親愛なる我が盟友へ
「ただいま」
「盟友と兄上、少し遅いではないか。我をあまり心配させるな」
エルディアに遅くなったことを詫びつつ、移住の準備をする。さっき看護師から聞いたが、明日まではこの病室を使わせてくれるそうだ。今日寝て、早朝にその王国まで送ってもらうことになった。
「エルディア、買い物に行こう」
一通り準備が済んだところで、突然エルモがそう言う。
「買い物? 盟友の必要なものでも買いに行くのか?」
「いや、エルディアが前欲しいと言っていたネックレスを買いに行こう」
エルディアがネックレス?
そういった装飾品について興味がないと思ったが、意外にもそうではないのか?
私服は、いつもダサいロゴのシャツを着ているものだから、想像がつかない。
「ネックレスか。あれ? そういえばペンダントはどうしたんだ?」
「あれか、捨てた」
「捨てた!? 大切そうにしてたのに」
「あのペンダントは元々、父上……いや、アギ・リクから貰ったもの。大切だが、それには邪念がある。過去の己への決別をしたのだ」
そのペンダント、は写真の入るいわゆるロケットペンダントだった。ペンダントの中には確か、エルモ、エルディア、そしてアギ・リクの三人が映った写真が入っていたはず。
自身を殺そうとしたとはいえ、やはり父としての存在もまだ残っているのだろう。兄であるエルモと同じように言い換えたところを見ると、やはり兄妹だなと思ってしまう。
「ただ、首周りが寂しくなってな。それより……盟友は行くのか?」
「うん、まぁ、エルモがいいって言うんなら。ほら、俺はあんま外出しないほうがいいだろ?」
「まぁ、ぶっちゃけるとあまり外には出ないほうが良いのだが……」
エルモはチラッとエルディアを見る。
「むーっ」
何か物言いたげなエルディアを見て、何か思ったのか、少しの沈黙の後、首を縦に振った。
「……よし、その代わり、顔を見られないようにしろよ? あと買い物は素早く済ませること、わかったな?」
「そうか、行こう。時間もあまりない、すぐに行こう」
「お、おう」
謎のエルディアの勢いに驚きながらも準備をする。
正直、エルディアとの買い物は悪くない。見たことないものには驚きながら聞いてくる。表情豊かで面白い。
頭の片隅には、表情を変えず偉そうに知ったかぶりをする友人の顔が見える。アイツもアイツで面白いが、どちらかというと滑稽という意味である。
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車を降りて、セレクトショップまでの道を歩く。
エルモとエルディアは変装しても髪色のせいで目立つので、俺はあいつらの十メートル後ろを歩いている。いわゆるミスディレクションのようなものだ。
すでに夕方。ここらはブランド物が売られているところで、幸いにも通行人はカップルしかいなくて、少なかった。
ふと後ろから二人を見ると、美男美女でお揃いだという気持ちになる。もちろんあいつらがそういう関係ではないのはわかっているが、見ていると次第に、自身の存在に疑問を持ってしまうのだった。
「『イロモノ』の世界」のサブキャラなのはわかっている。ただ、妬みというか、彼らを見ていると前世の記憶が蘇る。
どこか、あの底辺を味わいつくした生活と本質は変わってないような気がしてならなかった。
「あっ、入っていった。そこか、店は……」
店の扉の前にやってくると、身の毛がよだつ。
晩御飯を食べに行こうとしたあの時。もらった現金を片手に、ブランド物が並ぶ店の前を通った時の感覚は今でも忘れられないのだった。
「入るか」
我を忘れていたが、気を取り直して店の中へ入る。
店内は、商品が照明の光を反射させ、どこを見ても光り輝いて、少し目をやられる。
「盟友」
入って早々、エルディアに声をかけられる。
「うおっ、ビックリした。エルディア、もう決まったのか」
「違うんだ。一緒に……決めてくれないか?」
「一緒に?」
周りを見るとエルモの姿はない。自分から買い物に誘っておいてどこかに行くとは。まさか俺に支払いを押し付けたとか?
まさかと思いながらも少し不安になる。
「正直、俺こういうのに詳しくないぞ? エルモに聞いた方が良いんじゃないか?」
「一ヶ月近く会わなくなるだろう? 盟友との
「いいけど、まぁ、うん」
そこまで熱心に言われたらそれに応えるしかない。といってもエルディアに似合わないモノを探す方が難しいだろう。ダサいロゴのシャツだって、なぜか様になっている時もあるくらいだ。
一緒に店内を歩いて眺める。純金やプラチナのネックレスは素人目で見ても素晴らしかった。なんというか身につけている白のバングルが情けなく思うくらいには。
視界に入ってしまう値段も良くない。二つの意味で目を閉じたくなってしまった。
「綺麗だな、やっぱり」
「……そうだな。盟友は、我に……こういうの着けていて欲しいか?」
値千金の輝きは、普通に考えたら、どんな人でも輝かせるだろう。エルディアにも似合うはず、そのように一瞬思ったが、どうも想像できない。
よく考えたらその原因がわかった。
「……いや? 蛇足になるな」
「蛇足、か……どういうことだ?」
「このネックレスの輝きより、エルディアの方が輝いているんだ。身に着けたって意味がないだろう?」
こういう誰が見ても値段の高いと感じる商品やブランドは、エルディアみたいな本当に綺麗で価値のある人には似合わない。その輝きが邪魔をして、ただの安っぽい飾り物になったり、どこかマイナスな印象を与えてしまう。
「む……んぅ………」
「どうした?」
「……なんでも無い。他のやつも、探すぞ」
そう言ったエルディアは、俺の右手を、その左手でそっと握って歩き出した。
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「決まったのか?」
一通り店の中を回り、気に入ったものが決まって少しした後、エルモがどこからか現れる。
「まぁ……なんとか。というか急に消えて急に現れるなよ」
「ハハッ、急にトイレに行きたくなったんだよねぇ。それで、どれを選んだの?」
なんだろう、このエルモの違和感。特に問題はなさそうだが。
「エルディア、さっきの場所まで行こう」
「あぁ、ついてくるんだ兄上」
俺たちはとあるショーケースの前まで向かう。
金やプラチナの輝きが目立つ中、一つ、異なる輝きを持つものがあった。周りには他と同じようにネックレスがあるはずなのに、一見どこか孤立したように見えてしまう。
それは、緑の輝きを持つネックレス。
ティアドロップ型のエメラルド、銀のダブルチェーンが輝いていた。他と比べると確かに、派手さこそないが、その精巧な作りに驚く。
見たことがなかった。俺の知見が無いだけなのかもしれない。ただただ、素晴らしいという感想しか見当たらなかった。
エルモはしばらく黙って見つめていた。
「どうだ兄上、奇麗だろう?」
「ん? うーん……」
「えっ、と……あまり奇麗じゃなかったか?」
想像していた反応と全く違、芳しくない反応に戸惑ってしまう。
「あぁいや、お前たちがいいってんならいいんだが」
「む、何か問題でもあるのか? 我も盟友も素晴らしいと思ったぞ」
「う~ん、値段が、な」
まさか値段のほうを見て悩んでいたのか。
確かに、いくら何でも高いものは気が引ける。俺のものではないが、選ぶ以上そこは考えた。ただ、どうやら単純に高くて渋っているようではなさそうだ。
「二万……すみません。店員さん?」
エルモはとうとう店員を呼ぶ。
値段は確かに高いと思うが、この店で言えば安いほうだ。何か引っかかったのだろうか。
「どうかなされましたか?」
「この商品、どこで仕入れたんですか? これ、エルフのところのやつですよね? ならばもう少し高くなるはずでは?」
エルフ。
よく創作物に出てくる種族だと認識しているが、「イロモノ」には出てこないはずだ。エルディアは、エルフのネックレスということに驚いていたが、俺は別で驚いている。
店員は、「よく分かりましたね」とエルモを褒めながら、その事情を話した。
「実は、ここだけの話、この商品はこの街に住んでいらっしゃったエルフの方からお譲りいただいたものなのです。ただ、製作者が分からなかったりするので、少しお安くなっております」
「へぇ~……そうか、この魔術装飾の機能は
「そうですね、はい。通信元とは完全に切断いたしましたので、魔力があれば通信を利用することが可能です。もちろん、利用者に害がないことも専門の方に依頼して確認いたしました」
「いいじゃないか。エルモはどこが心配なんだ?」
「杞憂か……じゃあこれでよいのか?」
その問いに、エルディアは元気よく首を振って答える。
「ではこれで」
店員は、「かしこまりました」と一言といってそのネックレスを取り出す。それをエルディアは目を輝かせながら見ていた。
(というか今更だが、なんで俺はエルディアとネックレス選びなんてしているのだろうか)
そう一瞬思ったが、聞くほどのことではないと、そのまま頭の中で消化した。
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次の日の早朝、クァーラン王国へ行く支度をした俺は、エルモが待つ駐車場へ向かう。クァーラン王国までは車で送ってくれるという。
支度といっても、タグラグル・スケッチの入ったジュラルミンケースと白のバングル、飲み物、服、あと魔術装飾された石。
他は向こうで買う予定だ。お金は今まで貯めてきた少しのお金とエルモから渡された大金──向こうの物価なら数ヶ月は滞在可能──だ。
というか、ここ最近エルモに感謝することばかりだ。恐らくエルモは、先日のことの反省もあるのだろうが、それ以上のことはしてもらっている気がする。
「って、エルディア。お前もいたのか」
車のそばに、エルモだけでなく、エルディアもいた。昨日購入したネックレスが、首元で緑色に輝いている。
「盟友の見送りも我の務めだ。一ヶ月、向こうでも頑張るのだ」
「はいよ。お前も頑張れよ、って、いつでも会話できるんだがな」
「フッ、コレでな……買ってくれたこと、感謝するぞ兄上」
「あ〜はいはい」
エルディアは、首につけたままそのエメラルドを掌にのせる。俺もカバンの中に入っている魔術石を取り出す。
『聞こえるか?』
『聞こえる。じゃあ行ってくるわ、エルディア』
遠くに行っても会話できるということは、実は凄いことなのではないかとこの世界に来て何度も思った。もちろん街の中に電話はあるが、それは街の中だけ。他の国には無いのだ。
「お二人さん……すまんがそろそろ行く時間だ。庄屋、乗れ」
「ああ」
「気をつけて。必ず帰ってくるんだぞ」
「死にに行くわけじゃ無いんだから」
少し寂しくなるが、今はここにいるより向こうのほうが安全なのだ。といっても、向こうで普通に生活する穏やかな日々を、一ヶ月過ごせば良いだけなのだから。
車を発進させると、エルディアの姿は徐々に小さくなる。その姿は車が角を曲がるまで消えることはなかった。
============
姿が消えると、一瞬にして陰鬱な気持ちが襲い掛かる。
(声が聞きたい、姿を見たい。話したい、身体に触れていたい……!)
無意識のうちに、ネックレスを掴んでいた。今はまだ、早い。別れを言ったのに、みっともない人間だと思われてしまう。
街にある駐車場の、誰もいない静かな空間に一人、我は何も言わず、ただ立っていた。
涙が出てきた。今生の別れでも無いのになぜだろうか。
もちろん、庄屋を好きなのも理由だ。
四六時中、一挙手一投足を見ていたいくらいには好きだし、何でも言うことを聞いてしまうくらいには愛しているし、我と共に選んだこのネックレスが自分の子のように思えるくらいには脳が壊れているが、別におかしなことでは無い筈だ。
逆に、それほど好きだと考えれば涙も出てくるものか。この涙は「
親愛なる我が盟友へ
庄屋のこと、「庄屋」と言えなくてすまない。我も、呼んでみたいと思うのだが、面と向かって言うのは恥ずかしくて、変えることができないのだ。
クァーラン王国がどんなところかは分からないが、必ず帰ってきてくれ。一ヶ月経ったら必ず帰ってきてくれ。
一ヶ月とちょっとは我慢してみせる。それ以上は無理だ。お前を襲う。
お前が帰って来れるように頑張る。とりあえず、明日、犯罪集団を消す。料理の腕も上げて待っている。居心地の良い空間を作って待っている。必ず帰ってこい。
我の理解者である庄屋。お前の理解者でいたい。帰ったら色々教えてくれ。向こうのこともそうだが、やっぱりお前のことが知りたい。
好きなタイプ、好きな料理、好きな場所、辛かったこと、嫌な物、生きる苦しみ、悲しい記憶。
なんで盟友は、時々酷く悲しむのだ。なんで盟友は、我に優しくできる。なんで盟友は──そこまで、腐っているのか。
なぜ、誰のせい?
たくさんの想いがあってすまない。でも、あの時消えた恐怖は、別のモノになってまた我を苦しめるのだ。この気持ちは必ず伝える。
知りたい、伝えたい。だから必ず帰ってこい。
そしてまた我に、その偽物の笑顔を見せてくれ。盟友である庄屋、愛しているぞ。
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