観客席に座って、感情を理解することなんかできる訳がない
影響を受けたカフェとこの国
近所から騒音の響くアパートの狭い部屋で、時計の秒針の音が響く。
ただジッとその動く秒針を見つめていた。今はただ何も考えたくなかった。何も感じたくなかった。病人にとっての固形物のように、どんな人の声だって刺激的で恐ろしかった。
アイツが死んだ。アイツが死んだ。アイツが死んだ。
ただそのことだけが、頭を支配する。なぜ、なぜ、なぜだッ!!
会った時、そんな様子ではなかった! いつも通りの、どこかのらりくらりとした、いつもの……いつものアイツだったじゃないか。
時計の音が聞こえる。今はもう午後の2時を過ぎた。もう一度寝てやろうか、なんてもう寝れないのに。
なんでなんだ。
俺には分からない。天才の思考など分かるわけがない。でも知りたいのだ。何を思ってアイツは死んだのか。
ふと机の上のディスクの入ったケースが目に入る。
アイツが残したもの。「イロモノ」のリメイク。
これはなんだ。死にたいと思った人間が作れるものなのか? なんで俺に渡した?
頭の中がグチャグチャになって、分からなくなった。
手に取ってみて、頬に触れさせてみる。嗅いでみる。アイツの香りが残っている気がした。まだ近くにいるような感じで、涙が出てきたのだった。
数日前アイツが死んだ。十数日前アイツに会った。過去に戻りたい。過去に戻ってアイツを止めたい。アイツの家に行って、自殺を止めたい。話したい。もう一度会いたい!!
秒針の音は絶えない。一秒一秒必ず刻んで元に戻らなかった。
『──い──夫─?』
後悔しても遅いというのは分かっている。
「──おい──」
お願いだ……俺を一人にしないでくれ。もう嫌なんだ。
「おい!」
その声と車の揺れに反応して目が覚める。
頭が痛い。ただ、その夢ははっきりと覚えていた。またあの夢だ、と。
この世界に来てからも、頭の中にある記憶は決して消えない。特にこの夢は、俺の人生の絶望の始まりの瞬間を鮮明に映していて、今でも悪寒がするのであった。
「──随分と、うなされていたみたいだが……大丈夫か」
車の外は、乾いた風が吹く礫砂漠が広がっていた。道路一本直線に伸びるだけで、人一人見えない。乾燥した土地なのはデヴァステーションと変わらないが、この様子だと結構遠くまで来たみたいだ。
「……いい夢を見たんだよ」
「そう、か。まだ到着まで時間がかかる。ゆっくり寝ていろ」
「あぁ、そうするわ」
お言葉に甘えてもう一度目を閉じる。
日差しが強く、寒くないはずなのに、少し肌寒かった。なぜか暖かいモノに包まれたかった。
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騒がしい声が、聞こえてきた。
「もうそろそろだ。起きろ」
「ん……あぁ、ここが……クァーラン王国、か」
先程までの外の景色とは打って変わっていた。
「そうだ。厳密にはまだ王国に入ってはいないが、変わらんだろ」
建物が乱雑に並び、多くの人が市場を行き交う場所が見える。既に何人かの人は進む車の横を通り過ぎた。
「すげぇ……なんか感動するなぁ……」
その王国に近づくにつれて、より全体が見えてくる。日干しレンガのような物で作られた建物があり、まるで歴史的建造物のように思える。よく見ると市場では、おそらくトマトが売られており、市場はメキシコの雰囲気にどこか似ているなと感じた。
メキシコ行ったことないけど。
「というかめっちゃ見られているな。やっぱり車って珍しいのか?」
「そりゃあ、街の技術の塊だからね。他じゃ簡単に作れないのさ」
ここの国民が車の方を見ていることに少し恥ずかしさを感じる。どうやらエルモはそんなことなく、むしろ喜んでいるようにも思えるが。
ある程度、国の中心に向かうと、徐々に道が狭くなる。恐らく、こちら側は住宅街で、馬車のような乗り物は通らないのだろう。エルモは人が少ない場所を見つけると車を駐めた。
「人に注目されるのも悪くないな」
「少し恥ずかしかった……俺の住む場所ももう決まっているんだったか」
「住む場所もお金もちゃんと用意している。一ヶ月のバカンスだと思えばいいさ。あぁでも……」
「どうした?」
「何でもない。外に出ようぜ」
シートベルトを外し、車のドアを開けると、強い日差しと共に強い風を感じる。なかなか慣れない気候だ。
エルモはポケットからサングラスを取り出して周りを見ている。俺も持ってくればよかった。
「そうだ言い忘れていた。それと、新しい環境で慣れないこともあるだろうし、生活のサポートをしてくれる人も雇っているからね」
「今更かよ、嬉しいけど言われてない」
「言い忘れていたからな」
急な報告に呆れる。コイツはどこかこういうところがあるらしい。
「……んで、どこで合流するんだ?」
サングラスをかけたまま、親指を立てて方向を指す。その方向を見ればお洒落なカフェがあった。
「まさかそこ?」
「いやぁ〜ここのカフェ、人気だから行きたいと思ってたんだけど、ようやく行ける口実ができたよ」
旅行気分だなと、最初は変わらず呆れたまま聞いていた。ただ、その言葉にハッとした。エルモを横目に、緊張をほぐす。
自分でもわからなかったが、無意識のうちに戦う心構えでいたのだ。この世界で生きて、ついてしまった悪い癖だ。
頬を両手で叩く。いつまでこのままでいるんだ、と。
「……? どうした?」
「いや、何でもない。もしかしたら、もう待っているかもしれないから、荷物を持って早く行こう」
「ああ、そうだな。行くぞ」
もう、良いんだよな、俺。
痛い思いも、辛い思いもしなくて良いんだよな。戦わなくて、背負わなくて良いんだよな……なんて。
そう思うと少し心が軽くなる様な気がした。
ようやく
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「いらっしゃいませ〜」
引っ越しの荷物を持ったまま中に入ってみると、その言葉と入り口のベルと共に、涼しい空間に迎え入れられる。店内は意外と綺麗だった。失礼かもしれないが、雑に椅子が置かれているカフェと勝手に想像していた。奥行きもある。
よく見ると、小さな人形などの小物だったり、壁にはブーメランのような物も置いてあったり、味のあるカフェだった。人気な理由も分かる気がする。
気になったこともあったのでエルモに聞く。
「言葉通じるんだな」
「訛りや方言はあるが大抵は通用する。庄屋の故郷も同じ言語だろ? その国独自の言葉を使っているヤツらもいるが、そっちは少数派だな。っと」
エルモは店内を見渡す。目的の人はもう来ているのだろうか?
「生活の補助をしてくれる人はもう来ているのか?」
「パッと見、まだだな。このくらいの時間に集合って話だったんだが。まぁ文化の違いだな。席とって待っておこうぜ」
四人席のテーブルの椅子に座り、近くに引っ越しの荷物を置く。エルモは座った途端、メニュー表を手に取り見つめ始めた。
「……そんなに楽しみにしていたのか。ここの料理」
「ここの国の料理は『ザ・エスニック』って感じで、たくさん香辛料が使われてるんだ。帰ったら食べられないからね」
(忘れてたが、コイツは料理のことになると人が変わったようになるんだよなぁ)
エルモはいつも真面目で責任感がある一方、「食」にこだわりを持っていて、食べるのが大好きだということを思い出す。
以前も、街で一緒に「(血糖値で心臓が)ドキドキ♡食い倒れキャンペーン〜地獄の沙汰も金と胃袋次第〜」とかいうアホんだらなことをした。もう二度としない。
「お前はどうだ? 俺の奢りだ、気にせず頼め」
「少しお腹減ってるし、そうさせてもらう……なんか高くね?」
メニュ表に書かれていた値段を見て、思わず呟く。物価は安いという話だったのに、何かおかしい。街でもこの値段なら良い店の一品に相当する。
そんなことを気にせず、エルモはメニュー表を見つめる。
やはりコイツとは金銭感覚が違うのだろう。と、なれば遠慮なく注文してもそこまで罪悪感はない。
「決まったか?」
「『クラブペッパー』とかいうカニ料理で」
ここは一番高いモノを注文しよう。なかなか食べられるものじゃないし、カニなんて食べたことないからな。
「おぉ〜なるほどな。ただ、残念だったな。正解は『ソーセージカレー』なんだよなぁ。バカ」
「えぇ……」
「何でも高いものが正解ではないんだ。すいません、注文を──」
いつまで経っても食のこだわりはよく分からない。
一番高いものが一番美味しいんじゃないのかと、疑問に思いながら、ひとまずここの料理を楽しみにするのだった。
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「──こういう味なかなかないんだよなぁ。向こうでもこんなスパイシーなカレー屋が欲しいな」
「美味い、美味しいけど、うん。想像していたものとは違った」
スパイスの効いたカニの料理を食べてみて、美味しいけども「これじゃない感」を感じながらも、完食した。エルモの料理の方が美味しそうだったとだけ。
まぁ確かに値段が一番高いものが、一番美味しいというわけではなさそうだ。サービスは良かったからまた来たいと思う。金があればだが。
「それにしても遅いな。いつ来るように言ったんだ?」
「もう来てもおかしくないんだが──お、来た来た」
入り口のベルの音が客の少ない店内に響く。
見ると、髭の生やした背の高い黒髪の男性が立っていた。目はここからわかるほど青く輝いている。褐色の肌であることを考えるとこの国の人だと思う。
「オオッ! すみません、遅くなりました!」
急いで駆け寄ってくる彼が、俺の生活をサポートをすると考えると少し不安になる。
「とりあえず席にお座りください。どうしたのですかミッキ」
「いやはやいやはや、そういえばと思い出しまして……」
「?」
「もしかして、純粋に遅刻したんですか……?」
「イ、イヤイヤイヤ! 違いますよ!」
「あ〜、まぁ、うん。そういう時もありますよね」
(しょんぼりとする彼をあまり責める気はしないが……)
とりあえず、席について一息ついてもらい、「ミッキ」と言われた彼の話を聞くことにした。
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「ミッキ・ジャナナさん、でしたか。まぁ文化の違いなので気にしてませんよ」
「すみません、本当に」
名前はミッキ・ジャナナ。
この国の出身の方で、他の国の人の移住や旅行のサポートをするコーディネーターのようなことをしているとか。
今日遅れた訳は、純粋に遅刻らしい。俺達が街の人だと思い出したという。
どうやらこの国は、昼間が長い時期になると、その分時間がルーズになるらしい。確かに、地球でも赤道近くの昼間が長い地域は、時間にルーズだと聞いたことがある……まぁ普通は夏も冬も時間の感覚は同じような気はするが。
「とにかく、この方が庄屋の生活をサポートしてくれる。何か困ったことがあったらミッキに聞いてくれ」
「私にお任せください! この後は庄屋さんの寝泊まりする場所へ向かいましょう」
「それじゃあ、一ヶ月よろしくお願いします、ミッキさん」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします。それと私のことは、ぜひ『ミッキ』とお呼びください。お荷物は私も持ちますよ」
「よし、それじゃあ俺はここいらで帰るわ」
エルモが車のキーと財布を取り出し、席を立つ。
「帰るのか。一晩この国で泊まるのかと思ったが」
「そうしたいが、用事もあるからな。残念ながら公安隊の隊長は忙しいんだよ、しかも今は。会計は済ませておくから」
そう言って、エルモは店を出て行った。ここまで来てすぐ街へ帰るその姿はまるで「中国大返し」だな。授業で習ってぼんやりと覚えているやつ。
その後、俺はミッキ・ジャナナと共に店を出た。そのまま俺が一ヶ月間生活する場所へ向かうのであった。
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国の中心に行けば行くほど人が多くなり、『街』の中心のように、活気の溢れた場所が広がる。
建物の多くは、低層階が石積みでできており、その上は日干しレンガでできていた。その建物の横を通る時、さりげなく触ってみれば、風に飛ばされた砂の粒が表面についたのかザラザラしていた。
周りを見れば行き交う多くの人は褐色肌で、俺の存在を珍しそうに見ている。恐らく、デヴァステーション出身であることを分かっているだろう。
「視線、気になりますか?」
ミッキ・ジャナナさんから、そう心配される。確かに、ジロジロと見る人も中にはいて、あまり心地良いものとは言えないが、いつかの日と同じような感覚で、実は慣れていた。だからどうしようもなく嫌というほどではない。
「いえまぁ、人に見られるのは慣れていますので」
「そうですか……そうでした、ぜひ敬語はおやめください。私としても少し恥ずかしいといいますか」
ミッキ・ジャナナさんは胸を撫で下ろすと、話題を変えるようにそのように提案した。俺としては別に良いのだが、そんなに敬語を使われるのが嫌だったのか?
どこか周りの目を気にするようなミッキ・ジャナナさんが気になった。
「そう、ですか。んん、じゃあ、分かった。これでいい……か?」
「ぜひそれで、お願いします。それと二度目になりますが、私のことは、ミッキと」
ミッキ・ジャナナ──ミッキからの提案を受け入れ、敬語の状態から普段使いの状態に戻す。
「それにしても意外ですねぇ。『街』の方から一ヶ月間観光する方が来られるとは」
「観光も兼ねてるけど、向こうで色々あって、公共の恩恵が受けられなくなったんで」
「噂には聞きましたよ。そっちのお偉いさんが何やらやらかしたと」
「やらかしたどころか、『街』の人間が操り人形になるところだったな……」
「それは、どういう状況で……?」
そんな話をしながら、左右に分かれる複雑な道を行く。
人通りも少なくなり、先ほどまでは比較的整備されていた道や建物の塗装も、明らかに経年劣化しており、どこか不穏な空気があった。
しかも、道中で喧嘩の声や誰かの泣き声が聞こえてくる。活気のある町並みはどこにいったのだろうか。本当にここら辺にあるのかと心配になった。
しばらく歩いているとミッキはとある建物の前で止まる。
「ここです……ここの103号室ですね」
「なんというか、あまりこういうことを言うのも良くないのかもしれないが……絶妙に欠陥住宅では?」
平屋のアパート、とでも言うべきだろうか。それよりは仕切りと屋根のある物置小屋の方が正しいのかもしれないそこは、住む場所として決して十分なモノとは言えなかった。
「それと、エルモ様からこのタイミングで伝言するように言われております。『悪いけど、土地の価格上昇による下級と中級の富裕層の移住でここしか確保できなかったわ。すまん。許せ』と」
「……そんなことがあったのか」
「最近の値上がりで黄金族の大移動なんていうことが起きてしまって、それでここしか無かったのかもしれません」
「それは、仕方ないにしても、これは……」
なんというか、街に住むことがどれだけ恵まれていたのか気づいた。
街に引っ越す前の故郷もそうだが、前の世界の価値観のまま住んでいて、なんら問題が発生しないことって別に当たり前じゃないんだよな。
「あの……もしよろしければ、私の家で過ごすことも出来ますが……?」
「……いや、別にこういったところでも、俺は大丈夫だ」
「近隣の騒音も大変でしょうし、遠慮はしなくて良いのですよ」
「ありがとうな。ただエルモの行動も無下にはできないしな。本当にしんどい時頼らせてもらうわ。確か明日、市場の方へ行くんだったか?」
「はいそうですね。ぜひ美味しいものを食べに行きましょう」
「ああ……そうだな。じゃあ、また明日」
ミッキの持っている荷物を受け取り、103号室へ向かう。「八面荘」と言うらしい。どこか懐かしいような雰囲気で、入ることにそこまで抵抗はなかった。
============
中は思っていたより綺麗だったが、前の世界の感性を持ったままだと不愉快に思う人はいるかもしれない。とにかく本当に最低限寝泊まりするのに必要な環境が揃っていた。
整頓はまた明日。荷物を適当に置いて、備え付けの木製ベッドに布団も敷かず寝てみる。ゴツゴツして痛い、がこれがこっちの主流だという。ふかふかのベッドはお金持ちじゃないと無理だと聞いた。洗濯も大変だしな。
『あんたまた遊びに行ってたね!?』
『ひぃぃ! 許してくれぃ!』
なんて声が隣から聞こえてくる。確かにこれは慣れるまで時間がかかりそうだ。似たような環境で過ごしたこともあるが、それよりも酷いと思う。
どこか隙間があるのか少し風を感じる。それに、この騒音だ。ただ、石とレンガでできているから、耐久性は大丈夫なはず。
「……なんか疲れたなぁ」
今日俺は何もしていないはずなのに、やけに疲れたのはなぜだろうか。
木の感触が少し滑らかで冷たくて心地よい。このまま寝られそうだ。せっかくだし、このまま寝てしまおう。
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