好きになんてなるんじゃなかった
外は戦場だ。
この船は戦場の中でも狙われにくい場所にいるため、弾が飛んできて船が揺れると言う事はあまりない。
だが、先程から格納庫の方がうるさい。
どうやらこの船のネメシスが補給に何度か訪れているらしい。メカニックやパイロットたちの声が軟禁された部屋まで聞こえてくるようだった。
だが、そんな事はどうでもいい。
ティファが考えているのは、トウマの事だけだった。
「……トウマ」
思わず彼の名を呼ぶ。
返事は返ってこない。
昨日、抱きしめられたあの時からトウマが爆発させてしまった狂気を、ティファは納められなかった。
大丈夫だ、心配しないで。そう言っても彼は同じような言葉を返してくるだけ。
人として大事な所をそぎ落として、ただ戦うための機械になったかのような。そんな気すらしていた。
「……なによ、わたしが戦場に送り出しておいて、今更心配するなんて」
――自己嫌悪の言葉すら漏れる。
元々彼を。戦場なんて知らないはずの彼を信じて戦場に送り出したのは、紛れもなくティファだった。
彼があの時、ジャンクで築いたネメシスを操り宙賊を殲滅した戦場。きっかけはどうであれ、そこに彼を送り込んだのはティファで。
彼に、人生で初めての。彼の今までの人生において経験するはずがなかった人殺しをさせたのは、紛れもなく。
「図々しいのよ、戦わせておいて。戦う事を求めておいて。いざこういう時になったら戦うな、なんて」
初めての戦場。
あそこでティファは、トウマが死んでしまうかも、と思っていた。
それでも、彼を信頼していた。
諦めていた、とも言えるかもしれない。
生きることを諦めて、少しでも可能性が高い方に肩入れした。その結果が大当たりだった。
あの時、戦えと彼に言って。勝ってこいと言って。そうして、彼を戦わせて。
トウマ自身のためではなく、ティファ自身のために。
「……なんで、なんであいつがあんなにも苦しまないといけないのよ」
彼はただ、純粋だっただけだ。
純粋に、自身を拾って生きるための土台を作ってくれたティファのために戦っていただけ。
ティファに言われたから。ティファが提案したから。ティファが指し示したから。
だから彼は、今も戦っている。
ティファのために。ティファを少しでも楽にするために。ティファに、恩を返すために。
「お願いだから、誰かあいつを助けてよ……わたしの事なんて放っておいて、好きに生きろって言ってよ……」
こうやって最悪の状況に至って、彼が心を殺して戦ってからようやく分かった。
ようやく、自分の心の内を理解できた。
ティファという少女は、意地っ張りで。異性の人間なんかとは反りが合わなくて。我儘で。
あの日、心が折れた自分を、折れた心を立て直して励ましてくれた彼の事が。どんな時も隣にいてくれた、たった一人のパートナーが、一番好きで。
だから。
彼の事が好きだから。
好きだから、一緒にいようと努力して。
努力した末が、これなら。
「好きになんて、なるんじゃなかった……」
好きな人を死地に送るくらいなら、好きになるんじゃなかった。
――船が、大きく揺れた。
****
ハインリッヒ機兵団は確かに強い。
この世界においては、5倍の兵力を用意しても突破できるか分からない。それぐらいの規格外な部隊だ。
だが、そんな規格外も、たった1機のバグにより潰される。
『くっ、両足がやられた! 撤退します!』
『1機護衛で回せ! 残りで抑える!』
『こんな所で……! 脱出します!!』
『全員あいつを守れ!! 決して殺させるな!! 機体は爆破させて目くらましにしてもいい!! 機体なんかよりもここまで戦い抜いた人材の方が万倍価値がある!!』
『あれだけ特訓したのに、まだ届かないのか!! 畜生、両腕が!!』
『相変わらず化け物染みた技量を……!! くそっ、離脱する!! 随伴頼めるか!!』
次々とハインリッヒ機兵団の機体が無力化されていく。
最初こそ苦戦していたが、1機落とした後は簡単だった。
2機、3機。徐々にハインリッヒ機兵団の機体が落とされていく。
不幸中の幸いだったのは、ハインリッヒ機兵団のパイロットたちは皆無事だったという点だ。
生き残るために必死に動かした結果、致命打にこそなったがパイロットは無事、という状況が続いたのだ。
だが、それでも脱落したパイロットを守るために人員は割かれ、トウマの相手は徐々に辛くなってくる。
「くそっ、流石にキツイ……!! マジで殺す気でやってんのに無力化で精一杯か……!!」
一気に距離を取ってヘルメットのバイザーを上げ、額に流れる玉のような汗を拭う。
ハインリッヒ機兵団を相手に生半可な戦い方はできない。
20人で戦わなければトウマに瞬殺されるような相手ではあるが、それでも20人集まればトウマでも危ないと思わせる場面は何度も作ることができる。
そこまでの腕があるからこそ、トウマはハインリッヒ機兵団を一人も殺せていなかった。
殺しきる前に相手はよく逃げる。そして逃げた味方のカバーも異常なまでに素早い。
トウマがもしブレイクイーグル・カスタムに乗っていたなら、ハインリッヒ機兵団の機体を数機落とした段階でこちらも落とされていた。
そう確信できる程の技量とチームワーク。ハインリッヒ機兵団は正しく強敵だった。
だが、そんなハインリッヒ機兵団も既に残機は5機。
もうここからは消化試合も同然だが、それでも油断すれば彼らはこちらの事を落としてくる。決して侮ってはならない相手だ。
故に、コクピット内に備え付けのホルダーから水が入ったボトルを手に取り、その中身を口に運ぶ。
体力は完全に戻らないが、それでも幾分か気が楽になる。
『やはり我々では駄目か……!!』
『だが、本懐は果たした! 総員、撤退!! 後は彼に任せる!!』
さて、続きだ。
そう思ったその瞬間だった。ハインリッヒ機兵団の残りの機体は盾を構えながら最大限警戒しつつ、その場を離脱した。
その光景に思わず呆然とする。
こうも簡単に撤退するのか、と。そして、彼らが後詰めを任せる相手は――
「……そうか。そりゃそうか。ハインリッヒ機兵団が出張るんなら、お前が出張るよな」
『そういうこと。ちょっと僕は他の戦場に出向いて戦況を安定させててね。どうしても間に合わなかったから、先に仕事が終わった機兵団に君の相手を任せたんだ』
一機のネメシスが変形して飛んでくる。
右腕と一体化したスナイパーキャノン。特徴的なバックパック。3枚の盾。
最強の象徴。
「レイト……!!」
『トウマさん。まだ戦うって言うんなら……あんたは僕が落とす。今日、ここで!!』
ライトニングビルスター・ガーディアン。
最強のパイロット、レイトが駆る最強。
「……あぁ、まだ戦うさ。止まれるかよ、ティファを守るためにも!!」
『だったら、落とす!!』
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