赤い瞳で過去を視る

 神佑じんゆう高校の入学式の『在校生の挨拶』は、本来、生徒会長の仕事である。高校二年生の夏芽かが早苗さなえは、当時は副会長だった。しかし、旧生徒会で生徒会長をつとめていた椿つばき晴一はるいちが、家庭の事情により入学式の出席が困難となってしまい、すでに原稿が準備されていた『在校生の挨拶』を早苗が代読したのだった。


 この、がなければ、宗治そうじは生徒会の副会長の座についてでも早苗に近付こうとしなかったかもしれない。


「新! 生徒会! 役員会議! 記念すべき第一回を始めるわ!」

 役員決めがあり、土日を挟んで、週明けの月曜日。放課後の生徒会室に、早苗のよく通る声が響く。宗治だけが拍手をした。遅れて、卓も手を叩く。

「第一回といえば、自己紹介ね! まずはあたしから!」

 生徒会室の広さは通常教室と同じ。配置も同じで、黒板がある。早苗は、白いチョークで『夏芽早苗』という四文字を縦に並べた。

「二年一組、夏芽早苗! 得意科目は家庭科! 今年は生徒会長として、神佑高校をよりよくしていけるよう、全力を尽くすわ!」

「あの、次、わたくしでもいいですか?」

 言い終わったとみて、常磐ときわ伊代いよが席から立ち上がる。細い左腕に巻かれた腕時計を、ちらちらと気にしながらだ。

「ええ。いいわよ!」

 早苗が伊代にチョークを渡す。伊代は、どうも、と会釈してチョークを受け取り、丸っこい文字で『常磐伊代』と書いた。

「庶務の常磐です。風車かざぐるまくんや作倉さくらくんとは、隣のクラスですね。よろしくお願いいたします。以上」

「よろしくー!」

「では、私は部活動がありますので、これにて」

 ささっと荷物をまとめた。伊代は吹奏楽部に所属しており、来月にある文化祭でのステージ発表に向けて、熱心に取り組んでいる。

「おっけー! 明日はよろしくね?」

「明日?」

 扉を開けようとして立ち止まり、早苗に聞き返した。

「およん? 生徒会は毎朝七時に校門集合だよん?」

「部活動の朝練があります!」

「あやや。なら、おっけー! 来られるときに、参加してね!」

「はい……」

 生徒会役員は、生徒会長が一人、副会長が一人、書記が一年生と二年生で一人ずつ、庶務も同じく一年生と二年生で一人ずつの総勢六名。のはずだが、現在、生徒会室には生徒会長早苗副会長宗治一年生の書記、の三名しかいない。

「早苗さん、二年生の書記の人と、庶務の人は?」

 宗治が早苗に問いかける。早苗は、うーん、とその場で考えるような素振りを見せた。

「ふたりとも、部活かな?」

「第一回なのに?」

「まー。そういうもんよ! 気にしない気にしない! はい、次! 宗治くん、どうぞ!」

 伊代が早苗に返却したチョークを、早苗は宗治に手渡す。この場にいるのはすでに自分の名前を知っている者しかいないのだが、宗治は黒板に『風車宗治』と書いた。

「風車宗治だぞ! 俺の得意科目は……なんだろう? 作倉、なんだと思う?」

「わたしに聞かないでくださいよ」

「一学期の期末でいちばん点数が高かったのは現代文! だから、国語?」

「と、いうことにしておけばいいんじゃないですかねえ」

「作倉が言うんだからそうだな! うん! そういうことで! よろしく、早苗さん!」

 行き当たりばったりな自己紹介が終わる。宗治らしいといえば、らしい。

「ふたりって、結構仲良しさんでいらっしゃる?」

「作倉は、俺の、高校で初めて出来た友だちだぞ!」

 宗治は席に戻りながら、チョークを卓に渡す。宗治には氷見野ひみの雅人まさひとという、マンションと隣の部屋に住んでいる友人がいるのだが、入学式の日にクラスが分かれてしまった。他に顔見知りがおらず、おろおろしていた宗治に話しかけてきた人物こそ、この作倉卓である。

「サングラス、外してもらってもいい?」

 早苗の関心は、宗治から卓へと切り替わった。校則に『サングラスをかけてはならない』とは書いていないので「ダメって言うわけじゃないわよ?」と、慌てて付け加える。

「いいですよ」

 卓は特に気にしてはいない。よくあることだ。この程度で気分を害するようなら、最初からサングラスはかけていない。

「作倉は、過去と未来が視えるんだぞ!」

 サングラスを外し、赤と青の目を早苗に披露したタイミングで、宗治が説明する。興味津々といった面持ちの早苗が近付いてきたので、卓は右目のまぶたを閉じた。

 こうして、過去が視える。


 早苗と、早苗と比べると一回り背の低い少年が向かい合う姿が見えた。少年の両目は、卓の左目よりもきらびやかな紅色をしている。さらに、少年は輝く銀色の髪をオールバックに固めて、不機嫌そうに口をへの字に曲げていた。対照的に、早苗はにへらと緊張感のない笑みを浮かべている。


「なになに? 何か見えた?」

 右目のまぶたを開ける。左目のみで見たときの笑顔とは異なる種類の笑顔が見えた。

「いえ、特には」

「えー? 早苗、気になるなー?」

「俺も気になるぞ!」

 詰め寄られた。卓は早苗を視界に入れないようにして、宗治に話しかける。

「宗治くんは残りの生徒会メンバーを招集してきてください」

「え? ……俺ひとりで!?」

「はい。夏芽先輩に認められたいのでしょう?」

「そうだけど? そうだ、けど? 作倉が早苗さんを視て見えたの話は?」

「生徒会、第一回ぐらいは全員を集めましょうよ。ここは副会長としての腕の見せ所ですよ?」

「たしかに? なんかごまかされている気がするけど、――じゃあ、早苗さん、いってきます!」

「いってらっしゃーい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る