弱さを隠せるほどの強がりも無く
会議室を出れば武装した軍人が出迎え、彼らの案内で軟禁部屋に連れて行かれる。
軟禁部屋に着けば、トウマは溜め息を吐きながら自分のベッドに寝転がった。
「ったく、あの野郎、俺達の事を好き勝手使いやがって……なんとか出し抜けねぇもんか……」
ご立腹だ、と言わんばかりに不満を漏らす。
だが、いつもはそれに何かしらの反応を返すティファが無言のまま。部屋に入った後から一歩も動いていないし、俯いたままだ。
その様子に違和感を覚え、トウマは寝転がったばかりだが、すぐに上体を起こした。
「ティファ……?」
声をかけてもティファは反応しない。
何かあったのか、と不安になりトウマはベッドから降りようとするが、その前にティファが動いた。
いつもなら自分のベッドの方に行くはずが、トウマの方へ。困惑し始めたトウマにティファは何も声をかけず、そのままトウマの肩を押してベッドの上に彼を押し倒した。
「なんで」
いきなり行われたソレに困惑したトウマだったが、彼が声を出す前にティファが口を開いた。
なんで。疑問の言葉だ。
「なんでアンタがあんな命令に従うのよ」
「なんでって……」
「死んで来いって言われているのと同じなのよ……? おまけでここに軟禁されてるわたしとは違う。死んで来いって、命を懸ける価値も無い奴に言われてんのに」
ティファから漏れたのは、弱気な言葉。
最後にこんな言葉を聞いたのはいつだったか、と思い出す。きっとそれは、もう何年も前。この時代に漂流してマリガンと戦って、負けて、それから。
トウマからは、ティファの表情は上手く見えない。照明の逆行と、彼女の垂れ下がる髪がトウマに表情の全てを見せる事を拒否している。けれど、声色から分かる。
ティファが泣きそうな表情を浮かべている事くらいは。
「ただネメシスを動かすのが上手いだけで、それ以外は一般人と変わらないあんたが、なんで死んで来いなんて命令をされなきゃいけないのよ……」
ただの内心の吐露。愚痴を吐き出すだけではない。
吐き出しているのは、弱音で、本音だ。
「どうしたらよかったのよ……ただわたしは自由にやりたい事がやりたかっただけなのに……なんで、なんでそれがこうなっちゃうのよ……」
「ティファ……」
「あんたも、逃げちゃえばよかったのよ。なんで付き合おうとするのよ……死んで来いなんて言われて、なんで……」
悔しさと、弱音と、本音。
それらが混ざった言葉が次々とティファの口から漏れ出てくる。
――いくら普段から強気に振る舞って、勝気に宣言していても、トウマは知っている。ティファが持っている弱さを。
いつも前を行って、先導して。それでも内心は誰かに先導してもらいたい。誰かに甘えたいという弱さを抱えている彼女にとって、この状況はあまりにも刺激が強すぎた。
それを示す証拠と言わんばかりに、ティファの両目からは涙が零れ落ちていた。
「なんで、なんでわたしの我儘であんたがこんな事しなきゃいけないのよ……!!」
ロールを助けたいという意志も。
そもそも、傭兵を続けたいという意志も。
ネメシスを、イグナイター達を使った自由業を続けたいという意志も。
全てはティファの意地。我儘が発端になっている。
これはその清算。
この決して優しくも甘くも無い世の中で意地を張って我儘を貫いて生きてきた結果が、これだ。幼馴染は人質に取られ、仲間は死地へ送られる。
その全ての原因は。
「こんな事なら、傭兵なんて……」
ならなきゃよかった。
後悔の言葉がティファの口から零れ落ちる。
その言葉をトウマは遮らず、ただ聞き届ける。聞きたくなかった、と思う反面、聞かなきゃ駄目だと思って。
そして、自分の弱音を吐きだしきったティファにそっと手を伸ばし、背中に手を当ててそのまま胸元に抱き込む。
「っ」
いつもなら、こんなことをしたらすぐに殴り飛ばされているだろう。
だが、殴られない。それどころか、抵抗すらされない。
そんな事ができないくらい、ティファの心は弱っていた。
「俺の事なんて気にすんな……って言っても、無理だよな。無理に決まってる。ティファ、優しいもんな」
勝ち気で、意地っ張りで、すぐに手も出て。
だけど、その性格はとても優しいもので。漂流者で自分よりも年上で異性の人間でもあるトウマの面倒だって見てくれて。
それに、最初の実戦だってそうだ。ティファは自分を犠牲にしてでもトウマを生かそうとしてくれた。会ってから数日程度しか経っていない男の為に命を張れるくらい、ティファは優しい子だ。
だから、気にするな、なんて言葉は彼女は受け入れない。
この事を悔い続けるだろう。
「……俺さ、ティファに拾われてから今日まで、本当に楽しかったんだよ。何度か折れかけたけどさ。それでも、楽しかったんだ。ただ家に籠ってゲーム三昧の毎日よりも」
――日本に居た頃は、確かに楽しかった。しかし、それでもいつか来る暗い未来に怯えていた。
大学は限界寸前まで留年して、親からの仕送りを頼りに飯を食って、このままの生活をしていたら誰にも誇れない人生になると理解していても、今更人生の軌道修正なんてできず、ただゲームで承認欲求を満たして。
親不孝者だったし、最低な人間だという自負も芽生えていた。
そんな人生が一転した。
漂流という切欠で、ティファに拾われたことで。
「だから、恩返しってわけじゃないけど……今更命懸けるくらい、言われずともやってやるさ」
「……それで死んじゃったら意味ないでしょ」
「だな。だから、死なないよ。死なないように努力するから」
「努力しただけでどうにかなる問題じゃないでしょ……! 死んで来いって言われてるのに……!!」
「なんとかするさ。だって俺、天才パイロットだからさ」
ティファの背中を優しく撫でながら、彼女に言い聞かせるように。そして、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「約束する。俺は絶対にティファの元に帰ってくる。不可能だって可能にするよ。多分、すっごい難しくて大変だし、方法だって知らないけどさ。でも、やってみせるよ。不可能を可能にしてみせる」
トウマの言葉を聞いて、ティファは彼の胸元に顔を埋めながら頷いた。
そうして暫く、無言の静寂が部屋を包む。
何分経っただろうか。ただ、ティファはトウマの上から動かず、トウマを彼女を自ら退かす気は無かった。
そうして、静寂の中でただ互いの体温を感じ取り続けて。
「――ねぇ」
ティファが口を開いた。
「なんだ?」
「これが終わったらさ、暫く休もっか。どこかのコロニーに家買って」
「休みたい?」
「うん」
「そっか。じゃあ休むか。何年くらい休む?」
「わかんない。でも、5年は休みたい。傭兵、疲れちゃった」
「わかった。俺はティファについて行くよ。何年でもさ」
「ん……でも、暫く休んだら、また傭兵しよ? で、何年かしたらまた休んで、また傭兵やって……」
「それもいいな。人生、適度に休憩は必要だしな」
「……だから、絶対帰ってきて。わたし、もうトウマが居ない人生なんて、考えられないから」
「あぁ、帰ってくるよ。意地張って、帰ってくる。絶対に」
約束という名の呪い。それをトウマは受け入れた。
必ず、何があってもティファの元に帰ってくる。
何が障害として現れようとも。絶対に。
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