普通が離れていく学校生活

 ミサキの日常は相も変わらず。

 けれど、社長令嬢の子、クレアとはよく話す仲になった。

 キッカケはこの間の件で。名前はうろ覚えだったので、ミサキは頑張って覚え直した。


「それでねそれでね、父様が試供品をクラスの子に試してもらって感想貰ってこいって言ってきたから、持ってきちゃった!」

「うわっ、これ結構お高いやつの新作じゃん。どういう繋がり……って、そっか。クレアの実家、化粧品の類を扱ってるんだっけ」

「えへへー。だから流行には敏感なのだ。で、これはフジサキちゃんに。使って感想ちょうだい?」

「え? いいの? こんな高いの」

「いいんだよー。テスターってやつだからね」

「そ、そうなんだ……なら、ありがたく貰うね。ちょうど今使ってるやつ、もうすぐで無くなっちゃうから」


 クレアという少女は明るく、ユーキやレイトから見れば陽キャと言われる部類の少女だった。

 そんな彼女が手渡してきたのは、試供品のリップクリームだった。

 こういう化粧品の類をミサキはあまり使わないが、最低限は使うようにしている。故に、貰ったリップクリームもかなりありがたいと思える。

 笑顔の眩しいクレアにぎこちない笑顔を返しながら、最近あった事やメイドとしての仕事の事、最近できたカフェの話なんかをする。

 ザ・女子高生の会話とも言っていい会話。それはミサキに何となくの充実感を与えてくれた。


「ん? どったのフジサキちゃん」

「いや、普通にちょっと感動を」

「……? 偶にフジサキちゃんって変になるよね?」

「とんでもない事を言うのはこの口かー?」

「ふにいいいいいいいい!!」


 もちもち伸びるクレアのほっぺたを抓りながらも、やはり胸には充実感。

 伸びるほっぺたをむにむにとしてから離して。

 こんな日常を、残りの学生生活では過ごせるといいな、なんて思って。

 ──あれ? これフラグじゃない? と。ユーキとレイトみたいな事を考えた直後だった。


「おっ、ここか? 俺達の事を馬鹿にしやがった戦闘機パイロットとやらがいる教室は」


 面倒事がやってきたのを確信した。

 ミサキとクレアは視線を合わせて。伸びきったほっぺたを離して。

 みんなの視線がミサキに吸われるのを認識してから。


「クレア、下がった方がいいかも」

「で、でも」

「だいじょーぶ。あたし強いから」


 小声で話してから数秒も経たない内に、目の前にパイロット科らしき生徒がやってきた。

 数は4。筋肉の付き方は並。

 制圧可能な範囲だ。


「お前か? 旧式の賊を追い払ったくらいでイキってる戦闘機パイロットってのは」

「そうだけど? 新型に乗ってるのに無様な戦い方しかできないパイロット科の生徒サン?」

「テメっ」


 生徒の一人から手が伸びる。

 直後、その手を掴んで立ち上がりながら足を踏みつけ、誰もいない方へ突き飛ばす。

 そしてそのままの流れで立ち呆けている2人の生徒の腹と顎を拳で打ち、最後の一人の手を掴んで引き倒し、そのまま相手の手を背中に回し、膝で踏み付けながら腕を捻り上げ、制圧を完了する。

 その一連の流れに周りからは感嘆の声が漏れた。


「騎士団でも機兵団でも、白兵技術は必須。イキって他人に喧嘩売る暇あったら訓練でもしたら? まだヤクザの鉄砲玉の方が強かったよ」

「えっ、フジサキちゃん、ヤクザとやりあったことあるの……?」

「あ、いや、まぁ……メイドだからね!」

「メイドってそんなんじゃないと思うけど!?」


 やべー事をポロッと漏らしたが、なんとか誤魔化せた、と信じたい。

 しかし、この惨状は如何なものか。

 割と全力で投げたし打ったが、それだけで戦闘不能になるとは。


「そもそも。売り言葉に買い言葉で手が出る時点で論外。賊の汚い言葉なんてあたし以上だってのに、少し煽られたら逆ギレしてそれって。ホント、パイロット科って大したことないんだ」


 思わず本音が漏れる。

 今も抑えつけられている一人は身動き一つ取れていないし、残りの三人はようやく立ち上がった所だ。


「ぐっ、このアマ……!」

「ランドマンさんの教えを受けてこれって、ホントがっかり。マニュアル通りにやってますってのはアホの言う事だってあたしの知り合いは言ってたけど、あんたら全員そのアホみたいだね」


 抑えつけていた生徒の上から去り、いつまた手を出されてもいいよう最低限の構えは取りながら煽る。


「はぁ……で、何の用? リアルファイトするってんならここで再起不能にさせてもらうけど? 30秒前後もあれば十分そうだし」

「なんだとテメェ!!」

「おい落ち着け! これ以上暴れたら先公が来る!」


 レッツリアルファイト、と思った矢先、拳を握った生徒が横の生徒に止められる。

 流石に教師に来られて立場が不利になるのは自分だと判断したのか、舌打ちしながら拳を下ろした。


「そこまで言うんなら上等だ。今日の放課後、テメェのご自慢の玩具に乗って演習宙域まで来い!」

「は? 何、生身で勝てないから今度はネメシス? 勝てるわけないのに自尊心で喧嘩してたら今後苦労すると思うけど?」

「もういい決闘だ!! ぶっ殺してやる!!」

「できないコト喚くくらいなら黙りなよ。小物にしか見えない」


 このまま煽って引いてもいいが、引いたら引いたで面倒な事になりそうだ。

 ただ、折角喧嘩するのなら。


「あぁ、そうだ。もしあたしが勝ったら、グラウンドでやってるネメシス体操やめさせてよね。音デカいし迷惑だからサ。戦闘機に負ける程度の訓練ならやらない方がマシだしね?」

「えっ、フジサキちゃ」

「上等だ!! 二度とその生意気な口利けねぇようにしてやる!!」


 パイロット科の生徒はそう吐き捨てると、そのまま普通科の教室を出ていった。

 それを冷めた目で見送ってから、ミサキはクレアの方を見て。


「あーのーねー!!? クレアが教室の中でアレコレぶちまけなきゃこうなってなかったのわーかーるー!!?」

「いひゃいいひゃい!! ごめんなひゃい!! はんせいしてまひゅ!!」


 思いっきり頬を掴んで伸ばす。

 よーく伸びる頬だ。もっちもちである。

 一頻りクレアの頬で遊んでから、溜め息を吐いて頬を伸ばした手を離す。


「ぁぅぅ……ほっぺたいたい……」

「全く……貸し1つだよ。周りのみんなも! 明日からグラウンド使えるだろうし、グラウンド使いたい人全員に貸し1つ!」

「え? それだけでいいの?」

「いーの。あたしもアイツ等の人を見下した態度、すっごいムカついたし。あと補講の時にうるさいのも変わんないし」


 ティウス王立学院のグラウンドはネメシスの演習でも使う関係上、かなり広い。

 それを自由に使えるとなれば、様々な部活や同好会の利になる。

 今まではパイロット科がほぼ独占していたせいでできなかったアレコレができるのだ。


「あ、じゃあフジサキさんにジュースプレゼント」

「ん。これで貸し借りなし」

「それなら私、このお菓子あげる! この間の新作!」

「貸し借りなしで」

「あ、じゃあじゃあ!」


 そんな感じでクラスメイトから色々と貢がれるミサキ。

 さてさて、こうなった以上は喧嘩に勝たねば。


「じゃあわたしも! フジサキちゃんに、えっと……」

「うーん……やっぱ、クレアは別にいい、かな」

「どして?」

「よく考えたらもう貰ってるし。貸し借りなしだよ」


 そう言いながら、貰ったばかりのリップを見せる。

 けど、それだけじゃない。

 彼女には、普通の光景を貰ったから。

 だから、貸し借りなし。


「見ててね。ハインリッヒ伯爵家の、特記戦力の力の一端を」

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