厄物『タグラグル・スケッチ』

 



「何だコレ。銃?」



「ゆっくり触ってみろ」




 ホームセンターを出て、エルモの車がある駐車場まで向かい、渡されたジュラルミンケースの中を見ると、回転式拳銃、いわゆるリボルバーのような銃が二丁が入っていた。


 一瞬宝石のように錯覚した。それぞれ赤色と水色っぽい色をしているのだが、どちらも宝石のように輝いている。




 よく見てみると、赤の方は血やルビーのような輝きを持ち、水色の方はグレイシャーブルーを彷彿とさせ輝いて見えた。



 そしてどこか近未来的で角張ったフォルム。






 言われた通り触ってみる。水色の方は少しひんやりとした気がするが、なんてこともない。両手に取ってみるとどこか馴染む。軽いし、本当に銃なのかと疑ってしまう。


 どこか高級そうで落とすと怖い。すぐに元のジュラルミンケースに戻した。



「ポッケの中に何か入っているか?」


「えっ? 急にどうした」


「弾丸があると思うから取り出してみろ」




「はぁ? んなわけ──えっ、なんで?」



 右手の方のポケットに手を入れると何かがあった。取り出してみると確かに弾丸だった。六発、氷の色に輝いていた。まさかと思いジュラルミンケースを持ち替え、左のポケットを探すと、あった。ルビーと見間違えるような弾丸が。




 確かにある時から違和感があった。しかし、俺のポケットに誰も入れていないはずだ。



「一応気に入られたんだな、よしよし、良かった、良かった」


「おい、まるでこの銃が生きているような発言だな……まさかとは思うが」


「そのまさかで、そいつらは曰く付きの呪われた銃だ」




「……クーリングオフできるか?」





 俺は嫌な予感が当たったことに頭痛を感じる。嫌な予感、それは「呪われた銃」であること。







 ジュラルミンケースを改めて見ると、妙に埃っぽい部分があったり、古いケースのように感じさせるものだった。



 わざわざ呪われた銃を取り出して新しいケースに入れるなんてことはしないはずだ。当然、こんな感じにもなる。




「安心しろ。今のところ確認されている呪いで使用者の命を奪ったことは無いな」


「今のところ……な」

 



 大変なものを受け取ってしまったと後悔する。


 銃に限らず、呪われた武器や道具は、使用者に対して一定の制約を課したり、代償を要求したりする物がある。中には強大な力と引き換えに、使用者の命を奪ってしまうものもある。


 「イロモノ」では、そのような武器を使ってRTAをする者もいるが。この銃は見たことない。






「あぁ、でも、今までに調子に乗って手に取った馬鹿が凍傷で怪我したり、片腕無くなったりした事件があったらしいな」


「え」


「まぁ、俺が隊長している時、そういうこと起きないようにしっかり管理しているから」




 だから最初に「ゆっくり触ってみろ」と言っていたのか。その段階で気づけば受け取ることもなかったのに。




「気持ちの問題だ……今からでももう一度普通の銃を取りに行かせてくれよ」


「残念ながらお前に支給することはできないな」


「なぜ?」


「だってお前、銃壊したじゃん」


「……まぁ、そうだが」




 思い出すはアギ・リク戦。あの時、確かに俺は貸し出された銃を使っていた。結局、戦いの影響で壊れてしまった。

 この街ではすべての銃は管理される。そして貸し出しのルールに、貸し出された銃を壊した者は、一定期間使用禁止というモノがある。




「銃の貸し出しのルールだ。庄屋だけ特別ということはできない。ただ、『呪われた銃』は扱い的には、銃ではなく厄物だ。まぁ時が過ぎるまで代わりにそいつらを使ってやれ」


「一応聞くが……この銃ってどんな呪いと効果を持ってるんだ? さっき氷の方を持った時一瞬冷たかったが、特に問題はなさそうなんだが」




「呪いの効果が書かれた厄物記録によると、その氷の方は、適性者以外が持つとさっき言った通り凍傷とかだ」


「凍傷?」


「ああ、そうだ。皮膚とくっついて手が取れなくなったこともあったらしい。赤い方はよく分かっていない。ただ、そいつらは二つで一つだ。離して置いても次の日には同じ場所にあるらしい」




 そんな話をしながら、エルモは人差し指で車のキーをクルクル回す。駐車場には俺ら二人しかいないようだ。

 車を持つ人間なんて限られてるし、駐車場を使うほどお金があるやつもなかなかいないだろう。



「そういえば言い忘れていた……そいつらの名前」


「あるのか?」


「あぁ、あるとも。そいつらは──タグラグル・スケッチ。の言葉では『瞬刻の記帳破棄』と言われていた。赤い方がタグラグル、その氷みたいなのがスケッチだ」


 


 

 裏の言葉……おそらく犯罪集団が使っている言葉だろう。厄物の中には、表の世界で知られているものもある。所持していることが特定されないために、言葉を作る。


 しかし、「瞬刻の記帳破棄」とは、随分と大層な名前ではないか。


 




「怖いな。というかよくそんなモノ何も言わず渡せたもんだ」

「ごめんごめん。ただ、そいつらを元々持ってた奴の情報から、庄屋に適性があると思ったんだ。コイツの顔、知ってるか?」




 渡されたのは、一枚の顔写真。太っていることがわかる頬、海賊の船長を彷彿とさせる無精髭。そして目にかかる傷。二つとも瞼が閉じているのはなぜだろうか。



「この写真は、世間を賑わせたチェンチューの顔写真だ。撮影されたのは公安隊が殺した後だ。両目は閉じて撮影している」

「チェンチュー、聞いたことはある。違法賭博をしていた犯罪者だよな?」



「界隈だとかなり有名だな。この話は病院へ移動しながらしよう。車に乗ってくれ」



 駐車場に響くエンジン音。助手席に座り、シートベルトをしめる。




 「チェンチュー」という犯罪者。この武器の持ち主だった人。その人物についてエルモは話し始めた。





============




 チェンチューの名はこの世界に来る前から知っている。「イロモノ」のサブストーリーで登場していた、ということだけだが。



 改めて知るようになったのは、この町で暮らし始めてからだ。


 俺は、ミミレの失踪後、彼女を探すためにこの街の闇に足を踏み入れたことがある。情報屋の「そこにいる可能性が高い」という嘘か本当か分からない話を、藁にもすがる思いで信じてみた。




 結果、いなかった。正しくは、「いたけど今はもういない」だろうか。


 しかし、そこで「チェンチュー」という名を何度か耳にした。


 




 俺が聞いた犯罪者曰く、チェンチューはどうやらミミレと関係があったらしい。「彼女を買った」とか「前にパーティー会場でヤってたのを見た」とかだ。


 そこで、そいつが裏では有名な違法賭博野郎だと知った。





 ただ、結局、一度もチェンチューと出会ったことは無かった。それもそのはず、後で知ったことだが、チェンチューはもう結構昔の人間で、公安隊により殺されたからだ。




 もちろん、そんなミミレを貶す嘘を言った犯罪者は問答無用で公安隊に突き出した。






「チェンチューはただの犯罪者ではない。姿どころか足跡ひとつ残さないうえに、やっている犯罪もド級、違法賭博に殺人、密輸にヤクの取引……まぁ、恐らく全部だ。そうした犯罪で、噂によると一国の予算稼いだとか言われてる」



「その金はどっから来てるんだ? それに、使いきれないだろ。どこかに隠されているのか?」


「多くの金はこの街の外からだ。テレビ、自作の銃、薬物、そうしたものを高い金で買ってもらえるところに売り出してたんだ。金の場所は知らん。見つければ一晩で億万長者だ」




 徳川埋蔵金みたいな話だ。


 犯罪者だが、チェンチューはすごいやつだと感心する。これだけのことをしておいて、その名は裏の世界でしかあまり聞かないとは。


 

「まぁ実際のところ、既に使われた可能性が高い。実際、チェンチューの自宅からは、大量の金、ダイヤなどの宝石から、価値の高いアンティークが発見された。その中の一つがタグラグル・スケッチだ」



「意外と高いんだなこれ」


「高いなんてもんじゃない。タグラグル・スケッチは厄物だが、見た目も性能も最高峰だ。そうだなぁ、ざっと……」




 ハンドルを掴む左手を離し、人差し指と中指で2を作る。




「2、2……200万? 2000万? それとも億か!?」




 柄にもなく声をあげ、動揺する。高額なものなんて転生する前も持ったことがない。少し身体が震えるような感覚になる。




「ハッハッハ! まぁ、具体的な数字は教えないよ。ただ、それくらいの価値があるってことさ」


「こ、怖くなってきたんだが、持つのが……」



「ともかくだ。チェンチューはソイツらがお気に入りだったらしい。その銃、いやその厄物を使って沢山人を殺したんだ」


「呪いは? 俺と同じで効かなかったのか?」


「庄屋ほどでは無いが、致命傷になることはなかったらしいな。ただ、チェンチューの死体の右手は黒く腫れていたらしい」




 致命傷にはなっていないかもしれないが、十分に酷い状態だろう。壊死も考えられる。それでもコレを使い続けたのは、それだけ魅力的な武器だったのか。確かに綺麗だが、そこまでのものなのだろうか。





「そういえば、どうして呪いの効果が少なかったのか言ってなかったな」


「ああ、教えてくれ」



「それはチェンチューには時間に関わる能力を持っていたからだ」


 


「時間?」


「そうだ」




 十字路の赤信号で止まる。周りを見れば、道路を走る車も増えてきた。病院に近づいてきた。

 窓を開けてみると外は良い感じに風が吹いていた。俺を知る人にバレないようフードを深く被る。



「チェンチューは『5秒先を予想できる力』を持っていた。それに一度、公安隊で時間に関わる能力を持っている奴に触らせたことがある。チェンチューと同じで呪いの効果はあまりでなかった」


「まぁ、俺は確かに時間系の能力だが……恐らくチェンチューより弱い能力だぞ?」


「……ん? んと、弱いとは?」



 どこか納得いかない。所詮、銃の武器の呪いなのに、時間系の能力が必要なのは謎である。




「ちなみにこの銃は何か特徴でもあるのか?」


「タグラグルが超ヤバい、スケッチが超高性能とだけ覚えていろ」


「タグラグルって、赤くて薬室が三発だけのやつだったっけか」

「そうその赤いの」




 今思えば、スケッチの方は薬室が六つあるからまだいいが、タグラグルは三発だけなんて、とんでもない失敗武器を受け取ってしまったのではないか。


 確かに失敗武器だと考えると「超ヤバい」だろう。



「やっぱりクーリングオフを」



「ムリ」





 えぇ……これの何が「はなむけ」だよ。公安隊が持つ厄介なモノを押し付けただけじゃないか。






 ジュラルミンケースをもう一度見てみると、なんだか禍々しい気配が見える気さえした──。


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