陥落

「ろ、ロール……!!?」


 ティファの幼馴染、ロール・アンブローズ。彼女が、そこに居た。

 即座にティファはハッキングを開始し、この映像がダミーではないかを解析する。が、解析結果は無情にもダミーではないことを示した。

 つまり、ロールは。

 

『このままだと偽物と思われる可能性があるからな。何か喋らせたまえ』


 ロールの側頭部と銃口が触れる。

 

『ひっ……てぃ、ティファちゃん、わ、わた、私……』

「とっととその銃口を下げさせなさい!! さもないと、今すぐ殺す!!」


 シヴァカノンの使用要請がトウマに飛ぶ。

 既にティファは冷静ではなかった。だが。

 

『ま、待てティファ!! ここで撃ったらロールさんまで殺すことになるぞ!!?』

「ッ……!! こ、のっ……!!」


 トウマはそれを却下した。ここで撃ってしまっては、どちらにしろロールの命は無い。

 ティファは音が鳴る程に歯を食いしばってシヴァカノンの要請を取りやめた。

 ここで激情に任せて撃つのは簡単だ。だが、あそこにいるのは。あそこで銃口を突きつけられているのは。

 何とか自分の心を落ち着かせる。同時に、サラに信号を送る。逃げろ、と。

 

「…………要件を言いなさい」

『いいだろう。だが、このまま味気なく話すのもなんだ。君たちを私の船に招待しよう。なに、君の船はこちらで牽引する。安心するといい』

「っ…………トウマ」

『大丈夫だ、ティファ。俺も従う』

「……逃げろって言いたかったんだけど」

『わりぃな。人の言う事、あんま素直に聞けねぇんだ』


 ユニバースイグナイターは両手を上げ、武装を解除した。

 そしてティファも、抗う術は無い。

 最強の傭兵達は、たった1手。人質といういとも簡単な手段でアイゼン公国軍へと下ってしまった。

 

 

****



 アブファルの船は軍用船なだけあり、無骨な船だ。それは、内装も含めて。

 ユニバースイグナイターをその船の格納庫に降ろしたトウマと、船から降りて客人のような扱いで軍用船に招待されたティファは会議室のような場所に通された。

 そこに居るのは、如何にもな笑顔を浮かべるアブファルと、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべる一人の男。恐らく、グラーフ。そして、一人の武装した軍人と、その軍人に銃口を突きつけられるロールだ。

 

「ようこそ、傭兵諸君。いや、宇宙色の流星、とでも呼べばいいかな?」

「勝手にしなさい」

「ならばそうさせてもらおう」


 生身の2人は突出した力は持たない。

 寧ろ、ティファは傭兵全体の中でも喧嘩の腕は下の方。自衛ができる程度で、トウマはほぼ一般人と変わらない。

 生粋の軍人には秒殺されるのが関の山だ。

 

「では、君たちの新しい仕事の斡旋だ。勿論、断ってくれて構わない。その時は君たち2人は無傷で帰す事を約束しよう」

「っ……!! だったら、精々ロールを大事に扱う事ね。ロールがあんた等の命綱よ。ロールに少しでも傷を付けたら、こっちは全力を出してアイゼン公国軍に敵対する」

「好きにしたまえ。では、仕事の説明だ」


 アブファルはホロウィンドウを表示し、ティファに投げつけた。

 それに手を翳して顔に当たる前に止め、中身を読む。

 それを補足するかのようにアブファルは口を開いた。

 

「我がアイゼン公国軍は最近、あの害虫共のせいで新たな資源惑星の開拓もできず、テラフォーミングすら上手くいかない状態だ。故に、少しばかり情勢が悪くてね」


 それは初耳だ。

 少なくとも、軍部や国の上の方では知られているが、下には知らされていない事なのだろう。

 

「よって、近くの国から必要な物は奪う事にした。それしか手段は無いからな」


 つまり、それは。

 

「戦争を仕掛けるってのか……!」

「その通りだよ、パイロット君。そして、候補は3つに絞られた。メロス国か、ティウス王国か、ココノエ神聖国の3つにね。この中で、メロスは下手に突けば他の国も出張ってくる。あの国は経済的に中立とも言える国だからね。ココノエは資源豊かだが、あの国を攻撃したら環境にうるさい国が旗手を上げるからね。ならば、残る国は古臭い封建制の国だけだ」

「ティウス国か……!」

「あの国は馬鹿な事に権力者に土地を与え、そこでの独裁を許している。故に、宣戦布告したとして、国の全軍が敵対するわけではない。どこかの国に反旗を翻す気満々かもしれないからね」


 その言葉でトウマは察する。

 貴族の中には、既に反旗を翻す気の存在がいるのだと。

 

「そこで、だ。君たちには我が軍の勝利を盤石な物にするため、遊撃部隊として雇われてほしい。あぁ、ちゃんと金は払うとも。そうしないと私も怒られるからね。何せ、表向きには君たちに真っ当に仕事を依頼して、真っ当に引き受けてもらった事になるのだから」

「テメェ……!! 俺達にあの国を討たせる気か!! 誰でもない、俺達に!!」


 アイゼン公国内で2人がティウス国の貴族。つまりはハインリッヒ伯爵家と繋がりがある事は先の依頼で既に割れている。

 だというのに、2人を使う。

 はっきりと言えば侮辱に近い。

 トウマもいよいよその表情を憤怒に染めるが、ロールが人質に取られているため迂闊に動けない。

 

「仕事の間、君たちにはこの船を旗艦としてもらう。君たちの船は一応、こちらでの牽引を続けよう。もちろん、最優先で守らせてもらうとも。君たちは前に行き、私たちは君の船を守る。完璧な作戦だ」

「いよいよクソだな、テメェ……!!」


 殺す。

 絶対にこいつだけは殺す。

 復讐や勝負などではない。純粋な殺意のぶつける先として、目の前の男を記憶する。

 絶対に、絶対に殺す。この仕事の末に、例え罪を被ることになろうとも、絶対に。

 

「では、君たちは特別に用意した部屋に案内させよう。そこの特別ゲストの子とは、後で部屋同士の通信ができるようにはしておこう」


 アブファルのその言葉が合図だったのか、部屋の中に他の軍人が入ってくる。

 ついて来い、という事だろう。

 ティファとトウマはそれに黙って従う。

 

「あぁ、そう言えば聞き忘れていた」


 アブファルに背を向けた時、彼のとぼけた声が聞こえた。

 

「それで、依頼は受けるのかね?」

「…………受けさせてもらうわよ。クライアント様」


 そうせざるを、得なかった。

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