウォンを鼻で笑った。







 彼らは公安隊の中でも分隊長と呼ばれる人間だ。


 精鋭揃いの公安隊の中でも特にその力を認められている者は、分隊長として公安メンバーを率いることができる。この四人は、その中でもエルモが信頼の置ける人物達。





 しばらくするとそこに一人の人が入ってくる。集めた本人であるエルモだ。入室し、集めた人がいるか確認するように見回す。




「よ〜し、みんな……いるな。今日はいい天気だなぁ……」



 

 先程、庄屋をクァーラン王国に送ったばっかりだ。その疲れか無気力そうな顔つきで入室する。しかし、公安隊としての仕事は依然として存在する。それも今回は公安隊の存続に関わるものだった。






「ウワっ、きた」

「反応ひどいなぁ。一応隊長なんだけど」



「そんなことはいいからさぁ、今日はどんな話? コロシならいつでもやれるよ」




 エルモは頭を少し掻きながら彼女らの反応を見る。立場関係なし、好き勝手な曲者達に普通ならばイラつく人もいるだろうが、結果主義なこの男にとってあまり関係ないらしい。

 顔の表情から怒りは出ることはなかった。





「今日は大事な話がある……今後の公安隊に関わる話だ。よく聞いてほしい」



 若干暗い表情と低い声で注目を集める。この曲者らをまとめるための技術で、実際場の視線はエルモの方へ集まった。やっぱりそういうこと公安隊のことなんだなと確信する。



 しかし、そんなこと関係なしにつっかかる人もいる。




「キミん所の父ちゃん死んじゃったねぇ……オレちゃんが慰めてやろっか?」

「ちょっと、うっさいよ進まないッ!」



 やはりここの人は曲者である。そこらのそれと一緒にしてもらってはいけない。人の死をこうやって使う不謹慎さも兼ね備えている。





「……知っての通り先日理事長候補であるアギ・リクは殺された」

「わぁ〜ん悲しいね」



 心にもないことを言うヴァランドゥ・エンシャスを無視して話を進める。


「これによって完全に理事長の座が空いてしまった。そして理事長を決める選挙がある」





 理事長候補アギ・リクが死んだこと――人の死を喜ぶことはいけないことなのかもしれないが――で、真の平和が訪れた。


 「アギ・リクが亡くなった」という報道があってしばらくはアギ・リクの評判は良かった。しかし、いつの間にかその計画が漏れてしまっており、今では「死んでよかった」との声がある。




 理事長、理事長候補の座が空いた。これによって新たな問題が発生した。





「んで、それがどうしたってんだぁ?」




 ダン・カミングが睨みを利かせながら問い詰める。確かにそのことが公安隊に関係のある話だとは思えない。


 ダンの質問に同意するように他のメンバーも首を縦に振る。





「問題は理事長選挙に出馬する人のマニフェスト。皆、公安隊の解散を掲げている」








 その言葉に一同戦う顔に変わる。



「……皆殺すかぁ?」

「悪くないねぇ、久々にダンと意見が合った」

「オレちゃんいつでもいっけまぁ〜す」




 エルモは、藪から棒にというよりか、どこか覚悟していたような感じがすることに違和感を感じていた。どこかで「公安隊の解散」を唱えるヤツらに会ったのだろうか。



 ともかく、エルモの発言でどこか感じがした。方向性が定まったようなものだ。







 以前から公安隊の解散を求める声はあった。過剰な戦力、情報収集の方法への不信感、そして今回の一件を踏まえた政府側の人間としての評価。街の人間は支配されるのを恐れていた。


 今、それが脅威になっている。アギ・リク、ナジェル・エイデンはどちらも公安隊擁護派だったが、いま権力者の多くは否定派。理事長は公安隊の解散権利を持つ。否定派が選ばれたら解散は必至だろう。




 


「彼らを支持するかは市民が決めることだ。俺らにできることは無い」


「そんなー! 隊長がそんなことを認めちゃっていいのー!?」

「馬鹿っスね。そんなことしたら……」



 そんな声があがる。もし公安隊の解散が決定したら、ここにいるたち人を含めて無職になってしまう。


 








 しばらくの沈黙の後、ふとエルモは話し始めた。



「ところで、今回の選挙が公平に行われているか俺らはチェックしなければならない」



「ッチ、ウチらはそんな奴らの子守なんてしなくちゃいけねぇのかよ!」



「……そういう意味じゃないみたいだけどね、ママラスちゃん」

「あん……?」




 ママラスと言われた長髪で赤髪の女は、首をひねって考えてみるがどうやらわかっていないらしい。


 他三人はエルモの言おうとしていることがわかっているらしい。今、彼らは保護される側ではない。このままいけば解散だ。だが、今はまだなのである。






「……噂によるとこの候補者達は皆不正の話聞くっス」



「そうなのか、じゃあお前たちには調査をしてきてほしい」





 出馬するにはいくつかの条件がある。そして、その中に「不正行為をしないこと」が挙げられるのだ。この場合の不正行為のジャッジメントは公安隊の仕事だ。





「それって結構難しい話じゃない?」

「いや、意外とそうでないかもしれないっスよ? 今後、何回か資金パーティーがあるんで、そこに探りに行けばいいんじゃないんスかね」

「しゃあ情報集めよろしく」


「面倒くさいっス」

「頼むよ、情報系とか操作系の人間が沢山いる枯木のところが適切なんだよ」





 騒ぐ二人を横目に、ママラスはその真意に気づく。


「おいおい、まさかウチら結構ヤバイことしようとしてんのかい!?」


「そんなに驚かないでよママラスちゃ〜ん……別に、ヤバイことはしないよ? ただ不正行為に厳しくなるだけね」



「いくらなんでもそいつは……」



「珍しく弱気だね〜。もしかしてぇ……ビビってる?」




 ママラスの言っていることは間違いではない。やろうとしていることは、ブラック寄りのグレー。公平さのカケラもないことをしようとしている。


 今回なぜこのメンバーが集まったのか。「公安隊」の名の下に集まるといえど、一枚岩ではない。むしろ解散を望む者もいるのだ。




 ここにいる五人は、その過酷な境遇により公安隊としての使命を確固たるモノにした五人だ。生きる意味と言っても良い。決して解散はさせないと知っているからエルモは集めたのだ。



「それに一般市民にとっても悪い話じゃあねぇ……俺らのおかげで平和があるようなもんだ」



「現実的な話をすると、今の平和は間違いなく私たちのおかげっスから。『解散しろ』って言っているやつは、頭がお花畑なヤツか、簡単に平和を作れるって勘違いしているどうしようもないヤツのどっちかっス」



「……ま、そういうことだママラス。ここは市民のためだと思って協力してくれないか?」



「ったく、そういうことだってンなら、ま、いいさ。ウチは先にやらなくちゃいけないことがあるから。後でメール頂戴」




 席を立って会議室を出ていく。


「私も早めに準備するので」

「俺も仲間に聞き込みするよう言ってくるわ……」



 枯木・チャンミ・ウォン、ダン・カミングも出ていく。



 このまま全員会議室から出るとエルモは思ったが、ヴァランドゥ・エンシャスは席に座ったまま立ち上がることはなかった。







「ヴァランドゥ、もう帰っていいんだぞ?」




「オレちゃんは知っているよ。アギ・リクを殺した人間は庄屋ちゃんってことをサ」




「……なんだ、知っていたのか」








 静かな空間で、先程までの流れを断ち切り、急にそう話し始める。エルモは驚きつつ、ヴァランドゥと庄屋は交友があったなと振り返る。



「そりゃもちろん。オレちゃんの情報網を舐めて貰っちゃ困るよ」




 庄屋のことはどう伝えようかと悩んでいると、ヴァランドゥは椅子の背もたれに寄りかかり不満そうに言う。


 全く、どこからそんなことを知ったのか。庄屋が倒れて病院に届けるまで、自分の部隊以外に見られないよう慎重に運んだはずだ。









「これ見てよ」



 ヴァランドゥは持っていたカバンの中から一枚の紙が挟まったクリアホルダーを数枚出す。そのうち「ア」の字に円が書かれた方をエルモに渡した。


「これは……アンケート?」


「必要ないと思うけど、これからやることを心の中で正当化するための情報。エルモちゃんって責任感強いでしょ?」



 見れば、「公安隊の印象に関わるアンケート」と題した紙で、なかなか悪くない評価をされている。公安隊は市民のためにあるので当然と言えば当然だが。



「というか、解散の危機に薄々気づいていたのか」


「まぁあの三人は分からないけど、オレちゃんはよく外に出るし……あっでも、枯木ねぇちゃんは多分知ってたよ。このアンケートも手伝ってくれてたし」


「だからすんなりと、ね」


「オレちゃん含めて四人みんな公安隊で生きる覚悟をしているからね。エルモちゃんが戦うと決めて皆内心嬉しかったよ。だから隊長であるエルモがここを守りと言うなら、みんな全力で協力する」



 

 反発もあると思ったが予想外ともいえるほどあっさりと話を受け入れてくれたのはそういうことだったのか。


 「んでね」と話を続ける。




「今回の公安隊解散が高まっていることとは裏腹に、市民からの公安隊への評価は依然高いんだよね。政治家って市民のために行動するでしょ? 本当にそうなら公安隊解散なんて言わないんだよね」


「……むしろ公安隊を守ろうとする人が現れてもおかしくないな」


「そうそこっ! 枯木ねぇちゃんもそう思ったみたいで調べたら……」



 先程出したクリアホルダーの残りから紙と写真を取り出す。


 紙には何かやり取りが書かれており、写真には見たことがある2人の男が建物の入り口で握手をしているのが写っている。




 エルモは内容に一通り目を通してみて驚く。ここまですれば十分ではないか、と。


 そのやり取りには、公安隊の解散に賛成すれば「正当金」と名前の政治資金を受け取ることが可能である、という旨が書かれている。




「正当……ね」



「正当」と「政党」をかけているのだろう。治安を良くし平和を維持する公安隊をどんな色眼鏡で見ればそうなるのか。




「んで、この金はどこから来てるんだ? デカい家から来てるのは分かった」




「それがこの写真。見たことあるでしょコイツら」



 そういえば、と思い出した。一人は理事長選挙に出馬していた政治家。そしてもう一人は──



「アインシュ・ニグラ……なんでこの男が……」



 一時期は政界にいたが不祥事で身を引いたはずの人間がなぜいるんだ。



「こう考えると納得がいくんだよねぇ〜。『公安隊がいなくなればもう一度返り咲くことができる』──ってね」



「…………そうか」



 以前、この男の不祥事は公安隊が告発したことがある。今回と同じような賄賂と街の外へ逃げようとする犯罪者の手助けをした件で。


 それこそ公安隊が解散したら予想されたこと以上の混乱が起こるかもしれない。





「この男の息子のアインシュ・ゲイルとかいうガキと庄屋ちゃんって、女性関係で因縁があったよね?」


「あぁらしいな。いつ聞いても胸糞悪い」


「その件で加担したという噂も聞いたから庄屋ちゃんに聞けばヒントを得られるかも」


「……聞けるか? 普通」


「無理ポだね」




 彼女が盗られたことについてその本人に聞けるわけがない。そんなことができるのはよほど親しいか、人の心がないヤツだけだろう。



 それにエルモはそのことを知らないように振る舞っている。聞くことはできないだろう。




「一つアインシュ・ニグラに痛手を負わせる方法はあるけどね」


「それは?」


「それは──庄屋ちゃんにこのアインシュ・ゲイルをボコボコにしてもらうんだよ」


「却下」


「うえぇえ! なんでさ!?」




 確かにアインシュ・ゲイルが戦いに負ければ、その惨めさから父であるアインシュ・ニグラの印象も悪くなるだろう。



「ただ、その通りになるためには、ストーリー、庄屋の圧勝、観客が必要だ。その条件ははっきり言って厳しい」


「むぅ庄屋ちゃんが負けるとでも?」


「圧勝だぞ? 勝てる可能性だって低いのに、圧勝なんて正直考えられないな。全ての運が味方するか、最初っから庄屋が有利な勝負ではないとな」


「そっかぁ……」






 少しがっかりとしながら紙をしまい、ヴァランドゥはそのカバンを持つ。








 そのままエルモとヴァランドゥは会議室を出て、会議室の扉の前で立ち止まる。





「ともかくオレちゃんはこの男と関係を持つ人間を洗いざらい探し出してくるから」



「んじゃよろしく」



 そうして彼らは二手に分かれるように解散した。公安隊の存続のかかった任務が開始された。


 

 

============



 人のいない商店街を走り抜け、次第に道幅が狭くなっているのを横目に、袋小路になっていることに気づく。限界だと知りながも先に進むことしかできない。


 追っ手は顔色を変えず俺達を追い詰めようとする。大通りへ向かう道へは先回りされて進むことはできない。人数を駆使して追い込んで確実にヤル気だ。




「この先行き止まりですッ!!」



 土地勘を持つミッキもそのことに気づいたのかそう叫ぶ。






 不味いと思いながらも、周りを見回してこの状況を打開しようかと考える。



「……ッ! こっちだ!」




 建物の壁に沿って並ぶ棚を見つける。


 突き出た部分に足を掛け、その平屋の建物の屋根に登った。



「ここから逃げるぞ、手を貸せ!」


「は、ハイッ!」



 追っ手は全力疾走でこちらへ向かってくる。ミッキは体を伸ばすように俺の手を掴もうとするが届かない。その後ろから追いかけてくるその姿に焦りながら声を荒げていた。




「ほら早く手を!!」


「くぅっ! と、届かない……!」





「ヤバいヤバい! 勢いをつけて、思い切って飛べ!」

 


 文字通りすぐそこまで来ている。最後のチャンスだ。



 身を乗り出すようにミッキへと手を伸ばし、何とか勢いをつけて跳躍したミッキの手を掴む。




「ッし、フンッ!」





 間一髪、ミッキの足に刃物が触れる前に、引き上げることができた。すぐさま並んでいる棚を蹴飛ばして倒し、登って来れないようにする。





「あ、ありがとうございますっ」


「感謝は後だ、早くここから逃げるぞ!」





 追っ手のいないバレなさそうな小道へと降りて再度走り出す。とりあえず人通りの多いところへ向かいたい。


 振り返ってみれば、数人のその黒服の人はいない。逃げ切れたのかと、内心安堵するも恐ろしい気配を感じ、夕焼けの中とにかく走り続けた。











============





「見て! エルディア・カネス様じゃね!?」



「うわマジじゃん! 髪綺麗だなぁ、ウチもあんな髪色になりたいよぉ」





 デヴァステーションの学校にはエルディアの姿があった。いつもは公安隊の隊員として兄のエルモを支えているため、学校側は特別措置として少ない出席日数でも良いことになっている。


 


「ん、あれ?」


「どした?」




「なんか雰囲気が違うような感じがする〜」


「えぇ〜? あまり見ていないからそう感じるだけじゃないん?」

「ウチもそう思う。あっ、でも見てよ、首にあるネックレス。キレイ〜」






 庄屋がここを出てから三日ほど経った。昨日の夜、13回ほど通信をしようと試みたが、接続することはなかった。そのことにエルディアは心配と不安であった。


 「もしかしたら向こうで何かあったのかもしれない」とか「我のことが嫌いになったのか」とか。エルモに聞いていれば「疲れているからかなぁ」なんて言っていたが、もしかしたら……?



 そんなことを考えていると目の前からくる男に気づかなかった。





「よぉ! エルディア、お久しぶりじゃん」



 アインシュ・ゲイル。中肉中背ではっきりとしない姿。だがその表情を見れば気味悪く、醜悪な目つきであった。


 今も隠すことなくエルディアの胸から足にかけて視線を動かす。




「…………ッチ、貴様、我の目の前に来れるな?」


「何だよぉツレないなぁ。あ、庄屋が死んだことで悲しんでいるのかぁ? オレが慰めてやろっか」



 庄屋が生きていることをアインシュ・ゲイルは知らない。ただ、そんなことなんてどうでも良いのか、真偽を確かめることはなかった。


 今、頭の中にあることは『新しい女が欲しい』『エルディアを犯したい』とかいうことで、下半身に脳があると言っても過言ではない。





「我に構っても面白くないぞ」


「ハハッ、でもそっちの方が──があるなぁ?」


「何を言ってるんだ? 我はすでにぞ」




「ハッ、強がんなよ。ヤったこともないくせに」


「貴様は人の弱みを握ることでしか共鳴できないのに片腹痛い。あぁ、貴様に友はいなかったな」 





 勢いと激しさを増した口論は、周囲にいる人へ伝わり観客を作る。ただ、2人への反応はそれぞれ異なっていた。

 

 アインシュ・ゲイルの悪評は学校中に伝わっている。テストの成績、授業への出席率ともに悪く、気に入った女はどんな手段を使っても手にいれ、飽きたら捨てる。

 女をモノとして、自分以外の男は「自分」という名のストーリーの脇役として。そんなヤツの肩を持つ人なんていないだろう。



 

「ッチ……まぁ楽しみにしとけや」




「……あっ、ちょっと待て、最後に一つだけ伝えたいことがあるんだった!」





 アインシュ・ゲイルはその視線に耐えられなくなったのか足早に去ろうとするが、エルディアに呼び止められる。


 流石に無視することはできなかったのか、あるいは「もしかしたら」があると思ったのか、足を止める。






















 アインシュ・ゲイルはその時見たエルディアの顔を忘れることはないだろう。





 先程まで自分に向けた嫌悪の顔が、変わっていく様を。

 その口角は三日月のようにあがり、目が細くドス黒く輝かせて──




「──庄屋の彼女を奪ってくれて、メチャクチャにしてくれて、感謝するっ……!」




 悪いと分かっているのか、眉が笑みを隠すように八の字に動く。




 しかし狂気的に喜ぶようなその声色はホンモノであった。エルディアの心の中で純粋に喜び、歓喜し、そして感謝をしている。











 恐ろしい。

 アインシュ・ゲイルは今まで体験したことのない恐怖と衝突したような感覚になった。




 教室へ向かうエルディアと対照的にアインシュ・ゲイルはなぜか体が動かなかった。












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