実はみんな、内心穏やかで無かった。



 庄屋がまだ病院でリハビリをしていた頃、デヴァステーションの学校ではいつもの日常が戻っていた。



 いつものように授業を受け、いつものように昼食を食べる。先日の戦いの話は誰もしなかった。






 その一方で、学校の中庭の一画では、お茶会を開く人の姿が見られた。皆女子であり、学校の窓からその姿を見ようと騒ぐ、多くの男子の姿があった。




 そんな男子の集団を鬱陶しく思いながら、紅茶のカップを口まで運ぶ一人の少女。その一挙一動は全て親から仕込まれたもの。皆、その姿を見て優雅、という感情も忘れて見惚れてしまっていた。


 輝くブロンズとマスタード色の腰まで伸びる長髪と、まつ毛の長い端整な顔立ちもあって一種の作品のように感じる一方で、どことなく恐ろしい雰囲気があった。




「……なんだ? そんなにジロジロ見るな、不愉快だ」

「す、すみませんクロモンド様、ささっ、皆さん楽しみましょう。私、クッキーを焼いてきましたの」


「「は、はい」」




 止まっていた参加者は動き出す。注がれた紅茶を飲んだり、クッキーを食べたりするが、どれもぎこちなく感じる。それもそうだ。一人だけ違うオーラと圧を持っていたからだ。



「……鬱陶しい」


「ッ、あっ!」


──パリンッ!




 その一言で陶磁器が割れた音が響く。


 一人の参加者が彼女の持つ圧に耐えきれなくなって、ティーカップを落としたのだった。


「あら!」

「す、すみませんっ!」



 側にいた執事が駆け寄って、割れた破片を拾う。


 このお茶会をまとめている少女、フォロイ・クリスティーは白のハンカチを取り出し、ティーカップを落とした少女の元へ行く。




「いえ、大丈夫ですよ。それよりお怪我は無くて?」

「怪我は大丈夫なんですけど、少し汚れてしまって……すみません」


「怪我が無ければそれで良いのですよ」




 少女の服をハンカチで拭きながら、フォロイ・クリスティーは、先程から威圧感のあるエル・クロモンド・ハーツェルを気にかけていた。



「……ふん」



 一見普段と変わらない様子だが、どこか不機嫌そうであった。今日もこのお茶会に誘った時、上の空な印象があった。


 もちろん普段と変わっていないとも感じるのだが。直接聞くのも失礼だろう、とフォロイ・クリスティーは考えた。

 




 そんな中、お茶会を開くここへ駆け寄ってくる人の姿があった。



「クロモンド様! 大変です! 大変ですぅ!!」




「うるさい、何のようだ?」

「そ、それがあの……あまりここでは、い、言いにくいことなので」


「良い、話せ」




 彼女の召使いのようだ。慌てた様子でいるのを見ると、余程のことがあったのだろう。



 一方で、エル・クロモンド・ハーツェルは、変わらず優美に本を読んでいるように見える。しかし、フォロイ・クリスティーはその姿にやはりどこか違和感を感じていた。







「庄屋様が! 庄屋様が──亡くなられたとッ!」

「そんな訳ないだろう」




 召使いの話を即座に一蹴する。本を開きながら、目を瞑るその姿からは考えられないほどの早さ。拒絶反応のようなものなのか。





 ともかく、その言葉にお茶会は鎮まり、それを見ていた聴衆も先ほどまでの喧騒を無くして静かになって、直後、庄屋とは誰なのかと、ざわめきだした。


 お茶会の参加者の多くもその人物について知らなかった。しかし、フォロイ・クリスティーは庄屋のことを知っていた。



「余を揶揄っているのか? アイツが死ぬはずないだろう」

「本当ですって! 先程、貴方様のご友人様から連絡があったんですよ!」


「にしてもだ。この場で言うには相応しくないことだ」

「あ、貴方様が言っても良いと」

「言い訳をするな」



 エル・クロモンド・ハーツェルはその美しい姿でありながら、ワガママで傲慢な「暴君」として恐れられている。暴力的であった、という噂もある。このように召使いの扱いも悪く、同学年の名前も覚えようとしない。



 そんな彼女が「庄屋」と呼ばれる人物を認識しているとは。一瞬で聴衆の間で話題になる。


 しかし、フォロイ・クリスティーはそのことを気にしないほど動揺していた。



「一体、どういうことですか? 庄屋様が亡くなられたなんて……」

「クリスティー様、落ち着いてください。真偽の程は定かではありませんが、そのような情報が入ったとだけ……」


「まぁフォロイ、待て」



 詰め寄るフォロイ・クリスティーを静止させる。



「クロモンド様……」

「死体は見つかったのか?」

「い、いえ、詳しくは分かりません。しかし、ロッドスター様のお宅にある庄屋様のサポートロボットであるパートがそのように」


「……分かった。そのポンコツロボットの所へ行く。午後の授業は休むように伝えろ。行くぞフォロイ」

「……えっ?」

「え、ちょ、ちょっと、クロモンド様! お待ちを! クロモンド様ァ!!」




 席を立ち、フォロイを連れて中庭を去る。その後ろ姿を召使いは追いかけた。



 残された者は何が何だか分からず、そのお茶会は自然と解散になった。



============



「ねー、なんかあったみたいだよー」

「それ知ってる〜。なんかクロモンド様が慌ててたって」

「え、それマ!? クロモンド様も慌てることあんの!?」




 上級生のクラスでは、お茶会の騒動が話題になっていた。実際に見に行った人がいるのか、クラスの中は後十数分で授業が始まるというのに人が少ない。



「なんかぁ、クロモンド様が男の人が死んだっていうので慌ててたらしいよ」

「えっ、なにそれ。クロモンド様男いるの!?」



 クラスには三人の女子しかいないのにとても騒がしい。話が盛り上がっているそんな時、教室の扉が開く。


 三人の女子は一斉にそちらの方を向く。




「──すまない。さっきの話について少し聞かせてくれないか」



 現れたのは、学年でも有名な、銀髪と黄色のツノが特徴的な龍族の少女。名前はシャドゥカスウォン。



「ああっ、ええっと何だっけ……そうそう、さっき中庭でお茶会があったんだけど、クロモンド様の召使いが『人が死んだ、人が死んだ』って言ったら慌てて学校を出て行ったって話だよ」


「そうそう。んで、確か名前は『庄屋』って言ってたっけ……って、え?」

「えっ! あれ? どこかに行っちゃった……」



 話し終えた時には既にその姿はなかった。

 一瞬、それも瞬きをした瞬間に、音も無く消え去った。





「まっ……いいか。そういえばさ、今日の晩御飯、お米とシチューなんよ。ヤバくね〜?」

「やっば、それ。普通パンっしょ!」

「えっ?」



「えっ、そうっしょ?」

「えっ?」




「「「……えっ?」」」






============

 


「やっぱり良いスカートですわ。いくらかしらって……意外と高いわね……」

「お似合いですよ! 異性が振り向くこと間違いなしですっ!」


「えぇ? 本当に? どうしようかしら……」




 街のブランド物を扱う衣料品店。そこに赤みがかった黒の髪を両肩にかけ、高そうな蝶の髪飾りをつけている少女がいた。

 少女はスカートを試着し、鏡に映る自分を見ている。その丈の長いスカートは清楚な印象があり、自分の立場に適していると感じるが──。



(やっぱり値段が高いですわね。貴重なお小遣いが……お出かけのための予算が……)




 彼女の名は妾部シェン。


 上品な言葉遣いとその整ったルックス、そして父親がこの街の議員でセンタービルで働いている、いわゆるお嬢様。


 しかし、父親からは昔から倹約に励むよう言われ、月のお小遣いも普通の人よりは多いものの、すぐに無くなってしまう。原因は生活水準の違いというより使い方の違いである。






「……分かりました。買いますわ」




 店員はその言葉に笑顔で返事をした。










(買ってしまいましたわ……)



 嬉しさ半分、勿体無い半分。スカートの入った紙袋を提げ、この街でも人通りの多い歩道を歩く。



 というか、今日は平日。


 ではなぜ学校では無くここにいるのか。端的にいえばズル休みだ。先ほど購入したスカートは以前から欲しいと思っていたものだったが昨日まで品切れであった。

 しかし、今日一着のみ入ってくると聞いたため、執事に無理を言って休ませてもらったのだ。そしてついにこのスカートを手に入れることができた。




 先日の戦いで街全体は疲弊しているはずなのに、ここは以前より賑わっているような印象があった。妾部シェンもその戦いに参加しているが、サポートだったので比較的疲労や怪我はないのだ。




「しかし、返事が遅いですわね……何かあったのかしら……」



 昨日、庄屋に宛てたメールの返事は未だ無い。先日の戦い以降彼の姿は見ておらず、連絡も無いのだ。彼の身に何かあったのだろうと心配になる。


 庄屋の能力を知っている者としては、野垂れ死ぬ姿は想像できない。しかし、何人か彼を恨む人間に心当たりがある。それも一人は、命まで奪ってしまうような程。戦闘で疲れていた彼を襲ったとも考えられる。



 そんな風に考えていると次第に恐ろしく感じる。呑気に買い物をする自分も馬鹿みたいに思ってしまう。



(そういえば、庄屋様のサポートロボットは既にラボに来ていたはず)



 サポートロボットが修理のための元にあるということは知っていた。しかし、執事長である爺やに「行ってはいけません」と釘を刺されていたのだ。

 

 理由は分からない。しかしそれが行方の分からない庄屋に関係のあることだとしたら……。




 そこへタクシーが通りかかる。妾部シェンはすぐに手を上げ呼び止める。



「どこまで行きますか?」

「センタービル近くまでお願いしますわ」

「そこは少しお高くなりますよ?」

「構いませんわ。ほら、お急ぎになって」




 爺やに向けてメールを送る。



 どうか杞憂に終わってくれることを信じて。



============



 センタービルの周辺は沢山の車が通れるよう整備されており、商業施設が並んでいる。センタービルの半壊の影響で、いくつかの瓦礫が落下したため、一部封鎖が続いているが、それでも街の中心らしい活気のある様子はある。



 そんなセンタービルの、近くの建物の路地裏に密かに存在するラボがある。誰かからバレないように存在していた。



 そこへ二人の少女がやってくる。一人は戸惑いながら、そしてもう一人は見て分かる怒りをまとっていた。





「どういうことだロッドスター!」


 

 扉を開けた途端そう言い放つ少女を横目に、何か変な機械を持ちながらコーヒーを飲む人物がいた。


 アカラエ・ロッドスター、15歳。

 若くして機械や銃の開発をし、その業績で飯を食べている。庄屋の装備の多くはアカラエ・ロッドスターによって作られた。そしてサポートロボット「パート」も彼女が作ったものだ。



「そろそろ来ると思ったよクロモンド君。おや、フォロイ・クリスティーだったかな?」


「お、お邪魔します」



 独特な気配に小さくなりながらフォロイはラボの中に入る。


 エルは、呑気にコーヒーを飲み続けるアカラエ・ロッドスターに詰め寄ると、コーヒーカップを払い落とした。


 既に汚れていた床に、コーヒーの色が広がる。



「ビャァァァ!? 何するんだいクロモンド君!?」



「庄屋のサポートロボットを連れて来い」

「と言っても、修理中で──「早く」──ハァ……まったく、キミは人使いが荒いねぇ」




 アカラエ・ロッドスターは、部屋の奥の机へ向かう。その机の上には、修理道具と共にパートが置かれてあった。アカラエ・ロッドスターはパートの電源を入れ、エルの元へ持っていく。





「ビビッ──何でショウ。修理中だったはずデハ?」

「どうやら、何か用がある人がいるらしいよ」

「ン? おや、エル・クロモンド・ハーツェルとフォロイ・クリスティー。どうしたのデスか?」



「庄屋が死んだと聞いた。本当か?」



 怒気をまとい単刀直入に聞くエルに、機械であるパートは声色を変えず答えた。






「本当デスね」


「抜かすな。ぶっ壊してやる」

「あ、あーーっ! キミ、ちょっと待ってぇ!」




 その言葉にエルはパートを掴み近くにあった道具で叩き壊そうとする。それを見て、アカラエ・ロッドスターは急いで腕を掴んで邪魔をする。


 フォロイ・クリスティーはその様子に困惑し、動けないでいた。



 なんとか壊されるのを防ごうとしがみつくが、普段運動しないアカラエ・ロッドスターは簡単に引き剥がされる。そして、エルが道具をパートに振り下ろす瞬間だった。




 



「──待つんだ」



 勢いよく扉が開かれるとそこには、シャドゥカスウォンがいた。そしてその後から紙袋を持って妾部シェンが入ってくる。




「ちょ、ちょっと、待って、ハァ、は、速すぎますわ」


「お前……そしてシェン、なぜここにいる?」




「エル達が学校を出たことを知った後、いろんな所へ行ってエル達を探した。最後ラボに来る時にシェンに会った。以上だ」

「ハァ、ハァ……そうです、さっき、そこで出会ったのです。それよりも、やめなさい」




 今にも壊そうとするエルを止めながら、妾部シェンは呼吸を整える。




「爺やに聞きましたわ。ここに来てはいけない理由、庄屋様の行方……庄屋様が亡くなったことを隠すためだと。パートさん……本当ですの?」

「聞くなシェン」

「ハイ。本当、デス」



 その言葉にこの場が静まる。


 何度聞いても変わらない事実に、すぐに顔色を変える者はいなかった。しかし、妾部シェンは、悪い予感が当たってしまったと、立ち尽くしていた。




「……そう」



 理解できない。納得できない。しかし、愛しい人の急死に発狂してしまうことはなかった。


 力が抜けたように膝から崩れる。



「妾部様……」



 フォロイは近くに寄って肩に手をかける。涙が目からこぼれ、持っていた紙袋に染みる。ポロポロと涙がこぼれるシェンを、フォロイはただ黙って見ることしかできなかった。



「覚悟はしていたのよ。でも、こんなに辛いなんて……」



 エルは舌打ちをして帰っていく。アカラエ・ロッドスターは新しく入れたコーヒーを口元を隠すように飲んだ。




============














「いやぁパート君は酷いロボットだ。私だけでなく、みんなにまで嘘をつくなんてねぇ」





「ビビッ──もう許してくだサイ。謝ったではないデスか」





 皆が帰ったラボで、アカラエは道具を両手に持ちパートの修理をしていた。





「謝ればどんな嘘をついても良いんだね? クククッ、しかしクロモンド君のあの慌てている姿……あれは実に面白かった。妾部君には申し訳ないが、思わず笑みがこぼれそうだったよ! だからパート君、キミのしたことは許そうじゃないか!」



「ビビッ──」

 



 パートは思い出す。数日前のことを。


 あの日、ラボではアカラエは写真を片手に、今日と同じようにコーヒーを飲んでいた。そして、庄屋の死を伝えた時、アカラエはコーヒーの入ったカップを落とし、泣き叫んでいたこと。



 結局、データを漁っている最中にそれが嘘だったことがバレて、今日のエルよりも恐ろしい気迫で自身のことを壊そうとしたのだった。


 



 しかし、パートは冗談でもそのことを今言わなかった。もし、「デスが、お前はもっと動揺していマシた」なんて言ってしまったらおそらく壊されるなんてものじゃない。存在しないはずの本能が。発言するのを止めたのだった。



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