最悪は続く
サラは一人、ハイパードライブをしながら宙域図を眺めていた。
ティファから送られてきた緊急の信号。それを受けた瞬間、サラは相手にしていた害虫を全て無視してハイパードライブを行った。
信号の意味は、その場からの即撤退。仲間を見捨ててでも、の。
サラはそれに従い、ハイパードライブを行いながら宙域図を確認していた。
通信手段は無くなってしまったが、あちら側の船の信号を拾う事ならできる。その機能を使って船の位置を特定していたのだ。
「まさか害虫にやられた、なんてことはないでしょうし……何があったのか、十分には分からないわね……」
だが、宙域図を見れば想像はできる。
ティファの船は害虫との交戦地点から比較的近い星にある。
その星を調べてみると、どうやらアイゼン公国軍の基地がそこにはあるのだという。
だとすれば、間違いない。
「ティファとトウマがアイゼン公国軍の手に落ちた、か……」
冤罪をかけられたのか、はたまた不意打ちをくらってどうしようもなくなったのか。
ただ、冤罪をかけられたとしてもあの二人は包囲を振り切ってハインリッヒ家に逃げ込むくらいはするだろう。不意打ちだって、ティファは少なくとも船のバリアを展開している筈だし、トウマだって不意打ちを食らったからと言って動けなくなる事は無いだろう。
少なくとも、戦闘でピンチという事になれば、サラにもとある通知が行くはずだから。
ならば。
「……汚い手、かしら」
そういう事だろう。
何かしらの手筈で2人は船を下ろされ、どこかにいる。
迂闊に突っ込めばこちらも同じ手で捕まる可能性が十分にある。
故に。
「実家を頼りにするしかない、か……」
最近実家に頼る事が多い。
そんな事を心の中で1人愚痴りながらサラはハインリッヒ伯爵家へと向かうのであった。
****
トウマとティファに割り当てられたのは、軍の船の中ではそこそこのグレードの部屋だった。
2人部屋故にベッドもしっかりと別れている。それに、この部屋の中にトイレやシャワーなど、必要な設備は全て揃っている。一見かなり快適そうな部屋だが、部屋の外には2人の軍人が武装をして入り口を見張っている。
迂闊に部屋の外に出れば即座に拘束され、ロールの命は無いだろう。
そして、ロールの部屋も恐らく同様に軍人が監視している。
2人には打つ手はない。相手の要望に従うしか。
「クソッ……!! ロール……!!」
ティファは荒ぶる心を抑えきれず、壁に拳を叩きつけた。
幼馴染をこんなことに巻き込んでしまったという事実。そして、相手の要望に従うしかないという屈辱。それらが怒りの炎となってティファの中に渦巻いている。
だが、それを発散することはできない。
「…………俺、ロールさんに通話してみる」
そう言って、トウマは内線を使う。
壁のモニターに備えられたソレを慣れない手つきで使って、ロールの部屋に内線を飛ばす。
ロールは、すぐに出てくれた。
『あっ、トウマさん……』
「久しぶり、ロールさん。それと……すみません。こんなことに巻き込んで」
『っ……』
「そ、その……あいつらにひどい事、されませんでしたか?」
『それは……大丈夫。脅されて、そのまま拉致されてこの船に乗せられてたから。プライベートも最低限確保されてたから……』
「よかった……不幸中の幸い、ですね」
本当にこれは不幸中の幸いだ。
アブファルはトウマとティファを戦力として使う。つまり、戦える術を持たせて外に出すつもりだ。
その際にもし、ロールに何かしらの手を加えて、彼女が自死を望んだ場合、トウマとティファはロールの身柄を気にせずに敵対する可能性がある。
ロールの健康と心身の尊厳。これらが確保されて初めて2人を駒として使える。逆に、どれかが損なわれた場合、彼らは逆に殺してやることが慈悲だと考えてやけっぱちを起こしてしまう可能性がある。
そういった打算から、ロールの身柄は慎重に扱われていた。
人質は相手から人質と思われる状態でなければ最大限使う事はできないから。
「……本当に、俺からはすみませんとしか…………俺達の事情に、ロールさんを巻き込んじまった」
『……ううん。私が、もっと警戒していたら』
「違う。わたしが気楽すぎたのよ」
トウマとロールの会話にティファが割り込んだ。
「わたしとトウマの戦力としての価値は、既に戦場を一変させるほどなの。それを理解しておきながら、一般人であるロールを放っておいた。大丈夫だろうと高を括っていたのよ。せめて、裏でボディーガードやらを付けておくべきだった!」
『ティファちゃん……』
「……この責任はわたしが取る。ロールだけは、絶対に無事で帰す。そのためなら……なんだってやってやるわ。だから、ロールは待っていて。必ず、助けるから」
『ま、待っ――』
ティファは一方的に告げて通信を切った。
一時、部屋の中を静寂が支配する。
「……トウマ」
その中で、再びティファが口を開いた。
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