朽ちた思い出と生きていた人間
「数日間ありがとな、エルディアとエルモ」
「動けない盟友を護衛することは当然のことだろう。それと兄上」
「ん? 何だ?」
「……後で話がある、覚悟しておけ」
「えっ、何で」
「覚悟、しておけ」
「は、はい」
怪我による違和感もなく、リハビリも終わり、俺の能力も使える。
結局、病院を襲われることはなく、この数日間は二人と会話することが多かった。そこで、二人との関係も回復。それどころかより良い関係となり、互いを知れた良い機会となった。
しかし、悪い状況は変わらない。
二つ心配が残っている。
一つは、「イロモノ」の主人公アインシュ・ゲイルによる俺の暗殺。原因は政府と市民から出される「任務・依頼」の成功の剥奪がバレるを防ぐため。
もう一つは、俺の市民権が存在しないことによる弊害。
アギ・リクは、一部の人間の市民権を剥奪。そのかわり政府に個人情報を与えると市民権を取り戻せるようにした。こうして個人情報を得ようとした。
その市民権剥奪の対象に俺がいた。
市民権が無いとこの街では、法が適用されず、一般の医療機関、教育機関の利用を禁止される。この病院はエルモの影響が強く例外であるが、安価に治療を受けたいとなったら苦労するだろう。
そのほか、依頼受注、バイト等などのお金を稼ぐ行為もできないのだ。
「それはそうと、庄屋の市民権が無い以上、一旦はこの街から出る必要があるな」
「盟友と離れ離れになるのは、残念だが仕方ないだろう。我を苦しめるこれも運命……」
「まぁ、市民権をこの街の政府が認めるまでだ。俺も根回しをして急ぐ。ただ、それでも一ヶ月はかかるんだ、許せエルディア」
「承知している兄上」
「近くの国に移民を受け付けるところなどあったか?」
「確かに、周辺の国の多くは市民権が無いと手続きができないから無理だが、唯一『クァーラン王国』は住む権利と場所を確保できる。庄屋もそこに住むことを理解してくれ」
「むしろ、そこまでしてくれることを感謝する。助かった」
クァーラン王国。
「イロモノ」では名前だけ登場した。その王国は移民が多く、作中でもデヴァステーションから何人かのキャラが移り住んだ描写がある。
ただ、正直なところ、あまり良いイメージがない。この街のように荒くれ者がいて、王様は自己中心的……というイメージ。
「我も盟友のそばにいたいのだが、治安改善に忙しいのだ。許せ」
「エルディアだけじゃ無い。いろんな人が復興のため尽力しているからな……心細いが死なないように頑張るわ」
「そういえば……いいのか? 庄屋と仲の良い人に挨拶をしなくて」
「あぁ、まぁ関わるのが良い意味で面倒というか」
思い当たる五人の少女(笑)のことを思い出す。
いずれもこのことを伝えると面倒くさい光景が広がると予想できる。
「……まぁ、いいんじゃないか。アイツらには死んだと伝えているし、そのせいでややこしくなる……俺のせいだが」
「いや、死んだとなっていれば、アインシュ・ゲイルはお前のことを気にしないだろう。そっちの方が都合がいい」
「フッ、滑稽な乙女だ。かわいそうに、後で慰めてきてやろう……」
「性格悪ッ……まぁ、その時が来るまで秘密だ。エルディアそこは任せたぞ。それと庄屋、必要なものがあれば、時間がある今のうちに家まで取りに行くぞ」
「一つ大切なものがあるから持っていきたい」
「よし、じゃあ、バレてはいけないからこれを着ろ。その後、向こうで使える武器を取りに行くぞ」
渡されたパーカー。フードをかぶって行けとのことだ。
そこにあまり良い記憶はないが、仕方がない。俺達はそのまま裏口病院を出て、車に乗って家へ向かった。
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家といっても一軒家ではない。とあるアパートの角部屋である。そのアパートは決して綺麗というわけではない──そもそも綺麗なところに住める人は少数派──が、辺りの治安が比較的良く、安かったため住んでいた。
ここら辺は、スプロール現象が見られて、特に建物の並びは複雑である。
しかし、近くにはコンビニもあり、利便性が確保されていた。それだけでなく、俺の仕事上恨まれる危険性があるため、複雑な地形は俺の住む場所を特定するのを難しくするのに役立つ。
なんて、気を逸らすようにあたりの説明をしてみるが、どうして思い出したくもない記憶が蘇る。
それは「イロモノ」において、全ての問題が解決した穏やかな心をもってしても、決して変えることができない。
「さ、早く取りに行け。俺はここで待ってる。なるべく住人にも見つからないようにな」
「……分かってる、行ってくるわ」
車から出て、路地裏のような細い道を何度も曲がる。道中ゴミ箱が平然と置かれており、転生する前の感性では嫌悪感で満たされていただろう。
そしてたどり着く。アパートの側面に付いている階段を登り、細い開放廊下を通り一番奥の角部屋へ。
自室のドアノブの鍵穴に鍵を挿し解錠、ドアを開けると──先ほどの廊下から視線を感じた。
その視線の主が誰だか一瞥するだけで分かった。
「……何のようだ。ここはお前の住んでいる場所じゃねぇだろ、ミミレ」
「…………ッ、い、生きていたのね……」
シンデン・ミミレ
嫌な記憶の原因であり、随分とやつれた俺の元恋人の姿がそこにあった。
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今思えば、部屋の中は本当に何も無い。
嫌だったのもあるが、忙しくて数ヶ月前なんかはこの部屋に戻ってくることさえ出来ない日が続いた。その結果、冷蔵庫の中のものが腐ったりして、大掃除することになった。
その際に一通りのものは捨て、帰れなくても良い状況にしたら、余計な物一つないこんな殺風景な部屋になってしまった。
そんな部屋に元恋人のミミレがいる。それよりも、なんというか、匂いの強い香水と、なんというか青臭い変な匂いが混ざって気持ちが悪かった。
「……俺には時間がない。用があるんだったらさっさと済ませてくれ。あと、今回のことは他言無用。俺が生きていることも誰にも言うな」
「あ、あの、庄屋ちゃん……死んだんじゃないの?」
「死んでほしいように言いやがって……お前は今でも知らないおっさんの上に乗って腰振ってたんじゃなかったのかよ」
「そ、それは、その……いつも、お世話してくださる、ご主人様達が最近来なくなって…………あっ」
何か、不味いことを言ったように口を塞ぐ。
反吐が出る。こんな奴が本当に俺の幼馴染だったのかも怪しい。昔、俺はこいつの優しさに助けられたことがある。母親のような優しさ、白く健康的な肌の一目惚れするほどの可愛さ。
でも、今はどうだ。派手なメイク、焼いたのか小麦色の肌……そして、この口癖。声質が一緒の別人と言われた方が納得できる。
「……あんたのご主人様達は恐らく、市民権を剥奪された。どこかへ逃げるのも当然だ」
「違うの、庄屋ちゃん! ご主人様だなんて! だって今日来たのは、あなたのことが心配になって来たのよ!」
その声に応える気は起きなかった。
「…………アインシュ・ゲイル、アイツとは最近どうなんだ。その様子じゃ、逃げられたか?」
「…………」
「ま、そりゃあ、平気で知らんおっさんに媚びる女なんて捨てるだろ。アイツはまた別の女捕まえてるさ、気にすんな。それにお金もたくさん持っているんだろ?」
「ッ、そ、それ、は……」
「まさか、無いのか? 冗談だろ?」
「その、ゲイルに気持ち良くしてもらう代わりに、たくさん貢いだの……」
「……バカか? どうせ本番はしてもらえなかったんだろ?」
「うん……してほしかったら、もっと持ってこいって……」
「……」
呆れて言葉が出なかった。こんな姿見たくなかった。
こんな状況に数日前までいたのに、俺が死んだということだけで目が覚めるとは思えない。心配してきたなんてどうせ建前で、どうせお金欲しさで来たんだろと勘繰ってしまう。
「……あの人、あの人のせいなのよ! 庄屋ちゃんも分かるよね、私をレイプしたのもゲイルよ! こうなってしまったのもあの人のせいなの! それに庄屋ちゃんだってそれに気づいたのに助けなかったじゃない!」
「……ハッキリしたのはこれが送られてきた時だがな」
俺は引き出しから少し埃の被ったDVDを取り出す。いわゆる「なんちゃら報告ビデオ」で、仮に俺が裁判を起こすときのため、証拠として残していたのだ。
だが、結局使わなかった。最後の良心だったのだろう。
「もちろんこれ以前からおかしいと思っていた。今まで無かったのに集合時間に遅れたり、予定が合わなくなったり……そして、俺の誕生日の日のドタキャン」
「なのに、気づいたのに、なんで止めなかったの!?」
「本当に俺が止めたことがなかったと思うのか?」
冷たく言い放つと、感情的だったミミレも何か言おうとして、そして黙った。
きっと心当たりがあるのだろう。俺は、何度だってミミレを助けようとした。
様子がおかしくなった日から何度も聞いた。相談してほしいと頼んだ。俺が解決するからと伝えた。
「……お前は全てを拒否しただろ。そんなに俺は頼りなかったのか……?」
「ち、違うのッ、そんなことない……そんなことないの……」
「これが届いたとき、俺はお前を探した、アインシュ・ゲイルを憎んだ、でも見つからなかった。お前に連絡をやっても返信はないし、アイツに聞いても答えなかった……その時、俺が、どんな気持ちでいたと思っているんだ!!」
思い出す雨の日の夕方。
つい数日前と同じで、包帯が腕に巻かれている状態でここを飛び出して、街の中を走った。
この動画の存在を聞こうと探したのに、結局見つかることはなかった。
「3年間、お前が失踪していた間。俺だけじゃない、お前の両親、友達、みんなお前のことを探したんだぞ!」
この街で行方不明の人間が出ることは珍しくない。
それはこの街が複雑で、普通の人間が入れない所が多くあるからであり、地位の高い人間がその気になれば人一人消すことは容易い。
アインシュ・ゲイルもその地位の高い人間の一人。どこにいったか分からないミミレを、絶望的な状況であっても探し続けた人が沢山いる。
ミミレは、泣いていた。
どういう感情か分からない。
「……確かに、お前は最初は被害者だ。だが、自身の快楽のための多くの人間に迷惑かけたことをもっと自覚しろ、バカ」
俺は部屋の奥に飾られてあった白のバングルを手に取る。
ここに来た理由。これを取りに来たのだ。
「……ぁ、それ」
「良いよな、これ……久しぶりに付けたが、キツくないな」
これは俺達がこの街に来る前の幼い時に貰った物。
故郷のいる、沢山の友達の想いが入った白のバングルは、休む暇もなく戦う俺の支えになった。
泣き崩れていたミミレを横目に出入り口へと向かった。
「ミミレは素直に家へ帰れ」
「ど、どんな顔をしていけばいいのか分からない」
「そんな心配より、この街に来て娘を失ったと悲しんでいる親の方が心配だ。黙って行け……あぁ、それと──」
振り返ってミミレを見る。
知っている人が見たら驚くその姿、涙でメイクが崩れている。
だが、目だけは昔のミミレに戻っていた。それだけで十分だった。
「──アインシュ・ゲイル、お前の代わりにぶっ潰してやる。何日かかるか分からないが、それが済んだら、お前の家に行って報告でもしに行ってやるから。待っとけ」
もう一度は振り返らなかった。
次見た時は俺の知るアイツに戻っていることを祈って。
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「ちょっと遅いんじゃないのぉ?」
欠伸をしながら出迎えるエルモに悟られないよう、フードを脱ぐ。そして部屋の鍵を軽く投げて渡す。
「俺の代わりに、アパートの解約よろしく」
「……へいへい。とりま車出すからシートベルトしろ」
言われた通りシートベルトをする。
「そういえば、これから武器を取りに行くんだよな?」
「ん? あぁ、そうだ。これから公安隊の武器保管庫に行く」
「え、どうしてそんな物騒なところに……市販の剣とか弓とかで良いんじゃないのか?」
「そんな物で身を守れるんだったらいいんだが」
クール気取りのその表情を見ながら、単純な問題ではないことを察する。相変わらず顔だけは一級だった。
そもそも公安隊は「街の治安の維持とその脅威に関する情報収集」を中心に行っている部隊だ。歴史を振り返ると、政府直属だったこともあるが、今では独立した組織として活動している。
情報収集といっても、かなり強引なやり方で、公安隊の多くはかなりの武闘派である。
そんな公安隊を支える武器保管庫は生命線である。公安隊の中でも場所も存在も限られた人しか知らず、公安隊の隊長であるエルモはそれらを知る数少ない一人である。
「──知っているから〜〜♫」
ラジオから流れる音楽を口にするコイツが、本当に公安隊の隊長なのか分からないが。
(歌上手いのなんか腹立つ)
以前、一度その武器保管庫へ行ったことがある。その時はそこに圧倒された。銃、鈍器、剣や刀、魔術杖……多種多様な武器が沢山そこにあったのだ。
武器保管庫がここまで拡張したのは、理事長であった故ナジェル・エイデンの影響があった。
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