交渉、そして決裂

『待て、そこの白い機体』


 もう1秒もあればギャラクシーイグナイターのビームセイバーはユニバースイグナイターを焼く。

 そのタイミングで、第三者からの通信が入った。

 

「……命拾いしたわね」

『あ、あぁ……そう、みたいだな……』


 トウマは今にも死にそうなくらいに息を詰まらせながらも、答えた。

 当たり前だ。あと1秒、ギャラクシーイグナイターが動くだけでトウマはビームセイバーに焼かれてこの世から消滅する。文字通りの命の危機だ。

 その状況を恐怖しない者など、この世では少数派だ。

 

「で、誰?」

『……私は彼を雇っている者の一人、アイゼン公国軍のグラーフだ。一応、少佐の任を任されている』

「へぇ、少佐様。そんな人がどうかしたの?」

『我が艦隊……失礼、もう艦隊ではないな。君と交渉したいという者が居てな。その方との通信を繋げるための緩衝材となりに来ただけだ。それと、トウマ・ユウキ君。君は引け。推進剤ももう無いんだろう』

『っ……』


 ユニバースイグナイターのカメラがギャラクシーイグナイターを向く。


「……好きにしなさい。格付けは済んだしね。次また出てきても、同じように仕留めるだけよ」

『……ごめん、サラ』

「何に謝ってんのよ。とっとと行きなさい」


 強がって言った言葉を聞いて、トウマは引いて行った。

 もう一度同じように仕留める、と言ったが、実際にそれができるだろうか。トウマは特に負け戦から勝ち方を学ぶのが上手い。

 かつて、そうやって一回の敗北での経験から連続した勝ちをもぎ取った事があるのだから。

 

「で、その交渉人とやらはまだ? それとも、人質でも連れてきている最中かしら? それとも、使い潰す戦力が今更惜しくなった?」

『っ……我らが皆、彼を使い潰すことに賛成しているとは思わないでくれ』

「従っている時点で同じよ。殺されても文句言えない事してんの、分かってる?」

『分かっている。だが……こちらとて人の子だ。少しくらい、誰かに胸を張れることをしたい。そう思っただけだ』

「…………残念ね。あんたみたいなのも、纏めて殺さなきゃいけなくなる時が来るって」

『あぁ、残念だ。だが、それで気が済むのなら受け入れるさ。ただ、クルーの退艦準備の時間くらいは欲しいと思うがね』

「さぁ、そこはあいつに聞きなさい」


 どうやら、相手側も一枚岩ではないらしい。

 それを会話で理解したところで、もう一つの通信が割り込んだ。

 そこに映るのは、一人の男。その後ろには、見知った女性と、その後ろから銃口を彼女に突き付ける一人の軍人。

 

『どうやら間に合ったようだな。さて、君は誰だったか……』

『サラ・ハインリッヒ伯爵令嬢です、アブファル大佐』

『そうだったそうだった。ハインリッヒ家の次女だったか。私はアブファルという者だ』

「そう。あたしはご存じの通りサラ・ハインリッヒ。今は一人の傭兵としてティウス王国に与しているわ」


 アブファル。こいつが。

 それを理解した瞬間、サラは一つのプログラムを走らせた。

 プログラムが予め打ち込まれた命令をこなすまで、あと1分。

 

「で、何の用?」

『いや、なに。君にもどうせならこちらの依頼を受けてほしくてね。後ろにいる彼女を見れば、何が言いたいか分かるだろう?』


 後ろに居るのは、ロールだ。

 一瞬ロールもグルではないか、なんて考えたのだが、その顔色を見れば嫌でも違うと分かる。

 顔色は悪く、焦燥しきっている。完全にメンタルがやられて弱っている人間の顔色だ。これがもしも演技ならロールは役者になれる。

 きっと罪悪感で自分を責め続け、心休まる時なんて無かったのだろう。しかも戦場にまで連れてこられ、下手をしたらエネルギーマシンガンによって殺される。そんな状況になってしまい、常に体力は減る一方。

 立っているだけでもしんどい程に消耗している事が目に見えてわかる。

 ――だから、恨んで欲しい。せめて、恨みをぶつける先にしてほしい。

 

「あぁ、なるほど。?」


 言い切る。

 自分には関係ないのだと。


『……ほう?』

「殺したいのなら、殺しなさいよ。どうぞご勝手に」


 ロールはサラの声が聞こえたのか少し驚いていたが、同時に救われたと言わんばかりの表情をしていた。

 ……違う。こちらは見捨てたのだ。だから、恨むべきだ。

 

『…………ならば』

「でも、そうやってロールを殺せば……トウマはどうするかしらね? 忘れてるかもしれないから言っておくけど、ロールはトウマを縛り付けるための首輪よ。それが無くなればどうなるかしらね?」


 今、トウマは船に帰還している最中だ。

 そんなトウマにサラが一つ通信を繋げてロールが始末されたと伝えれば、彼はどうするだろうか。

 ティファは機体のメンテナンスをさせる以上、どうしても部屋から出さねばならない。そして、次にトウマを使う時に共謀されればアブファルは殺される。

 ロールが生きているからこそ、トウマもティファも迂闊な手を出せないのだ。

 

「あたしにも首輪をつけたいのなら、ファーストコンタクトの方法を変えるべきだったわね。あたしもいるタイミングで、ロールが人質だと分かるようにしてみせれば言う事を聞いたかもしれないけど」


 もう人質戦法はサラには通じない。

 人質は既にトウマとティファ専用の首輪に代わっている。

 その首輪を自ら壊すことも、これ以上増やすこともできない以上、サラはアブファルには従わない。

 

『くっ……』

「残念だったわね、卑怯者。あたしはあんたに従わない。分かったらとっとと通信を切りなさい。こっちの目的は、もう達したんだから」


 そして、丁度一分。

 走らせていたプログラムが、終了した。

 

「もう一度トウマを出したいんならどうぞ出しなさい。またすぐにあたしが邪魔してやるから」


 アブファルはロールにも、ティファにも迂闊に手を出せない。

 ロールはティファとトウマの首輪となり、ティファはトウマの首輪となる。

 その片方を壊されたら、トウマはどう出るか。自暴自棄になるか、それとももう片方の首輪を諸共全てを破壊しに来るか。

 それが分からない以上、ティファを大っぴらに人質にできないし、ロールも始末できない。

 もしもブリッジにティファとロールを連れてくるほどの馬鹿なら、ブリッジにギャラクシーイグナイターの手を突っ込んで2人を救出、なんてこともできたのだが。

 それができなかった以上、この作戦はここまでだ。

 

「じゃあ、さよなら。交渉下手な軍人サン」


 これで次の作戦に進める。

 サラはギャラクシーイグナイターを変形させ、ハイパードライブを行う。

 向かう先は、ここから1光年先の宙域で待機しているハインリッヒ騎兵団の連絡船。そこで補給を行い、次の出撃がいつになってもいいように備える。

 そしてこの宙域での戦闘が終われば、次の作戦を行う時だ。

 一番の賭けであり、同時にトウマとティファを助け出す、最後の賭けを。



****



 あとがきになります。


Q:前話でサラが負けてたらどうなるの?

A:トウマがどうしてもトドメを刺せず、サラが防戦一方の状態でトウマの攻撃を凌いでいる間にアブファルからの通信が来ます。

それにより、今回の話と同じような結末になりますが、最後にサラが撤退する際に今度はレイトと2人で殺しに来る、と脅します。


Q:もしもサラを殺せてしまったら?

A:次の戦闘でレイトが認識外からトウマを一撃で射抜いて殺してきます。あとは前にあとがきで書いたIFルートに直行して誰も救われないエンド行きです。

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