亡霊を暗黒に

 ガトリングの弾を弾きながらエネルギーライフルをロート・ガイストのコクピットへ向けて放つ。

 しかし、ロート・ガイストはこれを回避。即座にガトリングと胸部のマイクロミサイルをギャラクシーイグナイターへと放つ。

 しかしその程度何するもの。

 ミサイルはネメシス形態へと変形して盾で防ぎ、ガトリングはイグナイトの光で守る。

 これだけでロート・ガイストの射撃武装は完封できる。


『くっ、早く落としなさい、ロート・ガイスト!!』

「あの時はあたしが瞬殺されたけど、今度は逆!! あたしがあんたを瞬殺する!!」

  

 再び巡航形態へ変形して突っ込んだギャラクシーイグナイターがロート・ガイストと交錯する。

 その一瞬にギャラクシーイグナイターはネメシス形態へと変形。手にフェンサーウィング弐式を持ち、ロート・ガイストの右脚部を切断し、そのまま切り抜けた。


『そんな!? あのロート・ガイストが!!? 我が家の全てのブレイクイーグルを出しても倒せなかったのに!!?』

「まだまだ!!」


 切り抜けた勢いのまま一度距離を取り、フェンサーウィング弐式を今度は両手に持ち、再び切りかかる。

 流石に近接戦は分が悪いと判断したのか、ロート・ガイストは左手のガトリングを捨て、ビームセイバーに持ち帰る。

 その左手に向かってサラがフェンサーウィング弐式での斬撃を放つが、やはりその斬撃は相手のセイバーに防がれ、鍔迫り合いの状態になる。

 その瞬間にギャラクシーイグナイターのもう片方の手が動き、ロート・ガイストの左腕を切断する。


「今のあたしは、もうあんたよりも強い!!」


 しかし、ロート・ガイストはそれこそが作戦だと言わんばかりに、右手のガトリングをギャラクシーイグナイターのコクピットに突きつける。

 左手を犠牲にした一撃。確かに2年前のサラなら蜂の巣にされていただろう。

 だが、今のサラはその程度では落とされない。

 ガトリングをコクピットに突きつけられる前にサラはフェンサーウィング弐式から手を離しており、自由となったフェンサーウィング弐式はそのまま高速でロート・ガイストの右手と左足を強襲。

 残っていた二肢を切断した。


「だから!!」


 達磨になったロート・ガイストは最後の足掻きに胸部マイクロミサイルを放とうとするが、それを見た瞬間にサラはロート・ガイストの正面から背後に回り込んだ。

 そして、回り込んですぐにフェンサーウィング弐式を両手で再び回収し、バックパックへ突き入れる。

 最後は手にエネルギーライフルを持ち。


「二度とあたしの前に姿見せんな、マリガン!!」


 放たれたエネルギー弾は、あの日の雪辱を果たすべくロート・ガイストのコクピットを貫いたのであった。

 ロート・ガイストはエネルギー弾に貫かれて爆散。

 ゴールディング家が開発したマリガンのAIは消滅したのである。


『そ、そんな……!! ロート・ガイストが、サラ・ハインリッヒ如きに負けた……!!?』

「まっ、ざっとこんなもんね。あたしも、ティファの作った機体も、あの時より強くなってんのよ」


 もしもロート・ガイストが3機出てきていたら勝敗は分からなかったかもしれないが、そもそもコクピットは特注。

 そして胴体ブロックも特注でマリガンの戦い方に合わせた機体なんて、子爵家であれどそう簡単には用意できない。

 これで暫くマリガンの亡霊がこの世で暴れることは無いだろう。


「さーて……後は目障りなお嬢様の始末ね」


 心底怠そうにサラは銃口をゴールディング家の船に向ける。

 こうなればあの船にサラを退ける戦力はない。

 例えもう一機ロート・ガイストが居たとしても、先程の二の舞い。いや、それよりも遥かに効率化された瞬殺劇が始まるだけだ。

 その、サラが向ける濃厚な死の気配にセルマの表情が引き攣る。

 このまま撃てば彼女は死ぬ。

 だが。


「…………まっ、そっちが言った正当防衛ってのも事実だしね。殺した時の方が面倒だから、やめとくわ」


 サラは銃口をおろした。

 セルマがロート・ガイストを出した時の言葉は一理ある。

 確かに最初に武装して出て、攻撃を仕掛けたのはこちらだ。ならば、ここで彼女を殺せば状況はサラが彼女を襲って殺した、という形になる。

 ここはハインリッヒ伯爵家の領地なのでどうとでも揉み消せるが、そこまでして殺したくないというのもある。


『サラ・ハインリッヒ……!! どこまで私を侮辱すれば!!』

「してないっての。学生時代からそうだけど、あたしは貴族の確執とかが嫌なだけ。ぶっちゃけると興味無いのよ、あんたを含めた同級生達に」


 コクピットでヘルメットを外し、呆れた口調でセルマを諭す。


「自分の最高傑作がランドマンに届かなかった。それが悔しいのは分かる。だからこそランドマンの主であるあたしを目の敵にしてるのも、納得はできる」

『あなたに何が……!!』

「わかるわよ。あたしだって最初に負けた時はすっごい悔しかった。だからいっぱい練習した。こう見えても死地に飛び込んだ経験は両手じゃ数え切れないのよ?」


 まだ未熟な頃にズヴェーリに喧嘩を売った。

 トウマに師事を仰いでいた時も、ズヴェーリ戦は実戦あるのみだと一人で戦わされた時だってあった。

 未熟な頃に宙族相手に何度駆り出されたか分かったもんじゃない。

 マリガンに殺されかけた。

 キングズヴェーリと真っ向から戦った。

 宇宙害虫を相手に鎧袖一触の戦いを繰り広げた。

 視界を埋め尽くす程の宇宙害虫を相手に戦い、生き延びた。

 そうして血の滲むような努力と一歩間違えればあの世にいてもおかしくない戦いを繰り広げて、サラは今ここにいる。


「だから、まぁ、何が言いたいかって言うと……あたしはあんたに興味は無い。けど、悔しいのは分かる。だから、決闘は受け付けるわ。ただ、勝ったとしてもあたしがあんたに求める事は何も無い。あたしは昔からこうなのよ」


 結局はこれだ。

 サラがセルマから要求する物は何も無い。ただ、決闘を挑まれたのならそれに対応する。それだけだ。

 だから、決闘は引き受ける。けれど、要求はしない。

 その理由は興味が無いというのもあるが、特別欲しい物も無いから。

 だから何も求めない。


『…………あなた、ほんと嫌な人ですわね。勝者は勝者として敗者に命ずる。それは敗者への救いでありますのよ?』

「知らないわよ。あぁ、じゃあそうね。焼きそばパン買ってきてよ。ダッシュで。それでいいから」

『決闘の報酬をそんな物に使わないでくださる!!?』

「だって欲しいの無いんだもん……」


 ギャーギャーとセルマが喚き、サラが溜め息を吐く。

 学生時代からの光景だ。


「まぁ、そーゆーわけであたしからは何もしない。えぇ、あたしからはね」

『だから!!』

「でも、コイツはどうかしらね?」

『え?』


 ギャラクシーイグナイターが一点を指差す。

 そこには何かシヴァカノンのチャージを始めている船が。


『ふ、ふふ……! 生体認証強制解除成功……!! あのいけ好かないお嬢様を消し飛ばしてやるわ……!!』

「うーわガチギレ」

『な、何ですの一体……!?』

『わたしだってねぇ? キレるときはキレるのよ? こっちを散々っぱら馬鹿にしてくれて、仲間に銃口突きつけられて、決闘が終わったら謝罪の一つでもあるかと思ったら蚊帳の外にされて? 貴族ってのは随分とお偉いのねぇ……!!?』

『へ、平民が何を……! 第一、そんな意味の分からないもので脅されてもこちらは──』


 シヴァカノンの銃口がピカっと光った。

 その瞬間、セルマの大型船の横側面部の装甲が一部融解した。

 幸いにもシヴァカノンは掠っただけだったが、もしも直撃していたら。


『これね、シヴァカノンっていうの。射程は100km程で火力は小惑星を両断する程度。わたしの自信作なの。こいつを受け止める勇気はある?』

『わ、私を殺せばどうなるか……』

『あ゛ー? この場でチリ一つ残さず消し飛ばされてもその言葉いえるぅ?』

『こ、ここで何かあったらゴールディング家が黙っ──』


 もう一度シヴァカノンがピカっと光った。

 その瞬間、ブレイクイーグルの残骸が文字通り蒸発した。


『次はお前だ』

『先程までの私の無礼な言葉、その全てを謝罪いたしますわ』


 やはり暴力。暴力は全てを解決する。

 やり方が終わってるティファの様子を見て、サラは宙を眺め溜め息を吐くのだった。

 今日も宇宙は綺麗だなー、と思いながら。



****



 その後、決闘の場はなあなあで解散に。

 これ以上は無駄、と言うよりも、これ以上引っ張ったらマジでシヴァカノンが発射されかねないための解散だった。

 結局セルマはリベンジを誓い、サラは暇だったら受け付けるわよ、と軽く言う。

 これにてこの問題は解決。サラはそのままハインリッヒ家に帰ろうとした時だった。


『サラ・ハインリッヒ。ついでですので、今貴族間で囁かれている事を教えておきますわ』

「えー? いいわよ別に」

『サラ・ハインリッヒ。これは貴族として、必ず耳に入れねばならない事ですわ。おふざけでも、因縁でも無く。一人の貴族として、ハインリッヒ家に伝えますわ』

「…………尋常じゃないわね? わかった、大人しく聞く」

『それでよくってよ。ここ数ヶ月ほど、とある国の密偵がこの国では捕まっていますわ。主に男爵家、王家への忠誠が高く、土地が豊かな領地で』

「…………どこの国?」

『アイゼン公国。捕えた密偵は皆即座に自死。理由は不明。ただ、間違いなくアイゼン公国はこの国を狙っていますわ』

「戦争になるっての?」

『恐らく。既に王家はそれを前提に動き、密偵を送り込んでいますの。そして、各侯爵家……ホーキンス家は除きますが、それ以外の家は既に有事に備え、一部軍閥の伯爵家もそれに続いております。我がゴールディング家もそれに続くつもりですの』

「それぐらいには現実的って事ね。わかった、兄様に伝える。情報の仕入先は公開しても大丈夫?」

『伏せていただけると。今、ハインリッヒ伯爵家は軍閥の伯爵家及び、軍事に力を注いでいた一部侯爵家に目を付けられていますわ。そして、我がゴールディング家もその派閥の一つ』

「おっけ。そっちに迷惑が行くかもだからって事ね。理解したわ。でも、どうしてそれをあたしに伝えてくれたの? 貴族としてなら、黙っておいても」

『…………癪ですが、戦争においてキングズヴェーリすら下したハインリッヒ騎兵団の力は必ず必要になりますわ。ランドマン団長を含むハインリッヒ騎兵団は我が国でも最上位の力を持つと言っても過言ではございませんの。その力、騙して崩壊させるよりも勝利のために使ったほうが我が国のためになる。そう判断したまでですわ』

「了解。なら、期待に添えるように今の内から努力する。あんたも、ロート・ガイストの改良を進めなさい。あたしには通用しないけど、アイゼン公国軍相手になら通用するはずよ」

『心得ておりますわ。では、サラ・ハインリッヒ。わたくしはこれで』

「えぇ、それじゃあね」


 物騒な噂話の共有が行われ、サラはその情報を持ち帰った。

 果たしてこの噂が真実となるかは、まだ分からない。

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