武器保管庫の意義

 

 

 ナジェル・エイデン。


 この街「デヴァステーション」の理事長だった人物。「だった」というのは彼が殺されたからである。



 ナジェル・エイデンを一言で表すならば「正義と叡智のある英雄」だ。



 彼が理事長となる前、この街は今よりも荒れていた。不法滞在者による犯罪、治安悪化による教育機関の崩壊、賄賂の横行。この時期の姿が、デヴァステーションという名前の由来であることは間違いない。



 そんな中、彼は就任した。

 救いようのない街を見ても彼は諦めなかった。



 優れた政治手腕、先見の明を持ち、厳格でありながら市民の声を聞ける。行動力のある理想の理事長であった。






 そんなナジェル・エイデンは、理事長候補であるアギ・リクに殺された。アギ・リクの「デヴァステーション完全支配計画」の邪魔になったからだ。


 表向きは失踪となっているが、「イロモノ」をプレイした俺は知っている。







 公安隊の武器保管庫。


 そこはナジェル・エイデンが未来のために残した遺産であり、アギ・リクがナジェル・エイデンを殺す原因となった場所である。









============





 街の中心から少し離れたホームセンター。人通りの少ない道路沿いに建てられたそれは、一見普通のホームセンターのように思える。



 俺達はホームセンターの隣の建物の屋根にいた。



「いやぁ疲れたな。まさか今頃追っ手がいるとは思わなかったよ」


「リハビリ終わったばかりの俺に無理させないでほしいんだが」





 車でここに来る途中、俺達を追いかけるバイクを見つけた。


 武器保管庫の位置が特定されてはいけないので、駐車場に車を止め、パルクールのように建物を飛び移ってここまで来たのだ。




「車バレてんじゃん。買い換えないとな〜」


「車を使える場所はかなり限られてるんだから、次はバイクにしたほうがいいんじゃないか?」




「アリだな、っとさっさと行こうぜ」








 屋根から飛び降りて、ホームセンターの裏口に向かう。





 身体の状態は悪くなかった。ただ、昔と比べると明らかに力が出なかった。鍛えておかないと、と思いながら中に入る。





(やっぱり普通のホームセンターだよなぁ)




 予備の工具や木材が置いてあって、中には飲み物や食べ物もある細い通路。途中に店員がこちらを見たが、特に何も言わずどこかへ行った。


 しかし、違和感がすごい。車やバイクもそうだが魔術がある世界なのに、妙に科学的なモノが存在していると変な感じがする。特にここはそうしたモノが一度に沢山目に入るのでより一層感じる。




 そんなことを考えている最中、エルモはそこを歩いている途中に置いてあった茶を手に取って、飲んだ。



「おいおい……」


「ん? 別に良いんだよ。これ全部公安隊のお金で購入した物だし。お前もいるか?」


「……オレンジの飲み物いただくわ」

「おう」




 公安隊のお金で購入していると簡単に言っているが、一体いくらかかったのか。中には賞味期限がある物もあるので買い換えるという。


 店員も全て公安隊の関係者であるが、ホームセンターとしての体裁を保つため一通りの知識を持っている。



 これら全て武器保管庫を守るためである。




「庄屋、こっちだ」


「そうだった。本当に迷路だな、ここは」


「入られてもタダじゃ見つけさせないためさ。よし着いたぞ」



 複雑で細い通路を抜けると、一枚の扉にたどり着く。



「入る。暗いから俺の肩を掴んでいろよ」


「分かった……」




 開けると一寸先も見えない暗闇が広がる。何かしらの魔術の影響なのか、光源は使えない。言われた通りにエルモの肩を掴んでその中へ入った。






============





「……遺体は、見つかったのか?」


「あぁ、父さん……アギ・リクの別荘の庭に埋められていた。遺体の損傷が激しかったことを考えると、アギ・リクは相当恨んでいたんだろうな。ここから階段だから気をつけてくれよ」




 暗闇の中、二つの足音が鳴る。父さん呼びをやめたのは何かの覚悟だろうか。


 思えば、こうしてアギ・リクについて話すのは、久しぶりであった。俺が倒れている間、コアの確認、理事長の安否確認、アギ・リクの自宅の捜索、その他事務等で忙殺されていたらしい。



 俺の意識が戻った後も、警護をしていたのは基本エルディアで、エルモは時々顔を出すだけ。忙しいのは分かっていたのであまりストレスと時間のかかるこの話題には触れなかった。





「……庄屋、疑ってすまなかった」

「何がだ?」


「あの時、一瞬でも俺はお前を疑った」


「誰だってそう思うだろ、普通。俺でも命の恩人がワルだなんて思わないし」



「まぁ……そうだが」




 その言葉を最後に足音と呼吸音しか聞こえなくなった。



 





 やがて、目的地にたどり着く。



「電気をつけるから、目気をつけろよ」


「はいよ」



 スイッチの音がした直後、明かりが広がる。






 

「いつ見ても圧巻だな。流石、公安隊の生命線だ」

「ま、この武器の量は多分この街一番だろうな」



 

 直線上に広がる部屋。左右の壁には数えきれないほどの武器が並んでいた。



 エルモは、この街一番と言うが、銃というこの世界でこの街だけの武器がある以上、世界一と言っても過言ではないだろう。



「よく銃とか作れるもんだ」



「デヴァステーションは技術と科学があるからね。それも世界に一つだけのものが、ね。まぁぶっちゃけ、ここから公安隊本部まで持っていくのに手間がかかるし、そこまで高火力な物は必要ないから金の無駄かもしれないって話がよく挙がってる」


「えぇ……」


「……ま、ナジェル・エイデン様の残した物だ。赤字になろうと守ってみせるさ。こっちに来い。庄屋が必要な物だ」




 そう言って奥に進むエルモを追う。


 途中に見惚れる剣や明らかにお高い杖が置いてあった。全て埃一つなく、よく手入れされていることが分かる。




「これだ」

「ジュラルミンケース? ……意外と軽いんだな」



 手渡されたジュラルミンケースを受け取る。想像していたよりも軽い。




「中には、面白いブツが入っている。ここは危険だから外で確認しろ」



「面白いやつじゃなくて、普通のやつで良いって」

「はなむけだからな」

「また帰ってくるんだが」

「これは特にお前の能力に適してるぞ」



(なんか……強引に渡された気がするが、まぁいいか)




 引き返して扉に戻る。



「本当に、なんでこんなに買ったんだろうな?」


「まぁ確かにこんなの必要かと言われればそんなこと無いなぁ。必要になると予想したからこんなに購入したはずだしな……」




 下手すると数百人分にもなる武器。中にはロケットランチャーのようなものもある。公安隊が使用するには多すぎるし威力が過剰。


 銃だけでない。剣、弓、杖……この街では限られた人しか使えない道具もある。それこそ、公安隊のためならば銃だけで良い。






 (まさか……いや、ないか……)


 ふと頭に浮かんだ考えを否定する。


 まさか、アギ・リクの計画通りに事が進んで、残された人間が反旗を翻すための武器保管庫な訳ではないだろう。この武器保管庫を作ったのは、アギ・リクがコアを作る前だ。





「ほら、行くぞ。肩をしっかり掴んでおけよ」




 電気が消える。


 この武器保管庫の存在は「イロモノ」をプレイした俺には分からなかった。




============




「何だ? 急に呼び出して」


 


 仕事終わり、いつものようにコンビニで酒とタバコを買い帰宅していたら、久しぶりにその友人からメールをもらった。


『屋台、ここおいぴーおでん、午後10時に集合』


 その言葉と場所が送られてきた。俺はきっちり5分前には来ていたのだが、コイツが現れたのは、約束の時間から20分経った頃だった。



「ん? いやぁ、うまそうだねぇ。あ、私大根!」


「おい、聞けよ……」


「えっと、あぁ、ここに君を呼んだ理由か。そんなの気分だよ、キ、ブ、ン」


「わざわざ抜け出してまで会いたかった理由が気分な訳ないだろ」


「もー、なんか機嫌悪い? まだ昔のこと引きずってんの〜?」





 こっちは明日の仕事に備えて早く寝たいというのに。こんな人が通らない所に構えた屋台なんかに呼び出して、どういうつもりなんだ。


 呑気に大根を美味しそうに食べるコイツの姿を見て少し腹が立つ。寝不足かも。




「あのなぁ、もう20年近く連絡取ってないんだぞ?」


「いやぁ、時が経つのは早いねぇ。ずっとストーリー書いてたから分かんないや」


「……………」


「あ、昆布も!」




 なんかバカみたいじゃないか。


「……俺はもう帰るぞ」


「待ってよぉ、冗談、冗談だから!」


「何が冗談だ。早く用件を言え」


「えっとちょっと待ってねぇ……あったあった」




 カバンの中からディスクが取り出される。


「はい、これ」


「これは?」

「ゲーム」

「ゲーム? 新作か?」


「うん、まぁ、リメイクってやつかな?」




 渡された物はゲームだった。正直、ムカついている。俺にゲームなんてする暇無いのに。明日も、明後日も仕事、仕事。「お前とは違うんだよ!」と怒鳴ってやりたかった。いや、そんな元気があれば怒鳴っていただろう。



「……ッチ、何のリメイクだ? 『ロスト・マス・カンパニー』か? 『アサルトロード』か? それとも──「イロモノ、だよ」──……は?」



「イロモノ、知らないとは言わせないよ?」


「お前……やっぱり俺のこと怒らせようとしているだろ?」





 「イロモノ」だと? 

 

 一瞬、聞き間違いかと思った。残念ながらそんなこと無いようだが。



「本気だよ。次回作はこのリメイクにしようと思っててね。これは先行プレイみたいな物だよ」


「イロモノのリメイク……リメイクのリメイクだろ」


「ハハッ、やっぱり根に持ってるでしょ〜」



「黙れよ、ミク。そもそも『イロモノ』はお前のものじゃねえよ!」




 怒りの勢いで、座っていた椅子を倒し、そのまま伊勢ミクの胸ぐらを掴む。



「ま、まぁまぁ落ち着きなって……ほら、昆布食べる?」



 昆布を掴んだ箸を口元に渡される。


「……食う」




 















 目にかかる日光に気づき目が覚める。



「もう朝か……まだ……時間はあるな」




 昨日の記憶は昆布を食べた直後から無い。この感覚から推測するとあの後酒を沢山飲んで潰れてしまったのだろう。


 酒は飲む。でも弱い。

 俺も他の人と同じように、上手に酔ってみたいと思っているが、なかなかできることでは無い。でも酒は飲みたい。




 ふと机の上を見るとディスクがある。昨日渡されたディスク。いわゆる「Re:イロモノ」。


「帰ったら……やろうかな」



 なんてらしくもなくそう思う。でも昨日の一件で、アイツとの関係は良くなっていると感じている。嬉しくない、とは言わない。俺もアイツも、元々は一緒のところを目指していたのだが。




 まったく、どうしてここまで差ができたのだろうか。アイツは世界に誇る日本のシナリオライターで、俺はただの日雇い労働者。あっちはお金が沢山あって幸せで、こっちは貧乏で不幸。学生の時まで同じだったのに。



 きっと俺はそんな現実が嫌で、アイツのこともなんとなく嫌いになったのかもしれないな。





「……今度また飯でも誘うか」

































 その数日後、伊勢ミクは自宅で遺体となって発見された。

 










 自殺だった。




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