普通かもしれない学校生活

 ミサキ・フジサキは普通をこよなく愛する少女である。

 普通の家族…………はもう踏ん切りが付いたのでいいとして。

 せめて学校生活は。雇い主が与えてくれた普通になれるチャンスだけは掴みたい。

 そう思っていたのだ。

 思っていたのに。


「なぁんでランドマンさんとあたしが学院で模擬戦することになるんですか!!」

『いい事を教えてやろう。人生諦めも肝心だ』

「諦め慣れてるから余計嫌なんですよぉ!!」


 ミサキはイグナイトファイターのコクピットで、ハインリッヒ王国最強と名高いランドマンとの模擬戦をする事になったのだった。

 ──事の発端は、ミサキが家族への踏ん切りを付けて学院に登校した所から始まる。


「それで、凄かったんだよ、フジサキちゃん! 戦闘機に乗って宙賊をバッタバッタとなぎ倒してたんだ!! 無双だったよ、無双!!」


 ミサキが助けた民間船に乗っていた社長令嬢の子がクラスの中でそこそこ通る声のまま、ミサキの素性をバラすバラす。

 思わず顔真っ赤のまま机に突っ伏すミサキだったが、そんなミサキの事を気にしやしない。

 止めようにも助けたのは確かに事実だし、相手はこっちの事を褒めてくれてるのだから、どんな顔で止めていいのかも分からない。


「えー? でも、なんか信じられないかも……しかも、戦闘機なんでしょ? ネメシスに勝てるの……?」

「確かに実際に見ないと凄さが分かんないだろうから……じゃーん! これ、この間起こったメロスのリゾートコロニーのテロ事件の動画!!」


 おっと?


「これの、ここ! ほら、戦闘機!! 戦闘機がネメシス倒してるんだよ!! フジサキちゃんもこんだけ強かったんだよ!!」

「ちょっ、ちょっ!!? それ機密!! あの機体、一応はきみ、つ……だか…………ら」


 当たり前ではあるが、ハインリッヒ家にとってイグナイトファイターは機密。それこそ、ライトニングビルスターに並ぶ機密だ。

 気軽に乗り回しているが、かと言って気軽に撮られていいものじゃない。

 動画で撮影されるのだって勿論。基本的にティウスのネットワークに乗れば即座にハインリッヒ伯爵家の権限で削除されている。

 しかし、メロスからのアレコレには機密などかからない。

 つまり、だ。


「…………もしかしてこれもフジサキちゃん? 確かに、よく見るとフジサキちゃんの変形する戦闘機に似てるような」

「あ、ぁぅ…………」


 藪蛇ぃ! ミサキが内心叫ぶ。

 やっちまった。無視しときゃよかった。

 あの戦闘でガッツリと暴れたのはミサキだ。正規軍崩れ相手にドンパチやらかして無双したのだ。

 それを否定できる要素を、今大声で潰してしまった。


「あ、あの…………お願いだから、それ以上は……ほ、ほんと、あたしの立場が怪しくなるから…………」


 立ち上がった勢いはどこへやら。顔を真っ赤にして顔を逸しながら俯く様子はクラスメイト達に小動物感を与えていく。


「……そうだね、じゃあ追求はやめよっか」

「あ、ありが」

「所でさ! フジサキちゃんはパイロット科の訓練とかどう思う!?」

「微妙に話題が切り替わりきってないんだけどぉ……!!?」

「いいじゃんいいじゃん! もう機体のことは触れないんだから! フジサキちゃんの素直な感性で答えてくれたらいいんだよ!」


 ぐぬぅ、と変な声が漏れる。

 だが、確かに素直な感想を口にするだけなら機密には触れない。口にしてもいいことだ。

 それに、相手は口にするまで何度も同じことを聞いてくるだろう。

 無下にする訳にもいかない……となると、白状するしかない。


「…………しょーじきに言って、雑魚ばっか。あたしなら100戦やって100戦勝てる。あたし、ランドマンさんにも8割勝てるから、そんなランドマンさんに勝てないなら逆立ちしても勝てないよ」


 それがミサキの素直な感想だった。

 一度だけニアがネメシスを動かす様子を見たことがあるが、言ってしまえばパイロット科の生徒はそれより少し上程度。

 教科書通り隊列を組んで、マシンガンをバラまく。その程度ではミサキに勝てるわけもない。

 ユーキとレイトなら「マニュアル通りにやっていますというのは、アホの言う事だァ!!」とか言って御大将ロールしながら無双するだろう。


「それならさ、それならさ! フジサキちゃんならパイロット科の子でも軽く捻り潰せるってことだよね!」

「ン、まぁ……本気にならなくても、確実に」

「じゃあさ、あのいけ好かないパイロット科の子達にギャフンと言わせてよ!」

「い、いけ好かない?」


 うん、と彼女は頷いた。


「自分達はネメシスを動かせるからって、いっつも変に威張るんだよ、パイロット科の子って。この学院の華も実質パイロット科だし? 自分達はエリートって自負が凄いの」


 ティウス王立学院に平民が入るためには、それなりの地位か金、もしくは何かしらの分野に秀でていなければならない。

 ミサキは前者によるコネ入学のようなもので、目の前の社長令嬢の子もそれに当たる。

 だが、パイロット科に入るためには、後者の分野でパイロットとしての才能を見出されなければならない。

 そしてパイロット科をいい成績で卒業すれば王直属の騎士団へ。ある程度の成績でも、様々な貴族が保有する機兵団への就職が可能となる。

 そうでなくても、ネメシスパイロットとしての教育を受けるのは大きく、様々な企業のお抱えパイロットにだってなれる。

 故に、ネメシスパイロットはそう安易に変えが効かない分、高給取りだ。それに、うまく行けば貴族の令嬢なんかと仲良くなってあわよくば……というのも無くはない話だ。

 だからこそ、パイロット科の生徒は結構増長する。社会人になると一瞬で鼻っ柱を叩き折られるが。


「文化祭とかの予算もパイロット科が多めだし……部活も、パイロット科の放課後練習とか、そんなのをいつもグラウンドでやってるから、色んな部活がグラウンドを全然使えないの! 文句言ってもネメシスで決闘して勝ったら言う事聞いてやるとか偉そうな事ばっか」


 社長令嬢の子の言葉を聞いて、ふと思い出す。

 職場都合故に先生に付き合ってもらってやっている補講の最中、グラウンドの方でネメシスが動く音がやたらと聞こえてきた事を。

 そういう文化なのかな、と昨日までは考えていたが、社長令嬢の子の言葉を信じるなら、グラウンドを独占して行われていた練習らしい。

 確かにネメシスの操縦には経験こそ必須ではあるが、そのために他者を蔑ろにするのは違うだろう。


「ンー……別に叩きのめしても、いいんだけど……」

「ホント!?」

「でも、あんま目立つのはヤ、かも……」


 ミサキがパイロット科ではなく普通科に通っているのは、パイロット科は論外だったからという理由の他に、普通に平凡に暮らしたかったという物もある。

 毒親のせいで得られなかった青春を得るためだ。

 にしては己の気質のせいで色々とやらかしたが、流石にこれ以上やらかすのは流石に嫌だ。


「そっかぁ……それじゃあ、仕方ないね」


 だが、あそこまで言われたのなら何かしら妥協点を見つけなければ。

 そう思った矢先だった。社長令嬢の子はすぐに引いてくれた。

 思わず目を点にすると、彼女は少し気まずそうな表情を浮かべた。


「いや、流石に私も反省してるというか……この間の件で父様に理詰めされて自分を見直したというか……」

「そ、そうなんだ」

「この前のは下手するとお家沙汰だったからね。もう二度とそんな事やるなって理詰めされたら流石に反省の一つや二つするよ。父様、いつもは私に甘いけど、会社とか家のことになると凄いからね……特に理詰めされると土下座してもいいから早く終わってくれって思うくらいだし……」


 社長令嬢の子は遠い目をしながらそう呟いた。


「そりゃ、フジサキちゃんが殴り込みかけてくれるなら応援するし、焚き付けた手前責任は取るけど、本人が嫌なら無理強いはしないよ」

「そ、そう…………なら、うん。遠慮する。けど、何か大変な事が起きたら、力にはなるから」

「ホント!? ありがと!」

「ま、まぁその……クラスメイト、だし……」


 タジタジになりながらも妥協点を口にすれば、社長令嬢の子は笑顔でお礼を言ってくる。

 なんかこう、やりにくいけど。

 けど、こういうのも悪くない。

 ミサキはそんな日常を噛み締めて。

 ──数日後、自分は非日常の方から顔を見せに来る運命を歩いているのだと、思い知らされた。ファッキン神様。

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