第27話

「仙人さま、よくお越し下さいました。お噂は聞き及んでおります」

 あるじは意外に若く、そして上品な青年だった。

「まずは、私が名ならなければいけませんね。私はこの筑紫国つくしのくにを任せてもらっている。名を筑紫御井つくしのみいという。差し支えなければ、貴方がたのお名前を伺っても良いだろうか?」

 人の良さそうな柔らかい表情で言う。

「俺は葛城玄理かつらぎのくろまろ。こいつは竹内美夜部たけのうちのみやべ。そして、こいつは紅蘭こうらんという」

 玄理くろまろが言うと、

葛城かつらぎ様、竹内たけうち様。もしや、あの白朱びゃくしゅの大戦の?」

 と筑紫御井つくしのみいが聞く。

「うん。物部もののべに負けたがな」

 と口惜しそうに玄理くろまろが言うと、

「それも聞いている。物部もののべ鬼術きじゅつを使ったのだと。葛城かつらぎ氏、竹内たけうち氏は我ら筑紫つくしの者と縁が深い。だから、この大戦では皆、心を痛めた」

 と筑紫御井つくしのみいも沈痛の面持ちで言う。それを気にして、

「こんな話をするつもりではなかった。あまり、気に病まないで。俺たちは旅をしていて、今夜の宿を探していた時、この屋敷へと案内された。迷惑でなければ、一晩部屋を借りたいのだが?」

 と玄理くろまろが話を切り替えた。

「ああ、そうでしたね。もちろん大歓迎です。どうぞ、泊っていってください。それと、こんなお願いは礼を欠くようで申し上げにくのですが、私は、仙人さまを見た事が無くて、そのお力をこの目で見てみたくてたまらないのです。あの海峡での出来事は正に神の如くと、皆が噂しておりまして」

 と筑紫御井つくしのみいは、面目なさそうに目を伏せて言う。

「なんだ、そんな事か。別に構わない。一晩の宿を借りるのだからな。貴方に見せてあげよう。さあ、外へ」

 玄理くろまろはそう言って庭へ出た。

「さあ、俺の隣へ来て。怖がらなくていい。俺が貴方の身体を支えるから身を任せて」

 玄理くろまろ筑紫御井つくしのみいの身体にそっと手を触れてから、

「上に上がるけれど、怖がらず落ち着いていて」

 と声をかけて上昇した。怖がらないでと言われているのに、怖がらずにはいられないほど、二人の身体は高く昇っていた。

「どう? 落ちる心配はないから安心して。ほら、下を見てごらん」

 と玄理くろまろが言うと、

「あ、あ。もう……十分だ」

 ちらりと下を見ると、身体を震わせて筑紫御井つくしのみいが声を絞り出す。

「そうか?」

 玄理くろまろはゆっくりと下降して、しっかりと地に足を付けると、

「俺の力は楽しかったか?」

 と笑みを向けて聞く。

「う、うむ。貴重な体験だったが……」

 まだ震えが止まらない筑紫御井つくしのみいの顔面が蒼白で、倒れそうなのを見て、

「まあ、初めての体験だっただろうから、無理もないな」

 と複雑な表情で言った。


 家屋へ入り、筑紫御井つくしのみいも落ち着いたところで、

「さて、お聞きしてもいいだろうか? 葛城かつらぎ様はなぜ、この筑紫国つくしのくにへ参られたのだろう?」

 と玄理くろまろに尋ねた。玄理くろまろ美夜部みやべへ視線を向けると、彼は黙って頷いた。それを確認して、

「俺たちはある書物を探している。それが火の国にあると聞き、途中に立ち寄った」

 と答えた。

「そうか。その書物は何という?」

 筑紫御井つくしのみいが興味深げに聞く。

鬼術十篇きじゅつじっぺん

 と玄理くろまろが答えると、筑紫御井つくしのみいは深く考えるように間をおいて、

「そうか。物部もののべが鬼術を使ったから、物部もののべが持っていると思っていたが」

 と重々しく言う。それを聞いて、玄理くろまろははっとして、美夜部みやべを見ると、彼も眉を上げる。

「まさか?」

 玄理くろまろが呟くと、

「ん? どうしたのだ?」

 と筑紫御井つくしのみいが聞く。

「いや、その考えに至らなかった。鬼術は術者によって独自にみ出される。物部もののべが使ったむくろを操る術が物部もののべによって編み出されたのではなく、鬼術十篇きじゅつじっぺんに記されたものであるかもしれない」

 玄理くろまろが誰ともなしに言い、

「ありがとう。今、それに気付いて良かった。どちらにせよ、まずは徐福じょふくに会わなければならないだろう」

 と言葉を続けた。その晩は、筑紫御井つくしのみいの屋敷で休み、翌朝、火の国へ向かって発った。

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