特攻作戦
ロールはやはりいなかった。
彼女の務めている役場でも彼女は無断欠勤が続いており、不審に思った職場の上司が警察などに連絡した結果、ロールは既に何週間も帰っていないことが分かった。
そこまでロールの内情を様々な所で聞き込み、サラは理解した。
ロールが人質に取られ、ティファとトウマはアイゼン公国に従っていると。
「クソッ……最悪ね」
サラはハインリッヒ家に戻ってからも荒れていた。
2人が帰ってこないタネは分かった。だが、それを解決する手段がない。
仮に戦争が始まって、トウマがこちらの兵士を撃墜したのだとしても、罪には問われないだろう。
傭兵というのはそういうモノで、金さえあれば突如として昨日の味方は今日の敵、ということをやるような連中だ。
故にトウマとティファが土壇場でアイゼン公国を裏切ったとしても罪には問われないし、何かあれば事情を説明すれば何とでもなる。
何の実績もない傭兵なら怪しいだろうが、ティファはエネルギーマシンガン開発者の一人、トウマはキングズヴェーリ討伐者の一人だ。
変に罪人と認定して暴れられる方が被害が大きい、という損得勘定も働くだろう。
そこら辺は傭兵という職業に感謝だ。
しかし、それは2人を取り戻すための算段ができてからの話だ。
今は2人をどうにかして取り戻さなければならない、のだが。
「あたしとレイトなら直接アイゼン公国軍に喧嘩売っても帰ってこられるけど、そうなると確実にトウマが出てくる。しかもそうなったらトウマを止めるだけでこっちは何もできなくなる。騎兵団だって無敵じゃない。軍と相手したら誰かが落とされる……」
アイゼン公国軍相手にピンポンダッシュをするだけならサラとレイト、2人がいれば造作も無い事だ。
しかし、ピンポンダッシュした結果、トウマが銃火器を持って出てきたら作戦はそれまで。
トウマ一人にアイゼン公国軍の弾幕が敵に回ってしまい、流石のサラとレイトでも落とされる可能性が出てくる。
トウマとティファを取り戻すにはロールの身柄が必要不可欠。
しかし、その身柄を確保するための作戦でトウマが出てくる上に、トウマを相手にして互いに死なない状況を作るにはサラとレイトが2人で相手をする必要がある。
八方塞がりもいい所だ。
「他国の民間人を人質に取って傭兵を脅したっていう証拠をネットに流してやれば……」
ならば、と次の手を考える。
その手は、発達しきったインターネット社会を使った攻撃及び、それを起因とする周辺国家からの制裁だ。
もしもこれが発覚したら、アイゼン公国と余程親密な国以外は制裁を加えてくれる可能性がある。特に、メロス国は自国の人間が拉致され戦争の道具にされたと気が付けば否が応でも動いてくれるだろう。
そうなればメロスに対していい顔をしたい国は途端にアイゼンの敵になる。そこまでされればアイゼン公国とてタダでは済まないが……
「その証拠がないっての……」
まだ、その証拠を掴めていない。
ロールがメロス国の人間であること、そのロールが今アイゼン公国に捕らわれている事。それらの証拠は未だ掴めていない。状況証拠が出来上がっているだけであり、トウマとティファの事をよく知らない人間からしてみれば、本当に? と聞き返して終わるだけの事。
「何もないって言うの……何か、打つ手は……」
この状況は後手後手にならざるを得ない。
サラはそれを理解している。
理解しているが、それでも解決策を探して。
その策は、終ぞ出てこなかった。
****
アイゼン公国による宣戦布告はまだ少し先の話だ。
だが、既に宣戦布告後の作戦は上層部によって決まってきている。
宣戦布告が行われてからすぐ。ティウス王国側の軍の足並みが揃う前にアイゼン公国軍はティウス王国との国境へ軍を動かし、制圧を行う。
電撃作戦。機甲兵……ネメシス部隊を中心とした戦力によって相手の準備が整う前に領土を搔っ攫い、そのまま侵攻できるところまで侵攻して相手の攻勢を許さない。それが今回の作戦であった。
通常であれば広大な宙域でそれを成すのは難しいが、今回はイレギュラーが居る。
使い捨てにできる、あまりにも強力すぎる弾丸が一発。
トウマとユニバースイグナイター。これを侵攻直後に敵戦力の中心に投下し、相手を一蹴させる。
アイゼン公国にとって、傭兵であるトウマなど切り捨ててしまっても問題ない捨て駒でしかない。それ故に、捨て駒は最大限有効活用せねば損というもの。
もしもトウマがこの作戦で帰還できたのなら、もう一度同じ作戦を行えばいい。死んだらそれまで。その時はアイゼン公国軍の総力を持って相手を潰せばいい。
だが、アイゼン公国軍は理解している。
トウマ・ユウキという化け物は、この作戦を遂行して帰ってくることが可能な類の化け物だという事を。
「さて、これが君たちを有意義に使うための作戦だ。何か質問は?」
「ふざけてんじゃないわよ! こんな作戦、トウマに死んでこいって命令しているようなモンでしょ!? ロールを人質に取られているのを除いたとしても、傭兵としてこんな作戦に同意できるわけない!」
トウマとティファがこの船に軟禁されてから1週間ほど。2人は戦力として使われることもなく、ただ毎日軟禁された部屋の中で食事をして、暇潰しに艦内のローカル端末に保存された映像を見るだけの日々を過ごしていた。
しかしこの日、2人は作戦会議室に呼び出され、作戦を聞かされた。
宣戦布告がこれから少し先の未来にある事。そして、その宣戦布告の後、トウマを使い捨てるような作戦による電撃侵攻を行う事。
その作戦において、トウマは単騎で敵軍の中へと突っ込み、敵をかく乱しながら敵部隊にダメージを与えなければならないという役目を振られてしまった。
いくらティウス王国の主力機、ブレイクイーグルとは隔絶した性能を持つユニバースイグナイターとトウマとて、十倍以上の相手に包囲された状態で生き残るのは不可能に近い。
ズヴェーリのように見てから回避できる攻撃や、害虫のように一発しか撃てない遠距離攻撃を持つわけじゃない。
相手は人間で、1秒でも行動が遅れれば死に直結するエネルギーマシンガンの弾をバラまいてくるのだ。いくらユニバースイグナイターが速いと言っても、その弾幕の中を人間が潜り抜けるなんて不可能だ。
こんな作戦を、ただの一介の傭兵にやらせる。いくら何でも非常識な考えだ。
だが。
「おや、傭兵と言うのは金さえ払えばなんでもする職業だろう? 大丈夫だ、金なら払うさ、金なら」
「だからって……!!」
「別に構わないんだぞ? こちらとしては、君たちが勝手に帰ってくれても。だが、その場合は悲しい事件が一つ起きるかもしれないというだけだ」
「っ……!!」
手のひらから血が出そうになるほど、拳を固く握りしめる。
自分だけが標的になるならまだいい。我慢できる。
けれど、トウマは。
彼は確かに腕はあるが、それでも漂流者。しかも、命のやり取りなんて一生の内に一度、生で見るかどうかも分からないような平和ボケした国で生きてきたような人間だ。
そんな彼に、大義も何もない戦いで、自分がよく知らない国の為に死んで来いだなんて。
「……トウマ」
例えロールの命が懸かっているのだとしても、付き合いきれるわけがない。
ただ戦力として動かされるだけなら、まだいい。生きてさえいればなんとでもなる。
だが、死んで来いという命令と同等の事をしろだなんて、流石に我慢ならない。
故に、ティファはトウマ自身にこれを断らせるように。
いや、断ってほしいという願いすら込めて、彼の名前を呼ぶ。
その意味すらも分からない程、トウマは鈍感ではない。拳を握りしめて、歯を食いしばって。それでもトウマの名を呼ぶことの理由を。
「……あぁ分かったよ、受けてやるさ。死地に飛び込んでかく乱しながら敵を殺ってこいってんだろ」
「と、トウマ……!?」
けれども、トウマはその無謀を引き受けた。
死んで来いという命令と同等のソレを。
「暫く時間を置いたからか、君は話がよく分かるようだな。何故こっちの小娘はそれができないのだ?」
「テメェが一番分かってんだろうが。それに、俺ぁ嫌いなやつとはあまり無駄な会話はしたくない。そう思っただけだ」
「そりゃまた、随分と嫌われたものだ」
「あぁ、嫌っているね。あんたも、アイゼン公国軍の兵士も、全て。あんたが想像していない『もしも』が起こった時、あんたは後悔するさ」
マリガンの時も抱く事は無かった、純粋な憎しみからの殺意。それを燃やしながら、トウマは口を開く。
既にこの男たちがこの程度でこちらを無礼討ちすることはできないのは理解している。それができるのなら、初日で無礼な態度を取った瞬間に殺している。
こいつらは、こちらの戦力を宛てにしている。
宛てにせざるをえない作戦を提案している。ならば、多少の無礼でこちらを殺してくる事は無い。そう理解している。
「まぁ、構わんさ。ところで、早速次の依頼に向けたちょっとしたデモンストレーションをお願いしたくてね」
「デモンストレーションだと?」
「君たちの戦闘記録はこちらも確認した。だが、やはり信じられない事が多い。という事で、だ。我が艦隊のネメシス部隊と模擬戦をしてもらう。具体的には、明日のこの時間に模擬戦をしてもらう」
「…………まぁ、いいさ。ネメシスに乗っていた方がまだ気が晴れる」
話はそれだけか? とトウマが問えば、アブファルは満足げに頷いた。どうやらトウマが言いなりになっている事に満足しているらしい。
トウマは行くぞ、とだけティファに声をかけ、彼女の手を取って作戦会議室を出た。
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