漆黒の意思を携えて
第二の戦場はティウス王国の領地に更に侵攻した宙域だった。
既にアイゼン公国軍はとある貴族の領地へと入り込んでいる。辺境伯の爵位を持つ貴族の領地。そこでティウス王国軍は他貴族の軍と共に防衛ラインを築いていた。
この防衛ラインはティウス王国としても絶対に守りたいと言えるラインだった。
ここで防衛を抜かれてしまえば、ティウス王国側の戦力はこれ以上アイゼン公国を止められなくなってしまう。
本来は数日かけて行われる戦闘も、トウマというイレギュラーがいるせいで時間を稼ぐことすらままならない。
故に、防衛ラインの維持ではなく、敵戦力の打破。それこそがティウス王国が行う作戦だった。
「既に敵軍の作戦は見え透いている。短期決戦か、戦力の一斉投入だ」
「そうか」
「……前回の戦闘では無様に敗走してきたが、大丈夫なのかね?」
「あぁ」
「…………随分と口数が少なくなったようだな」
「知るか」
作戦会議室。そこでアブファルとグラーフを前に、トウマは作戦を聞いていた。
作戦の内容なんて変わらない。前回と同じ、トウマが敵陣に突っ込んで敵陣を壊滅させるだけの簡単なお仕事だ。
あぁ、簡単だ。簡単だとも。
ティファを守るためなら、その程度簡単だ。
「それよりも。俺が言った物は用意したか」
「貴様……!」
「プロペラントタンクか。それは我が艦隊の方で用意した。既に君の機体には取り付けてある」
「そうか。ならいい」
アブファルの事はほぼほぼ無視してグラーフと必要最低限の会話だけをする。
プロペラントタンク。推進剤を詰め込んだボンベだ。
これをユニバースイグナイターに接続し、推進剤切れを暫く考えなくてもいいようにする。
機体は不格好になるが、構わない。
生き残ってティファを守れるのなら。
「話は終わりか? なら俺は機体に乗る」
「貴様、急に生意気な態度を取るようになったものだな……!?」
「生意気? 知るか。情報伝達は手短に。戦場で生き残るコツだ。俺はお前らと必要以上に慣れ合う気はない」
「随分と……! そのような態度を取れば、貴様が帰ってきたときにあの小娘がどうなっているか……分かって――」
トウマの動きは自然だった。
あまりにも自然で。
近づいて、アブファルの胸倉を掴みながら、そのまま椅子ごと地面に押し付けるように倒し付ける。
「テメェ、今なんつった……!!」
「なっ、にを!」
「なんつった、テメェ!! ティファに手ェ出すっつったのか!!」
もう既にトウマの逆鱗は、ティファしか残っていない。
その逆鱗に触れようものなら、一瞬で理性がはじけ飛ぶ。
彼にとっての最後の一線は、既に露出しきっていた。
「もしティファに手ェ出してみろ!! テメェの四肢をビームセイバーで1センチずつ斬り刻んでズヴェーリの餌にしてやる!! それでもまだ足りねぇなら宇宙にでも放り出してやる!! 俺の四肢が弾けて心臓が砕けて死んだとしても、ティファに手ェ出したやつだけは絶対に殺してやるッ!! アブファル、それがテメェであってもな!!」
「こ、のっ」
「あぁ、それでも足りねぇか!!? ならテメェの家族も、友人も、知り合いも、全員同じ目にあわせてやるよ!! アイゼン公国だって俺が跡形もなくぶっ飛ばしてやる!! テメェが守りたいモン全部跡形もなく消し飛ばしてやるよ!! ティファに手ェ出したことを万回生まれ変わろうが後悔し続ける程、魂に刻み付けてからなッ!!」
――トウマの目にあったのは、最早狂気だけだった。
軍人としての訓練を受けたアブファルとグラーフが思わず息を吞むほどの、漆黒の狂気。
ティファを守る。その目的の為だけにそれ以外の全てを。己の命すらも投げ捨てた人間が至ってしまった場所。
止めようとしたグラーフすら今の彼に触るのは躊躇した。
生身での戦闘で彼が勝てる要素なんて一切ないのだと分かっているのに。
それぐらいに、今のトウマは狂っていた。
トウマの慟哭が響いた後、静寂が会議室を包む。
しかし、それは10秒程度の事。トウマはアブファルから手を離して立ち上がり、背中を向けた。
「……精々気を付けてろ。俺は機体で準備しておく」
それだけ言い残し、トウマは会議室を出て行った。
それから暫くしてアブファルは立ち上がり、乱れた胸元を直した。
「……アブファル大佐。我々は、狂わせてはいけない者を狂わせた。彼の狂気の代償は、我々の命です」
「ふ、ふん。どうせハッタリだ。だが、人質とあの小娘は丁重に扱うように改めて指示しろ」
「…………承知しました」
既にアブファルは彼の狂気に当てられた。
もう彼は、トウマの逆鱗を撫でるような真似はできないだろう。
アレは、やると言ったら本当にやる。それが嫌でも理解できてしまったから。
アブファルは一人、若干焦りながら作戦会議室を出て行った。それを見送り、グラーフは溜め息を吐く。
「損な役回りだな、俺も。まぁ、仕方ない。所詮は誉を捨てた軍人の末路だ。もしもの際は、精一杯の抵抗はして彼のストレスの捌け口とでもなるか。そうすれば、俺の家族にまでは手を出されないだろう」
既に己の道は決めた。
権力に怯え、せめて軍人として正しい振る舞いを気取った結果だ。
その結果が天罰ならば、甘んじて受け入れるしかない。
軍人というものは、死んで来いと言う命令すら勇んで引き受けなければいけない職業なのだから。
己の船に戻るためにグラーフは格納庫にある小型連絡船に向かうが、既に格納庫ではトウマがプロペラントタンクが増設されたユニバースイグナイターに乗り込み、出撃の時を待っていた。
機体のシステムはオールグリーン。各部異常なし。
全力で戦える。
『作戦開始1分前です』
前回の出撃の時もこちらの担当を行ったオペレーターの声が聞こえてくる。
どこか、怯えているようだった。
『…………そ、その、やっぱり直衛部隊を付けるように、アブファル大佐に』
「必要ない」
そして、オペレーターの女性の言葉をぶった切る。
「お前らはティファを守っていろ。援護はいらん。巻き込まれて殺されるだけだ」
『で、でも……あなたは、先の戦闘の』
「必要ないって言ったのが聞こえなかったか……!? テメェ等の声全部が不愉快なんだよ。必要な情報以外吐くんじゃねぇ、死にてぇのか……!!」
無理矢理ユニバースイグナイターの腕を動かし、銃口をブリッジの方へ向ける。
そこでようやくオペレーターの女性は小さい悲鳴と共に黙った。
もう彼に言葉を届けるためには、ティファを連れてくるしかない。ティファの、本心からの言葉でしか彼は元に戻らない。
最早言葉もなく。外のメカニックや今にも機体に乗り込み準備を行おうとしているネメシス部隊のパイロット達も、トウマからの言葉を受けてか黙り込んでいる。
誰も、狂った人間と会話なんてしたくないから。
『さ、作戦開始時刻です』
オペレーターの女性の声が再び聞こえた。
今度は、余計な事は喋らない。
カタパルトのコントロールまで渡される。
「……トウマ・ユウキ。ユニバースイグナイター」
さぁ、飛べ。狂気と共に。
「障害を殺しきるッ……!!」
黒い機体が、宙域へと飛んだ。
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