誉と出世
静寂に包まれた部屋の中でティファが口を開いた。
「あんたは、逃げていいのよ。わたしの事も、ロールの事も、全部捨てて。ハインリッヒ家に逃げれば、迂闊に手を出せないと思うから」
ティファにはロールという唯一の弱点があった。
だが、トウマにはない。
漂流者たる彼にはそんなものは無い。
ここでティファとロールを見捨てるという判断を取れば、次にこの船を出撃したタイミングでトウマは一人で逃げることができる。
トウマだけは、逃げることができる。
「……馬鹿言うなっての」
だが、トウマはそれを拒否した。
「言ったろ? 俺はティファについて行くって。大丈夫だって、何とかなるからさ」
「でも……」
「でもも、だってもない。いいんだよ、俺はそうやって選択したんだから」
なるべく明るい声を意識して出てきたトウマの言葉は、少し震えていた。
それでも、ティファにとってはその言葉は少しだけ嬉しかった。
ありがとう、と小さく囁かれたティファの声に、トウマは頷いた。
****
「やはり自分はこんな事は反対です!! 傭兵を雇うのはいい。だが、そのために他国の民間人を人質に取るなど!! 誉あるアイゼン公国軍のやる事ではない!!」
男の声が会議室に響いた。
ティファとトウマ、そしてロールが退室した会議室。そこでグラーフは3人が確実にこちらの声が聞こえないようになる程度の時間を待ってから上官であるアブファルに噛み付いていた。
「確かに彼らは戦力として申し分ない。いや、全宇宙を探したところで匹敵する者を探す方が難しい程の腕を持っている。それは実際にこの目で確認しました。ただ、だかと言ってこのような事は間違っている!!」
実の所、グラーフがトウマ達と会うのはこれが初めてではない。
顔を合わせたのは初めてだが、彼らの戦果をその目でしかと見たことがある。
それは、2年近く前にもなるテラフォーミング。害虫により失敗したテラフォーミングの護衛軍としてグラーフは従軍していた。その際に見たのだ。たった3人の傭兵が、たった2機のネメシスで、当時は存在するはずがなかったエネルギーマシンガンに似た武器を使い宙賊の基地を壊滅させているところを。
その光景は凄まじかった。
彼らがアイゼン公国軍に居れば、それだけで戦場は変わると思えた。
そして、結果的にはそうなった。彼らはアイゼン公国軍の手足となった。
卑怯なやり口で。
「アブファル大佐、もう一度考え直してください。これが本当に誉あるアイゼン公国軍のやる事ですか!! 今ならまだ間に合います。万が一彼らの枷が外れた時、その時は我等だけではない。友軍全ての危機になりかねません!!」
グラーフは人として、アブファルのやった事が認められなかった。
確かにこうすれば彼らに首輪を嵌める事はできよう。
だが、他国の人間を、自分たちの事情で、彼等に関係のある国と戦うための兵器に仕立て上げる。
そんな事は間違っている。
そして、もしもこのままそれを行えば、彼らは決して自分たちを許さない。
いつか何かしらの要因で首輪が外れた時、彼らは牙を剥く。間違いなく、自分立ちどころかアイゼン公国に対しての大打撃となる。
だと言うのに。
「全く、少々しつこいぞ、グラーフ少佐」
「しかし!!」
「所詮戦争なぞ勝てばいいのだよ、勝てば。それに、奴らには戦力としての価値はある。このままアイゼン公国軍の子飼いに仕立て上げれば、そんな傭兵を見つけてきた私と、それに協力した君の評価はグングンと上がっていく。すぐに昇進できるだろう」
「昇進できれば彼らの尊厳はどうなってもいいと申すのですか!」
「所詮は他国の人間だ。それに、こちらはしっかりと金を払って雇っているのだからね。誰にも文句を言われる筋合いはない」
「アブファル大佐、あなたって人は……!!」
アブファルは、人質が居るからという根拠だけで大丈夫だと言ってのける。
彼らの尊厳など欠片も気にしていない。
ただ、戦場で戦果を挙げさせ、それを横取りし、昇進する。それしか考えていない。
故に彼は先のテラフォーミングの件と、資源惑星での彼らの戦闘のデータを確認し、彼らに首輪をつければ戦力として使えると判断した。
なんとか自分の出世の道具にできないか。
そう思い探した結果、彼は見つけた。ロール・アンブローズという弱点を。
その弱点を見つけたという事実は隠し、上に連絡した。あの害虫共を相手に鎧袖一触の戦いを繰り広げた規格外の傭兵達をこちら側に引き入れる、と。
その目論見は成功した。隠していた人質という切り札を使って。
「それよりも、私は奴らの戦闘は実際に見ていないのでね。実際にその戦果をこの目で見てみたい」
「アブファル大佐!!」
「二度は言わんぞ? あのパイロット……トウマ・ユウキだったか。彼の力をこの目で見てみたい。何か案は無いかね? グラーフ少佐」
「っ…………我が艦隊の機兵隊と模擬戦をさせましょう。それで分かるかと」
「よろしい。ならば明日でいい、準備を進めたまえ」
グラーフの階級はアブファルよりも下だ。それ故に、彼の命令には逆らえない。
グラーフは唇を噛みながら、なんとか己の中の軍人としての言葉を絞り出した。
これから起こるであろう戦争に関係ない彼らを、自分たちの事情で戦力として使う。その事に情けなさと、それを行わざるを得ない状況を作りだした目の前の男に対する怒りを抱えながら。
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