撃ち落とす決意

 ティウス王国とアイゼン公国による戦争。

 かつてよりティウス国ではアイゼン公国の動きがなにやら怪しいと噂が流れていたのだが、とうとう戦争が起こると言う噂も流れ始めた。そして、その噂は事実であった。

 ティウス王国内、ハインリッヒ伯爵家では王から全貴族へと伝えられたその報告に対し、サラは怒りを爆発させていた。

 

「やってくれたわね、アイゼン公国!!」

「アイゼン公国内の誰かの差し金だとは思うが……まさか戦争の戦力として彼らを用意するとはな……」


 ミーシャは冷静にサラから聞いた状況と現状を加味して何が起こったのかを理解した。

 アイゼン公国でティファとトウマは力を晒し過ぎた。それ故に、戦争を機に魔の手が伸びた。

 既にティファとトウマが失踪してから2週間。サラはようやく2人の足取りを掴むことができた。

 戦争が起こるという王からの通達により。

 

「あの時、2人は脅された。それであたしには逃げろと伝えたのよ。そうに違いないわ」

「2人の失踪した時期と、ティファ嬢の船がアイゼン公国内にまだ存在する事からそれは確定だろう。2人はアイゼン公国に手綱を握られている」

「どうして! あの2人がそう簡単に手綱を握られるわけがないわ!」


 サラは知っている。

 2人の関係者は大体このハインリッヒ伯爵家に集中している。それ以外にもビアード家との関係もあるが、もしもそちらにアイゼン公国が手を出していたのならそれは最早外交問題になる上、すぐに気づける。


「……いや、確かにトウマ君はそうだろう。だが、ティファ嬢はどうだ? 彼女はメロス国の人間だ。関係者はいるのではないか?」

「メロスの……」


 そこでサラは一人だけ心当たりがあることに気が付いた。

 

「ロール……!!」


 そう、ロールだ。

 彼女はティファの幼馴染であり、3人の関係者としては唯一ハインリッヒ伯爵家及び、ビアード男爵家とは一切関係がない一般人だ。

 

「兄様、あたし、イグナイターでメロスに行ってくる。ロールの情報を探るわ」

「わかった。こちらはアイゼン公国内に密偵を走らせよう。少しでもティファ嬢とトウマ君の情報を探る」

「お願い」


 サラは言葉少なにミーシャの執務室を出て行った。

 そして、それと入れ替わるようにレイトが入ってきた。

 

「ミーシャ。話は外で聞いたよ」

「盗み聞きか? 趣味が悪いな」

「今は置いておいて。それよりも、トウマさんとティファさんが」

「あぁ。アイゼン公国の手に落ちたと考えていいだろう。次の戦争、確実に彼らが敵に回る」

「マズいね……もしもトウマさんがウチの軍以外とぶつかったら……」

「その宙域での戦闘は間違いなく負ける。とは言え、今の彼でも止めるためには我が騎兵団でも役不足だ」


 トウマの腕は、この国の軍人の中では一番の腕を持つランドマンですら1対1では100回やって100回負ける。ハインリッヒ騎兵団全軍ですら彼に100回挑んで10回勝てないのだ。

 少しランドマンが鍛えた程度の王国軍や、それ以下の貴族たちの騎兵団では間違いなく一緒くたに撃墜される。

 トウマによる被害を抑えるためには。

 

「僕がトウマさんの相手を務めるしかない。それも、トウマさんが出てくる宙域をピンポイントで張って、尚且つトウマさんを相手に戦場から引きはがさなきゃいけない」

「しかも、相手はレイト、お前すら殺しに来るぞ。あちらは恐らく不殺を貫いている場合ではないだろう。その上で聞く。トウマ君を相手に五分の戦いを繰り広げ、彼を殺さず無力化もせず、撤退させられる可能性は?」


 あのトウマを相手に、トウマを殺さず、手加減して、更に無力化もせず、五分の戦いを繰り広げ、相手が撤退するまでの時間を稼ぐ。

 それができるのは、レイトだけ。彼に唯一10回やって5回以上勝利できる彼だけだ。

 だが。

 

「2割か、それ以下。僕にトウマさんを相手に手加減する余裕なんてない」


 そんなレイトでも、それが成功する確率はたった2割。

 元々1on1で確実に相手を倒すための技を鍛えてきたネメシスオンラインのプレイヤーは手加減して相手を撤退させるための術など持っていない。

 相当腕の差があるのなら話は変わるが、レイトとトウマの腕の差は、狙撃の腕を除けばイーブンに近い。

 狙撃の腕があるからこそ、レイトはトウマを相手に優勢を取れる。

 だからこそ。手加減し、コクピットへの狙撃を禁止して、真っ向からトウマと殺し合いをすれば、確実にどちらかは落ちる。本気を出さざるを得ない。狙撃を解禁せざるを得ない。

 

「……そうか」


 ミーシャは頷いた。

 そして、貴族として判断する。

 

「レイト。もしも彼を救出できなかったら――彼を撃ち落とせ。お前が落とされるよりも前に、お前が落とすんだ」


 サラには悪いと思う。

 だが、今回は彼を野放しにすれば間違いなくこの国は大打撃を受ける。

 そうならないために、不安の芽が分かっているのなら排除する必要がある。

 戦場だって、数回刃を交えれば彼がどこの戦場に放り込まれるかは予測できる。そうして予測を立て、レイトをぶつける。

 

「……そう、だね。僕がやるしかないか」


 レイトとサラが組めば、本気を出したトウマであっても恐らく勝てる。

 サラの今の本気は、トウマを相手に4割、レイトを相手に2割も勝てる程なのだから。

 だが、サラは撃てないだろう。

 きっと、王手をかけたその瞬間、どうしてもその手を緩めてしまう。

 

「……なんとか、助けるために頑張ってはみる。でも、駄目だったら……ごめん、考えさせて」

「わかった。ただ、時間は無いぞ」

「……うん」


 レイトだって、討てと言われたから、という理由だけで討てるわけではない。

 トウマには借りがある。キングズヴェーリ戦での、デカい借りが。

 それに、唯一の産まれた星を共にする仲間なのだ。この広い宇宙、あまりにも広大な時間の中、同じ時を漂流した仲間なのだ。

 そんな彼を、敵に回ったのだからと無情にも討てるわけがない。

 

「……すまない、レイト。こんなことを頼んでしまって」

「いいよ。ただ……覚悟は、必要かもね」


 でも、死ねない。

 カタリナを残して死ねない。

 友と婚約者がいるこの国が戦争に負けることなど許せない。

 だから。

 

「……はぁ、かっこ悪いなぁ、こんな事考えなきゃいけないなんて」


 狙い撃つしか、ない。



****



 あとがきになります。

 本作ですが、この一連の話が終わったら完結となる予定です。

 この話が終わったタイミングが一番完結にさせやすいのと、それ以降あまり長くだらだら続けても蛇足になりそうなので、という意味合いが強いですね。

 そういう訳で、本作にもう少しだけおつきあいください。

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