傭兵として

暗躍する存在

 メロス国の傭兵、ティファニア・ローレンス。同じく漂流者であり傭兵、トウマ・ユウキ。

 2人の弱点は中々見つからない。

 精々がハインリッヒ家の関係者程度ではあるが、あそこは駄目だ。迂闊に手を出すことができない。

 だが、唯一。ティファニア・ローレンスだけには唯一、弱点がある。

 そしてトウマ・ユウキにも弱点はある。その弱点とはティファニア・ローレンスとハインリッヒ家の関係者であるため、必然的にティファニア・ローレンスを追い詰めればトウマ・ユウキを追い詰めることができる。

 そして、そのティファニア・ローレンスの唯一の弱点は。


「この娘か」


 その弱点の名は、ロール・アンブローズ。

 彼女だけは唯一明確な、ティファニア・ローレンスの関係者であり、弱点だ。

 もしも彼女が幼馴染の死を厭わない冷酷な人間であるのならば話はそれまでだが……話を聞く限り、それだけはあり得ない。

 彼女は親しい人間にはとことん甘く、それ以外の人間には価値を見いだせなければ辛辣だ。

 故に、故にだ。

 ロール・アンブローズこそが彼女達の唯一の弱点となる。



****



 ロールの一日というのは、案外代わり映えのしない日ばかりだ。

 というのも、所詮はお役所仕事。決められたことを決められた通りに。目の前の仕事を熟していけば自然と終わるような業務ばかり。

 とはいえ、その目の前の仕事が辛かったりするので、いつも元気、という訳ではないが。

 

「はぁ……やっと終わった……」


 今日もロールは積み上げられたタスクを何とか終わらせていた。

 この日の仕事は自分に振られていた物だけではなく、後輩のやらかしをカバーする仕事も含まれていたため、ちょっとばかり気が滅入っていた。

 これだけ働いても給料は普通。どこぞの傭兵達みたいに残りの人生何もせずとも生きていられるような給料は得られない。

 

「それでは、お疲れ様でーす」


 とっとと片づけを済ませ、中間管理職故にひーこら言いながら仕事をしている上司を尻目に退勤する。

 やっぱり中間管理職にはなりたくないな、なんて思ってしまうのは仕方ない事だろう。

 ちょっと残業こそしたが、それでも1、2時間程度。まだ自由な時間は十分にある。

 今日は何を食べようか、帰ったら何しようか、なんて予定を頭の中で立ててみるが、所詮は社会人の仕事終わりの体力。どうせ立てた予定の半分も満たせぬうちに明日のために寝る事になる。


「やっぱりティファちゃんについて行くべきだったのかなぁ……」


 そんな事を思っていると、ふと脳裏に小さな幼馴染の事が過る。

 歳の差はそこそこあるが、それでも幼い頃から彼女を見てきた。同性という事もあってそこそこ付き合いは長かったし、彼女が傭兵になる、なんて言い出した14の頃は一応止めようと躍起になった事もあった。

 が、結果的には彼女は我儘を通し、その結果今に至る。

 ロールの方が年上だと言うのに、最近は何かと心配されたりする始末。それだけ疲れた顔を見せてしまっていただろうか、なんて思ってしまう。

 

「でも、流石になぁ……」


 傭兵という仕事はどうしても命の危機が付き纏う。

 それに、最近彼女はティウス王国の貴族様との付き合いまであると言う。とてもじゃないが、そんな立場にロールはなりたくなかった。

 お金は欲しいが、それについてくる責任やら立場やらはいらない。

 そんな都合のいいことを考えてしまうのも人間の性だろう。

 きっとティファなら、必要な分金が貯まったから船を降りる、なんて言っても受け入れてしまいそうだが。

 だが、年上で幼馴染であるという最低限の自負が、彼女に甘えると言う行為を何とか打ち消してくれた。


「はぁ……仕事辞めたい」


 とはいっても、やはり未練はたらたら。

 やっぱりお金って怖い。

 リゾートコロニーの件だって、やっぱり連れて行ってもらえばよかったかなぁ、なんて思ってしまう。

 あ、でも有給使い切ったばかりだった。やっぱり無理だ。

 

「有休も取れるし、職場は近いし、残業だって今日みたいな日じゃなきゃあんまりないし……恵まれてるのは分かるんだけどなぁ……」


 それでもやっぱり人間、面倒事からは逃げて生きていきたいと考えるもの。一山当てて左団扇で暮らしていきたいと考えてしまうもの。

 ティファについて行くだけでその一山当てる、が簡単にできるが故に、どうしても考えてしまう。

 彼女と一緒の船に居るトウマだって、ティファが言うには大分紳士的というか、ヘタレていると聞く。仮にロールが乗ったとしても手を出される、なんてことは無いとも。

 別にロールとて、彼とは全く話さない仲じゃないのでそれは分かっている。

 

「なんだかなぁ……どっちつかず、って感じ」


 幼馴染にお世話になるのは流石に年上としてのプライドが邪魔する。

 だけど幼馴染のお世話になって左団扇というのも憧れる。というか、目の前に見える分だけタチが悪い。

 それを思わずどっちつかずだと言ってしまう。

 あながち間違ってはいない。

 

「…………はぁ。とりあえず、ご飯買って、帰って動画でも見よっと」


 一人暮らし故にちょっと最近増えてきた独り言を漏らしながらスーパーへの道を歩く。

 ご飯、と言ってもフードカードリッジだが。5、6個ほど買いだめしておけば暫くは買い物に行かなくても済むだろう、なんて思って。

 

「失礼」


 ふと、後ろから声をかけられた。

 はい? と声を出しながら振り返る。

 

「ロール・アンブローズ様ですね?」

「そう、ですが……」


 振り返った先に居たのは、男だった。

 2人、屈強な男だ。傭兵……にしては身綺麗なので軍人だろうか。

 どうして声をかけられたんだろう、なんて首を傾げて。

 

「そうですか。なら……ついて来てもらおうか」


 額に銃口を突きつけられた。

 え? と間抜けな声が漏れる。

 周りに人は居ない。大声で助けを呼べば、どうなるか。

 

「ついて来てもらえれば、身の安全は保障する。なに、ただ大人しくしているだけでいい。分かったらそのまま後ろを向け」

「え、あ、なん、で?」

「あなたが今知る必要はない」


 ロールに自衛手段は無い。

 生身での戦闘なんてできないし、こういう時に誰かに助けを求める手段も無い。

 ロールは、生きた心地がしないまま、銃口を突きつけられた状態で指示に従い移動を始める。

 港へと移動して、そうして船に乗せられて。

 ――運ばれた先は、アイゼン公国だった。

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