[Iromono:Last Key]
@m4a1sr123
懺悔の末
「……パート? 壊れてないよな?」
「ビビッ──損傷はありマスがデータは無事です。それよりも庄屋、お前の出血が著しいノデ、止血することをオススメしマス」
「そうか……これで、終わりだな」
15分の死闘を終え、ついにこのゲームの真の黒幕「アギ・リク」を倒すことができた。
この街の中心に位置する、高さ400メートル超えのセンタービルの一室での戦い。そこを含むビル全体は激しい戦闘により半壊。この一室も壁は崩壊し、開放感が溢れる場所になった。
止血をしながらパートと今後について話す。
「パート、お前はアイツらの元にそのデータを届けろ」
「庄屋はどうするのデスか?」
「もうこの街にはいられない。どこか放浪するさ」
パートは、人工知能搭載のサポートロボット。浮遊し俺の周りを追従する。
この世界に来た時、俺は一人で任務をこなし、ゲーム本来のストーリーを進めていた。しかし次第に、孤独感が強くなり、また敵も強くなる。
そこでとある友人に相談し、このサポートロボットを作ってもらったのだ。
パートの中には、今までの戦闘データ、魔物の特徴、事件の詳細、治療薬の精製方法……ありとあらゆる有効なデータが入っている。
「パート、今までありがとな。俺のやりたいことに従ってくれて……」
「お前は何か勘違いしていマス」
「?」
「私は庄屋、お前のサポートロボット。従うのは当然で有りマス」
「……そうか。確かにな」
立ち上がって外を見る。
色々あった街。達成感と共に名残惜しく思う。酸いも甘いもこの街で。アイツらとの思い出も多い。一緒に食べ、笑い、泣いて、戦った。
それも今日で終わる。別れを伝えることはできなかったが、アイツらは元気にやっていくだろう。
「本当に、行くのデスか?」
「ああ。理事長候補のアギ・リクを殺した俺の社会的地位はもう無い。それに主人公……いやアインシュ・ゲイルは俺のことを随分憎んでいるらしい。ここにいては殺されるだろうなぁ」
アインシュ・ゲイルはこのまま俺を闇に葬ろうとしていることは知っている。彼の多くの実績は俺から奪ったことで得たものしかなく、それが露呈しないよう口封じのため殺すことも考えられる。
実際、今まで何度かそのようなことを言われたこともあるし、暗殺を成し遂げるだけの力と地位は持っている。
「では、お前はここで死んだことにしまショウ」
「急に、酷いことを言われた、と思ったが確かにな。ここで死んだことにすれば、アインシュ・ゲイルは俺のことを捜索することもないだろう」
「街を出たら治安も悪くなりマス。庄屋、気をつけてくだサイ」
「分かった」
パートは壁が無くなった所から外へ出る。そのまま、スッとどこかへ行ってしまった。パートは優秀だからアイツらの元にデータを届けてくれるはず。
俺は近くにあったコアを縦横30cmほどの板──コアを手に取る。街の外に行くのはこれを廃棄するためでもある。
これで終わりだと達成感に浸る一方で、モヤがかかったような胸騒ぎがすることに気づいた。
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「イロモノ」というゲームは、友人である伊勢ミクというシナリオライターの処女作である。
いわゆる異世界ジャンルの中でも、特徴的な世界観を持ち、異世界のならず者が集う「デヴァステーション」という街が舞台である。
銃と魔術が交差し、管理社会でありながら犯罪行為が日常のその街で、主人公であるアインシュ・ゲイルは仲間と共に立ち向かうというストーリー。
アクションとシミュレーションの要素があるRPGであり、一方で恋愛要素も存在する自由度の高さが人気である。マルチエンディング要素、マルチ要素もあるため遊び尽くすことはできないだろう。
といっても当初、人気はなかった。ただ、伊勢ミクの名が世界に売れるとその作品も注目されるようになった。
俺は転生した。「イロモノ」の主人公の友人枠「庄屋」という人物に。
最初は驚いたし嫌だった。この世界で生きることはなんだか屈辱のように感じて、今日の命も心配しなければいけないのだ。
でも、その考えはいつの間にか消えていた。主人公アインシュ・ゲイルが何もしない。それどころか、バッドエンド直行のクズムーブをかまし続け、その処理に追われる日々。
消えていたというか考える暇がなかったのだ。
そして、今は「イロモノ」でいうと終盤──正しくは終了直前──である。本来の登場キャラはこのゲームのボスとの戦いが終わり、エンディングへ行く所だろう。
しかし、そのボスはスケープゴート。真の黒幕は「アギ・リク」だったというわけだ。ちなみにこの真相は「イロモノ」で語られることはない。
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蹌踉と街の中心を抜け出す。全身が痛い。打撲、骨折、出血、目眩。少し前までアドレナリンで痛みを感じなかったのだろうが、先程の戦いで疲弊していた。
とにかく、コアの処分は人が遠く離れたところで行う必要がある。「イロモノ」では明示されていないが、このコアの破壊すると放射線のようなものが放出する。
「あと少し、頑張れよ俺の体。街の外はすぐそこだから……」
アギ・リクを心酔する者はまだ生きている。おそらく、意志を引き継ごうとする者もいる。そいつらに発見されず一刻も早く破壊しなければならない。
そうでなければ、みんな死んでしまうから。
門が見える。警備はいない。こんな混乱の最中、退散しても仕方がないだろう。しかし、ここで破壊はできない。先程、住人が屋内にいることを確認した。
「よし、あと少し──「動くな。庄屋、お前こんな所で何をしている」──……タイミング、悪すぎだろ」
突然、真後ろから重々しい声が聞こえる。
複数の足音と呼吸音、走ってきたのだろうか、少し乱れている。振り返るとフードを被った十数人の公安隊がいた。
そして先頭にいた二人が銃を構えながらフードを外すと、輝くような黒髪を持つ見慣れた顔が二つ現れる。
(このタイミングで……こいつらかよ……)
状況が状況なだけに、この兄妹に出会いたくなかった。
一人は黒く光り輝く長髪のエルディア、もう一人は同じ髪質を持つエルモ。彼らとは仲良くしていた。俺とエルディアは同じ学校の同学年だし、いろいろな事件で二人と協力して挑んだこともある。
ただ、そんな関係はもうこれきりかもしれない。
そんな二人に銃を向けられている状態。動けるわけがない。
「たった今、アギ・リク理事長候補が殺害され、犯人はコアを持ち出して逃亡中だという報告を受けた。まさか……お前が?」
「……あぁ、そうだ。俺がアイツを殺した」
「ッ、何故だ!? 何故父さんを殺した! それとも気でも狂ったのか!」
「盟友よ、我との誓いを忘れたのか!? 人道を外れないとそう誓ったではないか!」
殺気立つ様子の二人を前にするとやはり緊張する。親がいないエルモとエルディアにとって、育ててくれたアギ・リクは父親のような人物である。
今すぐに力を放とうとする彼らと戦う気力もない。歩く気力も無くなった。
その場に座り込む。糸が切れたように。
「そうか、お前らはこのコアの正体を聞かされていないのか」
「……そのコアは父さんの叡智の結晶だ。街の治安維持に役立つと聞かされている。それがどうした」
「あぁ、アギ・リクにとっては最高の基盤になるだろうな……なぜならこれは、俺らをアイツの操り人形にすることができるからな」
一発の銃声と共に足元の地面を撃たれる。
「これ以上、俺を怒らせるなよ」
「エルモ、そんなに疑うならこれを調べればいい」
「じゃあ何だ!? お前は父さんが善人ヅラした極悪人とでも言うつもりか!?」
「そうだ」
その短い言葉と共に辺りは静かになる。
エルモとエルディアの持つ熱は、徐々に冷めていくのを感じた。
「俺も長くはない、手短に話す。約一年前に起きたエルディア誘拐事件の依頼人の存在が明らかになった」
「……まさか」
「ああ、アギ・リクだ」
「にわかには信じがたい! 父上がそのような愚行をするなど!」
「エルディアの能力が目障りだったんだ。自分の計画を完遂するためには」
エルディアが眉を顰める。当時のアギ・リクは、父親と思えないほど冷徹で、無関心を貫いていた。その姿は俺だけでなく、当の本人も気づいているはずだ。
「どこでそんな情報を手に入れた」
「ナジェル・エイデン理事長にもらったんだ」
「ナジェル・エイデン様が?」
エルモ、エルディアだけでない。周りの公安隊のメンバーも動揺が隠せず、ざわめきだした。
ナジェル・エイデン。二ヶ月前謎の失踪を遂げた人物で、それまではこの街の理事長として君臨していた。
俺はポケットに入っていたUSBメモリとカードキーを取り出す。
「失踪する前、街中で出会って渡されたんだ。このメモリに誘拐事件のデータとコアの詳細が入っている。俺がセンタービルに入れたのもこのカードキーがあったから、だ」
意識が朦朧として、倒れてしまう。
「……あっ、コレ、まず……」
エルモとエルディアの急いで近寄ってくる音が聞こえる。
「エルディア、傷を治して!」
「承知しているッ! 死なせない、まだ恩は返せていないのだ! テラールームッ!!」
その言葉と同時に、俺の身体が楽になる。骨折が、出血が治る感覚と共に眠気に襲われる。
「エルモ、アギ・リクの手下から……コアを隠して、くれ」
「あぁ、分かった! お前ら! コアを──」
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僅かな電子音が次第に大きくなり、ゆっくりと目を開けると白い天井が目に入る。
この世界において、前世を思い出すような医療機器がある病院は限られている。一部の富裕層もしくは政府関係者のみ許された場所。
「生きたのか……」
状況を理解して、ふとそう呟く。
身体の至る所に包帯が巻かれている。この様子では数日間動けなさそうだ。
しばらく放心状態でいると、部屋の扉が開かれる。
見ればエルディアが私服姿でやってきた。輝くブラックダイヤモンドの長い髪と白を基調とした服がよく似合う。
「お目覚めか? 盟友」
「エルディア……コアは、どうなっている?」
「コアは検査後、破壊した。盟友が寝ている間、我の力で粉砕してやったぞ」
「放射線……身体は大丈夫なのか?」
「……? 何がだ?」
破壊する時の影響を受けていないらしい。エルディアの「はて?」と顎に手をやり考える姿を見ると、本当になんて事ないらしい。
流石、「イロモノ」の中でも最強と名高いキャラである。
「それはそうと、看護師呼んでもらっていいか? 手が届かないんだ」
「おお! そうだった。ポチッとな」
エルディアは押してみたかったのか、軽快にナースコールを押し、看護師に俺が起きた旨を伝える。
向こうはエルディアのその言葉に少し混乱していたようだったが。
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俺の今の身体の様子を伝えられる。
怪我は大体治っているらしいが、リハビリが必要になるとのこと。
「あの、料金の方はどうなっているのでしょうか?」
「料金はエルモ様が既に払われておりますので、気にしないでください」
流石にこの病院のお金を払えるほどのお金は持っていない。そのことに安心した。
「セキュリティの方もご安心ください。エルモ様より『何としても守れ』とのご命令が出ておりますから」
「兄上は多額の寄付をし尽力なさり、政府の力を借りずにこの病院の建設を成し遂げたのだ。ここの医療従事者に政府の息がかかった者はおるまい」
ならば安心だ。
自慢げにエルモのことについて語るエルディアを横目に一息つく。政府は個人の位置情報を把握するために、医療機関や教育機関に人を送ることがある。
看護師は一礼をし、部屋を出ていく。リハビリの日程はまた後ほど。
しばらくの静寂の後、エルディアが口を開く。
「コアは……結局、夢を与えるものではなかったのだな」
「『能力を等しく市民に与える』……夢のような話はやっぱり夢でしかないということだ」
「精神に影響を与えるシステムも建前では、『能力の開花には精神の操作が必要』ということだったが、実情は『人の行動を操るため』だった。国民一人一人の個人情報を登録することも逆らえなくするため……考えたくもない、実際にそうなったこの街など」
コアの存在は多くの市民が喜んだ。魔術と比べて、能力という何十倍も優れた力を手にできる、と。
ゲーム「イロモノ」はマルチエンディングだ。
主人公が死んでヒロインが幸せになったり、とあるヒロインが死んでこの街の市民が生きたり、様々である。
しかし、一つだけ変わらないのは、アギ・リクに全てを支配されること。直接それは描写されないが、このシナリオを制作した伊勢ミクはそう語る。
再び沈黙が訪れる。
気になったことを聞く。あまり良い気持ちはしないだろうが、今後に関わることだ。
「エルディアは……その、アギ・リクのこと、今どう思っているんだ?」
「……父上のことか」
エルディア、エルモ。この二人にとって、父親のような存在だ。
元々二人は捨て子で、アギ・リクに拾われ、育てられた経緯をもつ。仮に街を支配しようとする悪人であっても、そう簡単に見る目を変えることはできないだろう。
「父上のことは当然感謝している。我は
「エルモもか?」
「あぁ、そうだ」
エルディアは病床近くの椅子に座りながら、自身の首にかかったペンダントを握る。
辛いだろう。
自身の命を救い、街のためと行動し、市民からも好かれ尊敬される父親が、まさか自分の命を狙い、街を自分のモノにしようとしたとは。
決して20歳に満たない少女が負って良いものではない。
俺の右手は自然と彼女の背中をさすっていた。
「……ッ、盟友に渡されたデータを見たッ! 父上死んで当然のクズだと知りたくなかった! 我も兄上も何を信じていけば良いのか分からない……!」
「エルディア……」
「盟友は……庄屋は、我の敵なのか……?」
「俺は……」
敵なのだろうか。
この世界で生きる俺は、エルディアの敵なのか?
全く分からない。「イロモノ」がエンディングを迎えて、その後のことなど分からない。この街の未来など、考えたこともない。
今の街の姿が正しいか分からない。だから、この世界における俺の存在価値など、知る由もない。
エルディアの質問に動揺する。
所詮部外者の俺が、キャラの運命を変える権利を持っていたことに、今初めて違和感を感じたのだ。
「それは、分からないな。エルディア」
「……ぁ……そうか……」
「だって俺は、お前たちの信じていたものを壊したんだぞ。街を救うためとはいえ、お前たちを一度苦しめた」
「庄屋……」
世の中のために正義を行使する一方で、誰かを苦しめることがある。誰かにとって英雄でも、誰かにとっては悪魔なのだ。
俺のしたこと、それは街で生きる多くの人間を救うため、エルディアとエルモに嘘のような真実を突きつけたのだ。
「だがな。俺がそうしたのは別にお前らが嫌いだからじゃない。むしろ信じている。エルモもエルディアも一人の仲間として」
「庄屋は……違うのか?」
エルディアから向けられた美しい目。その奥には恐怖がある。ただの恐怖ではない。人間不信に陥る寸前の見たことある目。
右手はペンダントを掴む彼女の手を握っていた。引き寄せて、包帯で巻かれた左手も添えて答えた。
「お前らを捨てはしない。盟友として最後までいると誓う」
エルディアの目の奥にいた恐怖は姿を消した。
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