Case1

お友だちから始めましょうか

 生徒会室の扉を、勢いよく開けた。想定よりも開けてしまい、バァンという大きな音が出てしまう。

「失礼しまう!」

 その大きな音に負けないように、声を張り上げた。この程度で気が動転してしまうほど、きもの小さな男ではないのである。少し噛んでしまったのもご愛嬌あいきょう

夏芽かが先輩!」

「はいっ! 夏芽早苗さなえ、十七歳! 神佑高校の生徒会長です!」

 早苗も宗治に負けず劣らずの声量で張り合ってきた。わざわざ自己紹介をしなくとも、現在の生徒会室にいる誰もが知っているような情報を言っている。

「そして、君は風車かざぐるま宗治そうじくん、だよね?」

「はい! 風車宗治、十月十六日生まれ! このたび、神佑高校の副会長になりました!」

「うんうん! 知ってる知ってる! ……今日の役員決めで決まったわけだけど、任命式は週明けの月曜だから、まだ生徒会としてのお仕事はしなくていいのよ?」

 どうやら早苗は『やる気十分の宗治が一足先に生徒会としての仕事を遂行しにきた』と解釈したらしい。感心はするが、規則は規則だ。全校生徒の規範であるところの生徒会長が、率先して規則を破るわけにはいかない。宗治を追い返そうと、旧生徒会メンバーの作り出す輪の真ん中から外れる。

「俺は夏芽先輩にお伝えしたいことがあって、来ました!」

「お伝えしたいこと?」

 宗治と早苗が向かい合った。目線の高さは同じ。

「何かしら。言ってごらん」

 くりっとした瞳で、宗治の姿を捉える。口から飛び出してしまいそうな心臓をごきゅりと飲み込んで、覚悟を決めた。

「夏芽先輩、好きです! 俺と、付き合ってください!」

「「「おおー!」」」

 告白シーンに出くわすとは思っていなかった旧生徒会一同が、歓声を上げた。その声は早苗の「え……」という困惑を上から覆い隠す。

「入学式で、壇上の夏芽先輩を見てから、ずっと夏芽先輩のことが気になっていました! 夏芽先輩と仲良くなりたくて、副会長になったんです!」

「「「おおー!?」」」

 これには旧生徒会一同も困惑気味だ。先ほどと似たような歓声を上げつつも、首を傾げている。

 かつて、早苗に愛の告白をしてきた者は一人や二人ではない。男子生徒のみならず、女子生徒も含めて、両手の指の本数では足りない人数である。彼らは早苗と友人以上の関係を築こうとして、宗治と似たり寄ったりの言葉を早苗に投げかけていた。

 しかしながら、早苗を目当てに生徒会に入ってきた例は、今回が初めてだ。

 旧生徒会一同、例外なく全員が早苗を好いている。が、早苗と付き合いたくて生徒会に入ったのではない。動機は人によりけりだが、最初から夏芽早苗を目的としているのは前代未聞の出来事である。

 早苗はどう答えるのか。旧生徒会一同は、固唾をのんで見守る。

「俺、夏芽先輩のためにがんばります! 夏芽先輩にふさわしい男になります! だから、付き合ってください!」

 この場には二年生以上の生徒しかいないので、普段の宗治の様子を見ているわけではない。生徒会室の全体に響くような声で早苗に告白する少年が、入学から半年のこの時期で、すでにとは知らない。

「えっと」

 何か言わねばならぬ。そう思って、ようやくが漏れ出してきた。戸惑いがあって「はい」でもなく「いいえ」でもない、どっちつかずの、意味を持たない。普段の早苗ならば、白黒はっきり付けてくれる。曖昧なグレーの言葉は、早苗らしくない。

「あのね、。宗治くんは、あたしと恋人になりたい、んだよね?」

「はい!」

「そっかあ……」

 雲行きが怪しくなってきた。この言い方では、このあとが降る。

「今すぐには無理なら、お友だちから始めてください! 俺、なんでもします!」

 曇り空で食い止めるべくして、必死のアピールを加えた。早苗は、長い黒髪をかきあげて、左耳にかける。

「なら、が始まるまで、付き合うかどうかは保留にさせてもらっていい?」

「来年度?」

「そう。来年度。今年度が、来年の三月まででしょう? 四月には、宗治くんは二年生になって、新入生が来るじゃない?」

 早苗なりの譲歩である。この場でばっさりと断ってしまっては、生徒会役員としての活動に差し障りがあるかもしれない。宗治のモチベーションを保ちつつ、また、早苗と宗治の一挙一動を見守る旧生徒会一同が納得してくれるようなベストアンサーを編み出した。

「宗治くんがあたしにのが『入学式』なら、その日、また別の新入生が、あたしにかもよ。さっきの宗治くんみたいに、告白してきちゃうかもしれない」

「えっ、敵」

「だから、その日。来年度の『入学式』の日に、あたしは宗治くんと恋人になりたいかどうかで、返事をするね。それまでは“お友だち”でいましょう?」

 憧れの先輩と恋人関係になる、という目的を果たせてはいないが、お友だちから始めて、その関係性が進展するかもしれない期日が設けられた。大いなる一歩である。

 宗治は、ひときわ大きな声で「はい! よろしくお願いします!」と答える。同じ高校にいるだけの先輩と後輩ではない。

「お友だちだから、敬語はなし」

「いいんです、あ、いいのか?」

「あたしのことは、早苗って呼んでね?」

 夏芽早苗を『早苗』と呼ぶ人物は、神佑高校にはいない。早苗の友人らですら、早苗を『夏芽さん』と呼んでいる。

「う、うん! 早苗! さん」

「さん?」

「一応、三年生の先輩たちの前だから」

 実は気にしていたらしい。にこやかにふたりを見守っていた旧生徒会一同が、気まずそうな顔をした。


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