白兎と少年の物語

白兎

第1話

 陽も落ちた街には煌々と明かりが灯り、妖艶な女たちと飲んだくれた男たちが、酒を出す店に集まっていた。

「あら、お兄さん。見かけない顔ね?」

 派手な化粧、赤を基調とした派手な服を着た女が声をかけた。

「遠方から来たからね」

 声を掛けられたのは、まだ少年のようなあどけなさが残る若者だった。美しく整った目鼻立ちの良い顔には気品が溢れ、美しく洗練された白い服を身に纏う姿は仙人のようだった。だが、話しかけた女は花街の遊女で教養もなく、仙人を見た事もないので、若者が何者か気付かないだろう。若者が座る卓上には小さな白兎が乗っていた。それを見た派手な女が、

「まあ、可愛い」

 と言って、触れようとすると、白兎は前足で女の手を叩いた。

「あっ」

 女は驚いて手を引いた。

「ごめんね。怪我はない?」

 若者が謝って、女の手を見ると、一筋、赤く線が出来ていた。

「これくらい平気よ」

 女は大して気にしてはいないようだ。

「こいつ、綺麗な人が俺に近づくと怒るんだ」

 若者が言うと、

「あら、いやだわ。お兄さん、私を誘っているのかしら?」

 女は艶めかしい眼差しを向けて言った。すると、女に攻撃を加えようとするかのように白兎が飛び上がった。

「だめだ」

 若者は白兎を捕まえて、

「綺麗な人に嫉妬しているんだろう? まったくお前ったら、可愛い奴だな」

 そう言って、白兎の頭を撫でた。

「まあ、本当にこの子は嫉妬しているみたいね。お兄さんを揶揄ってごめんなさいね。手は出さないから安心して」

 女はそう言って、他の男たちに声を掛けに行った。

「そんなに怒るなよ。俺はああいう女には興味がない」

 若者は白兎を宥めるように言ったあと、

「おい、あんた。こいつに青菜を持ってきてくれ」

 店の者に声をかけた。

「はい。ただいま、お持ち致します」

「こいつが食べるから、調理は不要だ」

 若者はそう付け加えた。

「はい」

 店の男はそう答えて、調理場へ入っていった。

「お前、腹が減って機嫌が悪いのか? それとも、本当に嫉妬したのか?」

 若者は笑いながら、白兎を撫でた。

「お待たせしました」

 店の男が青菜を持ってきて、

「このままでよろしいですか?」

 と言うと、

「うん。ありがとう」

 と若者は礼を言ってから、

「ほら、お前の好きな青菜だぞ」

 白兎の口元へ青菜を差し出すと、白兎はそれをむしゃむしゃと食べ始めた。

「本当に、お前は可愛いな」

 若者は白兎の食べる姿さえ、愛おしいとばかりに、にやけた顔で見つめている。

「おい、あんた。この辺りで泊まれる宿を知らないか?」

 と先ほどの男に尋ねると、

「ここは花街ですよ。どこでだって泊まれるし、どこでだって女を買えますよ」

 と口元に笑みを浮かべながら言った。しかし、それに対して、少し不快な表情をして、

「いや、女は要らない。ただ、寝られる場所があればいい」

 と若者が答えた。

「それでしたら、うちでも泊まれますよ。一部屋、ご用意致しますが? 本当に女は要らないんですか? 花街に来て」

 と男が言うのを、

「俺は旅をしていて、食事と宿を取るために、この花街に立ち寄っただけだ。部屋を用意してくれ」

 若者は、男のしつこい勧誘に呆れたが、気持ちを静めて冷静に答えた。それを聞いて、本当に女は要らないのだと理解し、

「失礼しました。ただいま、お部屋のご用意を致します」

 と言って、下がっていった。

「まったく、花街は品がないな。立ち寄ったのが間違いだったかな? しかしこの辺りには、他に街もなければ、宿もない。我慢してくれよ」

 若者は白兎に向かって言った。白兎は一瞬、食べるのを止めて、若者を見上げたが、また一心に青菜を食べ続けた。

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